愛とは、全人生をかけてアイドルにチェスを教えること。

フリルドスクエアと行く、奥深いチェスの旅。

速水奏の映画メモ(『完全なるチェックメイト』)

ペラッ

 鷺沢文香「……」

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 ペラッ

文香「……!」

 

文香「……フフッ」

 

パタン

 

文香「……お仕事、ですか。……せめて、奏さんのお仕事に、見劣りしない様に……」

 

ガチャ パタン

 

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速水奏の映画メモ

イドル・速水奏。攻撃性の牙を裡に秘めながら尚愛らしいという、未成年にして大人の女の色香を醸す、今最も旬なアイドルの一人かもしれない。持って回った言いまわしすら、気取りを感じさせず、等身大の彼女を構成するひとつのファクターだ。 

 女の独特で鋭敏なセンスと、年相応の少女の可愛らしい感性は、古今東西映画芸術によって培われたと言っても過言ではないだろう。我々は彼女の魅力の秘訣に迫り、また彼女の更なるチャームを引き出そうと日々奮闘している。

 本誌屈指の人気コーナー、『速水奏の映画メモ』。今回はどのような目を我々に授けてくれるのだろうか。

 (文責・鷺沢文香)

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 ……驚いているの。そうは見えないかしら?うふ、ほんとよ。

 何に驚いているかって、この前の記事にかなりの反響を頂いた、って聞いて。嬉しいわね。奇跡って毎日どこかで起きてるのよ。星の数ほどある、誰かの目を通した世界の切り取り方。そこに共感が得られるのって、ひとつの奇跡なんじゃないかしら?少しずつ、誰かの心に残る様な物語を紡いで行けたら、素敵ね。

 

 私が今回持ってきたのは『完全なるチェックメイト』という映画よ。2014年、アメリカの映画。115分の伝記映画よ。まずは粗筋を語らせて。

 不世出のチェスの天才と呼ばれたボビー=フィッシャーが、1972年当時の世界チャンピオン・ボリス=スパスキーに挑んだのは、実際の出来事よ。1972年っていえば、冷戦の最中ね。

 ボビーが生まれたのは1943年のことよ。

 父親はロシアのモスクワ大学に招聘された生物物理学者だった。彼の母親と父親はモスクワで出逢って結婚、子どもを授かった。この子はボビーの姉ね。一姫二太郎、なんて言葉があるけれど、ふたりは家庭にどんな幸せを望んでいたのかしら。その幸せは長くは続かなかったのだけれど……。ソビエト連邦に、ユダヤ人排斥の風潮が広がると共に、この二人のユダヤ人はパリへと移住、その後離婚し、ボビーの母は自分が国籍を持っていたアメリカへと帰るわ。イリノイ州でボビーを出産したときは、ホームレスも同然の生活をしていた頃だったというのよ。

 ボビーとチェスの出逢いは、彼が6歳のときの話。落ち着きのない少年だったボビーを静かにさせようと、姉がチェスセットを買い与えたことがきっかけ。まさか弟が将来チェスの世界を塗り替えてしまうなんて、思ってもみなかったことでしょうね。運命なんてそんなものなのかもしれないわね。ボビーはこのときからチェスに目覚めた。

 8歳のボビーをチェスクラブに連れ出したのは、母親。でもその思惑は、彼の好きを上手にしてあげようなんてものではなかったの。「こっぴどく負けて、チェスなんか諦めてしまえばいい」、そう思って母親は息子の手を引きクラブを訪れた。彼女の企てとは裏腹に、ボビーはクラブに通い、現実から目を背けるようにチェスにのめり込んで行ったわ。母親は共産党員となり、連日連夜男を家に連れ込んでいたというのも、少年ボビーが盤上の世界に安寧を求めた理由のひとつかもしれないわね。数奇な出会いに導かれた彼は14歳でアメリカ国内の王者を手にし、15歳でグランドマスターに輝くの。いつしか、天才はチェスに人生を捧げることを決めていた。

  ブルガリアで開かれたチェスの大会にて、ゲームの組合せと結果から、不自然なドローの多さを疑い、聡明な彼はフィクサーとしてチェス大国・ソビエト連邦が裏で糸を引いていることに気が付いた。それは彼を恐ろしい事実に思い当たらせたわ。それは、ソ連がこの態度である限り、ボビーは永遠に世界チャンピオンにはなれないということ。1972年まで、実に24年間、ソ連人がチェスの歴代世界チャンピオンに君臨し続けた時代のことよ。当時のチャンプはボリス=スパスキー。彼はチェスを辞めると叫んで開場を飛び出してしまった。1962年のこと。

  それから3年後、人生を賭けるチェスに裏切られた様に思い、ふさぎ込む生活をしていたボビーの所にやってきたのは、代理人になりたいと申し出た弁護士・ポール。彼に補佐を受け、そして以前にボビーとも、かのスパスキーとも対戦したことがあった強豪・ロンバーティ神父にもサポートされて、自国カリフォルニアの試合でボビーはチェスに復帰する。彼は国によってチェスを取り巻く環境の違いを指摘。特に頭にあったのは、国の威信を賭けてチェスを振興するソ連。彼は矢継ぎ早に主催者に注文を付けていくけれど、成果に恵まれることが無く、彼はまたいっとき表舞台を去ることになるわ。

