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フリルドスクエアと行く、奥深いチェスの旅。

変わりゆく西洋将棋 ―ルイ・ロペス, カロ・ヴァリエーションの先を考える

 

 こんばんは。綾瀬穂乃香です。こうして自分の企画で皆さんとお逢いするのはお久しぶりですね。

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 ここは、色んなオープニングを広く浅く大事なところだけ取り上げてみなさんのチェスに役立ててもらおうという『早わかりチェス講座』とは変わって、私が気になったことについて興味のままに掘り下げてみよう、という企画です。

 

 まずは、最近私の事務所で流行っている、ルイ・ロペスからモーフィ・ディフェンスについて考えてみようと思います。

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(Figure.1 : Morphy Defense)

 こうですね。1. e4 e5 2. Nf3 Nc6 3. Bb5と白がビショップを出た形をルイ・ロペス、そして白の3手目で3. ... a6と返した形を、モーフィ・ディフェンスと呼ぶのでした。前に『早わかりチェス講座』の方で取り上げたこともありましたね。

 

 ここで、白には4. Ba4 / Bxc6と選択が早くも強いられています。

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(Fig.2 : Morphy Defenseからの分岐)

 今回は、こういう図説を取り入れてみました。

 十時さんの『ととキッチン』リスペクトです!

 話を戻しまして……4. Ba4コロンブス・ヴァリエーションに、4. Bxc6エクスチェンジ・ヴァリエーションへと突入しますね。そして、今回メインに取り上げるのは、4. Ba4 b5と進んだカロ・ヴァリエーションの形です。

 

 ここで白は5. Bb3と盤上この一手ですが、この形がどうなのか、というのはチェスをプレイする者が誰しも考えたことがあるのではないでしょうか。オンライン対戦などをしていても、レートがそれなりにあったり、また数を熟していたりすれば一度や二度見たことがあると思うのですが。

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(Fig.3 : Caro Variation~5. Bb3)

 

 コロンブス・ヴァリエーションの局面では手が広く、他に黒から4. ... Bc5 / Nf6など、いろいろあると思います。

 では、カロ・ヴァリエーションの形にする黒からのメリットとは何なのか。それは、このオープニングを取るとある程度読みが絞られる、ということでしょうか。白の手に制限を掛けるような手が黒側に多くあるのが特徴的ですね。

(Fig.3)のこの局面では、白の5手目としては有力な手が二つあります。5. ... Nf65. ... Bb7ですね。

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(Fig.3.1)

 このカロ・ヴァリエーション以後のラインについては、今回事務所で行われていたトーナメントで皆さん創意工夫を凝らし色んな研究を披露していましたが……このブームの火付け役となった加蓮さんは、5. ... Nf6を実戦投入しました。このゲームですね。

 このゲームは、ドラマ『シンデレラを探して』の第1話劇中で使われたことも印象的です。

 解説ではアーニャさんがここでは5. ... d6とeポーンとチェインを組みながらビショップの進出路を開ける手も魅力的、と話されていましたね。じっくりした駒組みを可能とする、持久戦向けのムーブでこちらも有力だと思います。

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(Fig.4 : 5. ... d6)

 さて、今回のBlitzトーナメントと銘打たれた企画では、大きな条件が一つありました。そうです、『アルマゲドン方式』です。これは持ち時間に差をつけることで、ドローでも黒勝ちにする、というゲームの形式のひとつですね。ということは、黒は無理に勝とうとしなくても、ドローに持ち込めれば良い……これが、カロ・ヴァリエーションを作戦として黒が採用するメリットのひとつになります。

 カロ・ヴァリエーションから始める幾つもの変化の中でも、まだまだ紹介しきれていないものが多くあるのですが、今回の一連の企画の中で、恰も『誰かが新手を出して問題提起をする→それを受けて誰かが自分の研究を披露する』というチェスの歴史に則った流れでラインが洗練されているかのような形を執りながら最終的には『カレン・マキノ・アタック』と便宜的に呼ぶバリエーションを私たちがご紹介したのは、ドロー率の高い局面に黒から誘導することが比較的簡単な手順だから、ということがあったと思います。

 

