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フリルドスクエアと行く、奥深いチェスの旅。

『モノクロームの煉獄』第2話 解説

 

 三寒四温、という熟語があります。寒い日が三日続いた後、暖かい日が四日ほど続く……と、七日周期で絶え間なく寒暖が入れ替わる、という語ですね……春先の不安定な、ちょうどこの頃のような気候を指して用いられることもありますが、それはもともとの意味ではないのです……本来は、冬の気候を示した言葉だと、御存じですか。

 今日このごろのような天候は寧ろ、『春に三日の晴れなし』、といったところでしょうか……今夜も冷えますが、いかがお過ごしのことでしょう。

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 先週にひきつづいて、今夜も『モノクロームの煉獄』、第2話が公開されました。

 このストーリーはチェスに採題しているため、各話を『ラウンド2』のように、第何ラウンド、という言い方をしています。また、サブタイトルにラテン語の成句を持って来る、というのは、主人公の奏さんが『カルペ・ディエム』という有名なカードをもっていることに因んでもいます。

 今回の『casus belli』は戦時国際法上の成句で、『開戦事由』『宣戦布告に正当性を与える原因』という程度の意味です。今週のエピソードが、誰にとって、どのようなcasus belliとなっていくのか、それは追い追い明かされていくことでしょう。

 

 まったく予期していなかった、という方もいるでしょうし、このようにして1話から続きをもってくる、ということをぼんやり予感していたという方も、いらっしゃるかもしれません……先週、いきなりエンディングのシーンで長篇が始まったことに戸惑った方には、ネタ晴らしをする奏さんの微笑みに免じて、大目に見て戴けたらと思います……。

 第1話は、この『モノクロームの煉獄』という劇の中で、登場人物たちが演じた映画――劇中劇のエンディングのシーンだったのですね。そしてこの話が後々の展開に齎す影響が、早くも垣間見えた回でもありました。奏さんが『現象』と呼ぶそれ……チェスを指すときに、あたかも彼女が演じた映画の設定のような錯覚がフラッシュバックする、というのが向後どう本筋に係わって来るのかが注目、ですね。

 第2話では回収されなかった、第1話オープニングの何やら意味深長なモノローグも謎のままです。

 

 今回、劇中で扱われたゲームについて、触れましょう。

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 開始の状態はこれでした。白番の、クイーンズ・ナイト――Nb2ですね――が最初から落とされています。手合いの違うふたりがゲームをするという場合、将棋には駒落ち、というシステムがありますが、チェスには正式にそのようなルールがあるわけではありません。本人たちの裁量に任されている、というのでしょうか。いくつかある対応策のひとつが、駒落ちと同じように何らかのピース・ダウンを下手に与えるというもので、このようなゲームは『オッズ・ゲーム』と呼ばれます。

 チェスで駒落ち……オッズ・ゲームが推奨されないのは、捕った駒を打ち直すことが織り込み済みの将棋と違ってピースが減る一方のチェスでは、この差を縮めることは技量の巧拙以上にルール上の問題なのでしょう。逆に言えば、オッズ・ゲームでそれなりのゲームが出来てしまうということは、上手の相当に高い技量が伺える、ということにもなります。

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(Figure.1 : 1. f4 e6)

 ここから奏さんは1. f4としましたね。
 1. f4の一手でもって、このオープニングはバード・オープニングと呼ばれています。多面指しやオッズ・ゲームでまま見る形、という言及がありましたが、史上のプレイヤーでは、ラーセンなどが得意としていました。

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(Fig.2 : Fig.1~2. Nf3 Nf6 3. b3 d5)

 普通のゲームなら白番は嬉々としてdポーン、eポーンを突き、センター・コントロールを狙いながらキャスリングを目指すものですが、奏さんはキングズ・ナイトを跳ね出したものの続く手の流れで3. b3としました。4. Bb2からフィアンケットを組むことを狙ったものですね。この上手がキャスリングを後回しにする構想は後々意味が分かってきますが、現局面ではクイーンズ・ナイトの穴を他のピースの展開を急ぐことで効率的にカバーしよう、というものだと思って貰えればよいでしょうか……

