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第1回Blitzトーナメント第3回戦第4ゲーム[遊佐こずえ vs 鷺沢文香](解説・速水奏 / 聞き手・綾瀬穂乃香)

 

速水奏「残すところもあと4ゲームなのね」

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綾瀬穂乃香「そうですねぇ……」

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穂乃香「はい、今日は私たちは第3回戦の最終ゲーム、遊佐こずえvs鷺沢文香戦をお送りします。聞き手の綾瀬穂乃香です」

 

奏「解説は私。よろしくね」

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(Figure.1 : 1. d4 Nf6 まで)

穂乃香「これは、インディアン・ゲーム志向のオープニングですね」

 

奏「文香はとにかくオールラウンダーだから。手が広いというか、どんな分岐にも対応していけるような手が彼女のオープニングでは多い気がするわ」

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(Fig.2 : 2. Nf3 e6 3. e3 c5 4. c4 d5 まで)

穂乃香「2. Nf3ナイツ・ヴァリエーションに、そして2. ... e6 3. e3とこの手はユスポフ・ルービンシュタイン・システムと呼ばれる形ですね。これは面白いゲームです」

 

奏「えぇ……超が付くくらいの力戦形じゃないの……黒の3手目c5は細かい罠ね。4. dcにはBxc5と手順にビショップを展開しようという感じかしら」

 

穂乃香「4. c4に文香さんは対称形にするd5で返しましたね」

 

奏「チェスは対称形で始まるわけだから、仕掛けられて直ぐ悪くならないなら黒は対称形を取ればいい。でも、言うは容易いけど、実際には白に仕掛けられるのが常にあるから、行うのは言う程簡単なことじゃないのよ。寧ろ、とても神経を使うわね……これは自在流・鷺沢文香の面目躍如よ」

 

穂乃香「ここで対称形にしない手だとどんなのがあると思いますか?」

 

奏「そうね……4. ... cd 5. ed Bb5+ 6. Nc6 0-0なんて進行もあったかしら」

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(Fig.3 : 5. Be2 Nc6 6. Nc3 Be7 まで)

穂乃香「また対称形になりましたね……」

 

奏「局面はもう緊迫しているけど、二人とも楽しそうね。鏡指し……鏡の国の夢でも、二人は盤上に見ているのかしら?」

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(Fig.4 : 7. 0-0 0-0 8. b3 b6 9. Bb2 Bb7 まで)

奏「鏡の国もここまでかしら。戦火の足音からは逃げられないみたい」

 

穂乃香「お互いキャスリングもフィアンケットも済ませ、ナイトも中央16マスに使って万全の布陣、という感じですね。ここまで整うまでお互いが暗黙の了解のように手を出さなかったのは、ここから華々しい戦いになるからでしょうか……」

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(Fig.5 : 10. cd Nxd5 11. Nxd5 ed 12. Rc1 Rc8 13. dc bd 14. Qc2 Qd7 15. Rfd1 Nb4 まで)

穂乃香「白から均衡を破りに手を付けましたね」

 

奏「この衝突で面白いのは、相手の首を取るのを目的に戦火が交えられた、というよりはお互いが我が道を行って国土拡大に努めた結果の衝突、みたいな印象があるところよね」

 

穂乃香「そうですね。ちょっと独特なリズムです」

 

奏「そして15. ... Nb4で今度こそ、文香が軽く仕掛けに行ったわね。これは16. Qb2の一手かしら?」

 

穂乃香「そうですね。じゃないと16. ... Nxa2が入りますから」

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(Fig.6 : 16. Qd2 Nxa2 17. Ra1 Nb4 18. Bc3 Qc7 19. Bxb4 cb 20. Rxa7 Ra8 21. Rxa8 Rxa8 まで)

穂乃香「16. Qd2にはヒヤリとしましたけど……手順に逆用しようということだったんですね」

 

奏「流石、今大会きってのダークホースね……。文香と互角にやりあって独創性まで見せられるとか、たまらないわ」

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(Fig.7 : 22. Rc1 Qd6 23. g3 Qb6 まで)

奏「黒陣はBb7とフィアンケットをしているから、攻撃力の分、クイーンサイドが少し弱くなっているのよね。まぁ、それは白も同形だから同じなのだけど……これが1手の差ってやつかしら」

 

穂乃香「そうですね。そしてそれは文香さんもご存じなのだと思うので、技があるのでしょうね。ところで、22手目ではQd6に代えてQb6もあった気がするんですけど」

 

奏「そうね。どうせ23手目で指すなら初めから……というのもあったでしょうけれど。この23手目Qb6は24. Bb5と出る手を消しているのね。だから、22. ... Qd6 23. Bb5という展開では文香にも何か算段があったけれど、22. ... Qd6 23. Bb5 g3を経てのg3~Bb5は厭なところがあったのかしら。……嫌よ、私は読まないわよ。文香の、人を読みの海に突き落とす様な手は真っ向からハマったら普通は負けるわ」

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(Fig.8 : 24. h4 Bf6 25. Qd3 g6 26. Qb5 Qxb5 27. Bxb5 Bc3 まで)

穂乃香「クイーン交換が起こりましたが、それでも拮抗していますね」

 

奏「二人とも才能は十二分にあるわ。ただ、ここでちょっと文香が経験という武器でちょっと優位を稼いだかしら。27手目Bc3b4のポーンと連結することで、白のルークが自陣に潜ることを防いだ細やかな受けのテクニックよ」

 

