愛とは、全人生をかけてアイドルにチェスを教えること。

フリルドスクエアと行く、奥深いチェスの旅。

幕間 将棋にポジショナル・プレーを導入~鷹富士システムの謎に迫る~


桃井あずき「大盤がチェス盤じゃなくて将棋盤だから戸惑ったヒトもいるかな?イタズラ大作戦……ってわけじゃないんだ」

f:id:rikkaranko:20180209221323j:plain

 

芳乃「年末に、こんな対局がありましたー」

f:id:rikkaranko:20180209221346j:plain

 

あずき「国際交流かな?」

 

おぜう様七番勝負 第5局 | Shogi.io(将棋アイオー)

 

あずき「驚きの初手左香から、まさかの右金。この一見して今までの常識にないような手の組み合わせから始まる『鷹富士システム』について、今日は考えてみようかなって」

 

芳乃「特別企画でしてー」

 

あずき「鷹富士システム、とはチェスに学びと気付きを得た鷹富士茄子さんが、チェスのポジショナル・プレーの概念を将棋に導入しようとして作った将棋のシステムのことを、あずきたちが便宜的にそう呼んでるモノだよー!」

 

芳乃「ちぇす、と将棋の違いはいくつかあるのですがー、『ちぇすは将棋と比べ駒が少ない』、ということは大きいと思うのでー」

 

あずき「ほかに『盤外に除かれた駒の打ち直しができない』っていうのも大きいよねー」

 

芳乃「つまりはー、『ちぇすの方が、一手一手に於ける駒の価値を重んじる傾向がある』ということもできましょうー」

 

あずき「チェスと将棋の一手の定義は厳密には違うけど、プレイヤーが一度駒を動かす動作、ってことだよね」

 

芳乃「その通りでー」

 

あずき「チェスでは駒数も少ないし取った駒は打ち直せない。だから、駒の働きや価値を局面ごとに最大化しようとするわけだけど……」

 

芳乃「その局面で働きを良くしようというのは当然ながらー、ある局面での駒はー、後々の局面でも働きよく使えるように繋ぐように働いていないというのもまた求められることでしてー」

 

あずき「鷹富士システムは、そんな狙いに基づいて茄子さんが研究してたシステムだよ!駒数がチェスより多く、打ち直しもできる将棋で、一手一手の働きと価値を最大化するような手を指せたら……チェスを知った茄子さんがそう思うのはわかるような気がするよね」

 

芳乃「今日はすぺしゃるな企画としてー、『将棋でちぇすをする』鷹富士しすてむをー、わたくしとあずきさんとでー、解説していくのでー」

 

あずき「茄子さんが『鷹富士システム』に行きつくまでの試行錯誤を、実戦譜を用いながら時系列的に辿っていくよ!チェス、将棋、どちらのプレイヤーにとっても、考え方として参考になるところはあるんじゃないかなっ」

 

1.鷹富士流のアイデア

 

芳乃「実際の対局を紹介しながらー、解説をつけていくのはー、鈴木英春先生の『英春流』の本にひんとをいただいたのでしてー」

 

あずき「英春流は対四間飛車かまいたち戦法、対振り飛車に右四間飛車をベースに、相居飛車なら菊水矢倉を目指して……っていう総合戦法だよ。禅にインスパイアされた英春先生が、ひとつ覚えればどんな相手にでも対応できるもの、として考えたんだって!」

 

芳乃「とするとー、どんな相手にも対応するというのを目指したという点でー、『鷹富士しすてむ』は『英春流』のようなものかもしれませぬー」

 

あずき「最初に、茄子さんが駒の働きを純化しようと考え始めた頃の対局をいくつか紹介・解説するよ!まずはやっぱり、これかなぁ」

 

・後手番 対矢倉・居角左美濃急戦

 

後手番 対矢倉・居角左美濃急戦 | Shogi.io(将棋アイオー)

 

あずき「『居角左美濃』や『左美濃急戦』と呼ばれる戦法を茄子さんが採用したこのゲームだよー。『居角左美濃』はコンピュータ・ソフトを用いての研究で若手が練って実戦投入し、華々しい成果を上げて注目されるようになったっていう背景があってね」

 

芳乃「この対局ですねー」

 

 

芳乃「森内先生はー、今や永世七冠となられた羽生善治先生に先駆けて永世名人の資格を獲得された名棋士でしてー。矢倉の名手である森内先生の矢倉が左美濃急戦によって粉砕されたのは観る者に大きないんぱくとを与えましたー」

 

▲7六歩△8四歩▲6八銀

 

あずき「先手番は、『小細工なしの居飛車党』を自称する村上巴ちゃん!」

 

芳乃「これは今(2018年2月)からちょうど一年ほど前でしてー。その半年ほど後から大人気になる『雁木ぶーむ』の前ということもありー、この一年ほどの速い流れを思いますー」

 

あずき「雁木ブームも凄かったよねぇ。『矢倉は終わったと思います』なんて言っちゃうプロが出てきたりさ。雁木もそうだけど、「飛先を切られても効率で差をつける」という概念が根っこにあるのかな。そういう意味で、雁木、居角左美濃、そして鷹富士システムは似てるところも結構多い気がするんだー」

 

芳乃「斎藤先生の左美濃の本は良い本だと思いまするー」

 

△3四歩▲6六歩△6二銀▲5六歩△6四歩▲4八銀△5二金右▲7八金△4二玉▲6九玉△3二銀▲5八金△6三銀▲6七金右△3一玉▲2六歩△8五歩▲7七銀△7四歩▲2五歩△7三桂▲2四歩△同歩▲同飛△2三歩▲2八飛

 

あずき「飛先を切られるのが嫌なように見えるけど、手番が来る方が大きいと見たんだろうね。この後、居角左美濃もどんどん駒組や仕掛けの手順が洗練されていくっていうのもあるけど、今見るとお互いちょっとラフな駒組や仕掛けだなぁって思ったり」

 

芳乃「この企画は左美濃急戦の仕掛けについての紹介ではなくー、鷹富士流についてなのでー、枝葉末節かと思われますがー」

 

あずき「そうだねっ。……ところで、『3四歩』みたいに本では数字と漢字を組み合わせて表記されるのを見るけど、『34歩』みたいに書く人もいるよね?これってどっちが正しいとかあるのかな?」

 

芳乃「将棋連盟は数字表記を採用しておりまするー。記録係の取る寄付なども算用数字で書かれているのでー、おそらくは数字と漢字を混ぜることで読む人にとって読みやすい工夫なのかとー」

 

あずき「なるほどねー」

 

△6五歩▲5七銀△6六歩▲同銀右△6四銀▲7九玉△1四歩▲9六歩△9四歩▲1六歩△8四飛▲3六歩△4四角▲6八銀△7五歩▲同歩△8六歩▲同歩△6五歩▲5五銀△同銀▲同歩△8六飛▲8七歩△3六飛▲3七銀△3五飛▲3六歩△5五飛▲4六銀△5四飛▲4四角△同歩▲8二角△6六歩▲5七金△6五桂▲5八金△同飛成▲同飛△7七歩▲同桂△6七銀▲5九歩△5八銀成▲同歩△7七桂成▲同銀△6七金▲6八歩△5九飛▲6九桂△7八金▲同玉△5六角▲6七銀△同歩成▲同歩△5八飛成▲6八金△6七角成▲8八玉△8五桂 まで92手で後手・鷹富士の勝ち

 

あずき「茄子さんの終盤の殴り方とかは観てみてほしいけど、紹介するものがいっぱいあるから、サクサクいくよっ」

 

・先手番 鷹富士流端玉銀冠

 

先手番 鷹富士流端玉銀冠 | Shogi.io(将棋アイオー)

 

あずき「さて、鷹富士流の紹介だねー」

 

芳乃「鷹富士流には鷹富士流相掛かりや鷹富士流端玉銀冠などありますがー、特に対振り飛車穴熊に茄子さんが連採した鷹富士流端玉銀冠を紹介しますー」

 

あずき「これはエイプリルフール企画で柚ちゃんが自身で解説したのもあったよね!まさかアレがチェスに基づいた考え方で、こうやってまとめて紹介する伏線になっていたなんて!」

 


芳乃「しらじらしいこと山のごとし、でしてー」

 

▲2六歩△3四歩▲2五歩△3三角▲7六歩

 

あずき「先手が茄子さん、後手は芳乃さんだよー」

 

芳乃「この進行での角交換は千葉流でしてー」

 

△3二銀▲4八銀△4二飛

 

あずき「芳乃さんは四間飛車が得意な振り飛車党だよ!このとき(2017 年 3 月)は流行全盛の角道オープン四間飛車が猛威だったねー」

 

芳乃「振り飛車党がわたくしかー、周子殿くらいしかいないのでー」

 

▲5八金右△6二玉▲6八玉△7二玉▲7八玉△8二玉

 

芳乃「振り飛車穴熊を見せまするー。ところでいつから対振り持久とは居飛穴を指すようになったのでしょうー」

 

あずき「天守閣美濃が藤井システムにやられてからかな?」

 

芳乃「いつの間にか玉頭位取りは居飛穴に、居飛穴は天守閣に、そしてまた居飛穴に……堅き城は人の求める常なのでー」

 

▲8六歩△9二香▲5六歩△9一玉▲5七銀△8二銀▲6六歩

 

あずき「後々また触れると思うけど、茄子さんもこの頃は角道を止めてたんだねー」

 

芳乃「居飛車音無しの構え、なんてものも世にはありまするー。持久に組み止めるまでは角交換から動かれたくない、という心情もわかるものでー、ゆえに角交換も辞さない鷹富士しすてむは厄介なものでしょうー」

 

△4四歩▲8七玉△4三銀▲7八銀

 

芳乃「角交換をしない鷹富士流対振りなら、天守閣美濃から端玉銀冠が狙いの流れになりますー」

 

あずき「穴熊に堅さで負けそうなものだけどね」

 

芳乃「穴熊は堅いですがー、玉の退路がないので『ばらんす』に欠けますー。そこが鷹富士流の狙いかとー」

 

あずき「詳しいねー」

 

芳乃「何度もしてやられたのでー」

 

△5二金左▲9六歩△9四歩

 

あずき「端歩って難しいよね。チェスとはまた違う意味で」

 

芳乃「現代将棋の肝、でしてー」

 

あずき「現代将棋といえば、実は振り穴に端玉銀冠、流行らないかなぁって茄子さんはこのころからずっと言ってたんだけどね。やっぱり半年くらいすると、女流タイトルで加藤女王が採用するようになるんだよね!」

 

芳乃「堅さを持った玉頭位取りができるならー、それは居飛車の腕が鳴るでしょうー」

 

▲9八玉△6四歩▲8七銀△7四歩▲7八金△6三金▲6七金右

 

あずき「これは居飛車としては、せっかく角道を止めたので、▲6八金右ではなくこちらで高く構えて見せようってことなのかな?」

 

芳乃「いかにもー。先手としては△7二飛から攻めてくるのが見えていますがー、それで上等と観ているところが振り飛車への嫌味なのでー」

 

△7二飛▲6八銀△7五歩▲同歩△同飛▲7七銀△7二飛▲7九角△5四銀▲5五歩△4三銀▲8五歩△2二飛▲7六銀直

 

芳乃「▲8五歩、で、振り穴の急所、8筋の位を取られましたねー」

 

あずき「こんなもので振り穴が潰れてしまうというのは怖いよねー」

 

芳乃「将棋は菱形を作ったら大体の場合は勝ち、と有名な棋士も言ってますしー」

 

あずき「そうなんだ」

 

芳乃「嘘でしてー」

 

△5二銀▲6八角△7四金▲7五歩△7三金▲2六飛

 

芳乃「茄子さんはー、手の作りづらい局面で飛車を浮くのが好きな気がしますー」

 

あずき「それもチェスから得た発想かな?将棋では手が詰まってるようなところでも、チェスではルークを浮くのが自然な局面って結構ある気がするし」

 

△4五歩▲3六飛△4三銀▲4六歩△2四歩▲4五歩△2五歩▲4四歩△同角▲4六飛△3三桂▲7七角

 

あずき「5筋、8筋の位を活かして攻めようって魂胆だね」

 

芳乃「位取りの重みはちぇす・ぷれいやーの方が身に沁みてわかっているやもしれませぬー」

 

△4五歩▲3六飛△2六歩▲6五歩△2七歩成▲6四歩△同金▲8四歩△同歩▲5四歩△7七角成▲同金寄△5四金▲6六飛△6四歩▲5五歩△6五歩▲5四歩△6六歩▲8三歩 まで 87 手で先手・鷹富士の勝ち

 

芳乃「見えている地点が違いすぎたのでー」

 

・後手番 鷹富士システムの母型

 

後手番 鷹富士システムの母型 | Shogi.io(将棋アイオー)

 

あずき「次の対局は……先手は紗枝さんだね!これは2017年4月……っていうと、ポナンザと佐藤天彦名人の対局があった頃かな?」

 

芳乃「初手▲3八金、は瞠目だったのでー。すべての駒の価値と効率を学び直せ、というような機械の手にー、茄子さんもまた、挑発された一人だったかもしれませぬー」

 

▲7六歩△8四歩▲7八金△7二金▲7七角△3四歩▲8八銀△3二金▲6九玉△6二銀▲4八銀△5二玉

 

あずき「鷹富士システム中住まい型、っていうのがあったけど、そのアイデアの発端みたいなゲームだよね」

 

芳乃「すべての戦型はそうですがー、記念すべき第一号局というのは得てしてあとに洗練されていく概念を物差しにみるといろいろと粗いものなのでー」

 

▲4六歩△7四歩▲4七銀△6四歩▲5八金△7三桂

 

あずき「右の桂馬がずいぶん早いよね」

 

芳乃「後々のしすてむの攻め方に結実しますがー、これは6筋から速攻する順の他にー、8筋にぽんと跳ねー、相手がそれを取り切るのに躍起になっているうちに6六の地点当たりに拠点を築く方が勝るという理念でしょうー。急所の歩二枚と囲わない側の桂馬を交換し拠点ができるならー、歩二枚の方が勝るかも、というのは現代将棋の問いかけでしてー」

 

あずき「相手の立ち上がりが遅ければ本譜みたいに両桂跳ねて5筋殺到をみせるっていうのもあるよね。桂馬を犠牲に拠点を……っていうとチェスでいうハロウィン・ギャンビットみたいな感じかなぁ。文香さんは鬼殺しみたい、って言ってたけど、あずきはハロウィン・ギャンビットは寧ろ角換わり桂ポンとか、そういう風に見えるなぁ」

 

 

▲5九角△6三銀▲3六銀△4二銀▲4五銀△3三銀▲6六歩△4四銀▲同銀△同角

 

芳乃「茄子さんの将棋は、金属のぶつかる音がよくするのでしてー」

 

あずき「火花も見えるよね」

 

芳乃「ちょっとなにいってるかわかんないのでしてー」

 

あずき「なんでよ!」

 

▲6七金右△9四歩▲7七銀△8一飛▲2六歩△9五歩▲7九玉△5四銀▲5六銀△3三桂▲3六歩△5五銀打▲同銀△同角▲4七銀△6一飛

 

あずき「浮き飛車と引き飛車を場合によって使いこなすのって、まんまチェスのルークの使い方だね!」

 

芳乃「鷹富士しすてむで飛車を引く場合はー、地下鉄飛車と右四間の二つの狙いを受けねばならなくなるのでー」

 

あずき「それもあっての桂馬の活用を急ぐってことかな。チェスだとナイトはポーンの次に戦陣に送り込まれるものだし」

 

