愛とは、全人生をかけてアイドルにチェスを教えること。

フリルドスクエアと行く、奥深いチェスの旅。

第4回 工藤忍の実戦チェスチャレンジ[French Defense, Winawer, Bogoljubov Variation](Frederica Miyamoto v.s. Anastasia)

 

 こんばんは。四回目、『工藤忍の実戦チェスチャレンジ』をやっていきたいと思います!

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 いやー……事務所はなかなかすごいことになってるんですよ……。それもこれも、すべて一人のアイドルが移籍してきたことに始まるんですけどね……。

 

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『あの御方』ですね

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 そうです。『あの御方』です。

 

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名前を言ってはいけないあのひと……?

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 いや、そんなことはないと思いますけど。アイドルですしね。

 

 つまり今まで346レーティング1位の座を守り続けてきたフレデリカさんと5戦マッチを組んで、4戦目で3.5-0.5と勝負を決めてしまった、ロシアからの刺客・アナスタシアさんのことだよ。びっくりしたねぇ……。

 フレデリカさんといえば柚ちゃんの師匠だけど、そもそも今まで全力でチェスしてるところも見たことないくらいすごい人だったから、なおさらびっくりしたのかな。ちなみに、穂乃香ちゃんは加蓮さんに、アタシはあいさんと留美さんに師事してて、それからあずきちゃんはよく将棋もチェスも茄子さんと一緒にやってるかな。

 今日はそのフレデリカーアナスタシアのマッチから、第1局目を紹介するよ。白番がフレデリカさん、黒番がアナスタシアさんだね。両者不適に微笑んで、握手。

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(Figure.1 French Defense : 1. e4 e6 まで)

 

「パパはロシアのチェスプレイヤーなの」

 そう言いながらeポーンに手を掛けたアナスタシアさんの初手は1. ... e6。

 これは初手から驚いたなぁ。チェス大国・ロシアから鳴り物入りで入ってきたアナスタシアさんを、346一の実力者であるフレデリカさんが迎撃する、っていう構図だったのに、まさかの出だしだもん。この一手でアナスタシアさんが主導権を握ったといっても過言じゃないんだ。

 アタシはこのとき知らなかったから、変わった出だしだなぁと思っただけだったけど、広くオープニングを勉強している穂乃香ちゃんやフレデリカさんと研究会している柚ちゃん含め、奏さんや文香さん、加蓮さんが色めき立ったのが印象的だったんだ。この出だしでもって、『フレンチ・ディフェンス』や『フランス防御』っていうオープニングなんだ、って後から聞いてやっとみんなの顔色が変わったのがわかったの。これは19世紀、通信チェスでロンドンとパリのチームが戦った際、パリのチームがこれを採用して連勝した、という由緒がある戦型で、いわばそれをフランスの血が流れるフレデリカさんに逆用したってことは、これは完全にアナスタシアさんの挑発だったんだって。

 戦型としては、黒番から1. e4 e5に始まるゲームの展開を避けることができる、という力戦に持ち込みたい場合に採用するような感じなのかな。ただ、e6とすることでBc8にいる黒ビショップの展開が難しくなるから、指す方もかなり力量が問われる戦型だと思うな。だからこれは、きっとアナスタシアさんの自信の表れでもあったんだね。この手を見てフレデリカさんも顔色が変わったんだ。

 

 以下2. d4 d5と進むことが多いみたい。本譜進行もそうだったよ。

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(Fig.2 Winawer Variation : French Defense ~ 2. d4 d5 3. Nc3 Bb4 まで)

 そして3. Nc3とナイトを使ってdポーンを攻める手に、いきなりのピンで応酬するのがヴィナヴェル・バリエーションだね。後手番ルイ・ロペスのような感覚かな?ただ、dポーンが突かれているのを受けてのピンだから、より強気な手といえるのかも。

 両者淀みない定跡進行だけど、既にイニシアティブがアナスタシアさんにあったからか、どこで何を仕掛けてくるかわからなかったからか、ここからフレデリカさんは小刻みに時間を使いながら駒組を続けていくよ。一方アナスタシアさんはどんどんノータイムで組んでいったね。

 

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(Fig.3 Bogoljubov Variation : Winawer Variation ~ 4. e5 c5 5. Bd2 まで)

 この白の5手目でまたギャラリーが熱気を増したんだ。後から加蓮さんに聞けば、この形はロシアで生まれながらドイツで戦ったGM、ボゴリューゴフの名を冠してボゴリューゴフ・ヴァリエーションと呼ばれている形なんだって。フランス防御を仕掛けてきたロシア人に対して、手のひらを叩く様なこれ以上ないやり返しってことなんだね。「あんな強気で怖いキレデリカさん、初めて見た」って柚ちゃんもありすちゃんも言ってたなぁ……。すっと目を細めたアナスタシアさんも何か冷気を放っているような怖さがあって。

 プレイヤー同士の駆け引きとは裏腹に、もうこうなるとギャラリーのボルテージは高まるばかり!って感じだったよ。

 

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(Fig.4 : Fig.3 ~ 5. ... Ne7 6. Nb5 Bxd2+ まで)

