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第1回Blitzトーナメント第2回戦第3ゲーム[鷹富士茄子 vs 宮本フレデリカ](解説・鷺沢文香 / 聞き手・綾瀬穂乃香)

 

鷺沢文香「これは激しく、また短時間の勝負とは思えない程に長手数の勝負となりましたね……」

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綾瀬穂乃香「本当ですね……二人の対局者の執念と、闘志の為せる芸術でした」

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文香「こんばんは。……今日はトーナメントから第3ゲームを解説していきたいと思います」

 

穂乃香「よろしくお願いします。聞き手は私、綾瀬穂乃香が務めます!さて、第3ゲームは鷹富士茄子v.s.宮本フレデリカ戦となりましたが……どうでした?」

 

文香「……そうですね……まず、白番・鷹富士さんの選択した作戦が面白い、というのが一つ。それから、長手数メイトを読み切り勝ち切ったフレデリカさんの冷静と情熱のあいだで冴えた大局観が一つ、他にも、見る人によって色んな思いが溢れる名ゲームになったんじゃないかと、思いました」

 

穂乃香「ありがとうございます。文香さんも名局だったと振り返るこのゲーム、初手から観て行きましょうか」

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(Figure.1 : 1. e4 e5)

穂乃香「オープニングはオーソドックスなオープン・ゲームになりましたね」

 

文香「フレデリカさんは早指し戦で黒を持つときは初手e6やc6よりもe5やc5の方が多い気がしますね。定跡形に持ち込むことで序盤から、或いは中盤の入りくらいまでの読みを少なくすることが出来る、というのは合理的です」

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(Fig.2 : 2. Nf3 Nc6)

穂乃香「ナイトを跳ね合いましたね。白が戦型選択の権利を握っている局面です」

 

文香「フレデリカさんはこうなればなんでも受けるでしょうね。そのような予備知識が鷹富士さんにあったかは知りませんが……こうしてイタリアンなのか、ルイロペスなのか、はたまた……という局面になりました」

 

穂乃香「本ゲームは両者がほとんど時間を使わずに指していたのも印象的でしたね……」

 

文香「第1感で指している、というようなところでしょうか。頓死を掻い潜り、技を駆けあい、その心理戦と頭脳戦をほぼすべて5秒以内に返すという、人間業とは思えぬゲームでした」

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(Fig.3 : 3. Bb5)

穂乃香「ここで白がルイ・ロペスを選びましたね」

 

文香「ここまでは現在一番指されているラインといっても過言ではないでしょうし、何もおかしくはないのですが、ここからの数手をご覧になると、このゲームの行方にとても興味が湧くことでしょう……」

 

穂乃香「そういえば、今日は棋譜コメントはないんですね?」

 

文香「終局まで89手と聞いて、誰も付けたがらなかったのです……大人の事情です……」

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(Fig.4 : 3. ... a6 4. Ba4 b5 5. Bb3 Nf6)

穂乃香「3手ほど進めましたが、こう進むとデジャ・ビュを感じませんか?」

 

文香「……そうですね。本局は、トーナメント2回戦第1ゲームの東郷v.s.北条戦の前例を踏襲しているのが、ひとつポイントなのです」

 

穂乃香「あれもいいゲームでしたね。黒の工夫と構想が光りました」

 

文香「フレデリカさんがこれを選んだのは、前例を意識してのことでしょう。a6~b5でビショップを追ってしまえば手番を握って5. ... Nf6から攻めの体勢を築ける、と加蓮さんはあのゲームで語ったわけです」

 

穂乃香「これは茄子さんの頭にもあったのでしょうか?」

 

文香「両者ここまで淀みなく指している、ということがそれを証明しているように私は思います……。この形で指せないと思うのならば、4. Ba4に代えて4. Bxc6とエクスチェンジ・ヴァリエーションに持ち込む権利は白にあるはずですので……」

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(Fig.5 : 6. 0-0 Be7 7. a4 b4 8. d4 d6)

穂乃香「前例は6. Nc3とナイトを使う手でしたね。ここで茄子さんから手を替えました」

 

文香「ここまではお互いの研究でしょうね……。6. 0-0キャスリングを急ぎましたが、これは黒が黒マスビショップを動かしていないのでキャスリングできない状態を突いて一足早く入城しようという深謀遠慮のムーブです。黒もキャスリングを目指しますが、このタイミングでdポーンからセンターコントロールを目指すより先に端に手を付け7. a4 b4の交換を入れる、というのも凝った手です」

 

穂乃香「そういえば、東郷v.s.北条戦の感想戦では黒の方が早くキャスリングをしたことで、思い切った攻めの主導権が黒番の手に転がり込んだ、という見解でした」

 