(Fig.3.1)に戻りますが、ここでの5. ... Nf6は加蓮さんに続いて直ぐ後にフレデリカさんが用いました。これは黒勝ちのゲームですね。

 その後、私も採用しました。こちらは、文香さんの深い読みにしてやられてしまいましたが……。

 そして、この鷺沢vs綾瀬の後で、八神さんが5. ... Bb7と手を替えています。

 この、黒の5手目で採用される手が途中で変わったのは、5. ... Nf6が指せない、という訳では決して無く、鷺沢vs綾瀬戦のように白から勝負しに行く順があるのを黒が予め回避する為だった、というのがあると思うんです。

 ここまでを纏めると、こうなりますね。

 

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(Fig.5 : 紹介する実戦のまとめ)

 少し実践例に沿ってこの形を研究してみましょう。

 

 東郷vs北条戦でまず黒が披露したのは、10. ... Na5とナイトを端に跳ねる手でした。

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(Fig.6 東郷vs北条戦 : 1. e4 e5 2. Nf3 Nc6 3. Bb5 a6 4. Ba4 b5 5. Bb3 Nf6 6. Nc3 Be7 7. d3 0-0 8. 0-0 d6 9. a4 b4 10. Nd5 Na5 まで)

 実は、ルイ・ロペスの黒番を持って、特にカロ・ヴァリエーションの様に白のビショップを手順にBb3まで追ってからこれを責めにナイトをNa5と跳ねる黒の手は結構前からありまして……

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(c.f. Fig.6.1 Norwegian Variation : Caro Variation~5. Bb3 Na5 まで)

 ノルウィージャン・バリエーションというのですが、黒が5手目にいきなり跳ねてしまう、という『あくまで白の3. Bb5を苛め抜く』という概念の変化ですね。このタイミングで仕掛けるのが良いかどうかはさておいて、こういう攻め筋は黒番の手の候補としてあることにはありました。今はスタンダードでない変化でも、知っていると別の局面で同じような構想に結びつくことがあるので、昔のラインも勉強しておくと役に立つことがあるんですよ~!しかし、この手が根付かなかったのには、将棋の桂馬と違って8方向に利きがあるナイト、八方桂なんて呼ばれたりもしますが、端のファイルに使ってしまうとどうしても利きが少なくなってしまいますよね。だから一般に端に使うナイトは損だと言われ続けてきましたし、今でも大体の場合そうです。しかし端に使うナイトの価値が相対的に高まる様な場面もここ2,30年では大分研究されてまして、特にハイパー・モダンと呼ばれる様な、ポーンでセンターをコントロールしようという旧来の考えに対し、マイナーピースで自陣を駒組みする、という考えの指し回しと相性がいい、という発見がされていたりしますね。厚みと効率、の関係といってもいいかもしれません。

 

 加蓮さんがこの変化を知っていたのかどうかは不明ですが、東郷vs北条戦では10. Nd5と白が軽く仕掛けに行った瞬間、ビショップの逃げ場がない状況でクロスカウンターを入れるように10. ... Na5が跳んできました。こうして「ルイ・ロペスに対してa6~b5と追い、Bb3と引かせたビショップを狙ってNa5と跳ねる」という研究の筋がお披露目されたのがこのゲームでしたね。このあとは12. Ba2と引いたのに機敏にBe6と合わせ、攻撃ピースとして白が送り出したビショップを、全く動いていなかった白マスビショップで消すことに成功した黒番が優位を握ってこのゲームを勝ち切りました。このコンビネーションは『黒はピースが立ち遅れている』というところを狙って駒組みしていた白を脅かしましたね。ここで、白はこの形に対して何か策を練ることが求められたんじゃないでしょうか。

 もうひとつこのゲームで注目しておきたいところがあるとすれば、それは白から9. a4 b4と後に鷹富士さんが採用し、更にフレデリカさんも使うことになる端攻めの筋が部分的に出てきていることでしょうか。序盤にビショップを追うために2手かけたa6~b5はクイーンサイドを伸ばし過ぎている、という見方も白からは出来ます。この伸び過ぎを咎める手として白は端攻めをしたい、というのはもうこのゲームで既に出ていたんです。流石は東郷さん、といったところでしょうか。当たりが変わっていたらトーナメント最後の方まで残っていたとしても何もおかしくなかった強豪の一人です。

 

 次が鷹富士vs宮本戦ですね。8×8マス、ピースは32個、そして2ムーブ1手ということもあり、将棋より遥かに短い手数で終わることが多いチェスにあって、89手という長手数を記録した激闘のゲームでした。

