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愛とは、全人生をかけてアイドルにチェスを教えること。

フリルドスクエアと行く、奥深いチェスの旅。

速水奏の映画メモ(『3月のライオン 前編』)

桃井あずき「こうやって、チェスの楽しさを伝えるようなお仕事をもらうようになって。どうして、日本ではチェスが根付きにくいのかなぁって最近考えるんだ」

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綾瀬穂乃香「あずきさんなりの答えは出ましたか?」

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あずき「んーん。全然。ただ、この国には将棋があるからなのかなぁっていうのはぼんやーり思うんだけど。だったら逆に、将棋の素地があるんだからもっと流行ってもいいのかなぁって」

 

穂乃香「似て非なるモノではありますけれど、入口としてはいいかもしれませんね」

 

鷺沢文香「……他人の理解は、自分の理解から。……異文化理解は、自国の文化の理解から。……よかったら、映画を観に行きませんか、ちょうど本を読み終えたので……」

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水奏の映画メモ

イドル・速水奏。背伸び、年相応そしてあどけなさのトリコロールで私たちを魅了して已まない、今最も旬なアイドルだ。 

 女の世界の切り取り方はいつも鮮やかで、ユニークだ。その素敵なファインダーは、和洋を問わず、古今を問わず、様々な映画を観ることによって養われたものだという。

 本誌屈指の人気コーナー、『速水奏の映画メモ』。彼女が今回我々に見せてくれるものとは――

 (文責・鷺沢文香)

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 ――棋士の目つき、という話をしようかしら。棋士に限らないわね。勝負師の目つきは大きく2つのタイプに分けられると思うのよ。

 一つ目が、平時から鋭い眼力で周囲を圧倒するような、生まれついて闘争心を目に宿しているタイプね。この映画だと、後藤九段や、桐山と新人戦を戦う島田順慶五段といった人たちかしら。境目にいながら島田八段もこちらに寄っている感じがするわ。

 そしてもう一つが、平時は線が細くて、神経質そうで、内向的な印象を他人に与えるような人物なのに、自分を奮い立たせて奮い立たせて、自分に活を入れることでやっと人を斬れる目になるタイプ。言わずもがな、桐山のような人よ。……実は宗谷名人だってそうなんじゃないかしら?将棋を指さなければ、しっかり勝ち負けをつけて、勝負毎にどちらかが死ぬような世界にいなければ、どこか気が弱くて、でも誠実に仕事をして……なんて平凡な人生を送ったんじゃないかと思わせるような人たちが、「あなたをそんな目に駆り立てる程のことがあったのね」と思ってしまうくらいの鋭く強い目をして相手に向かっていくの。

 私がこの映画を観てまず思ったのは、勝負の世界だとか、勝負どころの機微だとか以上に、そういったところをとても上手に描いていたことへの感謝だった。

 

 今回私がレビューするのは、『3月のライオン 前編』。邦画の中では、この春一番の注目株じゃないかしら?キャストの豪華さも然ることながら、原作コミックがアニメになった後の実写映画化だったり、またテーマの将棋では、去年から今年にかけて色んな事件があって、否応なく世間の目が集められたりしたもの。思うところはなくはない、けれどそれは別モノ。インターミッション作品で、後半は4/22に公開の予定よ。

 さて、今回もまずは粗筋から行こうかしら。

 

 東京は千駄ヶ谷将棋会館で、史上5人目の中学生棋士としてデビューした17歳の桐山零(神木隆之介)は、義父であり師匠である幸田柾近(豊川悦司)との対局に勝つところから映画のストーリーは始まるわね。幸田は桐山の父と将棋を通じた友人で、9歳の時に飲酒運転のトラックに巻き込まれる痛ましい交通事故で両親と妹を失った桐山を内弟子として引き取って養育した、という経緯が、ものものしい葬儀のシーンで淡々と描かれる。

 今は桐山は幸田の家を出て、川沿いの六月町のアパートで独り暮らしをしているわ。ここには幸田の実子二人との軋轢があるのだけれど……。序盤の、頼りのいない桐山を演じる、翳を横顔に乗せた神木隆之介の演技は流石よ。

 ある夜、桐山は先輩棋士たちに呑まされた後の帰路で、具合が悪くなり道に倒れていた。そこで、見ず知らずの桐山を自宅へと連れて帰り介抱してくれたのが、橋向かいの三月町に住む川本あかり(倉科カナ)だった。その日から、あかり・ひなた(清原果耶)・モモ(新津ちせ)の川本3姉妹と、三日月堂という和菓子屋を営む祖父・相米二(前田吟)との家族包みの交流が始まるのね。あかりは伯母の美咲(板谷由夏)の切り盛りする銀座のクラブでホステスをしながら、母親のいない川本家を回しており、ときどきガリガリに痩せた動物を拾ってきては、お腹いっぱいにしてあげるという奇矯な趣味を持っているの。……ところで神木くんの不健康感は演技よね?心配になって来たわ……。

