愛とは、全人生をかけてアイドルにチェスを教えること。

フリルドスクエアと行く、奥深いチェスの旅。

東郷あい・和久井留美の名局解説その2[前篇](Richard Réti v.s. Alexander Alekhine, 1925, Baden-Baden)

東郷あい「みんな、久しぶり。東郷あいだ」

f:id:rikkaranko:20170330213834j:plain

和久井留美「和久井留美よ。今日はこの前のWells v.s. Habu戦に続いて、過去の名ゲームを紹介、解説していくわよ」

f:id:rikkaranko:20170330213844j:plain

あい「この前のは2005年とちょうど干支が一回り前だったが、今回はぐっと溯ろう。戦前、1925年のゲームだ。日本では阪田三吉が活躍していた頃かな」

 

留美「その政治的背景から、この時代の優れたチェスプレイヤーは国籍の判定が難しい、なんて話もあるわね。そんな時代の秀逸なゲームよ」

 

あい「1世紀近くも前の話だと侮ること勿れ……その感覚は両者とも今見ても素晴らしい。きっと心を籠めて並べれば、今のプレイヤーにとっても大変参考になるはずだ」 

 

留美「それにしても、プロデューサーもうまいこと考えたわね、まったく」

 

あい「あぁ、前回、フリルドスクエアの子たちにゲーム解説をした後、留美さんと呑みに行ったんだけどね。そこでプロデューサーも合流して、流れでチェス盤を挟んだ訳だよ」

 

留美「酒が入ると柄にもなく熱くなっちゃうのよね……。そんなわけで、私たちは賭けをした。結果見事に負かされて、こうしてコーナーを任されるに至ったわけよ」

 

あい「このコーナーでは、フリスクのメンバーがやっているような形式ではなく、私たちが雑談を交えながら、名ゲームを序・中・終盤いちおう一通り浚う、ということをやろうと思っている。彼女たちより私たちの方が厳しいかもしれないな」

 

留美「スタイルとしては、柚ちゃんのに似てるかしらね。でも、彼女は上手いことゲームの盛り上がりどころだったり、実戦の中での駆け引きとオープニングの理論だったりと切り抜いて要点だけ纏めているから初学者に寄り添っていて、一通りを扱う私たちとは少し違うわね」

 

あい「そんなわけで、ぼちぼちやっていこうか。まずこの形を見て欲しい」

f:id:rikkaranko:20170330192408j:plain

(Fig.1.1 : King's Fianchetto Opening/Benko's Opening/Hungarian Opening)

あい「初手g3はキングズ・フィアンケット・オープニングハンガリアン・オープニングベンコーズ・オープニングと呼ばれている、ソコルスキー・オープニング(1. b4)のように、初手1手で名前がついているオープニングだ。その発動条件の簡単さに反して、日本語の資料は少なくともネット上では、私は見つけられなかった。この形を説明するにあたって、調べてみたんだがね……。Chess.comというサイトがあるんだが、ここではこれまでに30,000ゲームも初手g3が指されているというのだが……」

 

留美「日本語版Wikipediaには申し訳程度に1. g3はBenko Openingと呼ぶ、という内容の記述があるわよ。個別ページはないわね。英語版の方にはe4,d4,c4,Nf3に次ぐ5番目にポピュラーな初手と書かれているけれど……。最近のプレイヤーではポーランドGM、Tomasz Markowskiあたりが白番でよく使って好成績を挙げているわね」

 

あい「そうか、不思議なものだな……ポーン・ストラクチャーでゲームを組み立てようとする旧来の考えに対して、他のピースで中央を支配するバランス感覚でゲームを組み立てようとする考え方モダン・ゲームと呼ぶことがあるのだが、数々のモダン・ゲームのなかでも比較的概念のわかりやすい初手だと思うのだが……」

 

留美「将棋と違って駒交換後の打ち直しがないからかしら。戦型分類にかけてはチェスはとてもシビアな印象があるわ。あるところで局面図だけ切り出したら同じになるゲームでも、初手からの流れで違うオープニングに分類されたりするのはチェスの面白いところね」

 