▲3七角△6五歩▲同歩△同桂▲6六歩△7七桂成▲同金上△6五歩▲7八桂△6六歩▲同金直△4四角▲5六銀△6五歩▲6七金引△5五銀打▲1六歩△5六銀▲同歩△7七角成▲同桂△4七金▲4五歩△3七金▲同桂△4六角▲6八歩△3七角成▲1八飛△3六馬▲3八飛△3七銀▲3九飛△4八銀打▲2九飛△3八銀成 まで 80 手で後手・鷹富士の勝ち

 

あずき「エンドゲームの手筋……!」

 

2.鷹富士流の真髄

 

・後手番 鷹富士流相掛かり

 

後手番 鷹富士流相掛かり | Shogi.io(将棋アイオー)

 

あずき「この先手は巴ちゃんだね」

 

▲7六歩△7二金

 

あずき「うわー」

 

芳乃「このあたりでー、すべての定跡を疑ってかかろうという強い姿勢を感じますー」

 

あずき「単にいきなり飛先を突く手が、相手の応手次第で損にもなるかも……ってことだよね。序盤に損にならない、っていうか、ならないと思われる手をなるべく序盤から積み重ねよう、っていうのが鷹富士システムの正体なのかも。ルイ・ロペスとかイタリアン・ゲームみたいな。ふたつとも、穂乃香ちゃんが解説してたはず!」

 


▲2六歩△3二金▲2五歩△8四歩▲2四歩△同歩▲同飛△2三歩

 

あずき「飛先の歩を切って、効率的に損になるかも、っていうのは居飛車党誰もし、考えたくなかったよね。『飛車先の歩交換、三つの得あり』……なんて格言もあるくらいだし。将棋のルールを覚えたチェスのグランドマスターも、飛車先の歩を切って引ければ良形、っていってくらいだもん」

 

芳乃「この状況を、雁木の開祖・檜垣是安殿は面白がっていることでしょうー」

 

▲2八飛△3四歩▲7八金△8五歩▲7七角△同角成▲同金△2二銀▲7八金△8六歩▲同歩△同飛▲8八銀△7六飛▲7七桂△5二玉

 

あずき「横歩取り青野流みたいだよね」

  

芳乃「茄子さんはー、飛先の歩を交換した勢いで横歩を抜くのは価値が高い手だと信じているのでしょうー」

 

あずき「問題はこの手の活かし方で、最速でそれを目指すから横歩取りは対策され難しいのかもね」

 

▲9六歩△3三銀▲9五歩△8六飛▲6八玉△7四歩▲8七銀△8二飛▲4六角△6四歩▲同角△7三桂▲8五歩△6三金

 

芳乃「この 7三(3七)桂+6三(4七)金という形を非常な好形とするのこそ、鷹富士しすてむの真髄なのでー。飛車も引けたら尚よしー、これを目指すためー、そして右銀の進路の妨げとならない手こそ初手7八金なのではないかと思うのでー」

 

▲4六角△8一飛▲7六銀△5四角▲8七銀△7五歩 まで 46手で後手・鷹富士の勝ち

 

・後手番 鷹富士流天守閣美濃 対7八飛戦法

 

後手番 鷹富士流天守閣美濃 対7八飛戦法 | Shogi.io(将棋アイオー)

 

▲7八飛△8四歩▲7六歩△8五歩▲7七角△6二銀▲4八玉△3四歩▲3八玉△4二玉▲2八玉△3二玉▲6八銀△5二金右▲8八飛△5四歩▲3八銀△5三銀▲7八金

 

あずき「柚ちゃんが『腹が減ったらカレーメシ』ってやってたけど、『急戦向かい飛車にも対振り持久』って感じかな」

 

芳乃「この対局はー、とあるばらえてぃの企画でしてー。先手でいきなり三間に振ったのはー、他の事務所のあいどるでしたねー」

 

あずき「ブラウンがイメージカラーのね!太眉かわいいよね!」

 

△2四歩▲6六歩△2三玉▲6七銀△3二銀▲8六歩△同歩▲同角△1四歩▲6八角△8七歩▲同金△6四歩▲8六歩△6五歩▲同歩△8八角成▲同金△5五歩▲7七角△4四歩▲7八金△1五歩▲7五歩△8四飛

 

あずき「おわかりいただけだだろうか……」

 

芳乃「もう後手は手順に5筋の位と浮き飛車を手にしているのであるー……」

 

あずき「端玉銀冠まで入れなくても、天守閣美濃で戦える、ってとこだね」

 

▲7九金△2二玉▲7六銀△4三金▲8五歩△8二飛▲5五角△5四銀▲7七角△6二飛▲7一角△4二飛▲5六歩△5一飛▲6四歩△7一飛▲5五歩△4五銀▲6三歩成△7四歩▲同歩△同飛▲7五歩△7一飛▲6八金△5六歩▲6六角△8二飛▲6七金△3三桂▲7七桂△3五歩

 

あずき「結局玉頭の位を取りに行くんだね」

 

芳乃「鷹富士流はー、対穴熊なら 2(8)筋、対美濃なら 3(7)筋ということでー。簡単でしょー?」

 

▲6五桂△5一飛▲7四歩△2五桂▲2六歩△3七桂成▲同桂△3四銀▲2七銀△1四角▲2五歩△同歩▲5三と△3三金▲3八金△3六歩▲2五桂△同角▲4六桂△3五桂▲2六歩△2七桂成▲同金△3七銀▲2九玉△4六銀成▲同歩△3五桂▲2八金△2七歩▲3八金△3七歩成▲2五歩△4七桂成▲3九金△3八歩 まで 112 手で後手・鷹富士の勝ち


・先手番 鷹富士流天守閣美濃 対中飛車

 

先手番 鷹富士流天守閣美濃 対中飛車 | Shogi.io(将棋アイオー)

 

▲2六歩△3四歩▲2五歩△3三角▲7六歩△4二銀▲4八銀△5四歩▲5六歩△4四歩▲5八金右△5二飛▲6八玉△6二玉▲5七銀△7二玉▲7八玉△5三銀▲8六歩△6四銀▲8七玉△5五歩▲同歩△同銀▲7八銀

 

あずき「引き続き茄子さんの天守閣美濃を見ていくよー」

 

芳乃「後手で中飛車を持つのはー、周子殿でー」

 

△5六歩▲6八銀△8二玉▲2四歩△同歩

 

あずき「脱税だね」

 

芳乃「ろまん、でしてー」

 

▲2二歩△同角▲2四飛△3二金▲2二飛成△同金▲4三角

 

あずき「後手から2五飛~2九飛成の攻めが見えてる分、怖い順だよね」

 

△2五飛▲5三歩△5一飛▲3四角成△2九飛成▲5五角△9五桂▲7七玉△1九竜▲9六歩△5四香▲4六角△4五歩▲同馬△5七歩成▲同銀△同香成▲同金△3三桂▲5五馬△6四銀▲6六馬△4五歩▲6四角△同歩▲9五歩

 

あずき「味良い二枚替えだねー」

 

芳乃「自分が持つと馬より竜の方が頼りがいがあるように思えるものですがー……局面の収め方がー、名奉行なのでー」

 

△7二金▲5六香△6五歩▲4四馬△4一飛▲5四馬△5五歩▲5二歩成△5六歩▲同金△5九角▲8七玉△8四香▲7七銀打△同角成▲同玉△8六香▲6四桂△8七銀▲7二桂成△同銀▲6二銀△7八銀成▲同玉△8七香成▲同玉△6九竜▲7一銀打△同飛▲同銀不成△同玉▲7二馬△同玉▲6一銀△6三玉▲5三金△7四玉▲6三角△6四玉▲5四金 まで 103手で先手・鷹富士の勝ち

 

・後手番 相掛かり△8五飛戦法

 

後手番 相掛かり△8五飛戦法 | Shogi.io(将棋アイオー)

 

あずき「本譜は鷹富士流の相掛かりだよ!先手を持つのは紗枝さんだね」

 

芳乃「羽衣小町の攻める方、でしてー」

 

▲2六歩△8四歩▲2五歩△8五歩▲7八金△3二金

 

あずき「茄子さん、一時期はこうやって相居飛車には相掛かり誘導してたのに、システム完成後は指さなくなったよね」

 

芳乃「相掛かりがあるからこそー、初手に飛車先を突くことを辞めたともとれましてー」

 

▲2四歩△同歩▲同飛△2三歩▲2八飛△9四歩▲3八銀△9五歩▲2七銀

 

あずき「小早川の相掛かり棒銀だ」

 

芳乃「9筋の位を取るのはプロにもある発想でしてー」

 

△3四歩▲2六銀△8六歩▲同歩△同飛▲8七歩△8五飛▲7六歩△8六歩

 

あずき「8五に引いたのに歩を打って横歩取りを志向するんだから、面白いよね」

 

芳乃「手損より効率を重んじるのもー、またちぇすっぽいのでー」

 

あずき「この局面だけ見れば、角交換から▲8五角と打ってみたいけどねー」

 

芳乃「彼女は見えているものが違うのでしょうー」

 

▲8六同歩△同飛▲8七歩△7六飛▲2二角成△同銀▲8五角△7八飛成▲同銀△7二銀▲7七銀△7五金▲7六角△4四角▲6六歩△7六金▲同銀△6六角

 

芳乃「すぐに△7六同金と角を取り切ってしまわないのが大切なのでー」

 

あずき「茄子さん、横歩を抜く手を重く見てるんだから横歩取り指せばいいのにね、って思うんだけどなぁ」

 

芳乃「横歩取り先手番ではー、△4四角戦法に気に掛かるものがあるとかでー」

 

あずき「あ、そうなんだね」

 

▲9八香△9九角成▲2五銀△8九馬▲2四歩△同歩▲同銀△2三歩▲同銀成△同銀▲2四歩△1四銀▲2三金△3一金▲1六歩△6二玉▲1五歩△2七歩▲同飛△2三銀▲同歩成△3五桂 まで 64 手で後手・鷹富士の勝ち

 

芳乃「これが△2七歩と叩いて飛車を吊った効果になっているのでー」

 

あずき「求められるのはいつも、高い精度の基本だね」

 

3.鷹富士流対振りの完成と初手の模索

 

・先手番 鷹富士システム初手▲3八金型 対中飛車

 

先手番 鷹富士システム初手▲3八金型 対中飛車 | Shogi.io(将棋アイオー)

 

▲3八金△3四歩▲7八金△5二飛▲5八玉△5四歩▲2六歩△5五歩▲4八銀△4二銀▲2五歩△3三角▲7六歩△5三銀▲9六歩△5四銀

 

あずき「中飛車側に好形を許したように見えるよね」

 

芳乃「居飛車側の好形がそれを上回ればよいだけの話でー」

 

▲4六歩△3二金▲6八銀△6二玉▲6六歩△7二玉▲3六歩△6四歩▲9五歩△8二玉▲6七銀△7二銀▲4七銀△6三銀上▲3七桂△7四歩▲2九飛△7三桂▲9七角△7二金▲7五歩△同歩▲同角△7四歩▲8六角△5一飛▲7七桂

 

あずき「中飛車に対し中住まい」

 

芳乃「両の桂馬を跳ねているのでばらんすはとれてますよー」

 

あずき「鷹富士システムのことを『勝てるアヒル』って言ってた人がいたよね……」

 

△4四歩▲7六銀△4二角▲6七金△6一飛▲8五桂△8四歩▲7三桂成△同玉▲5六歩△同歩▲同銀△5一飛▲7九飛△3五歩▲5五歩△同銀▲同銀△同飛▲5六歩△5一飛▲5五桂△5四銀▲3五歩△8三桂▲6五歩△7五銀▲同銀△同桂▲同角△同歩▲7四歩△6二玉▲7三銀△同金▲同歩成△同玉▲7四金△同玉▲6六桂△7三玉▲7四銀△6二玉▲5四桂△同飛▲6三銀不成△5一玉▲5四銀成△3六角▲4七金△5四角▲6三銀△2七角成▲7一飛△6一桂▲7二飛成△4一玉▲6一竜△5一歩▲5二銀不成△3一玉▲3四桂△3八銀▲4三桂不成△同金▲同銀成△4七銀成▲同玉△3八銀▲5七玉 まで 113手で先手・鷹富士の勝ち

 

芳乃「将棋はー、堅さと広さのどちらに行き着くのでしょうー」

 

あずき「チェス・プレイヤーとしてのあずきは、広さに行きつくのが当然なようにも思うけどね」

 

・後手番 鷹富士流端玉銀冠 対向かい飛車+3七桂型銀冠

 

後手番 鷹富士流端玉銀冠 対向かい飛車+3七桂型銀冠 | Shogi.io(将棋アイオー)

 

芳乃「お次は先手、周子殿の向かい飛車でしてー」

 

▲7六歩△8四歩▲6六歩△3四歩▲7八銀△8五歩▲7七角△6二銀▲6七銀△4二玉▲8八飛

 

あずき「振り飛車は実は高美濃や銀冠にするより、美濃で止めておいた方が飛車交換に強いと思うんだけど、どうなんだろ……ところで、最近の茄子さんはこの鷹富士流端玉銀冠すら指さないの、なんでだろ」

 

芳乃「平美濃に何か嫌なところがあったのかー、それとも単に『しすてむ』が優秀だからなのかー」

 

△5二金右▲4八玉△3二玉▲3八玉△5四歩▲2八玉△2四歩▲3八銀△2三玉▲1六歩△1四歩▲5八金左△3二銀

 

あずき「羽衣小町の受ける方」


▲4六歩△1二玉▲4七金△2三銀▲3六歩△3二金▲3七桂△4二金右▲5六歩△5三銀▲2六歩△7四歩▲2七銀△6四歩▲3八金△7三桂▲4五歩△8一飛▲9六歩△9四歩▲9八香△6五歩▲6八飛△4四歩▲同歩△同銀▲5八銀

 

芳乃「これはー、飛車の利きを通しながら左銀を囲いに近づけるー、大変価値の高い一手なのでー。こういう手が出ると振り飛車が勝つものですがー」

 

△8六歩▲同歩△7五歩▲6七銀△3五歩

 

あずき「銀を手損で動かさせ、相手のテンポを奪いに行く……これってどっちかっていうとチェスの攻めだよね。そしておまたせ3筋の位取り!」

 

芳乃「玉頭戦への備えですねー。ぽじしょなる・ぷれーといいますかー、位の取り方守り方ー、そして突き捨て方が鷹富士流の成否を握りますねー」

 

▲7五歩△6六歩▲7六銀△3六歩▲同銀△6一飛▲1五歩△同歩▲1四歩△同銀▲2五歩△4六歩▲4八金引△3五歩▲2七銀△2五歩▲2四歩△3三銀▲6六角△6五歩▲5七角△2四銀▲4六角△9九角成▲7三角成△8九馬▲4六馬△2三銀▲3六歩△3四桂▲4五馬△2六歩▲1八銀△3三桂▲3五馬△4七歩▲同金直△4六歩▲4八金引△3五銀▲同歩△3六歩▲3四歩△3七歩成

 

あずき「桂馬の取り合いは、これが王手。終盤の速度計算が楽、というのも端玉銀冠のメリットだよね」

 

芳乃「えんどげーむの計算を簡略化したいのもー、ちぇすの悲願ですからー」

 

あずき「4六歩~3五歩なんて驟雨のように突き刺さってるように見えるけど、これチェスの素養がある人なら『ポーン・ストーム』そのものだって気が付くんじゃないかな」

 

芳乃「ぽーん・すとーむができるのも、対振り鷹富士流の狙いのひとつなのでしてー」

 

▲3七同金左△1六桂▲3九玉△2五桂▲2六金△5七角▲4八飛△3七歩▲1三歩△同玉▲1四歩△同銀▲2五金△3八歩成▲同玉△4八角成▲同玉△4七金▲3九玉△3八歩▲2九玉△2八飛 まで122手で後手・鷹富士の勝ち