 フレデリカさんがNb5とナイトを跳ねた瞬間にアナスタシアさんのビショップが飛び込んできたね。アタシはこの辺で、なるほど、相当アグレッシヴなスタイルのプレイをする人らしいなぁ、って思ったんだ。

 

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 (Fig.5 : Fig.4 ~ 7. Qxd2 O-O 8. c3 Nf5 9. g4 Nh4 10. g5 cd 11. cd Nc6 まで)

 いきなりチェックでビショップ・エクスチェンジを強制したかと思ったら、自分だけさっさとキャスリングを済ませて腰を落ち着けて盤面の主導権を握りにいったり、アナスタシアさんのプレイスタイルは攻撃一辺倒、ってわけでもなくて、緩急というか抑揚というか、とにかくゲームのリズムの組み立てがバツグンに上手なんだなぁ……っていうのが、アタシが数局彼女のプレイを見せてもらった印象ね。

 フレデリカさんも然る者、相手からの仕掛けに乗りながらクイーンサイドでのロングキャスリングを視野に入れつつ、相手のナイトを端に追ったりと細々テクニックを見せてくれているね。桂馬と違ってナイトは八方向に利きがあるでしょう?だからそのぶんだけ、端のファイルに追いやられたナイトは実力が発揮できなくて損なんだ。上手にピースの特性を把握して働かせてあげるのも、プレイヤーの実力……ってことだね。

 

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(Fig.6 : Fig.5 ~ 12. O-O-O Qa5 まで)

 フレデリカさんはロングサイド・キャスリングで開戦に備えたよ。これでお互いキャスリングを済ませ、局面が少し落ち着くかと思った矢先の12. ... Qa5! これはまた激しい手だねぇ。そして今まで通っている後手の主張は全部aファイルから斜めの攻めっていうのも、偶然じゃないよね。針の穴一つあればアナスタシアさんは攻めを通せちゃうのかも?なんて思っちゃうよね。

オポジットキャスリングかぁ」

 こう呟いたのは加蓮さん。加蓮さん曰く、先手後手が別々のサイドにキャスリングする戦型は『オポジットキャスリング』と呼ばれていて、割合は1割くらいとのことだよ。対抗形の方が多いのかな?

 

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(Fig.7 : Fig.6 ~ 13. Kb1 Qxd2 14. Rxd2 まで)

  フレデリカさんは落ち着いてキングを遠ざけたね。相手からエクスチェンジを仕掛けさせて手番を握ろうという意図もあるんだろうね。ここでお互い女王が盤を降りて、組み立ての難しいゲームになったと誰もが直観で理解していたんだ。

 

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(Fig.8 : 14. ... f6 15. gf gf 16. Bh3 fe まで) 

 ダブルポーンも気にしない、っていう取り込み。でもアナスタシアさんから見れば、ダブルポーンの悪形以上に、fファイルがセミオープンになって、早々にクイーンをショウダウンさせているのも手伝って一度も動いていないBc8がうまく働きそうな展開になっているんだね。柚ちゃんがいつだか、『何を指したらいいかわからないときに正しい手をさせることが強さなのカモ?』って言ってたことがあったけど、こういうセンスは見習いたいなぁ。アタシにはここで指すべき手が全然見えない。こういうのが見えたら、強いんだろうなぁ。

 

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(Fig.9 : Fig.8 ~ 17. Nc7 Rb8 18. Nxe6 Rf6 19. Nc7 Bxh3 まで)

 初期配置から動くことがなかったc8のビショップが、この一撃のために輝いた、って感じ?それにしても、こんな風に序中盤でビショップ2つにクイーンと、斜めの利きが消えた盤上でのゲームはホントに難しいんだ。きっとアタシならすぐ攻め潰されちゃう。

「ナイトの舞踏会です。超絶技巧ですね」ってつぶやいたのは穂乃香ちゃん。

 

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(Fig.10 : Fig.9 ~ 20. Nxh3 Nf3 21. Rdd1 ed まで)

 これもダブルポーンだけど、ナイトの利きと合わせて、うまく白のルークを抑え込んだなぁって感じがするね。みんなちょっとフレデリカさんが大変かなぁって顔をしていたけど、柚ちゃんだけは、盤上のゲーム以外に興味がないみたいだった。

 

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(Fig.11 : Fig.10 ~ 22. Nxd5 Rf5 23. Ndf4 Rbf8 24. Nd3 Nce5 25. Nxe5 Rxe5 まで)

 ナイトが1人ずつ盤上から消えて、派手なバレエもひと段落、だね。アナスタシアさんは白のルークを抑え込んでからすかさず自分のルークをうまく活用することで盤面の制海権を完全に握ったんだ。ルークとナイトで、ロシアのアルマータとコサック騎兵みたいだね。

 

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(Fig.12 : Fig.11 ~ 26. Ng1 Ng5 27. h4 Ne6 28. Rh2 Re4 29. f3 Re3 30. Re2 Rf4 まで)

 この波状攻撃はうまいなぁ。騎兵戦の後はパンツァー、フォー!ってところかな。

 