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(Fig.7 鷹富士vs宮本戦 : Caro Variation~5. Bb3 Nf6 6. 0-0 Be7 7. a4 b4 8. d4 d6 9. de de 10. Qxd8+ Bxd8 まで)

 白が6手目にキャスリングを急いだのは、前述の東郷vs北条戦では黒が先にキャスリングをしたために、早目の攻勢を取ることが出来たというのがあったからですね。また、0-0の一手を入れておくことで、Rh1をいつでもRe1やRd1と引っ張って来て戦線に参加させられるようになります。キングを戦場から遠ざけるのと同じくらい、戦車を戦場に持ち込むと云う点で重要な手なんですよ。

 キャスリングをしてから7. a4と端に手を掛け、ギャンビットの様に交換を強いました。そして中央からクイーン・エクスチェンジを仕掛け、ビショップを8段目まで引かせる、とここまでは白番の鷹富士さんがペースをつかんでいたように見えたのですが。この局面が私たちの目に映るほどには白有利ではない、というのが新しい発見でした。本譜では以下11. Be3 Be7 12.  Nbd2 0-0 13. Rad1 h6 14. h3 Rd8 15. Nc4 Rxd1 16. Rxd1 Be6と進んで黒が勝ち切りました。15. Nc4は白の勝負気味な手でしたが、白が無理をして端を咎めdファイルから火を点けた割には戦果に乏しく、ピースが減れば減るほどドロー濃厚になる展開、ということでお二方も対局後の感想戦では一致したそうです。13.Rad1~14. ... Rd8~15. ... Rxd1~16. Rxd1とルーク交換を仕掛けて戦力を削ぐ黒の方針が良い様で、白からパッとした仕掛けがない、ということでしたね。しかしながら、7.a4 b4と形を決めさせ端と中央との両方から黒陣に火を点ける、という白のスタイルが確立されたかのように思われたのがこのゲームです。40手80ムーブスに及ぶエンディングの収束と、文香さんの詩的な解説が優しい名局でした。

 

 3ゲーム目が、悔いの残る自戦になります。鷺沢vs綾瀬戦ですね。加蓮さんが指し始めたということで、忍さんがカレン・ディフェンスと仮称を付けたそうですね。後ほど、Nf6は黒から攻めている手だからカレン・アタックではないか~とか、マキノさんのBb7を先に挟むことでシステム化し、カレン・マキノ・アタックと呼ばれることになった~とか、兎に角同じ形が頻出する中で何かわかりやすい名前が必要とされる……というのはあったと思います。

 本譜では自在流・文香さんが大胆にもキャスリングの1手すら惜しんで『手順に引かされたBb3を活かす』という構想で黒番を攻め倒しました。そして以後、この考えが白番の通底概念になっていきます。

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(Fig.8 : 鷺沢vs綾瀬戦 : Caro Variation~5. Bb3 Nf6 6. a4 b4 7. d4 ed 8. e5 Ne4 9. Bd5 まで)

 白が早々に1ポーン損をするのですが、こう進んで黒の9手目では、Ne4を逃がさなければなりません。そして逃げ場は9. ... Nc5唯一なのですが、このときに白は10. Nxd4と損を取り返しながら黒の狙い筋であるマイナーピースのコンビネーションを乱していくことが出来るんです。こうして序盤で作られた白のアドバンテージは、クイーンサイドでお互いルークを取り合っても縮まることがないどころか突き放されました。決め手はまさかまさかの白からの端ナイト19. Na3!という、完敗と言っても過言じゃない試合でしたが……いつかリベンジを果たしたいものですね。

 こうして9. Bd5とセンターの好位置に白のビショップが出て来ると、黒はフィアンケットをしながらBb7と備えることになります。先にBb7が入っていればBd5から駒組みを乱す筋は消すことが出来ますが、逆だと黒はBd5の1手に対してBb7~Bxd5と2手かけて対応しなければならない。これが、八神さんの5. ... Bb7へと繋がって行くのでした。

 またこのゲームでは苦肉の策として跳んだ8. Ne4でしたが、白のセンターポーンを飛び越してナイトで直接白陣を責める、という構想は後述のゲームに生きて来ることになります。……雪辱の敗戦も、無駄ではなかった、ということでしょうか。