 

あずき「ちなみに茄子さんは、『平美濃+向かい飛車なら鷹富士流では1手の差を埋められない』って謎の言葉を残しているのだけど……」

 

・後手番 鷹富士流居合抜き端玉銀冠 対角道オープン向かい飛車

 

後手番 鷹富士流居合抜き端玉銀冠 対角道オープン向かい飛車 | Shogi.io(将棋アイオー)


あずき「前項に引き続いて、周子さんの向かい飛車相手の端玉銀冠。本項は角道オープン型だよ。周子さんは向かい飛車好きだよね」

 

芳乃「対する居飛車の作戦はー、後に藤井聡太先生と村山慈明先生が『居合抜き超速』としてゴキ中への対策として広めるー、居飛車側から角道を開けないというものでしたー」

 

あずき「居飛車音無しの構え、みたいだよね」

 

▲7六歩△8四歩▲7七角△8五歩▲8八飛△6二銀▲6八銀△4二玉▲4八玉△5二金右▲3八玉△5四歩▲5六歩△3二玉▲2八玉△5三銀▲3八銀△2四歩▲5七銀△2三玉▲4六銀△3二銀▲1六歩△1二玉▲1五歩△2三銀▲3六歩△3二金▲2六歩△6四銀▲5八飛△6五銀▲7八金△7六銀▲5九角△3四歩

 

あずき「左銀で角頭を攻めてから、居飛車側は角道を通す……っと。左美濃急戦めいた構想だね」

 

芳乃「21手目▲4六銀ですがー、三間飛車などでも流行りの形でー。『三間飛車新時代』は面白く読ませてもらいましたー」


▲5五歩△同歩▲同銀△8六歩▲同歩△8八歩▲7七桂△8九歩成▲5六飛△8八と▲6八金△8七と▲8五桂△8六と

 

芳乃「8六歩と突き捨ててから8八歩と打つ、わーぷの手筋なのでー」

 

あずき「実戦で求められるのはいつも、高い精度の基本!」

 

芳乃「後手は理想形なのでー、と金の活用だけを考えていればよいとー」

 

▲7三桂成△同桂▲3七角△6五銀▲5八飛△7七と▲同金△5七歩▲同飛△4五桂▲5八飛△5七歩▲7八飛△3七桂成▲同桂△5五角▲6六金△同銀▲同歩△8七飛成▲7五飛△6六角▲7三飛成△5八歩成 まで 74手で後手・鷹富士の勝ち

 

あずき「ポーンの使い方を将棋に輸入したら、叩きやらワープやら、一撃一撃が重い感じする」

 

・先手番 藤井システム

 

先手番 藤井システム | Shogi.io(将棋アイオー)

 

芳乃「これは今までの棋譜とはちょっと趣を異にするものでしてー」

 

あずき「茄子さんの藤井システムだもんね」

 

芳乃「なぜこれを鷹富士しすてむの解説に入れるかというとー、本譜は3七の地点を通って高美濃に組むのですがー、この発想が7七を通って居飛穴を目指すような『しすてむ』に繋がっていったと確信が持てるからなのでー」

 

▲7六歩△3四歩▲6六歩△6二銀▲6八飛△5四歩▲1六歩△1四歩▲7八銀△4二玉▲3八銀△3二玉▲4六歩△5二金右▲6七銀△8四歩▲7七角△8五歩▲3六歩△4二銀

 

芳乃「△4二銀で急戦調にー。次に△7四歩として速攻をみせたいものでー」

 

▲4八玉△7四歩▲5八金左△5三銀左▲3七玉

 

あずき「前述のはこれだね」

 

△5五歩▲2八玉△5四銀▲4七金△6四歩▲3七桂△7三桂▲5六歩△6五歩▲3五歩△同歩▲5五歩△同銀▲4五桂

 

芳乃「4四歩が目に見えているので危険に思えるのですがー、3三歩~6五歩とやる方が早いのでー。桂交換になれば振り飛車はそれもまた嬉しいのでー」


△4四歩▲3三歩△4三玉▲6五歩△6六歩▲同銀△同銀▲同飛△4五歩▲同歩△3三玉▲2六飛△3二玉▲3三歩△同角▲同角成△同桂▲3四歩△4三金▲4四銀△4五桂▲4三銀成△同玉▲2三飛成△5四玉▲6四金 まで 65手で先手・鷹富士の勝ち

 

・先手番 鷹富士流端玉銀冠 対四間飛車高美濃

 

先手番 鷹富士流端玉銀冠 対四間飛車高美濃 | Shogi.io(将棋アイオー)


▲7六歩△3四歩▲2六歩△4四歩▲2五歩△3三角▲4八銀△3二銀▲6八玉△4二飛▲7八玉△5二金左▲5八金右△7二銀▲5六歩△9四歩▲9六歩△6二玉▲8六歩△7一玉▲5七銀△6四歩▲8七玉△6三金▲7八銀△7四歩▲9八玉△7三桂▲8七銀△8四歩▲7八金△8二玉▲6六銀

 

芳乃「お次は茄子さんとの自戦でしてー」

 

あずき「8四歩を突かれているので銀を4六でなくこちらに出て、角引きから7筋の位を取って攻める作戦に変更するってことだね」


△4五歩▲7九角△4三銀▲7五歩△6五歩▲7四歩△同金▲7七銀△5二銀▲5七角△8五歩▲同歩△9五歩▲同歩△8五桂▲8六銀右△9七歩▲同桂△同桂成▲同銀△8五桂▲8六銀左△7六歩▲6九桂△9五香▲9六歩△7七歩成▲同桂△同桂成▲同銀△8五桂▲8六銀右△9六香▲同銀△9七歩▲8九玉△7六歩▲7五香

 

あずき「カウンターをひとつ入れておくわけだ」


△7七歩成▲7四香△7八と▲同玉△9九角成▲8五銀左△6三銀左▲7三歩△8三銀▲9三金△7一玉▲8三金△7四銀▲同銀△6二玉▲5五桂△7六香▲8七玉 まで 89手で先手・鷹富士の勝ち

 

・先手番 鷹富士流端玉銀冠 対四間飛車△7三桂型銀冠

 

先手番 鷹富士流端玉銀冠 対四間飛車△7三桂型銀冠 | Shogi.io(将棋アイオー)

 

あずき「これは珍しいカードの対戦!」

 

芳乃「後手で四間飛車を指しているのはー、菜々さんでしてー」


▲2六歩△3四歩▲2五歩△3三角▲7六歩△4四歩▲4八銀△3二銀▲6八玉△4二飛▲5八金右△9四歩▲9六歩△4三銀▲5六歩△6二玉▲5七銀△7二玉▲7八玉△8二玉▲8六歩△7二銀▲8七玉△6四歩▲7八銀△8四歩▲9八玉△8三銀▲8七銀△7二金▲7八金△7四歩▲3六歩△7三桂▲4六銀

 

芳乃「茄子さんはいろいろやったようですがー、端玉銀冠に組んだ後はこうやって4筋から出る形に落ち着いたようでー」

 

あずき「4五歩突かせて捌き合いに持ち込みたいってことかな。相手の形を見ながら、3六歩~3五歩を入れるかどうかは検討したいところ。ここまでは分かりやすいし組みやすいよね」

 

△6五歩▲3五歩△4五歩▲3三角成△同桂▲5五銀△9五歩▲同歩△8五歩▲同歩△5四歩▲6四銀△4四角▲3四歩△8五桂▲3三歩成△9七歩▲同桂△9五香▲9六歩△9七桂成▲同玉△9九角成▲4二と△8五桂▲8六玉△8四香▲8八桂△4二金▲9五歩△6六歩▲6五桂 まで 67手で先手・鷹富士の勝ち

 

あずき「菜々さんからこの対局を紹介するに当たってコメントを貰ってきたよ!……『入玉含みの上部開拓は、灘蓮照先生の灘流四段端玉を彷彿とさせますよねぇ!最近の、elmoちゃんでしたっけ、コンピュータ将棋などを見ていても、灘流四段端玉やカタツムリ戦法のように戦陣を押し上げていく技術が評価されているように思えるんです。今こそ学び直すべき古き善き棋書のひとつだと……え?!灘先生をご存じない?故・村山聖先生の師匠になったかもしれない名棋士じゃないですか……って、『聖の青春』で読んだんです!アハ、アハハハ……』だって」

 

・先手番 鷹富士流端玉銀冠 対四間飛車高美濃

 

先手番 鷹富士流端玉銀冠 対四間飛車高美濃 | Shogi.io(将棋アイオー)


▲2六歩△3四歩▲2五歩△3三角▲7六歩△4二銀▲4八銀△4四歩▲6八玉△4三銀▲5八金右△4二飛▲7八玉△9四歩▲9六歩△7二銀▲5六歩△5二金左▲5七銀△6二玉▲8六歩△7一玉▲8七玉△8二玉▲7八銀△5四銀▲9八玉△6四歩▲8七銀△6三金▲7八金△7四歩▲3六歩△7三桂▲3五歩△同歩▲3八飛

 

あずき「この局面では銀を出る実例もあったはず」

 

芳乃「どちらにせよー、鷹富士流対振りでは『振り飛車の指す手を奪いながら居飛車の指す手が無くならない状態』を目指していくのが特長ですねー」

 

△6五桂▲6八銀△4五歩▲3三角成△同桂▲3五飛

 

あずき「この飛車の奔りは、三浦弘行先生が棋書も出している飛先不突右四間飛車の序中盤に似た概念だね」

 

芳乃「3五を取れれば居飛車が指しやすい、と本でも書いてありましたねー」

 

△4六歩▲3三飛成△4七歩成▲4二竜△5八と▲3一飛△7一金打▲7九銀△6九と▲8八銀△1五角▲4一竜△5九角成▲4六角△4五歩▲3五角△8四歩▲1一飛成

 

あずき「ここまで▲1一飛成を待っておくあたりが懐広いというか。△8四歩の瞬間に香車を抜くことで△8五歩には▲8四香があるんだね」

 

△8五歩▲8四香△7三玉▲8三桂△6二金右▲7一桂成△8六歩▲7二成桂△同金上▲9一竜△8七歩成▲同金△8二歩▲9三竜△8三桂▲同香成△同金▲7一竜 まで 79手で先手・鷹富士の勝ち

 

・先手番 鷹富士流超速端玉銀冠 対ゴキゲン中飛車

 

先手番 鷹富士流超速端玉銀冠 対ゴキゲン中飛車 | Shogi.io(将棋アイオー)


▲7六歩△5四歩▲2六歩△3四歩▲2五歩△5二飛

 

芳乃「本局はー、周子殿のごきげん中飛車に対しての端玉銀冠なのでしてー」

 

▲4八銀△5五歩▲6八玉△3三角▲3六歩△6二玉▲3七銀△7二玉▲4六銀△8二玉▲7八玉△7二銀▲5八金右△3二金▲8六歩△9四歩▲8七玉△4二銀▲7八銀△1二香▲9六歩△5四飛▲9八玉△5三銀▲8七銀△4四銀▲7八金

 

あずき「結局、銀対抗で振り飛車が美濃に入ったような形になったね。右金を引き付けないで仕掛け始める形、というのをこの時期茄子さんは研究してたみたい」

 

△4二金▲3七桂△5二金寄▲1六歩△6四歩▲6六歩△7四歩▲7七角△6三金▲8八玉

 

芳乃「この一連の数手ではー、手待ちをしながらの端攻めと銀冠穴熊への組み換えを含みにしているのでー」

 

あずき「中飛車相手に▲7七角~▲8八玉って組み替えるのも茄子さんの実践例にまま見られる形だね」

 

芳乃「穴熊の堅さというのにはー、一定の評価を与えている所が鷹富士流でしてー」

 

△8四歩▲6七金右△7三桂▲9八香△8三銀▲4五銀△同銀▲同桂△5一角▲5九角△4四歩▲4三銀△4五歩▲5四銀成△同金▲3二飛△7二銀打▲1二飛成△6五歩▲同歩△5六歩▲同歩△3三角▲7七角△同角成▲同桂△6五桂▲同桂△6六歩▲同金△3九角▲6八飛△5七銀▲6九香△6八銀成▲同香△6九飛▲7三角△9二玉▲9五歩△6六角成▲同香△8九金▲7七玉△6五金▲9三銀△同玉▲8二角打 まで 91手で先手・鷹富士の勝ち

 

・後手番 鷹富士流端玉銀冠 対先手中飛車穴熊

 

後手番 鷹富士流端玉銀冠 対先手中飛車穴熊 | Shogi.io(将棋アイオー)


▲5六歩△8四歩

 

芳乃「本項ではー、前項に引き続いての中飛車を相手取る鷹富士流対振りを紹介するのでしてー」

 

あずき「茄子さんは、先手中飛車の▲5六歩を見た時だけ△3四歩~△3五歩と石田流を指す印象があるんだけどなぁ」

 

▲7六歩△3四歩▲5五歩△8五歩▲7七角△6二銀▲5八飛△4二玉▲6八銀△5二金右▲4八玉△3二玉▲3八玉△4四歩▲2八玉△4三金

 

芳乃「△4四歩~△4三金が先手中飛車へのちょっとした工夫なのでしょー」

 

▲1八香△2四歩▲1九玉△2三玉▲2八銀△3二銀▲3九金△1四歩▲5七銀△1二玉▲4六銀△2三銀▲3六歩△3二金▲3五歩△同歩▲同銀△2五歩▲6八角△1三角▲5六飛△2二玉

 

あずき「本局は△1三角~△2二玉、と玉をスイッチバックしたね。穴熊への組み換えが生まれるので手損でも指せる、という訳なんだけど……穴熊側からパンツを跳ねて速攻してきたらどうなのかな?」

 

芳乃「黙って銀冠穴熊へ組み替えられるのを見ているのも癪なものでー、一度はやってみたく思うことでしょー」

 

▲3七桂△8六歩▲2五桂△3五角▲同角△2四歩▲3三歩△4二金寄▲5四歩△同歩▲6一角△2五歩▲4四角△同金 まで 54手で後手・鷹富士の勝ち

 

・箸休め 後手番石田流 相振り飛車・先手中飛車中飛車穴熊破り

 

箸休め 後手番石田流 相振り飛車・先手中飛車~左穴熊破り | Shogi.io(将棋アイオー)

 

芳乃「居飛車党の茄子さんが唯一振り飛車を指す場合がありましてー」

 

あずき「それが、前項で言った対先手中飛車三間飛車だよね。本譜は箸休め的に、茄子さんが石田流で周子さんの中飛車穴熊フルボッコにした芸術的な棋譜を紹介するよー」

 

芳乃「ここまで左桂が綺麗に捌けるなら石田流ほど強いものもない、そんな棋譜でしてー」

 

あずき「中飛車穴熊の登場によって、先手中飛車は相振り飛車になっても互角以上に戦える――そんなことがささやかれてたりしたりしなかったりするみたいだけど、本当なのかな」

 

▲5六歩△3四歩▲5八飛△3五歩▲5五歩△1四歩▲7六歩△3二飛▲6八玉△6二玉▲7八玉△4二銀▲7七角△7二玉▲8八玉△3四飛▲7八金△8二玉▲9八香△7二銀▲9九玉△9四歩▲5六飛△3一金

 

芳乃「この序盤には茄子さんの相当な研究が見受けられまして―。菅井王位が提唱しだしたようにー、中飛車側は、三間飛車が動いて来ない限り右の金銀は動かさず穴熊の完成を急いで良い、というのも一理あるのですがー、三間飛車側は後手なので先手の右銀が動くまでこちらも動かなくてよいというのもまた言われてみれば当然のことなのでしてー」

 