あい「ちなみに、初手1. Nf3はこの1手でもってやはりツカルトート・オープニングと呼ばれている。先ほどモダン・ゲームは比較的新しい概念だというようなことを述べたが、少なくともレティが活躍した1920年代にはモダン・ゲームの概念は存在していたことが分かる」

f:id:rikkaranko:20170330194459j:plain

(Fig.1.2 Zukertort Opening)

留美「もっというと、ツカルトート・オープニングから1. ~ d5 2. c4と進むとこれはレティの名前を冠してレティ・オープニングと呼ばれるわ。2. ~ dcと取ってどうかと思うかもしれないけれど、その進行で黒が勝っているのは僅か2~3割ね。3. Na3や3. e3で白がいいみたい」

f:id:rikkaranko:20170330194647j:plain

(Fig.1.3 Réti Opening : 1. Nf3 d5 2. c4 まで)

あい「余談だが、アレヒンも自分の名前がついたオープニングを持っているね。オープニング研究はカパブランカを除くチェス・プレイヤーの永久の課題ってことだ」

 

留美「今回紹介するのは、レティの指したベンコーズ・オープニングの1局ね。途中でツカルトート・オープニングのラインと合流して同じ局面に入るから、その辺りにも注目すると、モダン・ゲームの序盤感覚としては参考になるかもしれないわね。レティの斬新な盤上感覚を、アレヒンが天才的なコンビネーションで退けた名局よ」

 

あい「アレヒンは、向こうでの発音に寄せてアリョーヒンと呼ばれることもある、ロシアの名プレイヤーだ。このゲームは、アレヒン自慢のゲームの中の1局でもある」

 

留美「私がレティサイドを持ちましょうか」

 

あい「じゃあ、私がアレヒンか。留美さん、よろしく頼むよ」

 

留美「えぇ。先述の通り、初手は1. g3ね」

 

あい「対してe5と突いた」

 

留美「そこから2. Nf3ね。マイナーピースをいきなり繰り出してセンターの制海権を握ろうという独創的だけど理に適った手だわ。この流れは今ではリバースド・アレヒン・ヴァリエーションと呼ばれているわね」

f:id:rikkaranko:20170330195012j:plain

(Fig.2.1 Reversed Alekhine Variation : 1. g3 e5 2. Nf3 まで)

あい「モダン・ゲームはウチの事務所ではあずきくんや加蓮くん、フレデリカあたりが得意としているね」

 

留美「特に他のふたりと違って、あずきちゃんには将棋の経験値があったからかしらね。厚みを築く指し回しと言うか、その辺りの機微の呑み込みがとても早くて驚いたわ」

 

あい「少し進めようか。黒の5ムーブ目で少し触れたい形があるんだ。以下、2. ~ e4 3. Nd4 d5 4. d3 ed 5. Qxd3 Nf6、とここまでだ」

f:id:rikkaranko:20170330200423j:plain

(Fig.2.2 : 2. ~ e4 3. Nd4 d5 4. d3 ed 5. Qxd3 Nf6 まで)

留美「確かにこの手はアレヒンの思想が顕著ね」

 

あい「やっぱり留美さんにはわかっちゃうか、まぁそうだね、これはアレヒンのゲームだしね。このNf6という手だが、先述したアレヒンの名前がついているオープニング、アレヒン・ディフェンスを特徴づける手なんだ。基本図までは1. e4 Nf6で、この形をそう呼ぶ」

f:id:rikkaranko:20170330200610j:plain

(Fig.1.4 Alekhine Difense : 1. e4 Nf6 まで)

あい「この形は当初は黒の手損と言われていた。しかし、こう指されれば当然白は2. e5と突き越すわけで、その伸び過ぎを咎める、というまるで将棋のような感性でアレヒンはこの形を指し、そして好成績を収めた。ナイトを中央に活用することでポーン・ストームに逆にプレッシャーをかける、というのはアレヒンの得意技であったのかもしれないね」

 

留美「本譜進行に戻りましょうか。6. Bg2 Bb4+ね」

f:id:rikkaranko:20170330201844j:plain

(Fig.2.3 : 6. Bg2 Bb4+ まで)