 

 次がアナスタシアvs八神戦ですか。これもまた激戦でした。……って、私さっきからそれしか言ってませんね。えへへ……

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(Fig.9 アナスタシアvs八神戦 : Caro Variation~5. Bb3 Bb7 6. a4 b4 7. d4 ed 8. e5 Nge7 9. Nxd4 Na5 まで)

 黒の8手目Nge7は、コツィオ・ディフェンスを彷彿とさせる低い跳ね出しですね。

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(c.f.Fig.9.1 Cozio Defense : 1. e4 e5 2. Nf3 Nc6 3. Bb5 Nge7)

 ナイトは1回の動きでは縦横のどこにもいけませんが、2ムーブあれば縦横2マス先に行くことができます。筋を変える、というのでしょうか。時に低く跳ね、次にナイトのファイルを一つずらす手は凡ながら適切に使えれば高等テクニックです。

 そして黒9手目のNa5が鋭手一閃という手で、Bb3まで引かせたビショップに当たっていることはもとより、キャスリング前のキングサイドにフィアンケットしたBb7のダイアゴナルが当たっている、というのが黒の自慢になります。白がセンターでピースを捌こうとするとこの両狙いが厳しいのですね。ミドルゲームではお互いにピースを交換する半手の損すら惜しんだ、テンポ重視の鍔迫り合いが印象深いゲームとなりましたが、思い返せば中盤入りの時点でそれほど差が縮まっているということは、以降ブランダーでもしない限りは黒はドローにすべく喰いついて行けばいいという、ある意味とてもやり易い試合運びになったのではないでしょうか。白を持ったのがアーニャさんでしたし、勝敗は本ゲームもドローに落ち着きましたが……ところで、前局の解説では「エクスチェンジ・ヴァリエーションにするから私には関係ない」とまで言い切ったアーニャさんが本ゲームでコロンブス・ヴァリエーションを採用したのは、何か思うところがあったのでしょうか。私、気になります。

 

 こうして脈々と研究手を加えながら指されてきたライン河の傍流ともいえるのが、準決勝の宮本vs北条戦ですね。カコ・ギャンビットは手抜ける、そしてNf6ではなくBc5と出る手で攻めのイニシアチブを握りに行く、という面白い研究が火を噴きました。

(Fig.10 宮本vs北条戦 : Caro Variation~5. Bb3 Bb7 6. a4 Bc5 7. 0-0 Nf6 8. ab ab 9. Rxa8 Qxa8 まで)

 こう進んだ局面では、クイーンサイドのルーク交換が起こっていますが、キャスリングをした白のキングサイドを、手順にBb7~Qa8の最長ダイアゴナルでのバッテリーが狙っているほか、黒からはいつでもQa1と『ローマの休日』よろしくクイーンが白陣に遊びに行けるということで、とてもじゃないけれど白から纏めづらい展開になりました。黒からh6と自陣の隙を消す手が入ったのも激辛流の加蓮さんらしいと思いましたが、私たちは決勝戦で全く同じ符号が攻撃手として入る瞬間を目撃することになるとはこのとき思ってもみませんでしたね。6. a4と伸ばしたところにポーンをぶつけてくる手は、ディクラインするわけでもアクセプトする訳でもなく、『手抜いて』Bc5と出て黒が良さそうだ、という本譜の為に、長らく白が有力視していたa4 b4の交換を入れてからdファイルを食い破る、という順も見直しが迫られました。

 加蓮さんがNf6よりBc5を急いだのは鷺沢vs綾瀬戦の白番のように、白がキャスリングを惜しんで仕掛ける順を気にしてのことだったといいます。逆に、白から0-0と入れてくれればそのタイミングでNf6を跳ねればよい、ということで、速攻でキングサイドへとピースを利かせるのは好判断でしたね。

 

 ここで最後に決勝戦のゲームを振り返る前に、今一度基本図の(Fig.3)に立ち戻ってみましょうか。

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(再掲Fig.3)

 この図の後に、こちらを見て貰いましょう。

(Fig.3.2 Italian Game : 1. e4 e5 2. Nf3 Nc6 3. Bc4)

 こうして3手目にBb5ではなくBc4と出るオープニングで、イタリアン・ゲームというのがありますが、このビショップ出の意味とは何ぞや、ということを皆さんと考えたことがありました!これですね。