あずき「この△3一金が凝っているというか、なんというか。片美濃に囲い、△3一金と様子を見るのが良い……ね。角の引き場所を作る△3二金の方がよさそうに、或いは急戦向かい飛車や立石式を鑑みるにそちらの方が感覚的によさそうに思えるかもしれないけど、飛車で相手の金駒を攪乱した後はこの金を囲いに引きつけたいので、△4一金~5二金左と動ける 3一に敢えて動くのがよいってことなのかな」

 

芳乃「居飛車を指すときこそー、高く銀冠を評価している茄子さんはー、振り飛車をもっては平美濃を好むのも不思議なところでー。飛車の打ち込みに強いゆえかしらー?」

 

▲4八銀△2四飛▲3八金△9五歩▲5七銀△4一金

 

あずき「先手の金を3筋に誘ってから、自分はここで金を戻っておく。手損よりも効率の悪さの方が将棋では祟るから、5二金左と固められれば金一枚分働きの差が生じることになるので美濃が堅いってわけだね」

 

▲6六銀△3三銀▲6八角△4四銀▲8八銀△6四歩▲5九飛△5二金左▲4六歩△6五歩▲同銀△5五銀▲4五歩△3四飛

 

芳乃「先手が4五歩を突いてきたのでー、6八の角を焦点に角交換から捌く順が読み筋に入りますー。よって飛車が角の利きを妨げないように3四飛と戻っておくのがよいのでー」

 

あずき「振り飛車の捌きの感覚って謎だよね。チェス・プロブレムで敢えてチェックを掛けずクイーンやルークを使って相手のキングを縛るのに似てるかな」

 

▲2六歩△6四歩▲5六銀△同銀▲同飛△3三桂▲3六歩△1三角

 

あずき「角交換すると、一手早く先手から▲3二角の確実な攻めがあるように見えるんだけどね」

 

芳乃「浮いた7八の金を狙いつつー、馬を消しー、5三の地点まで引き寄せた馬に当てながら飛車金交換で4五桂と跳ねられれば後手が悪いわけがないのでしょうー。ここまで左辺が捌ければ三間飛車としては気持ちが良いのでしてー」


▲4七金△3六歩▲1三角成△同香▲3二角△6九角▲2三角成△3五飛▲1三馬△4五飛▲4六金△7八角成▲4五金△6七馬▲5七飛△同馬▲同馬△7八金▲7九銀打△4五桂▲6七馬△7九金▲同銀△6九飛▲7八金△6七飛成▲同金△4六角▲6八歩△6九金▲4九飛△7九金▲同飛△5八銀▲7八金△6七銀成▲同歩△6八銀▲8八銀△7九銀成▲同金△4九飛▲5九歩△同飛成▲6八銀△同角成▲同金△同竜▲1三角△5七桂成

 

あずき「4五に跳ねた桂を常に活かす順を頭に置いて、再生する穴熊を打ち換え打ち換えしながら受け駒がなくなるように仕向けるのが分かりやすい攻め」

 

芳乃「ちぇすのえんどげーむでー、ぴーすの打ち直しができたらおもしろいのにー」

 

あずき「……それ、なんてカオス?」

 

▲8六角△8八竜▲同玉△6九銀▲7九香△6七成桂▲1八飛△5八銀打▲6八飛△7八金▲同香△同銀成▲同飛△同成桂▲同玉△6七銀打 まで 118手で鷹富士の勝ち

 

あずき「以下は即詰みだね」

 

・後手番 △2二玉型対振り雁木 対四間飛車穴熊

 

後手番 △2二玉型対振り雁木 対四間飛車穴熊 | Shogi.io(将棋アイオー)

 

芳乃「これも、あるばらえてぃの企画でしてー」

 

あずき「先手番を持ったのは、天才子役少年と名高い男性アイドル……まだ11歳とはいえ恐ろしい強さだったよね。将棋のイベントとかこなしてたし、やっぱり好きこそものの上手なれ、なのかな」

 

芳乃「大人げないようにも見えますがー、彼の将棋への熱意に感じ入ったからこそ茄子さんはこのような指しまわしをしたのでしょうー」

 

あずき「塔矢アキラをフルボッコにした藤原佐為みたいな?」

 

芳乃「あるやもしれませぬー」

 

あずき「また同時に本譜は、広さと堅さ、どちらも目指していく鷹富士システムの概念が垣間見えるから紹介したいんだよね」

 
▲7六歩△8四歩▲6八銀△3四歩▲6六歩△5四歩▲5六歩△6二銀▲5七銀△4二銀▲6八飛

 

芳乃「先手の作戦は 5七銀型の四間飛車なのでー」

 

あずき「この作戦は先崎先生が研究して、三浦流右四間にテーゼを投げ掛けたこともあったよね」

 

芳乃「その辺りはー、菜々さんが詳しいのでー」

 

△3二金▲4八玉△4四歩▲3八玉△5二金▲2八玉△4三銀

 

あずき「この頃は、相矢倉戦での雁木が注目され出したと共に、強豪ソフトが対振りでの雁木や、雁木から穴熊へ組み替える雁木穴熊なんてアイデアを出してきた時期かな。茄子さんの銀が真っ直ぐ立ったのも時代を感じる」

 

芳乃「情報というのは武器なのでしてー。ときに、振り飛車雁木というモノをあずきさんはご存じでー?」

 

あずき「ナニソレ」


▲1八香△5三銀▲1九玉△4一玉▲2八銀△3三角▲3九金△3一玉▲4六銀△8五歩▲7七角△2二玉▲3六歩△1四歩▲3五歩△同歩

 

あずき「先述の雁木穴熊ではなく2二玉で止めたのは、雁木の利点のひとつである玉の懐の広さという利点を消さないためですか?」

 

鷹富士茄子「そうですね~。三間飛車との組み合わせで最近よく見る形ですが、▲4六銀を起点に飛車も転回して3筋を攻める順、というのも気になりましたし。実戦投入する前に一応研究のようなことはしても、やはり勝負は水物ですね~」

f:id:rikkaranko:20180209225430j:plain

 

あずき「そうなんですねー、はい!ということで、ゲストには鷹富士茄子さんご本人に登場いただきました!」

 

芳乃「空気を温めておきましたのでー」

 

茄子「こんにちは~、鷹富士茄子です。自分の対局の紹介をしていただいている場に来るというのは、なかなか勇気のいることですね。頑張ります」

 
▲3八飛△3六歩▲同飛△8六歩▲同角△4五歩▲同銀△6六角▲7七角△同角成▲同桂△6六角▲6五桂△6四銀▲3三歩△同桂▲5四銀△同銀▲3四歩△4五銀打▲3三歩成△同金▲同飛成△同玉▲3四歩△同玉▲4六桂△4三玉▲5四桂△同玉▲5三銀△3六桂▲6四銀成△同歩▲5五銀△同角▲同歩△6五玉

 

あずき「腰が入った攻めだよねぇ」

 

芳乃「彼は将棋の本を読みだすと時間を忘れてしまうー、という話があるみたいでー」

 

あずき「良いパンチを、穴熊に籠らないという利点で受け潰していくのは壮観だなぁ」

 

芳乃「盤上と頓死筋の海をー、孤独に泳いでいくのでしてー」

 

あずき「浮いた歩を狙う飛車転回に対しての△3六歩は細かい仕込みで、6段目と5段目のどちらが相手の飛車が使いにくいかを考えると……その差は明らかだよね。これもチェスの手筋ですか?」

 

茄子「そう……ですね。指しているときはふっと読み筋に入るものですが、言われてみると確かに将棋で習った手ではないかもしれませんね~」

 

芳乃「△4五銀打、と指をしならせて打ち込むのが如何にも茄子さんの棋風なのでしてー」

 

茄子「ここで飛車を切ってくる思い切りは素晴らしかったと思います」

 

あずき「金駒を打って動画サイトのコメントが増えるアイドルは前代未聞とのことで」

 

芳乃「でしょうねー」

 

あずき「ぬるぬる玉が出てきたこの辺りは、まるで『ハチワンダイバー』の二こ神流雁木みたいだよね」


▲7一角△2八桂成▲同金△3九銀▲6六金△同玉▲7五角△5五玉▲6七桂△5四玉▲3九角△8七飛成▲5五銀△6三玉▲4四角成△3四金▲5四銀△7二玉▲4五馬△同金▲7五桂△7四銀▲5三歩△6二金▲4五銀△4九飛▲6六角△7六竜▲8三銀△同銀▲同桂成△同玉▲8四金△7二玉▲5八銀△3九銀▲4九銀△6六竜▲5九飛△5七歩▲3八銀△4八銀打 まで 114手で後手・鷹富士の勝ち

 

あずき「84手目でようやくの△8七飛成……角を合わせて交換したあたりから、飛車を成らせる暇を与えず攻めたてていたってことだとすれば先手も恐ろしい子

 

芳乃「受け切りによってー、先手の駒台は空ですのでー」

 

あずき「88手目△3四金の受けが光ったのかな」

 

茄子「よい勝負でしたね」

 

4.鷹富士システム


・後手番 真・鷹富士システム 中住まい型

 

後手番 真・鷹富士システム 中住まい型 | Shogi.io(将棋アイオー)


芳乃「本項からー、完成した後手番での真・鷹富士システムを披露しますよー」

 

あずき「先手番の完成には実はもうひとつ壁があったのだが、後手用は先に完成していたんですよね?」

 

茄子「えぇ、実は……」


▲7六歩△1二香

 

あずき「では、説明をお願いします」

 

茄子「はい。えーと……初手左香が鷹富士システムの骨子になりますね。自分が振る場合は相手の角筋を香が避けた得になるし、自分が振らない場合は常に居飛穴や銀冠穴の選択肢を入れながら戦うことができる。さらに地下鉄で端まで奔るといった策の他、本譜のようにここに駒を埋めて受け潰す、或いは誘い込んで受け潰す、といった構想にも用いることのできる、損にならない手……なんてところでしょうか」


▲2六歩△7二金▲2五歩△3二金▲2四歩△同歩▲同飛△2三歩▲2八飛△3四歩▲1六歩△6二銀▲1五歩△8四歩▲7八金△8五歩▲2二角成△同銀▲8八銀△8六歩▲同歩△同飛▲8七銀△8四飛▲8六歩△5二玉▲4八銀△7四歩▲9六歩△7三銀▲5八金△7五歩▲同歩△6四銀▲7四歩

 

芳乃「なぜ中住まいを選んだのでー?」

 

茄子「一手で自陣が安定するんですよね。もちろん、堅い訳ではないですけど、広いですし」

 

あずき「あずきとしては、この歩を逃がす 7四歩が結果的には敗着だったかなぁって。飛車切りを見落としたのか、読めなかったのか……」

 

△7四同飛▲5六角△7八飛成▲同銀△8八角▲2四歩△同歩▲3四角△1一金

 

あずき「この手はわが目を疑ったなぁ」

 

芳乃「先手は3二、2二、1一の金駒を回収し攻めに使うことが絶望的になった……とは後からなら言えますがー……」

 

あずき「そして将来的に左辺に飛車を下ろすスペースすら潰しているんだよね」

 

茄子「△2三金と角に打てて打つのも一案と思いましたが、角切の選択肢を与えない分、1一金が勝るかと思いました」

 

あずき「シビアだなぁ。前項の雁木対穴熊戦で、終盤に立ち遅れた金を標的に飛車を下ろす攻めとかあったけど、そもそも拾われない形を作ってしまえばいいっていうのは逆説的」

 

茄子「ところでこれは、穴熊の玉の位置に金がいるので、アナキン・スカイウォーカーでしょうか~なんてうふふふ」

 

▲9七香△5五角成▲7三歩△同桂▲6六歩△同馬▲8一飛△8八歩▲9一飛成△8九歩成▲9二竜△8二歩▲8一竜△7一歩

 

芳乃「堅くはないのですがー、耐久力がありますねー」

 

茄子「また、中住まい型で金と玉が離れているときは、その筋の歩を切らしておくことでこのように持ち歩だけで相手の飛車の横利きを止められる筋を終盤の視野に入れておくとやりやすいかもしれません」

 

あずき「ポーン・チェインを打って作ってるw」 

 

▲7四歩△6五桂▲7三香△同金▲同歩成△同銀▲7一竜△6二銀▲8二竜△5五馬▲9二竜△8二歩▲8一竜△7九と▲6七銀△7七桂成▲5六銀△4四馬▲1六角△6六桂▲2四飛△3四歩▲2八飛△2七歩▲同飛△2六香▲1七飛△2八香成▲7二金△1七馬▲6一竜△4二玉▲6二竜△3三玉 まで94手で後手・鷹富士の勝ち

 

・後手番 真・鷹富士システム 角交換矢倉型

 

後手番 真・鷹富士システム 角交換矢倉型 | Shogi.io(将棋アイオー)


▲2六歩△1二香▲7六歩△3二金▲2五歩△7二金▲2四歩△同歩▲同飛△2三歩▲2八飛△3四歩▲7八金△8四歩▲2二角成△同銀▲8八銀△6二銀▲6八玉△6四歩▲4八銀△6三銀▲5八金△7四歩▲9六歩△3三銀▲1六歩△1四歩▲9五歩△5六銀▲4六歩△4二玉▲4七銀△6三金▲5六銀△3一玉▲7七銀△4四歩▲3六歩△2二玉▲3七桂△7三桂

 

あずき「実は本譜の先手もあずきなんだよね……さっきより先手から1手早く角を交換して、角換わり調にすればどうかな、って思って。そうすると、1一が開いている状態で△2二玉ってされた瞬間のプレッシャーがすごいのなんのって」

 

芳乃「鷹富士しすてむではー、この5四銀~6三金~7三桂の連結を相当な好形と捉えるー、とは先述のとおりなのでしてー」

 

あずき「中飛車や矢倉中飛車、5筋位取りや鎌鼬のように 5五を制圧され 5六銀と出られない場合は、糸谷流のような玉と金が変則的な形ではあるが、右玉に組めばよい。いろんな戦型のエッセンスが、鷹富士システムに注ぎ込んでいる感じがするんだ」

 

茄子「うふふ」


▲6六歩△8五歩▲7九玉△6五歩▲同歩△7五歩▲6六銀△7六歩▲6七金右△5九角▲3八飛△8六歩▲同歩△同角成▲8三歩△同飛▲7二角△8二飛▲6一角成

 

芳乃「ここで後手から面白い手順があるのでしたねー」


△8八歩▲同金△8七歩▲7八金△6五銀▲8三歩△6六銀▲同金△6二飛▲7一馬△8八銀

 

茄子「この8八銀の放り込みまで読んだうえで、8八歩~8七歩~6五銀と拠点を作ったのち銀交換に行くのがよいのです」

 

あずき「ダンスの歩みたいに歩を使うことで、相手の手番をスキップさせた局面にすることができるってことだね」


▲6九玉△8九銀不成▲7五銀△7八銀成▲同飛△7七馬 まで 78手で後手・鷹富士の勝ち

 

・先手番 鷹富士システム初手▲4六歩 平美濃型

 

先手番 鷹富士システム初手▲4六歩 平美濃型 | Shogi.io(将棋アイオー)

 

▲4六歩

 

あずき「これが、茄子さんの言ってた完成前の、先手番システムだね」

 

芳乃「この初手はどのような手で?」

 

茄子「えーと、腰掛銀の通路として、右四間飛車の第一歩として、はたまたダイレクト向かい飛車腰掛け金の変化も見込み、4筋の歩を突く手は損にならないのではないか。そんなことを考えでて、手番では一手の得を活かしいきなり4筋を突いてはどうでしょう、と思ったのですけどね~」

 

あずき「けど?」

 

茄子「結論から言うとこれは後手から『損にしようとして出来る』手なのです。なので、4筋の歩を突くことは辞めました」


△8四歩▲9八香△8五歩▲7八金△8六歩▲同歩△同飛▲8七歩△4六飛▲4八飛△同飛成▲同玉

 