あい「手の流れからは自然な進行だが、細やかな折衝だ。6. Bg2はビショップをチェスボードの対角線上の最長ダイアゴナルに載せて働かす手筋ながら、白がこの手でキャスリングの権利を得ている。対してチェックでBb4+と出るのは、この手自体が黒にキャスリングの権利をもたらす手でありながら、白のキングが動いてくれれば白だけがキャスリング権を手放さなければいけなくなるわけだ」

 

留美「したがって、キングを動かしたくない白の手は決まるし、そうすれば黒も必然の応酬が続くわ。7. Bd2 Bxd2+ 8. Nxd2 0-0よ」

f:id:rikkaranko:20170330202502j:plain

(Fig.2.4 : 7. Bd2 Bxd2+ 8. Nxd2 0-0 まで)

あい「8. Qxd2は嫌だね。今クイーンは第3ランクまで難なく出て、ちょうど将棋でいうところの『浮き飛車』のような、とても働きの良い位置にいる。d2に押し込んでしまうと、その女王は僧侶と変わらないじゃないか」

 

留美「アレヒンがキャスリングを行って、局面は少し落ち着いたかに見えるこの瞬間、レティから渋い好手が出るわよ」

 

f:id:rikkaranko:20170330210101j:plain

(Fig.2.5 : 9. c4! まで)

あい「これは……c5の反発を誘っているが、するとcdとN4b3~Nc5の両方のスレットが受けられないのか。そしてdcとは取りたくないな。アレヒン側は駒が立ち遅れている。いずれにせよ白がcファイルをハーフ・オープンにする狙いは通ってしまうが……これはcdにNb4~Nbxd5の狙いでNa6を用意するのが良いだろうか」

 

留美「これはcdと取りこむわね。Nb4に空いたばかりのcにクイーンを進出するQc4Nbxd5と」

f:id:rikkaranko:20170330211319j:plain

(Fig.2.6 : 9. ~ Na6 10. cd Nb4 11. Qc4 Nbxd5 まで)

あい「黒番としては、この局面を『Bg2のフィアンケットしたビショップさえ退かせられれば、キャスリングを済ませポーン・シェルターを持ち、ナイトでセンターを押さえている黒が有利な展開に持ち込める』という大局観を持ちたいところだね。フィアンケットしたビショップを攻める手筋は、Bg4(Bf5)~Qc8~Bh3だが、いきなりやるのはc4のクイーンが常に虎視眈々と黒のキングを睨んでいてやりづらい。まずc6を突いて、クイーンの利きを切っているd5のナイトを支えてやりたいところだ」

 

留美「以下進行は、12. N2b3 c6 13. 0-0 Re8 14. Rfd1 Bg4 15. Rd2 Qc8 16. Nc5 Bh3ね」

f:id:rikkaranko:20170330212549j:plain

(Fig.2.7 : 12. N2b3 c6 13. 0-0 Re8 14. Rfd1 Bg4 15. Rd2 Qc8 16. Nc5 Bh3 まで)

留美「白は13ムーブ目でキャスリングを入れたけれど、これはRfd1~Rd2と手順にルークを活用するのを目指しているのね。ちなみに、220万局のゲームを分析した結果、7割のゲームでは先後ともにキングサイドにキャスリングしていたらしいわよ。この手は強手ね、14. Bxh3と取ろうものならQxh3が飛んできて、ナイトの顔を立てて15.Nxb7 とポーンシェルターを攻略しに行っても、Ng4と手抜いて攻めてくる黒の足が速過ぎるの」

 

あい「なのでBf3と逃げる一手かな。これには引き続きBg2とぶつけたい。黒番だから千日手上等だ。以下の進行は、本譜も17. Bf3 Bg4 18. Bg2 Bh3 19. Bf3 Bg4となっている」

f:id:rikkaranko:20170330213500j:plain

(Fig.2.8 : 17. Bf3 Bg4 18. Bg2 Bh3 19. Bf3 Bg4 まで)

留美「ここでレティが局面を打開するところから、次回やりましょうか。今日はここまでにしましょう」

 

あい「そうだね、ちょうど一区切り、といった局面だ。モダン・ゲームは巧者がやると一手も遊ばないから見ていて飽きないね」

 

(続く)