穂乃香「指す手が難しいときこそ、高い精度の基本の手。ある意味最も難しい、チェスの基本ですね」

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(Fig.9 : 28. g4 Ra3 29. Ba4 Ra2 30. g5 Rb2 31. Rd1 h5 32. gh e.p. f6 33. Nd4 Kh7 34. Kg2 Kxh6 35. Kg3 f5 36. Kf3 Kg7 37. Ne6+ Kf6 38. Nd4 Ba6 39. Kg2 Ke5 まで) 

奏「玉頭戦ほんっと強いわよね。これが読む力……って感じを受けるわ」

 

穂乃香「文香さんの目には幾通りの物語が、盤上の登場人物の未来が見えているんでしょうか」

 

奏「それは文香にしかわからないけれど……見て。彼女の楽しそうな顔。どうやら、人生というチェスボードの上にある物語は、悲劇だけではないらしいわよ」

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(Fig.10 : 40. Nf3+ Kd6 41. Nd4 f4 42. ef Bxd4 43. Rxd4 Kc5 44. Rd1 d4 45. Rc1+ Kd5 46. Bc6+ Ke6 47. Be4 Be2 48. Rc6+ Kd7 49. Rxg6 d3 50. Bf3 Rxb3 51. h5 Rb1 まで)

穂乃香「文香さんのキングは、本当に私たちの使うピースと同じなのか不思議になる時がありますね。それくらい、よく動く最強の攻め駒だなぁと。これだけキングを捌いてミドルゲームを操れれば、チェスがもっと面白いんだろうなぁって、憧れます」

 

奏「そして見て。駒割りは白の方が依然有利なの。駒効率が違うから、黒が確実に勝ちに近づいているけれど。これが天性のストーリー・テラーなのね……」

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(Fig.11 : 52. Bc6+ Kc7 53. h6 d2 54. Ba4 b3 55. Rc6+ Kb7 56. Rd6 d1=R まで)

穂乃香「55手目はKb7この一手ですね」

 

奏「そうね……じゃないと#6かしら?それにしても、将棋では『詰めろ逃れの詰めろ』みたいに、非常に緊迫した終盤っていうのが起きるけれど、あれは駒を打って終盤が複雑化するからであって、チェスではピースの打ち直しがない分、終盤は簡略化されやすいから複雑で緊張する終盤って起こりにくいのよね。私たちは、今ファンタジー映画を観ているかのようだわ」

 

穂乃香「ファンタジー映画……言い得て妙ですね。鏡の国から、ここまで。56手目のルーク・プロモーションもまた面白い。こういう、クイーン以外のピースへとプロモーションするのを特に『アンダープロモーション』と呼んだりしますが……変身魔法も飛び交う、流石は魔法の国でしょうか」

 

奏「そうね。そして1手間違えばひっくり返る可能性がこれだけある終盤だと、迂闊なクイーン・プロモーションで取り逃がしてしまうとステイルメイトの可能性も生じる。確実に相手に交換の順を選ばせるための、敢えてのアンダープロモーションというわけね」

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(Fig.12 : 57. Rxd1 Rxd1 58. h7 Bf1+ 59. Kf3 Rd3+ 60. Kg4 Rh3 61. h8=B まで)

穂乃香「これは……幻術戦ですか」

 

奏「ね。お互いにアンダープロモーションで相手を惑乱させているのかしら。人の勝負だわ。しかも、お互い、クイーン以外のプロモーションではおそらく最善の選択をしているのが面白いわね」

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(Fig.13 : 61. ... Rxh8 62. Bxb3 Kc6 63. f5 Kd6 64. f6 Bh3+ 65. Kf4 Rf8 66. Kg5 Be6 67. Bc2 Rg8+ まで)

奏「ビショップぶつけは外したわね」

 

穂乃香「ですね。しかしこのチェック、68. Kf4以外ではメイトがありそうです」

 

奏「ほんとかしら……」

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(Fig.14 : 68. Kf4 Rg4+ 69. Ke3 Ke5 0-1)

奏「あぁ、わかったわ。この近接見合いで、#19なのね。だから、さっきのときにはもうメイトが掛かっていたんだわ」

 

穂乃香「以下は、70. f3 Rb4 71. Be4 Rb3+ 72. Kf2 Kxf6 73. Kg3 Ke5 74. 74. Bc2 Rc3 75. Be4 Bf5 76. Bb7 Rb3 77. Bc6 Ra3 78. Bb7 Rc3 79. Ba6 Rc6 80. f4+ Kd4 81. Bb5 Rb6 82. Bd7 Bxd7 83. Kf3 Bf5 84. Ke2 Rb2+ 85. Kf1 Ke3 86. Kg1 Kf3 87. Kh1 Kg3 88. Kg1 Rb1#のメイトがありますね。二人とも、お疲れ様でした。そして解説の奏さん、ありがとうございました」

 

奏「えぇ。これは見ていて本当に面白いゲームだったわね」

 

穂乃香「そうですね。独特な二人が織り成す、不思議な劇を見ているような感じでした。勝った文香さんは、準決勝へと駒を進めて、八神マキノさんと戦います」

 

奏「とうとう準決勝ね。私はフレデリカに勝ってもらわないと困るわ」

 

穂乃香「ふふ。そうですね。では、私は2回戦で負けた文香さんにぜひ……。今日はここまでです。聞き手を務めたのは綾瀬穂乃香でした」

 

奏「私の仕事は今日はこれで終わりなのだけれど……準決勝が9時から第1試合ね。そちらも、よろしくお願いするわ」

 

(続く)