 そして、この手の意味は、『f4という、初期配置では黒のキングにしか守られていない最弱のマスを責める手』だという答えに行き着いたのを、覚えて貰えてますか。そうなんです。a6~b5と手順に追い掛けられてBb3引か『された』白のビショップは、なんと手順に最弱のマスに利か『された』も同然なんですね。なので、端を攻めても戦果に乏しかった現状、白が考えるべきはこの最弱のマスに利いているBb3を活用して黒を攻め返せないか、ということになります。

 ここに至って、白からNg5と跳ねてみたい、という考えに至る訳ですね。イタリアン・ゲームの解説でも白からBc4~Ng5~Nf7でフォークを掛ける狙い筋を紹介しました。しかし、ただこの形で単に跳ねるのは直ぐにQxg6と鹵獲されてノーサイドです。では、クイーンのダイアゴナルが切れた瞬間にならどうでしょう……?

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(Fig.11 北条vs八神 : Caro Variation~5. Bb3 Bb7 6. 0-0 Nf6 7. Ng5 まで)

 これが、決勝戦の北条vs八神戦の前提でした。黒は6手目Nf6で自らQd8の利きを切りました。このタイミングで、7. Ng5と仕掛けてどうか。そしてこれは黒勝ちになります。

 ここで皆さんに観て頂きたい進行が実はもう一つあって……それは、

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(c.f.Fig.11.1  Arkhangelsk Defense : Columbus Variation~Nf6 5. 0-0 b5 6. Bb3 Bb7)

の変化のラインである、

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(c.f.Fig.11.2 : Arkhangelsk Defense~7. Ng5 d5 8. ed Nd4)

というものです。ここまで来ると、本譜と合流しているのが瞭然ですよね。d5~Nd4というので黒が指せるのはチェスの難しさを感じさせるところです。つまり、この唯一のタイミングで7. Ng5から速攻を狙うのは黒に絶妙な返し技があって不可ということになりますね。

 アルハンゲルスク・ディフェンスもなかなか関心深い筋で、Columbus Variation~Nf6 5. 0-0 b5 6. Bb3 Bb7 7. Re1 Bc5 8. c3 Ng4 9. d4 edと進め10. cdには10. ... Nxd4 11. Nxd4 Qh4!という黒から嵌める手もあったり(以後は12. Nf3 Qxf2+ 13. Kh1 Qg1+ 14. Nxg1 Nf2#という頓死がありますね)、面白いのですがこれはまた別の機会にフォーカスすることにしましょうか。

 いずれにせよ、白は黒陣のe~fファイルを狙って攻撃態勢を築いていきたいところです。なので、5. 0-0と能う限り早くキャスリングを済ませようというのは、入城と同時にルークをfファイルに利かせ、次にRe1とeファイルに宗旨替えするような手も可能にするので自然な手だと思います。

 

 ところで、本譜は割かし短手数の決着となりましたが、それは序盤12手目にして白がメジャーピースであるルークを切ることを強制されたからでした。このルークは0-0のキングサイド・キャスリングから来たルークです。この局面ですね。

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(Fig. 12 : Fig.11~7. ... d5 8. ed Nd4 9. Re1 Be7 10. Rxe5 0-0 11. Nc3 Nd7 12. Rxe7 まで)

 では、本当にここでルークを逃がす手がなかったのか、考えてみましょうか。

 12. Re6は……ポーンの利きに飛び込む意味がわかりませんね。同じくナイトの利きに飛び込む12. Re2もないです。

 黒のNd4に当てながら引く12. Re4は……普通に12. ... Nxb3 13. ab Bxg5と黒は指したい手を指せばよく、最後の手が第5ランクにルークを利かせておかなかったがための手損駒損につながるので、大駒を可愛がった割には白がだいぶ悪いです。Bxd5の取り込みが当たるのも気になりますね。