 そうして対局をこなしながら、学校にも通い、季節が下って行く。ある冬の夜、桐山が自室に帰ると、部屋の前で義姉の幸田香子(有村架純)が待ち構えていた。彼女は幸田の娘で、かつてはプロを目指していたの。でも、幸田は将棋ありきの人生を送るあまり、彼女と息子の歩が桐山に勝てなくなったとき、プロの道を諦めさせ奨励会を退会させた。香車に歩兵――将棋の駒の文字をつけられながら、実父に将棋を諦めさせられた二人の心情は相当な屈折を伴うことだったでしょうね。荒れるふたりを見かねて家を出たのが、桐山が一人で暮らしている事情よ。香子はプロ棋士の後藤(伊藤英明)と不倫のような関係を続けながら、父を避けて家にも寄りつかず、桐山とも家族とも割り切れなければ他人にもなりきれないという微妙な人間関係に苦しんで、桐山のところにときどき顔を見せに来る。演じている有村架純の演技の妙は、「このオンナは危険だ」と本能に悟らせるような所にあると思うの。彼女といえばNHKの連続朝ドラ『あまちゃん』では、主人公の母の若かりし頃を演じて清純派として名声を確立したようなところがあるけれど、こんな冴え冴えとした大人の女性の妖しさと危うさを、脆さと色気で覆い隠すような演技も出来たのね、と感嘆するばかり。

 将棋を通じて築かれていく人間関係の中で、将棋しかない桐山零が掛け替えのないものを失くし、拾い、捨て、得ていく様に、150分と長めの時間をいつしか忘れてしまうわ。

 

 演出という点からいうと、ホステスとして勤めるあかりの部屋の本棚に、デカダン派のユイスマンス『さかしま』がさりげなく並んでいたりするのはニクいわね。コアな将棋ファンだったら、劇中の各シーンに一瞬映る棋書が何かと当ててみたりするのも面白いかもしれないわ。桐山の少年時代に『定跡ガイド』シリーズと思しき表紙が見える、なんてツッコミはなしよ。

 キャストの話をすると、まずとても豪華よね。そして、演技力に定評がある俳優がとてもうまく起用されている感じがするわ。桐山の棋士生活を支えていくふたりとして、島田開八段を演じるのは佐々木蔵之介、私立駒橋高校の林田高志教諭を演じるのは高橋一生と、『医龍』の名コンビよ。コミックの段階からあった島田八段のイメージが、佐々木蔵之介によって命を吹き込まれてピッタリな印象だった、という声も大きいみたいね。彼の渋い和服姿が見られるというだけでも、劇場に足を運ぶ価値があるのではないかしら。 ……萌えるわよ。

 見どころといえば、桐山の心友、としてコミック版から根強い人気のある二階堂四段ね。演じているのは染谷将太だけれど、特殊メイクでぽっちゃり「フクフク」になっていて、可愛らしいわ。外見もだけど、彼の熱い演技はフィクションのクサさがあるものの見て欲しいところね。『潔い、のと投げやり、なのは違う』なんて、激励してくれる友人は憧れね。

 ところで、加瀬亮宗谷名人、伊藤英明の後藤正宗、佐々木蔵之介の島田開、豊川悦司の幸田柾近、甲本雅裕の安井学、と、なぜかみんな将棋で生計を立てているプロ棋士に見えてきてしまうのはこの映画の不思議かしら。今後たとえNHK杯で見かけても驚きがなさそう……うふふっ。個人的な推しポイントは、将棋を指している加瀬亮はどこか斎藤慎太郎六段に佇まいが似ているんじゃないか、ってところね……気になったらあなたも確かめてみて?

 

 全編を通じて、桃色の使い方が印象的なのもこの作品を見るにあたっての着眼点かしら。それもそのはず、監督は大友啓史よ。彼は『るろうに剣心』や『ミュージアム』を手掛けて評価の高い監督だけど、彼の作品には基調となるカラーへのこだわりがあるのも有名よね。3月、というのが春だからかしら?色と一緒に見て欲しいのは、雨ね。将棋はどうしてこうも雨が似合うのかしら。最終盤のシーンの、宗谷名人が和傘をさしながら雨の中木戸を潜って消えていくところなんか、本当に綺麗な画で。着なれていない人間にとって、雨降る土道で袴や足袋に泥を跳ねさせない歩き方って難しいはずなのよ。余裕があったらそのあたりの細々した俳優の演技の巧にも目を向けて欲しいわ。加瀬亮の踝の筋肉の動き方とか、イイわね。

 

 『3月のライオン』とは、イギリスの天気に関する諺、「March comes in like a lion and goes out like a lamb.」から取られているらしいわ。「3月はライオンのようにやってきて、子羊のように去って行く」ってところかしら?将棋監修に携わる先崎学九段いわく、「最終局は3月に行われる。3月には棋士がライオンになる」とのこと。

 将棋が好きな人も、将棋を好きでいたい人も。今まで気にもしてこなかった世界だという人も、これを機に、私たちの国が誇る伝統文化である将棋に触れてみて欲しいという真摯な気持ちでいっぱいになるわ。綺麗なところばかりじゃないのが、素敵なんだって思いたい。あなたと81マスの海の底に辿り着いたなら、そこは暗澹たる場所なのかしら――?