茄子「この順がそれで、ここでお互い飛車を手持ちにした状態で先手の効率があまりよくない、というのが私の結論ですね。後手をもった紗枝ちゃんも同意見のようで」

 

芳乃「鷹富士の結論」

 

あずき「角換わりならぬ、飛車換わりって感じ。8二の地点をケアしてこなかった場合8三飛から竜を作ることも出来そうだけど……」

 

茄子「それでも、私なら後手をもって咎め切る自信がありますね~」

 

△8二歩▲3八銀△6二玉▲7六歩△8三歩▲3九玉△7二銀▲2八玉△7一玉▲7五歩△3二金▲9六歩△3四歩▲2二角成△同銀▲7七桂△9九飛

 

あずき「この9九飛はいかにもな先手の仕掛けた罠だね」

 

芳乃「でなければ▲7七桂と跳ねないでしょうー」

 

▲6五桂△6四角▲4一飛△3一銀▲8八角△9八飛成▲1一角成△3三桂▲同馬

 

あずき「△3三桂▲同馬……(笑)」

 

茄子「??3枚替えは容赦なく、そして躊躇なく飛び込むべき順でしょう?」

 

あずき「いや、なんとなくノータイムで取った茄子さんが想像できちゃって……w」

 

△3三同金▲3一飛成△4四香▲5二銀△4九香成▲同銀△4七角▲6一銀不成△同銀▲5二金△7二銀打▲5三桂不成△同角▲同金△4六桂▲3九香△8二玉▲6二香△5九金▲4八銀 まで 59手で先手・鷹富士の勝ち

 

・後手番 真・鷹富士システム 銀冠穴熊

 

後手番 真・鷹富士システム 銀冠穴熊型 | Shogi.io(将棋アイオー)


▲7六歩△1二香

 

茄子「本譜は、先手を紗枝ちゃんに持って頂いて」

 

あずき「後手番の鷹富士システムを相手にした時に恐ろしいのは、相居飛車で相掛かり調の将棋でも角換わり調の将棋でも、気を抜くと後手が銀冠穴熊に潜られてしまう可能性があること……っていうのがさっきの1一が開いている状態で△2二玉って来るプレッシャーの話なんだけどね」

 

芳乃「組み切れば最強の囲いと言われているだけありー、油断も隙もあったものではないのでー」

 
▲2六歩△7二金▲2五歩△3二金▲2四歩△同歩▲同飛△2三歩▲2八飛△3四歩▲7八金△6二銀▲3八銀△8四歩▲6六歩△6四歩▲2七銀

 

あずき「小早川の相掛かり棒銀だ」

 

芳乃「角換わりを拒否してから棒銀、と」

 

あずき「先手としてはやはり飛車先を勢い切りに行きたいよね」

 

芳乃「しかしー、茄子さんとしてはそこまでそれは損でないと思っているわけでー」

 

茄子「まぁ、飛車先を切って一方的に得なら相掛かり▲2六飛型は先手勝ちでしょうし、雁木という戦法もないでしょうから」

 

あずき「でも、居飛車を勉強してきた身としては、紗枝ちゃんもだと思うけど、やっぱり飛車先を切って好形じゃない、って思いたくないって依怙地になるところもあるんだよね。本譜はそれを完全に逆用していくのを目の当たりにするから何とも言えないなぁ」


△6三銀▲2六銀△4二銀▲2五銀△3三銀▲2四歩△同歩▲同銀△同銀▲同飛△2三銀

 

芳乃「それがー、交換した銀をすぐに手放しー、銀冠をもう作ってしまうというこの順ですねー。たいとるで『銀冠穴熊』と打っておきながら△3三銀と上がられたときにはどうしようかと思ったのでー」

 

 

茄子「銀冠を作ったら、あとはバランスをとりながら入城するだけです。簡単でしょう?」


▲2八飛△2四歩▲5八金△5四銀▲6九玉△6三金▲6八銀△7四歩▲7九玉△4一玉▲6七金右△7三桂

 

芳乃「5四銀6三金7三桂型が築かれたのでしてー」

 

▲5六歩△3一玉▲9六歩△9四歩▲7七角△4四角▲4六歩△2二玉▲3六歩△1一玉▲3七桂△6五歩▲同歩△同銀▲6六歩△5四銀▲1五銀△8五桂▲8八角△7五歩▲2四銀△同銀▲同飛△2三歩▲2五飛△7六歩▲同金△7二飛▲7五歩△9五歩▲同歩△9七歩▲4五歩△3三角▲3五歩△9五香▲3四歩△2四角▲6五歩△7七歩▲同桂△9八歩成▲8五桂△8八と▲同玉△9九香成▲同玉△6九角▲7九金△8七角成 まで 92手で後手・鷹富士の勝ち

 

・先手番 鷹富士システム初手▲4六歩成功例

 

先手番 鷹富士システム初手▲4六歩成功例 | Shogi.io(将棋アイオー)


あずき「ところで、『手順に問題アリとして初手4六歩は辞めた』て言ってたけど、紗枝ちゃんみたいに後手が咎めないとどうなるのかな」

 

芳乃「では、それを解説していきましょうー」


▲4六歩△3四歩▲9八香△4四歩▲4八銀△4二飛▲4七銀△3二銀▲7六歩△3三角▲5六銀△4三銀▲6八玉△5四銀▲7八玉△6二玉▲4八飛

 

あずき「あっ、この形」

 

茄子「そうです。察しの通り、対振り飛車先不突右四間飛車になります」

 

芳乃「『組めたら作戦勝ち』とも言われているこれに合流するのは後手振り飛車にとって厳しいものがあるのでー」

 

茄子「角道をオープンしたままなら、角交換からダイレクト向かい飛車の腰掛金の変化へと持ち込むという流れも頭にあったんですけどね~」


△7二玉▲7七角△8二玉▲8八玉△7二銀▲9九玉△4五歩

 

あずき「穴熊を許さじ、とここで振り飛車が暴れて来たので本譜は居飛穴まで入りきらなかったけど、自然な良い手が重なった印象があるよね」


▲4五同歩△7七角成▲同桂△3三桂▲4四歩△3五角▲6六角△3二金▲8八銀△6四歩▲5八金右△7四歩▲7九金△6二飛▲3六歩△2四角▲6八金寄△7三桂▲7五歩△6五歩▲4三歩成△同金▲5五角△同銀▲同銀△4六歩▲4四歩△同金▲同銀△7五歩▲3三銀不成△同角▲7四桂 まで57 手で先手・鷹富士の勝ち

 

茄子「▲5五角は稀に見る程に好感触の手でしたね~」

 

・後手番 真・鷹富士システム 相横歩取り

 

後手番 真・鷹富士システム 相横歩取り型 | Shogi.io(将棋アイオー)


▲7六歩△1二香▲2六歩△7二金▲6八玉△3二金▲4八銀△3四歩▲7八玉△6二銀▲2五歩△8四歩▲2四歩△同歩▲同飛△8五歩

 

あずき「ここで 2三歩を打たないっていう選択もあるんだ」

 

芳乃「打たなければ相手に横歩を抜くかどうか委ねることになるわけでしてー。左香が上がっているので逆に打たれるのは問題がないのでしょうー。そうでしょうー?」

 

茄子「さぁ……それは後々の課題にしていただきたいですね~」


▲3四飛△8八角成▲同銀△8六歩▲同歩△同飛▲7七角△7六飛

 

あずき「ここに、予め香車を1一からずらしてあるから飛香両取りがかからない強みと、横歩を抜きながら角をピンするっていうチェスめいた守備の手が出てるよね」

 

芳乃「相横歩取りでは飛車先を決めてから角を交換するのに対し―、それを織り込んで先に角から交換するというのも研究が垣間見えるようでー」

 

▲8四飛△8二歩▲3六歩△7四歩▲8七銀△7五飛▲3七桂△7三銀▲8六飛△3三桂▲2三歩△5二玉▲4六歩△2八角

 

あずき「実は、この『横歩取りで幸せになれないところに角を放り込む』っていうことをやっている例があるんだよね」

 

▲六の宮の姫△どらちゃん先生 横歩取り | Shogi.io(将棋アイオー)

 

芳乃「これは冒頭の姫の棋譜ですかー。いったい何者なのでー?」

 

あずき「茄子さん、そういえばこの前『ありすちゃんに教わってネット将棋を始めてみたんですよ~』って……」

 

茄子「ふふっ」

 

▲1八香△1九角成▲1六歩△6五飛▲6六飛△同飛▲同角△2九飛▲5九金右△2三飛成▲1七香△1八馬▲4五桂△同桂▲同歩△1七馬▲1一角成△8三香▲8六歩△2六馬▲3五桂△2五竜▲4三桂成△同金▲2一飛△同竜▲同馬△7五桂▲3一馬△8七桂成▲同玉△4八馬▲同金△4六飛▲5九角△6八銀▲7八玉△5九銀不成▲同金△8六飛▲8五歩△同飛▲6八玉△8九飛成▲3五桂△5六桂▲同歩△7七角まで 86手で後手・鷹富士の勝ち


芳乃「以下は即詰みでしてー」

 

あずき「終盤の一手一手が冴え冴えとした好手の連続なので、ぜひ並べてみてチェスのエンドゲームを吸収した終盤感覚を意図を共有して貰えたらって思うよね」

 

茄子「うふふ」

 

・後手番  真・鷹富士システム 居飛車穴熊型 対中飛車

 

後手番 真・鷹富士システム 居飛車穴熊型 対中飛車 | Shogi.io(将棋アイオー)


▲7六歩△1二香▲1六歩△6二金▲1五歩△3二金▲5六歩△3四歩▲5八飛△8八角成▲同銀△4二玉▲7七銀△5二金▲4八玉△3三玉▲5五歩△4五角▲6六角△4四歩▲5四歩△同歩▲3八玉△6七角成▲5四飛△4三金右▲5一飛成△6二銀▲5九竜△8九馬▲6八金△4五馬▲2八玉△6四歩▲3八銀△6三馬▲4六歩△2二玉▲5七金△5三銀▲5六金△1一玉▲4五歩△2二銀

 

あずき「藤井システムの項で触れた、3三の地点を堂々と通って穴熊に入城する王様……」

 

芳乃「この世でもっとも嫌な囲いに入られてしまったのでー」

 

▲4四歩△同銀▲5五金△同銀▲同角△5四歩▲2二角成△同金▲6六銀△3二金打

 

あずき「金閣寺ですねぇ」

 

芳乃「この鹿苑寺金閣はなかなかに燃えにくそうなのでしてー」


▲5五歩△同歩▲同銀△7七角▲4四歩△5九角成▲同金△3三金寄▲4三銀△5七飛▲3二銀成△同金引▲4三銀△5九飛成▲4九金△5五竜▲3二銀成△同金▲4三金△3一金▲5四歩△同馬▲7一角△7二飛▲5三角成△同馬▲同金△同竜▲4三歩成△同竜▲6一角△4二飛▲4三角成△同飛▲5一飛△3二金打▲8一飛成△6六角▲3九桂△4八銀▲同金△同飛成▲4九銀打△3九竜▲1七玉△2八角▲1六玉△2四桂▲2五玉△3五金 まで 104手で後手・鷹富士の勝ち

 

・後手番 鷹富士システム亜種  四間飛車

 

後手番 鷹富士システム亜種 四間飛車 | Shogi.io(将棋アイオー)


▲7六歩△1二香▲2六歩△4二飛

 

芳乃「実は鷹富士しすてむ側から振る、という選択肢もあるのでしてー」

 

茄子「これを実現するためには、都成流と阪田流、そして最新の菅井竜也先生の左金を攻めの起点とする振り飛車をだいぶ研究しましたね~」

 

あずき「やってみてどうでした?」

 

茄子「普通に居飛車で良さそうなので、気が向いたときか、居飛車型の鷹富士システムに対策が生まれた時にここに戻って来られたらいいなぁと思いますね~」

 

▲2五歩△6二玉

 

あずき「2四歩から飛車の成り込みに抵抗しなくていいのかな」

 

▲2四歩△同歩▲同飛△3四歩▲6六歩△7二玉▲2三飛成△3三角▲3四竜△2二飛▲2三歩△3二飛▲4三竜△4二飛▲同竜△同金▲3八金

 

芳乃「なるほど玉形で差をつけるのでー」

 

あずき「飛交換さえしてしまえば、相手は2筋と6筋の打ち込みを居玉のまま待つばかりってことか」

 

△8二玉▲2八銀△6七飛▲5八玉△8七飛成▲7八金△7六竜▲1六歩△7二銀▲1五歩△2六歩▲3六飛△4三金▲2六飛△7四竜▲7七角△4四金

 

茄子「金で捌く菅井流は、感覚を捉えるのに時間が掛かりましたね」

 

▲3六歩△5五金▲3五歩△4六歩▲6七金△6六金▲同金△同角▲6七金△7七角成▲同桂△7六金

 

あずき「▲7六同金△同竜と進めた局面では次に△4七歩成が目から火が出る王手飛車!飛車の横利きを切る4六歩が大事な一手だね」

 

▲7八銀△6七金▲同銀△7七竜▲6八金△4九角▲同玉△6八竜 まで 60手で後手・鷹富士の勝ち

 

あずき「意地悪な質問ですけど、3一の銀が泣いているようにみえないです?すべての駒の効率を純化するという謳いの鷹富士システムとしてはどうなんでしょう」

 

茄子「いい質問ですね~。この銀は、序盤の飛車交換を支えるためには初期位置から動かしてはいけないボランチです。駒効率の純化の標榜には、初期配置の位置エネルギーを相対的に高めるのもまた一策ではないでしょうか~」

 

・後手番 真・鷹富士システム 対5筋位取り

 

後手番 真・鷹富士システム 対5筋位取り | Shogi.io(将棋アイオー)


あずき「鷹富士システムの狙いの一つである、5六(5四)銀+4七(6三)金+3七(7三)桂の好形に対し相手が機敏に反応し、5筋の位をとることで腰掛け銀を許さじとして来た場合の一例を見るよ」

 

茄子「先手をもってくれた紗枝ちゃんは、何度もやってますからね~。こちらの狙いに先回りしようとしています」

 

▲2六歩△7二金▲2五歩△3二金▲3八銀△5二玉▲4六歩△6二銀▲4七銀△8四歩▲5六歩△7四歩▲7八金△4二銀▲5五歩△7三銀

 

茄子「実は、5筋位取りに対しては右玉にするというのもあるのですが、もうひとつの考え方は△7三銀から早繰り銀で速攻を見せるというものです」

 

あずき「茄子さんの右玉はこんなのがあるよ」

 

箸休め 後手番風車 対▲8八玉型ツノ銀雁木 | Shogi.io(将棋アイオー)


▲2四歩△同歩▲同飛△2三歩▲2八飛△6四銀▲5八飛△3四歩▲5六銀△8五歩▲7六歩△7三桂▲6九玉△8六歩▲同歩△同飛▲8七歩△8四飛

 

芳乃「7五歩からの仕掛けを見せるために4段目に引くのが良いとー」


▲9六歩△7五歩▲4五銀△7六歩▲5四歩△8八角成▲同銀△4七角

 

茄子「これが5筋位取りや中飛車型に対しての鷹富士システムの基本的な攻めでしょうか。5筋の位をとるために相手が費やした手数で、こちらは効率よい駒組みを目指し、角交換から急所に角の打ち込みを見せます」


▲6六角△8一飛▲5三歩成△同銀上▲1一角成△5七歩 まで 48手で後手・鷹富士の勝ち

 

あずき「6五桂も 3三桂も後手の権利だから、5筋の位を取ってしまったがための5七の地点のハザード度合はむしろ高いくなってるのかな」

 

