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フリルドスクエアと行く、奥深いチェスの旅。

東郷あい・和久井留美の名局解説その2[後篇](Richard Réti v.s. Alexander Alekhine, 1925, Baden-Baden)

東郷あい「前回の続きからだね。レティv.s.アレヒン、1925年の名勝負だ」

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和久井留美「前回のおさらいをしましょうか。ハイパー・モダン・ゲームの様相で始まったオープニング、途中はレティが優勢を築くも、ナイトの働きでセンターを押さえ、フィアンケットしたレティのビショップを攻める鮮やかな戦略でアレヒンが優位を掴み始めたさなかの、同形三復はらみの局面までだったわね」

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(Figure.1 : 再掲局面図は1. g3 e5 2. Nf3 e4 3. Nd4 d5 4. d3 ed 5. Qxd3 Nf6 6. Bg2 Bb4+  7. Bd2 Bxd2+ 8. Nxd2 0-0 9. c4!  Na6 10. cd Nb4 11. Qc4 Nbxd5 12. N2b3 c6 13. 0-0 Re8 14. Rfd1 Bg4 15. Rd2 Qc8 16. Nc5 Bh3 17. Bf3 Bg4 18. Bg2 Bh3 19. Bf3 Bg4まで)

 

留美「ここでレティには選択肢が少なくとも3つあるわね。つまり、甘んじてビショップ交換を行う、同形三復によるドローを甘受する、そしてビショップを逃げて反撃を伺う。でも、序盤で上手くやったものだから、相手に凭れるのをレティは良しとしなかったのね。ビショップを逃がす20. Bh1が着手で、この手によって局面はレティの側から打開されるわ」

 

あい「続くアレヒンの手は20. ~ h5! これも気が付きにくいが微差を拡大するような好手だね。h4とぶつけて、白のgポーンと交換し先手陣を弱体化する狙いだ」

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(Fig.2 : 20. Bh1 h5 まで)

留美「この手は受けづらいけれどそこまで早い訳じゃないわ。なのでレティはこれを手抜いて黒のクイーンサイドに強襲を掛けることにしたのね。以下21. b4 a6 22. Rc1 h4 23. a4 hg 24. hg Qc7 25. b5 ab 26. abと一気呵成に進むわ。お互い斬り合って、調子づいた白が良く見えすらするこの局面ね。24ムーブ目は流石にfgとは取れないわね。キングの風通しが良すぎるわ」

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(Fig.3 : 21. b4 a6 22. Rc1 h4 23. a4 hg 24. hg Qc7 25. b5 ab 26. ab まで)

あい「同形三復の局面を打開してからの攻め手の作り方は先手も流石といったところだ。先に仕掛けたのは黒なのに、下手を打つと黒陣が根こそぎ持って行かれてしまいそうだ。しかしここでアレヒン自慢のコンビネーションが出て、これがこのゲームを後世に残る名局たらしめているんだ。26. ~ Re3!の特攻がそれだが、この手は見えない、というか見えたら終わりまで見えてしまうような手だね」

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(Fig.4 : 26. ~ Re3! まで)

あい「g3のポーンに、Qc7とRe3が利いていて、これは入ればどちらもチェックで入る手だ。そしてfeとこの差し出されたルークを取る手は、Qg3+とクイーンに付け入るすきを与えるどころか、次にNe3と跳ねだす手のお手伝いまでしてしまう。かといってキングを早逃げしようなどと企もうものなら、すかさずa8のルークがRaa3と応援に来て、厳しくgポーンを攻めたてに来ることが出来るんだ」

 

留美「というわけで現実的には白が指せる手はルークを切ってRg3+を防ぐNf3しかないわね」

 

あい「しかし黒は悠々cbとぶつかっているポーンを交換しQxb5を強要、Nc3と跳ねた手がNe2+を見せながら、白のクイーンに当たっていてとても味が良い」

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(Fig.5 : 27. Nf3 cb 28. Qxb5 Nc3 まで)