文香「そうです。なので、白は左翼のピースを展開してバランスよくしようとするよりも、黒の仕掛け順を潰しにいった、と言うのが本局の序盤でしょうか」

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(Fig.6 : 9. de de 10. Qxd8+ Bxd8)

穂乃香「そして、8. d4が白から迫る手でしたね。低く謝るd3よりもよい、と見たのは10手目のこの局面で手番が白にあるから、でしょうか」

 

文香「そういう考え方も出来ると思います。更に現局面、クイーン・エクスチェンジを済ませたところですが、10. ... Bxd8と取り込んだ黒はこのビショップをこのままでは活用できない、というのも白の狙いの裡でしょう。働きが良くないのは瞭然ですので……もう一度展開を図るためにはBe7と出る必要がありますが、手損になりますね」

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(Fig.7 : 11. Be3 Be7 12.  Nbd2 0-0 13. Rad1 h6 14. h3 Rd8 15. Nc4 Rxd1 16. Rxd1 Be6)

穂乃香「(Fig.6)の局面では、黒はキャスリングもしていないし、ピースも立ち遅れ、完全に白の策に溺れたかに思われましたが……」

 

文香「手順に展開しただけなので、以前白が微妙に有利だとは思います。しかしこの局面だけ取り出してみれば確かに我々ヒトの目には、差がかなり縮まったか、あるいは無い様にも見えるのが面白いところです。15. Nc4は難しい手ですね。活かせれば突き放すことも可能だと思いますが、食らいつかれるとなかなか、という手です。やはり前例でBb3が咎められたのを気に掛けた一手ではあると思います。黒がBe6と出るのに先んじて白からNc4と跳ねておけば、ビショップ同士がいきなり衝突することが防げますから……」

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(Fig.8 : 17. Ncxe5 Nxe5 18. Nxe5 Bxb3 19. cb Nxe4 20. Rd5 Nf6 21. Ra5 c5)

穂乃香「難しい応接が続きますが、ここまでお互いほぼノータイムですか。異次元ですね」

 

文香「白は少し時間的余裕がありますが、黒は3分と短いです。なので、白としては黒に比べると少し時間を使うくらいの考慮で、黒の手を失くして行く様な手を指したい、という感じでしょうか」

 

穂乃香「マイナーピースがぶつかりあって、お互い手のつくりにくい中盤となりましたが……」

 

文香「白の21. Ra5が難しい手です。これを閉じ込めるc5が入って黒は少し余裕が出来た様にも思うのですが、エンドゲームでこのルークに暴れられるといきなり詰む可能性もありますので……」

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(Fig.9 : 22. Bxc5 Bd8 23. Bxb4 Bxa5 24. Bxa5 Ne4)

文香「結果的には、22手目からのエクスチェンジで白が大駒であるルークを失ったことが響いたエンドゲームとなったような気がします。ここは幽閉されたルークをどうにかしようとするのではなく、他に活路を見出すべきだったか、というのはお二方感想戦でも触れられていたことですが……」

 

穂乃香「白はポーン得しているので指せそうにも見えますが……チェスは難しいですね……」

 

文香「そうですね……後から理屈をつけるのであれば、エクスチェンジで白が大駒を失っていることや、得しているとはいえ白は自陣にダブルポーンを抱えていること、さらにエクスチェンジ後のBa5が僻地に追いやられていて働いていない、ということなどがあげられますが……正直激ムズだと思います……」

 

穂乃香「激ムズですね……」

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(Fig.10 : 25. b4 Rc8 26. Nd3 Rc2 27. f3 Rd2 28. b5 Rd1+ 29. Ne1 Nc5 30. ba Nxa6)

穂乃香「ルークにピンされているのが辛いですね……」

 

文香「しかし簡単には土俵を割らない鷹富士さんの粘りも観る者の胸を衝きますね……少しでも間違えれば、まだ白から手を作ることも出来るようなところですし……」

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(Fig.11 : 31. Kf2 Nc5 32. Ke2 Rb1 33. Bd2 Nxa4 34. b4 Nb6 35. Kd3 Rb3+ 36. Kc2 Ra3 37. Bc1 Ra2+ 38. Bb2 Nc4)

穂乃香「エンドゲームで駒が少なくなってから、どのタイミングでキングを動かしていくかというのは微妙な判断の問題だと思いませんか?」

 

文香「そうですね。その機微はレーティングがどのレベルであっても付き纏う気がします。チェス・プレイヤーの影といってもいいかもしれませんね……」

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(Fig.12 : 39. Nd3 Nxb2 40. Nxb2 Kf8)

穂乃香「ナイトだけを残すというのはフレデリカさんも戦い慣れしているなぁと思いました」

 