・先手番 真・鷹富士システム

 

先手番 真・鷹富士システム | Shogi.io(将棋アイオー)


▲9八香

 

あずき「最後に、先手番の真・鷹富士システムを紹介してこの企画も終了だよー」

 

茄子「これにて現時点での鷹富士システムは完成となるのですが、これは『破られない戦法』を目指したものではないことを断っておきたいと思いますね~」

 

あずき「というと?」

 

茄子「すべての駒の体感的価値や定跡・手筋とされてきたものを疑ってかかって欲しい、と一手一手に魂と意味を籠めたのがこの、あずきさんや芳乃ちゃんが『鷹富士システム』と呼んでくれた指し回しです。これを破って貰うことで、開かれる将棋があることを私は確信しています」

 

芳乃「本当に初手は左香であるべきなのかー、ダメならば最善とはー……理論を伴って善悪が判明する日が待ち遠しいのでー」


△3四歩▲3八金△4四歩▲4六歩△5二金右▲4八銀△4三金▲4七銀△3二金▲7六歩△4二銀▲5六銀△3三銀

 

あずき「こうやって▲4六歩を実現にもってきたんだね。そして突けない場合は後手番みたいに居飛穴含み右玉含み、あるいは中住まいで横歩取りや相掛かりのように指していく、と」

 

芳乃「後手の作戦は金矢倉でしてー」

 

あずき「純文学ってどこまで入るんだろうね?たとえば、最新の学説を操って古典文学を紐解いたものは、純文学に認めて貰えないのかな」


▲7七角△3一角▲6八玉△4二角▲7八玉△4一玉▲8八玉△3一玉▲9九玉△2二玉▲3六歩△5四歩▲3七桂△6二銀▲8八銀

 

あずき「居飛穴に組めたのに、ここから固めることはしないんですよね」

 

茄子「天守閣の中から幾千の戦場を見おろし、堅さと広さを両立する穴熊を模索してきたのですよ~。それに、角交換から相手の飛車が横歩を抜いてきたときに、質入れされる駒がない方がよいでしょう?」


△8四歩▲2五桂△8五歩▲4五歩△同歩▲3五歩△8六歩▲同歩△同角▲同角△同飛▲8七歩△7六飛▲3三桂成△同金寄▲3四歩△同金▲6五銀打△7五飛▲6六角△3三角▲7五角△5五歩▲8二飛△8三桂▲4五銀△同金▲8三飛成△7四歩▲同竜△7七歩▲7二竜△5一角▲5四桂△7一銀打▲8一竜△4四金▲7二歩 まで 67手で先手・鷹富士の勝ち

 

あずき「ポジショナル・プレーってことで将棋を紹介したけれど、今度はサッカーでもやらされるのかな?」

 

芳乃「まさか、そんなー」

 

あずき「と、いうわけで、今日はここまで!ポジショナル・プレーを将棋に導入するとどうなるのか……いろんな人に考えてみてほしいよね!桃井あずきと!」

 

芳乃「依田は芳乃とー」

 

茄子「鷹富士茄子でした~」

 

(続く)

 

May the Magic of Halloween be with you. -3-

 

「うーん……よくわかりませんね」

 

 輿水幸子は、勉強机の前で、パソコンから顔を上げて天井を仰いだ。そのまま、背凭れに体重を預け、足を延ばしてくるくると回る。

 

「何が楽しいのか、わかりません」

 

 幸子が今しがたまで覗いていたモニターには、チェスの対戦画面が映っている。しかし、手番が相手の状態で、残り時間を示す数字だけが一定の間隔で減っている以外、動いているものは何もない。

 観る者が観れば、幸子が大差でゲームを押し込んだのだとわかる局面だが。

 

「ハメ手でも切れ勝ちでも、一勝の価値は一緒……ホントでしょうか。数字としては一緒でも、もっと大事なものがある気がします」

 

 幸子は、パソコンをそのままに、机の上のノートを取り上げる。そこには、次の試合に向けてのメモがびっしりと、細やかな文字で書き込まれている。外ハネを撫でながら、彼女はそのラインを頭の中に反芻した。 

 

「勝ち負けも大事ですが、見てくれている人に恥ずかしくない、ファンが楽しめるようなゲームがしたいものです。そうして、それには何よりボクがカワイく楽しまないと……」

 

 モニターの中で、相手の時間が尽きた。

 

 

f:id:rikkaranko:20171026180650p:plain

 

 

 

「チェスはね、この世でもーっとも、楽しいゲームなの。無限の可能性があってね……可能なゲームの数は、この宇宙の星の数より多いんだって!」

 

 白坂小梅は、目を輝かせて、誰もいない空間に語った。彼女はひとりで棋譜ならべをしているにしてはかなり速いペースでピースを移動させている。手許は良く見えないが、その姿はまるで見えない何かと対戦をしているかのようであった。

 

「最近勝てるようになってきて、いくら勝ち負けと楽しさは別だと思っても、やっぱり勝てると楽しいな、って思うんだけどね」

 

 メタルピースが澄んだ音を立てる。白いピースに指を掛けた小梅から少し離れた場所で、黒のキングが倒れた音だ。

 

「それは、自分が強くなれたシルシ、だからなのかも。この世で最も楽しいゲームであるチェスから、可能な限りの楽しさを引き出すために、努力をするんだよ」

 

 彼女の語り口は、誰かに教えるかのように、懐深げで、やさしかった。

 

 

f:id:rikkaranko:20171026180650p:plain



 このところ目にしている、自分より年少のプレイヤーたちがチェスボードの中で自我を獲得していく様に感化されるようにして、宮本フレデリカは、チェスに迷った自分を振り返っていた。そして、誰よりも深いところで通じ合ったアナスタシアのことを想う。チェスの愉しみとは、マゾヒスティックなところがあるのかもしれない。スナックスティックをつまみながら、フレデリカはそんなことを考えた。

 

 速水奏は、内在化していくことの難しさと、変容する文化へと思いを馳せる。文化も個人の営為の堆積であるのだから、「自分が楽しい様にやればいい」というのは思考停止のお題目ではないのだ、と解を慈しむように確認する。自分の楽しさは、周りのノイズによって一片たりとも傷つけられ得ないからこそ、尊いのだと。

 白い駒をいじり、ドアを閉めて出ていく奏。彼女は知らないが、その風で黒のキングが、倒れた。

 

 *

 

  楽しむことが、ハロウィン・コード。

 

 *

 

 今日は、『U-14 Halloween CHESS Tournament』、10ラウンド目の最終局だ。他の試合の結果は出そろい、あとは優勝と準優勝が決まるだけとなっている。残ったふたりの全勝者が技を競い力を較べる、大一番だ。

 今日は中継のほか、アイドルが現地で大盤解説を務めるということもあり、秋冷えの中にあって会場は試合開始前から異様な熱気に包まれた。

 

 検分を済ませ、着座して合図を待つ二人。

 白番、先手を持つのが白坂小梅。少し厚めの瞼を閉じて、まるで安らかに眠っているかのようだ。

 対する黒番、後手は輿水幸子。持ち込んだペットボトルのラベルの向きを、几帳面に揃えていく。

 アービターを務めるのは、プレイヤーよりも緊張した面持ちの松永涼だ。この日の為に、とルールを覚えたばかりの彼女の補佐として和久井留美がすぐ後ろに控えているが、その心配の視線すら、涼には届いていないかのようだ。

 

 それぞれがドラマを抱えて、ここに集ったのだ。

 

 やがて定刻が告げられ、戦士は握手を交わす。

 

f:id:rikkaranko:20171031171525p:plain

 1. e4 e5 2. Nf3 Nc6 3. Nc3 Nf6 4. Nxe5 Nxe5 5. d4 Ng6

 

小梅 (幸子ちゃんは、Ng6……そっちなんだね。困ったなぁ……)

 

幸子 (ボクだって、準備をしてきたんです!)

 

 *

 

「今日の大盤解説は、私たちトライアド・プリムスがお送りするよ。よろしく」

 

加蓮「なんか、新鮮な感じだね」

 

奈緒「幸子も小梅も、ほとんど時間を使わないでここまで進んだな!」

 

加蓮「ハロウィン・ギャンビット、ね。幸子ちゃんが1. ... e5からオープン・ゲームに乗ったのは相手の用意に乗っかる王者の一手に見えて、実は小梅ちゃんが仕掛けて来るであろうハロウィン・ギャンビットへの対策を練ってきた、ってところなのかも」

 

5. ... Ng6と躱すのは、形勢的には5. ... Nc6よりも良さそうだけれど、実戦的にお互いに難しい順になる、って『イメ読み』でこの前みんながちょうど検討してた手だね」

奈緒「大きく駒損している白としては、このまま押し切られちゃたまんないもんな!小梅がどうするのか、注目っと……」

 

 *

 

f:id:rikkaranko:20171031171608p:plain

 6. e5 Qe7

 奏は、中継に付くコメントを眺めていた。

『黒がQe7とクイーンを上がった局面では、類例を第1ラウンドの白坂小梅市原仁奈戦に求めることができる。あれは白がd5を突いた後だったので、Qe7が成立しなかった。現状、白のdポーンはd4にいるのでこれは成立し得る』

 コメントを付けているのは、第9ラウンドの白坂ー神崎戦で観戦記を書いた文香だ。そして、奏と文香は、小梅をチェスの女神に引き合わせた張本人でもあった。

 

f:id:rikkaranko:20171031171646p:plain

 7. Qe2 Ng8 8. h4 h5

『白もクイーンを上がり、ピンを外したことで黒はナイトを逃がしておいた』

 

 一手一手につけるコメントは、ひとりで連詩をするようなものだ、とかつて文香は奏に語った。テーマはまるきりの他者性に依存する中で、言葉を捻り出しては紡ぎ、戦いの美しさを、戦士の勇姿を、記録に留め、伝える。

「私は、64マスのアオイドスなのかもしれません」

 そう語った彼女の、長い睫毛に覆われた縹色の瞳を奏は思い返す。

 

『h4は黒からQh4と出る手を予め潰してある。横利きの有る駒が第4ランクに出て来るのは急所だ。幸子は端を受けた。ふたりはもう、定跡なき荒野を手を取り合って歩んでいく

 

 チェスだって、文学と似たところがある。同名の高名なチェス・プレイヤーがいるが、私たちは、アンデルセンの青春小説に登場するような、遍く盤上の即興詩人なのかもしれない。

 

 *

 

加蓮「あの子、私と同じ匂いがする……相手の手を予め奪っておくような手の価値を知ってるんだと思う」

 

奈緒「幸子のh5か。確かに、エンディングで、端を一歩一歩伸ばせるだけで指し手の幅が広がるような局面って、結構あるもんな」

 

「でも、キャスリングより前に、端を突き合っちゃうと、ちょっと端攻めの脅威が出るよね」

 

加蓮「凛、良いこと言うね。だから、たぶん小梅ちゃんはh4と突いたアドと、手の流れを活かしていずれ黒マスビショップをBg5と出てクイーンを攻めるような構想を描いてるんだと思う。こうすれば、逆サイドにロング・キャスリングの目も出て来るし」

 

奈緒「なるほど、小梅は、本当に誰よりもハロウィン・ギャンビットの形を研究したんだな……こんなに深い戦型だとは、正直思ったこともなかったよ」

 

「こだわりって、愛だよね。好きだ、楽しい、って思えなかったら、こんなに深めたり出来ない」

f:id:rikkaranko:20171031171730p:plain

 9. Bg5

奈緒「加蓮先生、手が当たりますねぇ!」

 

「ね、加蓮先生」

 

加蓮「やめてよ」

 

 *

 

f:id:rikkaranko:20171031171801p:plain

 9. ... Qb4 

幸子 (このピンは、大きい手だと思います。斜めの利きがあるピースを、八方にダイアゴナルが展開できる好位置に飛び出したのは同じですが、マイナーピースこそ立ち遅れたものの、こちらはクイーンが使えてる。……しかし、ジリジリした展開ですね。小梅さんがこの一局に入れ込む熱意のようなもの、ボクにも伝わって来ますよ)

 

f:id:rikkaranko:20171031171836p:plain

 10. 0-0-0 

幸子 (ピンを外しながらキャスリングですか。まあ、当然の一着ですね。……しかし、迂闊な手を指すといきなり形勢を損ねてもおかしくありません。先人の足跡を辿りながら冒険するのもいいですが、新雪に足跡を残していくみたいで、こういうのも悪くないですネ。まずは第一感、10. ... N8e7から腰を入れて読んでみましょうか)

 

 *

 

「これ、10. ... N8e7はいいとして、ここで白ならどうします?」

 穂乃香の言葉に、少し考える。ちょうど自分もそれを考えていたところだが、意外と白の手が広いのだ。

「ねぇねぇ、奏ちゃん。11. Qf3は?」

 立って見ているフレデリカが手を挙げて発言する。

「d5に?」

「12. ed」

「あー……ここでじゃあ12. ... Bg4だと?」

「むむ……難しいねぇ!楽しいねぇ!」

 

 *

 

奈緒「黒もキャスリングを目指しながら、引かされたナイトを前に使う10. ... N8e7は自然な手で、たぶん外れないと思うんだけどさ……このあと白はどうするんだろ?」

 

「加蓮先生が今考えてるから」

 

加蓮「穏やかな手もあるにはあるんだけど、いきなり斬りつける筋もあるかなって。私なら、だけどね。ここで11. g4と突っ掛けてみる。11. ... hgに12. h5とナイトを苛めて」

 

奈緒「加蓮の好きそうな、ジャンクな流れだなー!」

 

加蓮「なによ、ジャンクな流れってw」

 

「12. h5に、逃げずに12. ... Nc6の返しは?次にセンターに使いながらクイーンを脅かす狙いだけど」

 

加蓮「それだよねー。こうなるといきなりエンディングでも可笑しくないかなって」

 

奈緒「おやつが出る前に終わっちゃうじゃんかー!」

 

「おやつの前に、そろそろお昼だよ」

 

 *

 

 

f:id:rikkaranko:20171031171909p:plain

 10. ... Be7

『昼食休憩後、再開の一手は10手目Be7と、ビショップを上がる手だった。これは次にN8e7~0-0を狙うと同時に、白坂のBg5と威張っているビショップを睨み据える手である』

 

「いきなりBxe7と交換することはないよネ。手損だし」

「そうですね。これは長期戦になるならがっぷり四つに組んで戦おうとする手ですが、こうなると白のやる気が出るような気もします」

「蘭子ちゃんはどう思う?」

「11. Qf3で、世界はアトラスの肩の上に支えられるわ!(小梅ちゃんなら11. Qf3と上がって、バランスを取りに来ると思います~)」

「「あー……」」

 二度、三度と小さく頷くのはマキノだ。

「もう、差はほとんどなくなったように思う」

「そうね。ナイトを早々にピースダウンしたにも係わらず、駒効率による主導権の握り方が完璧だったかもしれないわ」

 

 フレデリカは忍び笑いを洩らすと、大モニターに目を遣った。

 

 *

 

加蓮「11. Nd5 Qa5 12. Qb5 Qxb5 13. Nxc7+ Kf8っていう展開があるかなって。11. Nd5は今出て来たばかりのビショップに当てて居場所を尋ねながらクイーン取りにもなってる両取りの手ね、そして更にNxc7でルークとキングの両取りを狙う手なんだけどさ」

 

「だから、c7の地点に利きを足すQa5を黒に強いる、ってことだね」

 

加蓮「そうそう。そこですかさずクイーンをぶつける12. Qb5が面白くてさ。Qxb5 13. Nxc7+ Kf8に、ここで14. Nxb5とBxb5のどちらがよいかと悩むんだよね。仮に14. Bxb5なら14. ... Bxg5+ 15. hg Rb8という展開が予想できるかな」