留美「これは見る聞く無しに29. Qxb7でしょうね。c7のクイーンの働きが良すぎる一方で、自分のクイーンは責められている。ぶつければクイーン交換に持ち込めるわ」

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(Fig.6 : 29. Qxb7 Qxb7 30. Nxb7 Nxe2+ まで)

あい「当然チェックを入れながらダブル・アタックだ。逃げの一手に対してNe4は黒としてはずっと指したかった手だね。これで白のb7のナイトが完全に置物になったのがわかるかい?また、敢えて急いでNc1と取り込まないことで、ピースを白のキング攻めに集中させているんだね」

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(Fig.7 : 31. Kh2 Ne4! まで)

留美32. Rc4がせめてもの粘りね。黒のBxf3にはRxe4を用意して、またNxd2にはNxd2と同じく返す手が意外とこの後の詰め辛くなるわ」

 

あい「そんなわけで、ここはNxf2と入れるのが良いね」

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(Fig.8 : 32. Rc4 Nxf2 まで)

留美「白はいよいよ手がないわね。Bg2にはBe6と好位置に引く手が普通に良くて、ルーク・ペアに第2ランクを守らせても、Ng4+とキングをKh3とつり出してからのNe5+がディスカバード・アタックよ」

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(Fig.9 : 33. Bg2 Be6 34. Rcc2 Ng4+ 35. Kh3 Ne5+ まで)

あい「逃げるKh2の一手に、ルークをRxf3と切りに行こう」

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(Fig.10 : 36. Kh2 Rxf3 まで)

留美「これはルーク・ペアを活かすRxe2の方が粘れるわね。でも、またNg4+Kh3を強制にNe3+と跳ねる手がディスカバード・アタックよ」

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(Fig.11 : 37. Rxe2 Ng4+ 38. Kh3 Ne3+ まで)

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あい「Kh2の一手にNxc2とルークを切り取り、Bxf3にはNd4と跳ねた手がナイト・フォークだ。本譜はここでレティがリザインした」

(Fig.12 投了図 : 39. Kh2 Nxc2 40. Bxf3 Nd4  0-1まで)

留美「以下の進行は、 41.Rf2 Nxf3+ 42.Rxf3 Bd5と進めて手順にピース・アップを狙いましょう。黒はルークとポーンが残っているので、これは必勝ね」

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(Fig.12.1 : 41.Rf2 Nxf3+ 42.Rxf3 Bd5 まで)

 

あい「お互いに妙手強手の連発で、とても見ごたえのある掛け値なしにいいゲームだと思うよ。……ところで、日本の将棋を見慣れた君たちは、チェスの棋譜をこれまで私たちといくつか見てきて、どうして敗勢に陥ってから形作りをして適度なところで投げないのか、と思ったことはないかい?」

 

留美「将棋とチェスの一番の違い、それはゲーム性や升目の数、駒の違いなんかじゃなくて、精神性に帰着されるのかもしれないわね。将棋は潔癖を是とする。潔さこそ美学だ、という棋道があるわね。対して、チェスは希望がある限り縋り、希望が見出せなくなっても神を信じ、絶望以外に手がなくなるまで指し続けることが求められる。この違いこそ、最大の相違点かしら」

 

あい「将棋と比べながら理解をしよう、と試みると、そんなことを考えてしまうよね。今日はタルタコワの言葉を引用させてもらおうか」

 

留美――レティは才気にあふれたタイプの芸術家であり、対戦相手よりもむしろ自分自身と、自身の理想と疑念と戦うのだ、というやつね。タルタコワがレティを賞賛した言葉よ」

 

あい「自分の理想や疑念と戦うというのは、自分こそが最大の敵ということで、ある意味もっとも苦しい戦いを強いられるものかもしれない。だが、その険阻な道の先にはいったいどのような絶景が広がっているのだろうね。期待されているなら、応えるまで。それ以外に指し手などないだろう」

 

(続く)