文香「歩兵を女王に至るまでエスコートする騎士というのは、この世で最も誉れある騎士かもしれませんね。出来る人の方が少ないでしょう……ナイトの仕事は灰被り娘に魔法を掛けてクイーンにすることではないのです……」

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(Fig.13 : 41. Kb3 Ra1 42. Nc4 Ke7 43. Kc3 Rb1 44. Ne3 Ke6 45. Kc4 Re1 46. Kd4 Re2)

穂乃香「敵陣に潜らせたルークの、お手本のような使い方ですね」

 

文香「えぇ、その通りです。下から掃くように進め、どんどん盤面を狭めていくイメージがいいでしょう」

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(Fig.14 : 47. b5 Rd2+ 48. Kc4 Re2 49. Kd4 Rf2 50. h4 Rd2+ 51. Kc4 Rf2 52. Kd4 Kd7)

穂乃香「この数手のダンスは、エンドゲームを読み切っていたのでしょうか……」

 

文香「その可能性も大いにあると思いますね。ここから40手近い収束ですが、彼女なら読み切っても可笑しくない」

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(Fig.15 : 53. h5 Kd8 54. b6 Kc8 55. Kc5 Kb7 56. Kb5 Rb2+ 57. Kc5 Rf2 58. Kb5 g6 59. hg fg)

穂乃香「近接見合いでbポーンのプロモーションを止める手など、一分の隙もない終盤術です」

 

文香「そうですね、タイミングをミスしてしまうといきなりb8=Qとされて形勢が絶望的に逆転しますので……」

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(Fig.16 : 60. Kc5 h5 61. Kb5 Re2 62. Nd5 Rxg2 63. Nf4 Rg5+ 64. Kc4 Kxb6)

穂乃香「卓抜した終盤の読みが冴えましたね……最後の希望を持ったパスポーンも粉砕されましたか……」

 

文香「家に帰るまでが遠足、詰め上げるまでが戦争です……」

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(Fig.17 : 65. Kd3 h4 66. Ke4 Kc6 67. Nh3 Rg2 68. Nf4 Rg5 69. Ke3 Ra5 70. Kf2 g5)

穂乃香「このゲームの素晴らしいところはいくつもあるのですが、まるで私は中でも作られたプロブレムのように、収束に向けてすべてのピースが働いている、というのを挙げたいと思います」

 

文香「本当ですね……メイトに働く余りピースがない、と言うのも珍しい……」

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(Fig.18 : 71. Nh3 Kd6 72. Kf1 Ke6 73. Ke2 Ra2+ 74. Ke3 Kf5 75. Ng1 Rh2 76. f4 Rg2)

穂乃香「序盤を忘れてしまいそうなくらいの長旅路ですが、これ、モーフィー・ディフェンスで白がエクスチェンジ・ヴァリエーションを避け、a4~b5と追い返される順では白はもうやれないのでしょうか……?」

 

文香「そんなことはないと思いますが……事実、白から踏み込む変化にしては戦果乏しき状態が続いていますね……加蓮さんが開けたのはパンドラの匣かもしれません……」

 

穂乃香「……ということは、最後に希望が残っているかもしれない、と思ってもいいのでしょうか?」

 

文香「ふふ、今の私にはまだなんとも……」

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(Fig.19 : 77. Nf3 gf+ 78. Kd3 h3 79. Kd4 h2 80. Nh4+)

文香「騎士は騎士らしく、です。最後にダブルアタックが掛かりましたね」

 

穂乃香「ルークの役目もここまで、ですか」

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(Fig.20 : 80. ... Kg4 81. Nxg2 h1=Q)

文香「このプロモーションが見えているので、さきほどのダブルアタックは慌てることはありません」

 

穂乃香「ここからは8手メイトですね」

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(Fig.21 : 82. Nxf4 Kxf4 83. Kc5 Ke4 84. Kc6 Qh6+ 85. Kc5 Qf6 86. Kb5 Kd5 87. Ka4 Qb2 88. Ka5 Kc5 89. Ka4 Qb4#)

穂乃香「はい、最後は詰みに必要な3つのピース以外ひとつも盤上に残らない、という素晴らしいゲームでしたね」

 

文香「えぇ、両プレイヤーの闘志を称えたいと思います」

 

穂乃香「勝ったフレデリカさんは、第2ゲームの速水v.s.双葉戦の勝者と第3回戦で対戦ですね」

 

文香「そうですね。フレデリカさんがどうして加蓮さんの前例を踏襲した戦型を選んだのか、少し気になっています。まだまだ、この鉱脈には何か眠っているかもしれません……」

 

穂乃香「とても面白いゲームでしたね!聞き手は綾瀬穂乃香が務めました」

 

文香「本日はありがとうございました。解説の鷺沢文香でした」

 

穂乃香「またお会いしましょう」

 

(続く)