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(Fig.13 : Fig.12 ~ 31. Rxe3 de 32. Rd3 Rxh4 33. Rxe3 Nd4 34. Re4 Rxe4 35. fe まで)

 戦車戦が終結。ここからゲームを纏めるふたりの技術は必見だと思ったんだ。

 

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(Fig.14 : Fig.13 ~ 35. ... Kf7 36. Kc1 Kf6 37. Kd2 Ke5 38. Ke3 h5 まで)

 アナスタシアさんのは、近接見合いを発生させてからhポーンをプロモーションさせに行くっていう、初歩的ながら狡猾なタクティクスだね。いつだってアタシたちに求められているのは、高い精度の基礎なんだ、きっと。

 

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(Fig.15 : Fig.14 ~ 39. a3 a5 40. Nh3 Nc2+ 41. Kd3 Ne1+ 42. Ke2 Ng2 43. Kf3 Nh4+ まで)

 フレデリカさんがナイトに攻められているのをいなしているようで、黒に自分のナイトにhポーンの進路を邪魔させるよう仕向けさせる、っていう巧みな手順だね。強い人は、悪くなってからだって、簡単に土俵を割らないんだ。いうのは簡単だけど、劣勢のゲームで差を広げられないよう食いついていくのって、すごくしんどいことだと思うな。

 

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(Fig.16 : Fig.15 ~ 44. Ke3 Ng6 45. Ng5 Kf6 46. Nh7+ Kg7 47. Ng5 Kf6 48. Nh7+ Ke7 まで)

 両者ともギリギリまで読むために引き伸ばしながらも、スリーフォールド・レピテーションは避けに行ったね。打開の権利が黒にあるようでは。

 

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(Fig.17 : Fig.16 ~ 49. Ng5 Ne5 50. Kd4 Kd6 まで)

 このキングのにらみ合いは対局者同士のそれをシンボライズしているみたい。勝勢の側は決して間違えず、最後の一手まで精確に指し切るために精一杯で、劣勢の側だって一縷の可能性が捨てきれないで、絶望しかなくなるまで戦い続けるために歯を食いしばっているみたい。

「……ナイトの物語が、もうすぐ終わります」そうポツンとこぼした文香さんは、このときもう未来が見えていたのかな。ねぇ文香さん、未来が見えてしまうって、どんな気持ちなんですか。

 

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(Fig.18 : Fig.17 ~ 51. Nh3 a4 まで)

 これも超基本的な手筋だね。壁としてのポーン、相手のポーンの進軍を阻むポーンだよ。……そして、aポーンがお互い動けなくなるということは、ふたりとも指せる手がひとつ減る、ということ。チェスを初めて最初のころに習った手筋だって、もともと指せる手が少なかった側から、未来を確実に奪っていくベラドンナになることがあるんだ。

 

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(Fig.19 : Fig.18 ~ 52. Nf4 h4 53. Nh3 b6 54. Nf4 b5 55. Nh3 Nc6 56. Ke3 Kc5 57. Kd3 b4 まで)

 満を持して、最後にポーンをぶつけに行ったね。

 

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(Fig.20 : Fig.19 ~ 58. ab Kb4 まで)

 玉頭戦、という言葉が将棋にはあるけど、私はそんな言葉を思い浮かべたなぁ。まるで佐藤康光九段の終盤みたい。キングは最強のピース、ってことなんだね。

 

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(Fig.21 : Fig.20 ~ 59. Kc2 Nd4+ まで)

 もたれて指しながらのフレデリカさんの決定打を与えない、のらりくらりとした指し回しもここまでか。フレデリカさんが負けるかも、っていうのよりも、アタシは、読んでいたお気に入りの物語がもうすぐ終わりそうな雰囲気を醸し出しているような、得も言われぬさみしい気持ちになったんだ。

 

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(Fig.22 : Fig.21 ~ 60. Kb1 Ne6 61. Ka2 Kc4 62. Ka3 Kd4 63. Kxa4 Kxe4 まで)

 ついにシベリア方面軍の掃討作戦が始まった、って趣だね。

 

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(投了図 : Fig.22 ~ 64. b4 Kf3 65. b5 Kg2 0-1 )

  あとはどんなに足掻いたって、確かに黒が歩いてきた時間だけが、埋まらない。

 静かにボードの上にキングを倒して、右手を差し出したフレデリカさん、すごく悔しそうで、でも上気した頬はまるで会心のライブ後のように楽しそうで、なにより綺麗だったなぁ。

 

 最初は近寄りがたいかな、って少し遠巻きにされていたアナスタシアさんだけど、今はチェスを通じてもうみんなの輪の中心にいつもいるんだ。深いところで語り合えるチェスは、人と人とを繋いじゃうんだね。

 

 シュタイニッツは、

――私は人生でフランス防御を指したことがない。あれは非常に退屈だ。

 って言ったって伝えられているけれど、アタシはそうは思わないな。特に、こんな激戦を見せられちゃったら、またひとつアタシの知らない世界の扉が開いたみたいでさ!

 みんなは、どう思う?いつか、いろんな人に、チェスセットを通じて問いかけてみたいな。

 

(続く)