 次の復帰は、2年後に行われたハンガリーでの国際ゲーム。このときの、世界チャンプを目指すという宣言はボビーのファンをとても喜ばせたことでしょう。でも、ひとりだけその状況を冷静に見て危惧している人もいた。それが、ロンバーディだった。1ゲームの中で星の数ほどの次の手が見えると述べるボビーの精神を心配していたのね。この予感は悪い形で的中する。とうとう世界チャンプに挑戦するという72年のこと。空港でボビーを待っていたカメラに激怒し、試合前に逃亡してしまったのよ。このときボビーの頭は被害妄想と陰謀論に支配されていた。

 この事件はすぐにアメリカ政府の耳に入る。ときのニクソン政権は、国務長官キッシンジャーを通してボビーに試合を見せる様に要請した。これは、たったひとりでチェス大国・ソ連に立ち向かう群集の英雄としてアメリカがボビーに注目していたことを受けたプロパガンダの意味合いもあったのね。こうして、彼の思いとは関係のないところで独り歩きしたアメリカ対ソ連、冷戦の代理戦争としての意味合いばかりが世界で強調されていく中、ボビー・フィッシャーは檜舞台に立つことになる。

  世界チャンピオン決定戦は、チャンプ・スパスキーが挑戦者・フィッシャーを迎撃するという形式の、24局の長丁場。

 1局目にして、ボビーはスパスキーに完敗。世界のチェス・ファンはこれでボビーはとても厳しい戦いを強いられることが間違いない、と思う程に叩きのめされた。続く2局目、彼は失踪して現れなかったわ。会心の初戦に続いて不戦勝を手にしてソ連ばかりが勢いつく。失望の色を滲ませるアメリカをどこ吹く風と帰ってきたボビーは、3局目をドローに持ち込んでから4,5と立て続けにスパスキーを充実した内容で撃破。

 そして、両者は2.5-2.5のタイスコアのまま伝説の6局目を迎えて、チャレンジャーは初手e4以外を知っていることを証明したの。スパスキーは、6局目でボビー・フィッシャーに拍手をするために世界チャンピオンとして座っていた』なんて言われた戦いよ。神の一手、と称えられる犠牲手をボビーが放った後、スパスキーは立ち上がり彼を惜しみなく賞賛した――。

 『チェスは盤上の戦争。目的は相手の精神を砕くことだ。』そんな哲学の下に、人生を64マスの盤上に捧げた孤独な英雄は、どんな因果か、64歳でその生涯を閉じたのよ。

 

 本作は、ボビー・フィッシャーの伝記であると同時に、彼とは対照的な性格でありながら、チェス大国・ソ連の威信と誇りを一身に受け止め彼と同じく精神をおかしくするまで追い詰められたボリス・スパスキーにも焦点を当てているから、単なる伝記映画の域を超えた手に汗握る展開になっているの。こういった展開は、『アメイジング・グレイス』で評価を確立した脚本家・スティーヴン=ナイトのお家芸ともいえるわね。

 また、キャスティングの観点からいうと、ボビー・フィッシャーを演じているのは『スパイダーマン』シリーズでスパイダーマンを好演しているトビー・マクワイア。ボリス・スパスキーを演じているのは『ウルヴァリン』でセイバートゥースを演じたリーヴ・シュレイバーよ。スパイダーマンv.s.セイバートゥースがチェスで行われている、と見ればそれはそれでとても面白い構図よね。ずば抜けた演技力を持った二人が余すところなく天才を演じている本作は、伝記映画の最高傑作だと私は思うの。その凄絶さは、言葉にすれば、安くなってしまうから。ただ、感じるだけ。

 

 少し本筋と外れた話をすると、この作品、原題は『Pawn Sacrifice』というの。ニクソンにとってのフィッシャーと、ブレジネフにとってのスパスキーは犠牲手を可能とするポーンに過ぎなかったというわけかしら、それとも……ふふっ。

 映画というのは等しく難しいものだと思うけれど、こと伝記映画というものは誰かの人生を描くと云う点でとても難しいと思うわ。その人物の、いつごろの、どんな出来事にスポットライトを当てるかによって、同じ人物を扱った伝記映画はまったくの別の作品になってしまうからね。その点で、本作は敢えて他の所を淡々と流し、フィッシャーv.s.スパスキーの世界チャンピオン戦に絞ったのがとてもよかったと思う。ボビー・フィッシャーはこの戦いが行なわれたアイスランド・レイキャビークでその生を終えたことも感慨深くて、紛う方無く彼の人生の山場だったのでしょうね。その時代をわざわざ旧式カメラで撮影している、というエドワード・ズヴィック監督の拘りも映像面では鑑賞のポイントよ。監督のセンスは『ラスト サムライ』で御墨付でしょう?

 

――私の国ではチャンピオンになるとまるで王にでもなったかのようだった。しかし多くの責任が押し寄せてくる中、誰も私を助けようとする者はいなかった。

  これは、他ならぬボリス・スパスキーの言葉よ。彼も、才能という内的世界と環境という外的世界の絶え間ない軋轢に悩み続けた天才としての生涯を生きた一人よ。

 天才をひとり生むことは、悲劇をひとつ作ることに他ならないのかもしれない。凡庸な自分の人生すら、感情と表現とを切り離して、冷めた見方でとらえた方がどれだけ楽なことかしら。本当の自分を曝け出して、誰かに否定されるのが怖いもの。でも、そんな自己弁護に塗れた韜晦は結局のところフェイク、偽物でしかありえないのでしょう。

 あなたも、私の本物の気持ち。本物だから、どうか…… 優しく扱って。