 

奈緒「うーん、難しいな!見てて面白いけど、あたしはどっちも持ちたくない!」

 

 *

 

小梅 (ラッキー符号、ってわけじゃないけど……蘭子ちゃんのときもこんな手が出たなぁ)

f:id:rikkaranko:20171031171944p:plain

 11. Qf3

 

幸子 (てっきりNd5と跳ねて来るものだと思ってました。これは焦る……小梅さんは、直截的な狙いが無い手が多い印象ですね。やってこい、というか。結果的に、うまく相手の力も引き出して勝つような、そんなゲームが多い気がしました。……ということで、こちらから行きましょう)

 

f:id:rikkaranko:20171031172036p:plain

 11. ... Bxg5+ 12. hg N8e7

 

 *

 

加蓮「a3と突いてみたい」

 

 *

 

「Bb5からやってみたい」とマキノが言った。

 

 *

 

f:id:rikkaranko:20171031172120p:plain

 13. Nb5 Qa5

『13手目Nb5は黒の手をQa5の1手に縛った。放置するとNxc7+のダブルアタックでゲームが終了する』

 

 いつもは率先して検討の輪をつくる奏だったが、なぜだか今日だけは、まったくの傍観者でいたいと、そう思った。

 

 *

 

奈緒「今度はさっきと違って、N8e7がd5の地点に利いてるから、Nd5と跳ねると単にエクスチェンジで終わる、ってわけでこっちに跳ねたんだな」

 

加蓮「ここでBc4は堅実な一着だけど、もっと派手な、そう、ハロウィンのパレードのように派手なものが観られるかも。かなり時間も使ってるし、そっちに飛び込むんじゃないかなって」

 

「パレード?」

 

 *

 

f:id:rikkaranko:20171031172206p:plain

 14. b4 Qxa2 15. Nxc7+ 

「ひゃー!」

 フレデリカの声が響く。

 それもそのはず、クイーンサイド・キャスリングの白はaファイルというキングの脇腹にクイーンを誘い込んでから、ダブルアタックを返し技として掛けに行ったのだ。

 

 首筋に白刃を当てられて、笑える小梅の大胆さに奏は人知れず肌を粟立てた。

 

 *

 

f:id:rikkaranko:20171031172235p:plain

 15. ... Kd8 

奈緒「これ、逃げ場はKf8じゃダメだったのか?」

 

加蓮「代えてKf8だと16. Qc3というQc5を狙いながらcファイルに展開する手が幸便だった、ってことでしょ」

 

 *

 

幸子 (お互い、かなり危ない形になりましたが……ナイトは八方桂、角にあっては働いていないも同然です!ここは手番を活かして攻めたてましょう。攻めながら、攻め繋ぎ方を考えて……)

f:id:rikkaranko:20171031172325p:plain

 16. Nxa8 Qa1+ 17. Kd2 Qxd4+

小梅 (幸子ちゃん……ナイトの密室には、ひ、秘密があるんだよ……ラビリンスへ、よ う こ そ)

 

幸子 (しまった……?!まさか、これは……?)

 

 幸子は、視界が融けてふたりきり、濃厚な息遣いの中で真っ暗な世界に叩き落されたのを感じた。

 

 *

 

『Kd2、盤上この一手にも少考で時間を使ったのは白坂らしい。輿水は王手ラッシュで迫っていく』

 

「黒の鬼気迫る猛攻ね」、とマキノは呟く。

 Ke1やBe3にはQxb4+、Kc1にはQa1+で攻め手には事欠かないという。

「Qd3を検討してみたいかな」

 あずきの発言で皆が一斉に読みに入った。ほどなくして、検討人の結論は、「Qxe5なら落ち着くものの、Qxf2+もあるし、Qxb4+ 19. Qc3 Qxe3+が自信なし」、というものだった。雲行きが怪しい。白の誘い手に乗って、同形三復の無限回廊に黒が嵌り込んだようだ、と蘭子がため息交じりに言った。

 

 *

 

f:id:rikkaranko:20171031172354p:plain

 18. Kc1 Qa1+

「これは、千日手かな」

 

加蓮「普通は、不利な黒から仕掛けるものだけど……これはハロウィン・ギャンビットだからね。白が狙ってもおかしくない」

f:id:rikkaranko:20171031172445p:plain

 19. Kd2 Qxe5

奈緒「小梅の手がだいぶ早いな……。ここで20. Bd3とかQc3は、さすがにQxg5+ 21. Qe3 Qxe3+ 22. fe b6と進んで黒が良い、よな?」

 

加蓮「私も、そう思うよ。たぶん、白から打開して良い順はない。だけど、黒も打開すれば血を流す。だから、落ち着くべきところに、二人は落ち着くんだと思う」

 

 *

 

f:id:rikkaranko:20171031172557p:plain

 20. Qg3 Qd4+ 21. Kc1 Qa1+ 22. Kd2 Qd4+ 23. Kc1 Qa1+ 24. Kd2 Qd4+ 1/2-1/2

 

 ドローが成立した。

 二人は、涼の合図で握手を交わし、簡単に感想戦をしてから、大盤解説会場へと向かう。インタビューと、発表があるからだ。

 

 ふたりの小さき戦士を出迎えた万雷の拍手は、『先後入れ替え』で後日再戦が行われる、という発表に沸き立った。実力伯仲の名勝負を、一度でも多くその目に焼きつけられるとは、ハロウィンの不思議なまやかしのようである。

 

 

 進行役としてマイクを握る川島瑞樹が、一人ずつ、インタビューをしていく。

 

「今日の戦いを振り返っての感想は、どう?」

 

幸子「正直、悔しいですね。序盤に相当無理をするハロウィン・ギャンビットに対して勝ち切れないのは、ボクがまだまだ未熟なせいですから……でも、楽しかったです。楽しめたから、カワイイってことでいいんです」

 

「カワイかった、とは?」

 

幸子「はい。一緒に楽しめるならカワイイけれど、その心を忘れてしまったらカワイくない。自分が勝って優越感に浸りたいだけなら、別のゲームでいいんです。それこそ、コンピュータ相手に他のゲームをすればいい。人とやるゲームなのだから、一緒に楽しめることが一番大事で、それが一番カワイイ、んだと思います」

 

「なるほど。では、ファンのみなさんに、次の試合に向けての抱負をどうぞ」

 

幸子「次のゲームも楽しみにしててくださいね!フフーン、ボクはいつでもカワイイんですから!」

 

「では次、小梅ちゃんにお話を伺いたいと……あれ、どうしたの?!」

 

幸子「小梅さん?!」

 

 マイクを手に瑞樹が壇の上で位置取りを替えているそのとき、小梅は走り出した。

 

 

f:id:rikkaranko:20171026180650p:plain

 

 

 言い様の無い焦りは、交感神経を走って彼女の足を駆り立てた。

 

 確かな別離の予感に身を浸しながら、疾駆の後の喘ぎに肩を揺らす。額を流れ落ちていく汗を拭うももどかしく、小梅は自室に飛び込んで、黒革の大きなカバンを取り出した。

 ぽっかりと、欠落の自覚に目を閉ざしながら、彼女は手早く、ともすれば乱雑に、チェスセットを並べていく。

 そして震える膝で立ったまま、小梅は最初の一手を進めた。

 

 夕方を少し回って終わった試合から、どれだけの時間が経っただろうか。

 年季の入り、金属製のピースには錆すら浮いた古いチェスセットの前で、棒立ちになる小梅は、部屋に一人きりでいた。

 待てども待てども、動くことのないピース。

 月の光すら、理不尽な気がした。

 

 

 青白い陶磁のような肌を、愛しさが伝っていった。

 

 

 流れる温もりこそそのままに、喪失感と、そう反する安堵感のようなものが瞼に押し寄せるのを小梅は感じていた。数多ある思索の海から、唯一と呼べる正解の手を選び取ったような充足感が、疲弊しきった彼女の躰を優しく癒す。

 

 ハロウィン・パーティの用意が出来た、と告げに来た星輝子に手を引かれ、今夜の主役は部屋を出ていく。

 

 

f:id:rikkaranko:20171026180650p:plain

 

 

 外吹く風は、もう冬のそれだ。

 窓からは、激戦を共に戦った幸子と笑い交わし、スノーフェアリーズのアナスタシアに羨望の目すら向けながら労わられ、Rosenburg Alptraumの蘭子から賞賛を受け、師とも呼ぶべきフレデリカと、奏と、そして文香に肩を抱かれ、――涼のもとへと歩いていく小梅の姿が見える。

 

 賑やかな夜は、続いていく――

 

 誰かが顔を綻ばせたような、懐かしい心地がして、白坂小梅はハロウィンの三日月と星を窓越しに見上げた。

 

(了) 

 

イメージと読みの人生観

 

 本誌2回目の企画、「イメージと読みの人生観」をお送りする。内容は、クセモノ揃いのこの事務所でも一際の曲者たちの読みの能力と独特のチェス観に迫ろうとする、有名企画のパロディである。

 今回は司会役の喜多見柚ほか、ハロウィン・イベントに引っ張りだこの安部菜々をはじめ、綾瀬穂乃香、神崎蘭子鷺沢文香、八神マキノに参加してもらった。1つの局面図を見て、6人のアイドルにそれぞれの感想や読み筋を語ってもらう。同じテーマ図を見て、同じことを言うのは分析に信頼が持てるし、各人がてんで違うことを言い出すのもまた、チェスの深淵を肌に感じられるようで一興である。

 今回のテーマ図は3つ。3名が持ち寄ったテーマ図について、各々が勝手気ままに意見を戦わせる。ひとつめは八神持参の、超最近の形。ふたつめは、つい先日話に出た、聖ジョージ防御をどう見るか。そして最後に、事務所の中でも最もホットでクールなあの形について、識者は述べる――。

 

テーマ図①

f:id:rikkaranko:20171029143558p:plain

(Figure.1 : 1. d4 d5 2. c4 c6 3. Nf3 Nf6 4. Nc3 e6 5.g3)

 

テーマ図②

f:id:rikkaranko:20171029143619p:plain

(Fig.2 : 1. e4 a6)

 

テーマ図③

f:id:rikkaranko:20171029143632p:plain

(Fig.3 : 1. e4 e5 2. Nf3 Nc6 3. Nc3 Nf6 4. Nxe5)

 

喜多見柚「じゃ、始めまーす。『イメージと読みの人生観』、2回目ですー」

 f:id:rikkaranko:20171029200641p:plain

安部菜々「お願いしまーす、キャハ☆」

f:id:rikkaranko:20171029201106p:plain

「アタシと菜々さん、蘭子ちゃんが初参加で、後のみんなは2回目だネ!よろしくお願いしますー」

 

鷺沢文香「よろしくお願いします」

f:id:rikkaranko:20171029201415j:plain

神崎蘭子「いざ、魂を奮い立たせん!(宜しくお願いします!)」

f:id:rikkaranko:20171029201426p:plain

「じゃ、早速始めていきましょ。まずはテーマ図①、これはマキノさんが持ってきてくれたヤツだネ!」

f:id:rikkaranko:20171029143558p:plain

(再掲Fig.1)

八神マキノ「えぇ。1. d4 d5 2. c4 c6 3. Nf3 Nf6 4. Nc3 e6とセミ・スラヴになったときに、5. g3と突くラインなのだけど……これ、この1週間で複数回、世界の公式戦で目にする機会があって……」

f:id:rikkaranko:20171029204425p:plain

文香「今週は……チゴリン・メモリアルにユーロピアン・チームが男女あって、そうですか、FIDE公式戦目白押しの週ですか……」

 

菜々「ここで、5. g3ですか……?と、いうことは5. ... Nbd76. Bg2とフィアンケットを組むのでしょうか……」

f:id:rikkaranko:20171029205710p:plain

(Fig.1.1 : Fig.1~5. ... Nbd7 6. Bg2)

マキノ「そうね」

 

文香「セミ・スラヴといえばつい最近、穂乃香さんが自分の講座で取り上げられてましたね」

 

綾瀬穂乃香「はい、これですね。あの講座では、5. e3Bg5に絞りましたが、あの時点では最も多く指されている分かれでした」

f:id:rikkaranko:20171029205159j:plain

菜々「現代チェスの変化は日進月歩ですねぇ……」

 

穂乃香「アンチ・メランで5. e3 Nbd7 6. Qc2 Bd67. g4と突くShirov-Shabalov Gambitというのはありましたけどこれはなかなか……なるほど?」

 

「セミ・スラヴに対する白って、バランスを保ちながら0-0を狙ってBd3と出て、ここからBf5と好位置に据え付けたいなっていうのがオープニングの感覚だよネ。Qc2Bd3でバッテリーも組めるし。この黒マスビショップの活用より早く、フィアンケットを急ぐんだネ」

 

マキノ「だから、Bd3と出た時点で黒からdcと取ってぶつけて、以下Bxc4 b5まで進むことが多いのだけど……」

 

 

穂乃香「ちょっと掘ってみましょうか?局面ここで……候補手は、安部さんが推す5. ... Nbd7の他には?」

f:id:rikkaranko:20171030194628p:plain

(再再掲Fig.1)

文香5. ... Bb4とピンするのはどうでしょうか」

f:id:rikkaranko:20171030194858p:plain

(Fig.1.2 : Fig.1~5. ... Bb4)

菜々「あー」

 

蘭子「黒の操り手は、時が満ちたらb6と突いてみたいものよ……(どこかのタイミングで、黒はb6と入れてみたいです~)」

 

マキノ「そうね。白がg3としてフィアンケットを見せてる以上、黒も同じくフィアンケットを組んで対抗したいのは棋理にそぐうわ」

 

菜々「とすると、6. Bg2には0-0ですか。そして7. 0-0 Nbd7、ここで8. Qb3/Qd3とありますが……8. Qd3ならここでb6と突く感じですかね……あれれ?こうすると、2、3年ほど前に見た景色ですよ?」

 

マキノ「ちなみに8. Qd3はドロー濃厚になるから、このラインではビショップに当てる8. Qb3が推奨ね」

 

文香6. ... Ne4はどうでしょう?ピンを活かして速攻する……あぁ、7. Qc2Qa5と戦力を足しても、8. Bd2と数を受けに8. ... Nxd2 9. Nxd2で後が続きませんか。これは白がかなり有利そうです」

 

菜々「それは15年くらい前のラインじゃないですか?結局、7. Qc2に代えてQb3でも、0-0でも受け切れる、ということで廃れました……って聞いたことがあります!」

 

文香「では、黒の5手目Bb4は黒が勝ちにくい、と……」

 

蘭子5. ... dcは?」

f:id:rikkaranko:20171030200520p:plain

(Fig.1.3 : Fig.1~5. ... dc)

 

「これは6. Bg2に、6. ... b57. Ne5 Nd5 8. e4 Nxc3と進むとちょっと白が勝ちやすそうではあるけど」

 

穂乃香6. ... Nbd7もありそうですね。7. 0-0 Be7 8. e4 0-0で、これなら黒としては形勢を損なわず推移できそうです」

 

マキノ「この古い形が、何を持ってハロウィンの時期に甦ったのか、少し気になるわ……私としては、5. g3 Nbd7 6. Bg2 dc 7. 0-0 Be7 8. e4 0-0の瞬間に9. Bf4と出るラインが白として気になるけど」

 

文香「……なるほど、9. ... b5 10. d5 cd 11. ed Nxd5 12. Nxd5 ed 13. Qxd5のねらいですね」

f:id:rikkaranko:20171030201646p:plain

(Fig.1.1.1 マキノと文香の読み筋)

 

マキノ「こうなれば黒はドロー狙いしかなさそうね。これが私たちの現状の結論かしら?」

 

 

