愛とは、全人生をかけてアイドルにチェスを教えること。

フリルドスクエアと行く、奥深いチェスの旅。

鷺沢文香の名局漫ろ歩き その1[Boris Spassky v.s. David Bronstein, 1960, USSR ChampionShip]

 

ワタシダケニソノメロディ♪

鷺沢文香「……はい。鷺沢です」

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速水奏『もしもし、文香?いま、大丈夫?』

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文香「……はい、ちょうど今、本が読み終わったところで」

 

奏『ちょうどよかったわ。たぶん、今日のフリスク生放送の枠を埋められるのが事務所に文香しかいないうえで言うんだけど、あのn』

 

文香「……え?は、はぁ……?」

 

奏『私がこの前、『007 ロシアより愛をこめて』の映画評を記事にしたじゃない?いつものように、文香にコラム紹介文を書いて貰って』

 

文香「……えぇ、それがどうs」

 

奏『で、何かこういう事態の為に用意してたら別の良いのだけれど、そうじゃなかったら、あの映画で出て来たゲームの紹介をして貰えないかって思ってね、じゃよろしく~』

 

文香「……ちょっt」

 

文香「……」

 

コンコン

P「あぁ、ここにいらしたのですね、鷺沢さん。実は、突然で申し訳ないのですが……」

 

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 ……えぇと、すいません。

 今日は急遽、代打ということで、私がお送りしますね。……え、『鷺沢文香の名局漫ろ歩き』……ですか?……ここのスタッフさんたちは、スケジュール管理は杜撰で頻繁に代打を呼ぶのに、こういうところは本当に仕事が早くて尊敬します……

 

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いや~、照れますね///

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 ……まぁ、いいです。私は、杏さんの様に臨機応変にその場でテーマを決めて喋る、ですとか、志希さんの様に専門性の高いトークを軽妙に、噛み砕いて伝える、といったことは出来そうもないので……今日はとある名ゲームを紹介しようと思います。

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 ……みなさんの前で、ゲームを解説するのは、ゴールデンウィークの大盤解説会以来、ですね。早いですね。近々また、大きなイベントがあるみたいな話も耳にしましたが……はて。

 

 今日紹介するのは、1960年、スパスキーとブロンスタインの名ゲームです。短手数ですが、とても見ごたえがあるので、お付き合いください。

 ……このゲームは、1963年の映画・『007 ロシアより愛をこめて』の冒頭のシーンにエンディングの2手が使われていることでも知られていますね。

 

 スパスキーの先手で始まりましたこのゲーム、初手からは1. e4 e5 2. f4 efと進んでキングズ・ギャンビット・アクセプテッドですね。

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(1. e4 e5 2. f4 ef まで)

 ここからスパスキーは3. Nf3と繰り出してキングズ・ナイト・ギャンビットですか。右のナイトを早くに活用できれば、キングサイド・キャスリングの選択肢が出来るので、お手本通りの一着ですね。対するブロンスタインの3. ... d5が少し面白い手です。

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(3. Nf3 d5 まで)

 黒の3手目d5は、4. ed以外では白が形勢を損ねます。つまり、実質的に白の次の指し手を縛っているんですね。代えて3. d6, g5, Be7やNf6も一考あると思います。この3手目d5でモダン・ディフェンスと呼ばれるラインに入ります。4.edと取り込ませた局面では黒のビショップがどちらも展開できるのは注目ですね。また、すぐ取り込むことも出来るこのポーンを敢えてdファイルに遺すことで、白のクイーンが自分のピースに二重に止められてしまう、というのも細かいながら見ておきたい場面です。

 ここから当然スパスキーの取り込む4. ed4. ... Bd6とブロンスタインが出ます。5. Nc3 Ne7とナイトの活用を図ったところでは、黒がやや指しやすそうですね。キャスリングもありますし、e4の最前線のポーンには黒マスビショップの応援がつきました。……私なら、5. Nc3は指しません。

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(4. ed Bd6 5. Nc3 Ne7 まで)

 ここからまず白は6. d4を突きたいですね。取り敢えず黒マスビショップの為にdポーンは突きたいのですが、キャスリングの権利を手にしつつBd3と出る筋があるので、突くならd4でしょう。対して6. ... 0-0キャスリングするのが落ち着いた手だと思います。俗手は好手、と言いますし。

