愛とは、全人生をかけてアイドルにチェスを教えること。

フリルドスクエアと行く、奥深いチェスの旅。

オープニングの理論について(シシリアン・ディフェンスその1)

ガチャ

藤忍「穂乃香ちゃん、はろー!」

f:id:rikkaranko:20170322023446j:plain

 

綾瀬穂乃香「忍さん。おつかれさまです」

f:id:rikkaranko:20170322023434j:plain

 

忍「今日はレッスン?」

 

穂乃香「いえ、今日は、こんどのお仕事の予習をしようかと本を借りて来たので、事務所ならゆっくりと読めるかと思いまして……」

 

忍「お仕事って……チェスのドラマのヤツだよね?」

 

穂乃香「はい!それで、学校の図書館でチェスの本を探して来たんです」

 

忍「おぉ!実はアタシもなんだ!本じゃないけど……お仕事でチェスのドラマやるってなって、へへっ、ようやくアタシもアイドルとして名前が売れて来たかな♪って思ってたんだけど、ぜんぜんチェスのこと知らないし……ってプロデューサーさんに相談したら、事務所のチェスが出来るアイドルに声をかけておいてくれる、って言ってくれて!」

 

穂乃香「そうなんですか。チェスのこと、全然わからなくて困ってて、私だけじゃなくてよかったです……その方はもうすぐいらっしゃるんでしょうか、お邪魔でなければ隣で見ていたいんですけれど……大丈夫ですかね?」

 

忍「うんうん、たぶんもうすぐだと思うんだけど……アタシからも頼んでみるから、来てくれたら一緒に教わろうか!」

 

??「おつかれさま」ガチャ

 

忍「あ、おつかれさまですー」

穂乃香「お疲れ様です」

 

奏「プロデューサーさんから、忍ちゃんにチェスを教えてあげて欲しい……って言われたんだけど」

f:id:rikkaranko:20170322023504j:plain

 

忍「チェスが得意なアイドル……って奏さんだったんですね!」

 

奏「得意……ってほどではないけれど、昔、『ボビー・フィッシャーを探して』っていう映画を観て、それからハマっちゃったのよね、ふふっ。これからチェスのお仕事の主役をやるあなたたちは知ってるかしら。それじゃ、早速だけどはじめましょうか。穂乃香ちゃんもいっしょで?」

 

穂乃香「はい、あの、横で見てても……」

 

奏「ふふっ。こちらにいらっしゃいよ。ふたりはチェスはどのくらい知ってるのかしら?」

 

忍「アタシは駒の動かし方がわかるくらいです!」

 

穂乃香「私は、動きの他に、棋譜の読み方がやっと……なくらいです」

 

忍「あ、アタシも棋譜はわかります!」

 

奏「ふぅん、なるほどねぇ……じゃ、基本的なところからいきましょうか」

 

  • オープニングの理論

 さて、じゃあまず何から説明しようかな……うーん、どうしようかなぁ……そうねぇ、じゃあ……チェスの目的って何だと思う?

 うん、そう。相手のキングを逃げられないように追い詰めることよね。相手を逃げられないように追い詰める、そのためにお互いが交代で、攻めたり、受けたり、強気に出て見たり、ときには逃げて追わせてみたり……ふふっ、まるで恋みたいなゲームでしょう、チェスって?

 似たボードゲームに将棋があるけれど、将棋との一番の違いは、取ったピース取られたピースはもうそのゲームでは使えないってことよね。だから、ピース同士の連結や利きの効率といったものがより重要になるの。将棋でも、序盤で相手から少しでも優位を奪うために定跡というものがいくつもあるでしょう。同じようなものがチェスにもあって、ラインと呼ばれるわ。恋にラインはないのにね……ふふっ。からかってみただけよ。

 

 ゲームの開始から10~15手くらいの、序盤についてのラインやその変化を中でも特にオープニング、と呼ぶわ。オープニングの目的は、大きく3つね。「駒の働きを良くすること」「中央を支配すること」それから、「自分のキングの安全を確保すること」。これを見て。

f:id:rikkaranko:20170322024942j:plain

 これがチェスの初形よね。でもこのままじゃ、動けるピースはポーンとナイトしかないわ。だから、中央に展開しながら、ピースが動きやすく、かつそれぞれのピースが連携する様な形を目指すの。当然、相手も同じことを考えるから、もう読み合いは始まっているわ。みんなそう、願わくば、相手の理想形を妨げながら、自分の理想形を作りたい……ふふっ。

 そうやって、色んなひとたちが長い年月をかけて研究してきた変化の上に、今の膨大なオープニングは立っているの。考え方としては、こんな感じかなぁ。

 ひとつ、オープニングの具体例を見ながらおさらいしてみようかしら。

 

 ほんとは、オープンゲームについての説明からしてあげたほうが親切なのかもしれないけど、こちらの方が考え方がわかりやすいと思うのよね。それに、さっきちらっと話に出た伝説のチェスプレイヤー、ボビー・フィッシャーが最も得意としたオープニングときけば、興味も出るでしょう?