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(Fig.3 : Fig.2~4. Bb2 c5 5. e3 Nc6)

 フィアンケットを組み、ようやく白がeポーンを突きました。この間に黒はdポーン、続いてcポーンを勢いよく突き出してファランクスを築きましたね。e6~d5~c5と突いていく形は黒ではよく見かける流れです。近いところでは、先週のドラマ中に出てきたセント・ジョージ・ディフェンスも似たところがある、といえるでしょうか。

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(Fig.4 : Fig.3~6. a3 a6 7. Bd3 Bd6 8. Qe2 0-0)

 黒がキャスリングをしました。白は8. Qe2でロング、ショートどちらのキャスリングも可能としています。これは、下手の出方をみてそちらにルークを集めようという露骨な狙いですが、なかなかのスレットになっています。

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(Fig.5 : Fig.4~9. g4 Nxg4)

 いきなり点差が縮まりましたね。上手に瞬間的なポーン損を強いるということで9. ... Nxg4は自然に見えますが、これは白の仕掛けた老獪な罠です。ここでgポーンを切りgファイルをセミ・オープンにすることで、白は0-0-0のロング・キャスリングからRdg1として、黒のキングをいきなりルーク二基の利きで狙うことが可能になりました。

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(Fig.6 : Fig.5~10. Qg2 Nf6 11. h4 h6 12. h5)

 白はクイーンの位置取りが絶好です。両サイドで斜め駒がフィアンケットを組んでいるともいえる形ですし、うまく配置されたビショップが両方とも、ショートキャスリングをした黒のキングサイドを睨み続けているのが巧みですね。

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(Fig.7 : Fig.6~12. ... Kh8 13. 0-0-0 Ne8 14. Rdg1 Rg8)

 ここに来て白はずっと狙い筋であった0-0-0~Rdg1を決行、最高のタイミングですね……。Qg2が利いていて、ルーク+クイーンの縦バッテリーに狙われるというのは居心地が悪いものです。

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(Fig.8 : Fig.7~15. Bh7)

 そして「奏ちゃんの奇手」とはこのことでした。正真正銘のタダ捨てなのですが、これを取ればゲームセットです。もっとも、これを取れずにルークをgファイルから避けてしまえばすぐにRg1+Qg2の縦バッテリーに食い破られてしまうのですが……

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(Fig.9 : Fig.8~15. ... Kxh7 16. Qg6+)

 極めつけがこのクイーンまでタダ捨てするという連撃です。作ったような美しい棋譜ですね……はて、なんのことでしょう……

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(Fig.10 : Fig.9~16. ... fg 17. hg+ Kh8 18. Rxh6#)

 クイーンを取り込む一手に、後は順当な即メイトです。フィアンケットを組んだビショップがここでg7のポーンを貫通してキングを睨んでいるので、黒はこのルークを取ることが出来ません。縦横が偶数マスからなるボードゲームでは、斜めの弾道の魔法は避け難いのですね。本ゲームの棋譜は以下のようになっています。

1. f4 e6 2. Nf3 Nf6 3. b3 d5 4. Bb2 c5 5. e3 Nc6
6. a3 a6 7. Bd3 Bd6 8. Qe2 0-0 9. g4 Nxg4 10. Qg2 Nf6
11. h4 h6 12. h5 Kh8 13. 0-0-0 Ne8 14. Rdg1 Rg8 15. Bh7 Kxh7
16. Qg6+ fg 17. hg+ Kh8 18. Rxh6#

 

    ところで、周子さんが『やれやれ』について、面白い表現をしていましたね。気がついた方もいらっしゃると思いますが、『羊をめぐる冒険』です。

 周子さんの視点から切り取られた、なにやら不穏なテーゼで終わった第2話。1クールのドラマやアニメーションでしたら、3話で話が動き始める、というのはある種の定跡になっています。来週もお楽しみに待っていて頂けると、幸いです。鷺沢文香でした。

 

(続く)