 7. Bd3 Nd7とお互いマイナーピースをセンターに使った局面は互角でしょうか。……逆に言うと、黒が上手くやれている、と言うことでもあると思います。

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(6. d4 0-0 7. Bd3 Nd7 まで)

 ここで、黒のNe7はNd/f5~Ne3と二回の跳躍で、キャスリングした白のRf1と、初期位置のQd1へナイト・フォークを仕掛ける順が目につきます。もちろん、これはBxe3 feのエクスチェンジ狙いで、このフォーク自体が実行力がある訳ではありませんが……。しかしながら、白はキャスリングを済ませないと黒がRe8~Nd5+を狙って来る筋に常におびえ続けねばなりませんね。

 なので、8. 0-0キャスリングは入れておきます。対してブロンステインは狡猾に8. ... h6と端に手を掛けました。これは将来的にキングサイドを集中砲火されるのを1手で緩和しているので手自体は価値が高いですが、実戦の流れの中でどのタイミングで取り入れるかはなかなか難しいところがあります。本譜ではここから9. Ne4 Nxe5 10. c4 Ne3 11. Bxe3 feと両者合意の上でエクスチェンジを済ませました。

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(8. 0-0 h6 9. Ne4 Nxd5 10. c4 Ne3 11. Bxe3 fe まで)

  ここでの手の作り方は少し難しいですね。損ねるとゲーム自体が終わってしまう危険もあります。スパスキーは12. c5と出てビショップを引かせてから自分もビショップを引く順を選びました。13. Bc2は、クイーンの縦を通しながら、何かの時にBb3と出るのが、キャスリングした黒のキングの位置を直接睨むのでひとつ狙い筋が増えます。Re8と寄る手は、Be7と引いたビショップを活用した瞬間にルークの利きが白陣を睨むという主張でしょう。しかし次の14. Qd3を考えるとあまり良い手ではなかったかもしれません。

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(12. c5 Be7 13. Bc2 Re8 まで)

  ここで14. Qd3はいいですが、14. ... e2に対しての15. Nd6のサクリファイスがなかなか難しい手でした。

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(14. Qd3 e2 15. Nd6 まで)

 ここで落ちついて15. ... ef=Q+と指すと、16. Rxf1 Bxd6となってまだわからなかったのです。

 本譜では、ブロンスタインはNf8と引いて、白マスビショップのダイアゴナルを開くことを選びましたが、ここは結構白が良いと思います。進めて、17. Rxf1にBf5と指したところでは、お互いのマイナーピースがお互いのクイーンを狙っている状況になっています。

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(15. ... Nf8 16. Nxf7 ef=Q+ 17. Rxf1 Bf5 まで)

 しかし、これは18. Qxf5から攻めて行っても白は大丈夫な局面なのです。5手先のエンディングが、スパスキーには見えていて、ブロンスタインには錯覚があったのでしょう。

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(18. Qxf5 Qd7 19. Qf4 Bf6 20. N3e5 Qe7 21. Bb3 まで)

 21. Bb3は味の良い手ですね。一気呵成に攻め込む体勢を作って、スパスキーも内心は快哉を叫んでいたのではないでしょうか。

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(21. ... Bxe5 22. Nxe5+ まで)

 このディスカバード・チェックが絶妙ですね。ちょうどここらあたりが、先述の『007』で出て来たシーンになります。目を瞑れば、ヴラディク・シェイバル演じるクロンスティーンが、煙草を吹かしながらチェックと渋い声で告げるシーンが眼前に浮かぶようです。

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(22. ... Kh7 23. Qe4+ 1-0)

 投了図以下、Ng6では#3、Kh8では#4で、従って23. ... g6が本筋ですが、24. Rxf8から一手一手です。

 

 ……どうでしょうか。このゲームの素晴らしさを、少しでもお伝えできたなら、それは幸いです。

 最後に、私の好きなドイツの諺を引用して、代打はしめやかに去ろうと思います。

――馬鹿にはチェスができないが馬鹿しかチェスはしないものだ。

 ……どう、思いますか?色んなことを考えてしまいますね。鷺沢文香でした。

 

(続く)