 まずは、こう。

1. e4  c5

f:id:rikkaranko:20170322030743j:plain

 この形が、シシリアン・ディフェンスと呼ばれている形よ。えぇ、シシリアン・ライスのシシリアンね。レモンで有名な、イタリアのシチリア島に因んでいるのかしら。

 白番がまず、中央の支配を目指しながら、クイーンもビショップも使いやすくしようとポーンを突きだすでしょう。これに対して、おなじように考えて黒番がe5と応じるとオープンゲームという形になるのだけれど、その形だとどうにも黒番が勝ちにくい、と感じた人たちが研究したのが、この形。

 黒の応手の意味は、右半分(e~h)の制圧を許す代わりに、次に白がd4とポーンを突いてセンターの覇権を握ろうとする手を牽制しながら、左半分(a~d)の制空権を握ろう、という感じね。何気ない2手の応酬に見えて、もうお互い譲らないという主張が暗にあるの。恋のメールみたいでしょう……なんてね。ここまでが、シシリアン・ディフェンス。次にいくわよ。ここからはもうお互いに手が広いわ。ラインを交換していきなりデートに誘ったり、もう少し相手のことを知ろうとしたり、そんな感じかしら……?

 

2.Nf3 d6   3.d4 cxd4

f:id:rikkaranko:20170322032216j:plain

 白が2.Nf3~3.d4と、黒が初手で指したc5のポーンにいきなりぶつけて交換を目指す形を、オープン・シシリアンと言うわ。黒は2手目の切り返しにもいろいろ選べるけれど、この形が最近はやっぱり一番指されていると思うから、この説明をしようかな。テンプレート的なやりとりって、ベタだけど大事よね……ふふっ。

まずはNf3ね。この手だけだと曖昧だけれど、次のd4とポーンを突きだす流れを考えれば必要な布石になっているの。単純にいきなりd4とぶつけても、cxd4と取られて次の手が続かないわ。ここで、Nf3とナイトをd4の地点に利かせておけば、

4.Nxd4 Nf6

f:id:rikkaranko:20170322032819j:plain

 ね。こうやってナイトを中央に使いながら、相手のポーンを取り返せるでしょう?いきなりデートに誘っても断られて気まずくなるけれど、断られるのを見越してあえてディナーに誘ってみて、すかさず「じゃあお茶なら……!」って強引に誘ってみる、そんな感じかな?ディナーはちょっと、でもお茶だけなら……なんて、そんな駆け引きがこのチェスボードの上では行われているとしたら、少しロマンチックじゃないこと?

……え?なんで黒はNf6と応じるのかって?e5のポーンが浮いているのを狙ったのね。相手の良い様にばかりはさせない、っていう強い手で、白に守りの手を指す様に催促しているわ。お茶に行くのはオッケーしたけれど、日にちと場所は私が向こうには決めさせないわ……もう無理に恋愛に喩えなくていい?あらそう……

5.Nc3

f:id:rikkaranko:20170322033444j:plain

 じゃあ、e4のポーンを守りに行きましょう。守る手は幾つか考えられるけれど……たとえば、f3なんて手はどうかしら?あまりやる気のしない手ね。なんでかというと、だってほら、初手で通したクイーンの利きが止まっちゃうもの。何か駒を中央に展開しながらe4に紐をつける手はないものかしら……ということで、Nc3があるわ。これなら、白としてはナイトをふたつとも中央に展開出来て満足でしょう?ここまでが、シシリアン・ディフェンスの基本形よ。この後の黒の応じ手によって、ここからは幾つものバリエーションがあるんだけれど……。

 あまり一度にいっぱいやっても困っちゃうわね。今日はここまでにしましょう。

 穂乃香ちゃんの持っているその本、良い本よね。……え?この、『Love is: trying your whole life to teach your wife to play chess.』って言ったのはどんな人かって?ふふっ、気になるわよね。これはオランダの作家で、グランドマスターにもなったJan Hein Donnerの言葉ね。訳せば、そうねぇ、『愛とは、全人生をかけて妻にチェスを教えること』とでもなるのかしら。このチェスが文字通りのボードゲームだとしても、とても素敵なコトバだけれどね。駆け引きとか、二人で向き合う時間とか、お互いの考えていることを理解し合おうとすることとか、全部ひっくるめてのメタファーだとしても、素敵よね、なんてね。

 

(続く)