 12. Re3は……ナイトを取る12. ... Bxg5が引いたばかりのルークに当たってきます。

 12. Re1と元の位置に引くのは……やはり単に12. ... Bxg5で、白はナイトとポーンの交換に甘んじたことになってしまいます。

 少しひねって12. Nxh7という手を考えてみましょうか。これは12. ... Kxh7と取ってくれれば13. Rh5+とでもルークを逃げることができます。しかしまぁ、ナイト損なのでこれでも黒が有利~優勢でしょう。もっと言えば、これは手抜いて12. ... Nxe5と強く前に出る方が黒の優勢につながると思います。13. Nxf8 Bxf8とルーク交換になりますが、以下14. d3 Qh4 15. Ne4 Be7 16. Be3 Nxb3 17. ab Bxd5 18. f3 f5 19. Nc3 Bb7 20. Qe1 Qf6 21. Qg3 Bd6 22. Qg5 Qxg5と押し込んで黒勝ちでしょうね。働きの差が歴然としています。

 どうやら、Be7が白のNg5に利いているので、損を拡大しないためにはルークを切らねばならないが、切っても悪いという状態のようですね。コレラとペストの2つの病気から、少しでもマシな方を選んだだけのような感じです。

 今の検討を纏めると、こんな様子ですね。

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(Fig.13 : 白12手目の検討) 

 では、11手目の段階で替えて11. Nf3とナイトを避けておくのはどうなのでしょう?

 ……実はこれにも11. ... Qd6という手があります。ルークを避けると12. ... Ng4から畳み掛けられてしまうので、白は12. Nxd4とルークを見切ることになりますが、結局ここで戦車を1基失うのは避けられないようです。そして、この形の方がNc3の一手が入っていない分、白のクイーンサイドのピースが立ち遅れているような気もして、悪いながらどちらが悪いのか難しいようです。

 

 以上6つの実戦譜を使って考察をしてきましたが、黒の戦型が決まった瞬間の6手目白の他の手としては例えば5. ... Bb7に対して以下edの黒の取り込みからc3~0-0を期待する6. d4や、低く構えてポーンの連結をよくする6. d3、他には先に6. c3と突いて次にd4を見せる手なんていかがでしょう?

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(Fig.14 : 白の6手目候補)

 最初の6. d4に関しては、6. ... ed以外にも6. ... Nxd46. ... Qe7、手堅く6. ... d6などがあって、黒の応手を絞ることが出来ないように思います。イメージですが、他の2つと比べると、明確な主張を持って指してくる黒に対する白の序盤としては少しぼやけた手な気もしますね。

 6. d3 / c3は次に白から0-0と指して穏やかな流れになるので、フィアンケットを素早く組んだ黒からの反撃の目を気にしながらの持久戦調になりそうです。これも掘ればまだ何かまだ見ぬ鉱脈が眠っている可能性はあって、断言できないのがもどかしく、またそれがチェスの面白さに深淵を与えているのでしょう。

 

 黒5手目から替えるなら、5. ... Na5ノルウェージャン・ディフェンスは上述ですが、5. ... Bc5グラーツ・ディフェンスなど応用の効きそうな形も幾つもありますね。

 他にもCaro Variationに入るタイミングで黒から手を替えて、例えばf5Bc5d6Nge7なんて手も考えられ、ルイ・ロペスというチェスをやる人なら名前くらいは誰でも聞いたことがある様な戦型ひとつぽっちをとっても、厖大な可能性が眠っていると思うと、チェスをやるには短すぎる人生の時間を感じてゾッとするとともに、チェスは根源的に時間的存在である私たちの人生であると共に、過去の堆積の上に私たちが観測しきれない程に分岐し確定した未来を見ている宇宙そのものでもあるのかもしれない……そんなことを思わずにいられませんね。

 

 序盤は本のように、中盤は奇術師のように、終盤は機械のように指しなさい。

 という言葉が、我々の生きるチェスの世界にはあります。しかし、"Book Player"という英語は、『本に載っている序盤しか指せない、少しでも外されると応用の利かないダメ・プレイヤー』という意味もあるようで、難しいところですね。

 中盤は奇術師のように……といいますが、それは単に相手を幻惑する、という以上に、『綿密な下準備の上に、一瞬の華美なテクニックで見る者を魅了する』という意味もあるのかしら。

 

 このコーナーは今後もときどき続けていきたいと思います。『早わかりチェス講座』に比べると、グッと難易度も増していますが、お付き合い頂ければ幸いです。次は何にしようかしら……エクスチェンジ・ヴァリエーションを取り上げるのも面白いけれど、ヘッジホッグ・ディフェンスを掘り下げてみるのも興味がありますね。それではみなさん、夏バテなどしないようご自愛くださいね。綾瀬穂乃香でした。

 

(続く)