「じゃあ、お次は~……これかな?これは?」

f:id:rikkaranko:20171029210835p:plain

(再掲Fig.2)

蘭子「聖ゲオルギウスの防御陣、我が図譜よ!(はい、私です~)」

 

穂乃香「これは、聖ジョージの防御ですか……どうしてこれを?」

 

蘭子「書の女神の言霊に感化されたのよ(この前、文香さんがおっしゃてたので~)」

 

文香「あぁ……これ、ですね」

菜々「プロデューサーさん、好きですよね。蘭子ちゃんも、名前的に好きそうですけど」

 

蘭子「うむ、我が友の教えを乞いたく……!(えぇ、ぜひこの機に教えて貰いたくて!)」

 

文香1. e4 a6 2. d4 b5と進んで、白からはここで3. Nf3/Bd3の選択があるでしょうか」

 

穂乃香3. Nf3だと以下3. ... Bb7 4. Bd3 e6 5. 0-0 c5 6. c3 Nf6となるのでしょうね。6. dcだと手順に6. ... Bxc5と出られますので。どうせ3. Bd3でも、白はまっしぐらにキャスリングを目指すので大差ないと思います」

 

「まぁ、黒が勝ちやすいってわけでもないよネ。白はセンターをコントロールし、キャスリングにいち早く入って、あとはアドバンテージを狙っていく。対して黒はクイーンサイドの拠点と、速攻で作ったフィアンケットを軸にあの手この手で技をかけていく、ってカンジなのかな」

 

蘭子「つまり、これは盾に仮託された矛……!(防御、なのに白が受ける進行になるんですね!面白いです~)」

 

マキノ「まぁ、黒が受け一辺倒になることはないけれど……優秀、とは言い難いのかしら?これを相当に指し熟せる力があるなら、他のオープニングで白を相手にした方が勝ちやすいでしょうに」

 

文香「あとは好みの問題ですね。このくらいでいいでしょうか?」

 

 「最後はこれだネ!」

f:id:rikkaranko:20171029212822p:plain

(再掲Fig.3)

菜々「はーい、これナナのです!」

 

文香「ハロウィン・ギャンビットですね。今、ウチの事務所では最も注目されているといっても、過言ではないでしょう……」

 

蘭子「こ、これは……」

 

穂乃香「蘭子ちゃんは、よく戦いましたね」

 

「ネ、熱い、いいゲームだったよネ。そういえば、この形も穂乃香ちゃんの講座でちょっと触れてたよネ?」

 

穂乃香「これ、でしょうか」

マキノ「蘭子のトランスポーズしてスコッチ・ゲームにするのは面白かったわ」

 

蘭子「えへへ~」

 

4. Nxe5 Nxe5 5. d4の瞬間、黒は5. ... Nc6Ng6と逃げ場があるけど、どっちのがいいのカナ。Ng6のが位置取りは良さそうだけど、その後がすごく神経使いそう。だから、柚ならNg6をやるんだけどネ!」

 

文香「これはNg6でしょうね。確かに、スペースアドはありますが、この後も白の技を皮一枚で躱しつづける展開になりそうです。受け切って反攻できれば黒が勝ちやすいでしょうが……以下6. e5 Ng8ですが……ここで6. ... Bb4という手も面白そうです」

 

菜々「うう……こうなるともう、トリック返しの化かし合いですよ!」

 

穂乃香「見ている分には楽しそうですが……」

 

マキノ6. e5 Ng87. Bc4とか、Qe2とか……手番を活かした陣形整備でしょうけど、これはちょっと私はやる気がしないわね」

 

文香「まぁ、勝ち星の掛かった試合でこれを同格以上に投入するのは、考えもしない気がします……それは、自分が黒を持ってよくできる自信から来るのでしょうけれど……」

 

蘭子「私もまだまだ未熟であった……」

 

穂乃香「神崎さんは、将来有望ですから。今回のゲームも、とてもよかったです」

 

菜々「はらはらしましたよ~。見ていて、楽しかったです。そういう意味では、とても楽しいオープニングですよね!」

 

文香「えぇ。チェスは楽しくやるものですから」

 

マキノ「……でも、『チェスは楽しくやるべきだ』っていうのはわかるわね。極論を言えば、ホモ・サピエンスという種が繁栄するのにチェスは必要ないし、太陽系的には私たちがどのようなボードゲームをしているかなんて、瑣事でしょう?なら、私たちは自分の為にチェスを愉しむべきだと思うの。私にとっては、厖大なデータを集め上げて、最善の一手を希求したい、それが楽しさだから」

 

菜々「マキノちゃんも、そうなんですね。そうです、楽しむことが、ハロウィン・コードで、チェス・コードなんです。キャハッ☆」

 

「おっ、菜々サンが自分の出演してたイベントに掛けて締めたところで……今日はおわろっか!見てくれた人、出てくれた人、ありがとうございました。またネ!」

 

(続く)

鷺沢文香の[Koume Shirasaka v.s. Ranko Kanzaki, 2017, U-14 Halloween CHESS Tournament, Rd9]観戦記 (鷺沢文香の名局漫ろ歩き その2)

 

 連日の雨は鳴りを潜めたが、秋雨は1日降れば1度下がるとされたものである。おどろおどろしさを伴うように、外は冷え込み始めていた。それもそのはず、ハロウィンはもともとケルト人の暦で秋の終わりの日であったのだから。

f:id:rikkaranko:20171022022903p:plain

 少し前までは曼珠沙華があちらこちらで咲いていた街を歩けば、いつしか銀杏とペトリコールの匂いが立ち込める季節になっていた。肩から羽織ったストールの前を掻き合わせ、私は事務所へと急ぐ。アイドル群雄割拠のこの時代、いつだって事務所は戦地なのだが――今日は少しだけ、その意味合いが違う。

 

 気に入りの懐中時計に一瞥をくれると短針は8を指したばかりだ。対局は10時開始ということで、かなり早く来てしまったと思ったのだが、私が部屋に入室すると意外にも先客がいた。

「あ、文香ちゃん。おっはーンジェット♪」

 対局場になっているラウンジからの実況中継が観られるというモニターの調子を確認しながら、振り返った肩越しに気さくに声を掛けて来たのは宮本フレデリカだった。彼女は気を抜いて生きているように見えて、ときどき案外に思えるほどに濃やかな配慮を見せるのだ。

 二言三言、言葉を交わした後、私はソファに腰掛け、とあるゲームを振り返った。観戦記者として、細やかな予習とでも言おうか。エンターテイメント性に富んだ、劇的なゲーム。これを指していた『彼女』の楽しそうな様子が眼裏に鮮やかに甦る。そして、恐らくだが、『彼女』は先手番が決まっている今日も同じ作戦を投入するのではないか。そんな予感がした。

 

 ふと顔を上げれば、続々とアイドルが到着していた。モニターには両対局者とアービターを務める東郷あいが検分を済ませ、刻々と試合開始の時間を待っていた。

 程なくして時間となり、神崎蘭子白坂小梅がお互いの手を握り合う。

f:id:rikkaranko:20171022184132p:plain

(Figure.1 : 1. e4 e5 2. Nf3 Nc6 3. Nc3 Nf6 4. Nxe5!? まで)

 やはりというべきか、驚くべきか……実戦は、白坂がこのところ連続で投入しているハロウィン・ギャンビットとなった。これはフォーナイツ・ゲームから派生し、見ての通り、序盤でいきなりナイトを棄てるのが目を瞠るオープニングだ。棄てるといっても、ナイトというそれなりに価値のあるピースをダウンさせることで、相手のナイトを攻撃の対象としながらセンターをコントロールするという狙いがある。将棋の戦法に「鬼も倒せる」という口上の奇襲戦法『鬼殺し』という、桂馬の捌きで一気呵成に敵陣に攻め込む戦法があるが、概念は似ているかもしれない。

 なぜハロウィン・ギャンビットなのか。諸説あるようだが、この白の4手目Nxe5がわが目を疑う『トリック』のようだから、というのが個人的には最も得心の行く説明である。

 持ち時間は各2時間、切れれば秒読み60秒。時間は沢山ある様に思えるが、意外とない。ここで黒番の神崎は時間を使う。

f:id:rikkaranko:20171022184520p:plain

(Fig.2 : 4. ... Nxe5 5. d4 Nc6 6. d5 Bb4 7. dc bc まで)

 白坂は初戦から勝ち上がって来ているのだが、今まで8局を先後4局ずつ持っている。そして、第1ラウンドで市原仁奈に対して披露したのが、やはりハロウィン・ギャンビットだった。棋譜こちらにある。

 その鮮やかな勝ち筋から、後に白坂と当たる者はこのオープニングの対策を多かれ少なかれ練ることが求められたはずだが、神崎の作戦は如何。我々は息を止めるようにして着手を待っていた。

  数手進めて、神崎の作戦が明らかになった。トランスポーズでスコッチ・ゲームの派生局面に持ち込むという、極めて実戦的な作戦といえよう。実戦的というのは、ハロウィン・ギャンビットという特殊なオープニングのためだけに対処を考えるのではなく、広く応用の利く用意をした、という程度の意味だ。

 しかし、ナイト損で立ち上がった白としてはこうまでしてくれるなら、腕の見せ所があるというものである。

f:id:rikkaranko:20171022184816p:plain

(Fig.3 : 8. Bd3 0-0 9. 0-0 d5 まで)

 お互いに入城を済ませ、黒からテンポよくピースをぶつけていく。白は序盤早々にナイトを盤から下ろしている。ポイントを小賢しく稼いで積み重ねて行こうとするのは正しい選択だ。取れないポーンをぶつけることは、そのまま拠点の作成に、ひいては盤面の中央制圧に大きなアドバンテージを握ることに繋がるからである。こういう空気では大人しく最善を積み重ねても徐々に突き放されてしまうことが多いので、白番としてはなんとか返し技を捻り出したい。我々の懸念と呼応するように、白坂はちらちらとクロックを見ながら時間を使っている。

f:id:rikkaranko:20171022185105p:plain

(Fig.4 : 10. Bg5 h6 まで)

 技、というほどのものでもないかもしれないが、手筋が入った。マイナーピースを貫通するピン。この手を見てすかさず神崎は端のファイルに手を掛けた。

 神崎はどうやら、ぶつかっているピースは積極的に清算していく方針のようである。そうすれば確かに、その局面で読まねばならない変化の幅は狭めることが可能だ。しかしながら、その交換を入れてしまうことで、入れない状態では存在しなかった分岐が存在する様になった可能性もあるのが、チェスの難しさであり、また魅力なのだと思う。

f:id:rikkaranko:20171022185527p:plain

(Fig.5 : 11. Bxf6 Qxf6 12. ed Bxc3 13. bc cd まで)

 f6の地点で白からビショップを切る。次いで神崎は間髪を入れずに自分もぶつけているビショップをc3の地点で清算した。盤上この一手、という局面では神崎は思い切りよくノータイムで着手していく。対する白坂は同様の局面でも、予めその後の展開を読み込むように時間を少しずつ使っている。

 開始からほぼ1時間が経過し、黒はダブルポーンを解消しに行った。しかしながらこの順は白坂に付け入る隙を与えるも同然であった。

f:id:rikkaranko:20171022185906p:plain

(Fig.6 : 14. c4 まで)

 油断ならない狡猾な手、忍び寄る罠のような。暗闇から冷たく白い手が、首筋に伸ばされたようなハッとする手だ。――神崎としては、次に来る15.cdを指を咥えてみている訳にはいかない。かといって取らないとなると、来たる15. cdに備えて14. ... Bb7/Be6の二択が迫られる訳だが、15. cd Bxd5の瞬間に16. Bh7+!と派手にビショップを切る手が白の楽しみだ。以下は16. ... Kxh7に17. Qxd5と走れば、ビショップを刺し違えた格好ながらクイーンを中央に使って白の言い分を聞いたことになる。

 ならば神崎としてはこれを取るしかないのだが……14. ... dc 15. Bxc4の交換が入るなら、白としてはダブルポーンを消しながらクイーンのファイルが空いて、とても気持ちが良いのだ。どこで身に着けたか、恐るべしテクニックが飛び出したものである。

f:id:rikkaranko:20171022190206p:plain

(Fig.7 : 14. ... dc 15. Bxc4 Ba6 まで)

 ここで神崎はビショップを端に活用。僧正の視線の先を見れば、そこには敵の僧正が。ピースを早くからショウダウンさせ、純粋に読みの深度で相手に打ち勝とうとする、それが神崎の棋風のようだ。今はエクスチェンジ前後の形勢の見積もりなどにやや粗が目立つが、経験と技術がついて来るのが楽しみだ。モーフィのように華々しい斬り合いを持ち味とする、さしずめバーサーカーの素質を秘めているかもしれない。

f:id:rikkaranko:20171022195840p:plain

(Fig.8 : 16. Bxa6 Qxa6 17. Re1 Rfd8 まで) 

 間もなく昼食の休憩に差し掛かるだろう、それまでに形勢が大きく動くこともないはずだ。そんな甘えた安心感に罅を入れたのは、小さな黒の、ラウンジでの事件だった。

 神崎が白魚のようなその指でfファイルのルークを動かした時、控室の空気が一瞬淀んだ。終点が一緒だからといって、目的の電車を乗り間違えるのとはわけが違うのだ。トーナメントの出場制限を掛けたことで、年齢層が上のアイドルたちはラウンジにお菓子を持ち寄りながら年少組のチェスを検討したり、或いは自分たちの対局をしたりと時間を使っていた。速水と北条が盤を挟んで向かい合い、周りを宮本や綾瀬、喜多見といった面々が囲んで部屋はとても華やいだ様相を呈していた。

 モニターを覗きながら手を検討していた宮本が上げた素っ頓狂な声を皮切りに、私たちはそこにいるべきでないルークを見つめていた。本命は、Rad8。何とも形容しがたい空気のまま、対局は中断され、我々も三々五々昼食を取りに出かけたのだが、もやもやとした懸念ということすら覚束ない違和感が私の胸に蟠った。

f:id:rikkaranko:20171022200135p:plain

(Fig.9 : 18. Qf3! まで) 

 再開後に直ぐ指された白の手を見て、鋭手ね、と速水が言った。大盤解説会場から交替して戻ってきた塩見と新田が流れを追いながらサンドイッチを摘まんでいた。喜多見が白い喉を鳴らした。

 これがトップクラスのアイドル同士の対戦であれば、命取りになったかもしれない手。しかし、この緩いとすら言い切れない僅かな隙を捉えることはなかなかに難しく、的確に突けなければドロー濃厚、依然として黒の有利でゲームは推移していくものと思っていた。想えば我々の予想がモニター越しの盤面に顕現した瞬間に、流れが変わったのかもしれない。

 遠くで鶸が鳴いていた。

f:id:rikkaranko:20171022200228p:plain

(Fig.10 : 18. ... Rab8 まで)

 黒の堤に、変調、というにはあまりに小さな蟻の穴が開いたのだ。こじ開けたのは貫かれた白坂のチェス。白がQf3とダイアゴナルを当てて来たから避けたいのは人情、しかしここは怺え時だったかもしれない。なぜなら、本当の目的はーー

f:id:rikkaranko:20171022200507p:plain

(Fig.11 : 19. Qc3! Qb6 まで) 

 この白19手目こそ狙いの手だった。序盤に大きく無理をしたはずの白が、確実に追い上げて来ている。その跫は、あの瞬間、この世で最も白坂小梅の近くに居た神崎蘭子の耳にこそ、無視できない音として響いていたはずだ。

 我々は見くびった。

 ここで指す手が難しい、と話し合ったのだ。白が確実にアリアドネの糸を手繰り寄せていることも知らずに。

 いや、決して彼女たちを年齢を理由に見下していた訳では無いのである。しかし、経験にモノを言わせた私たちの、安全地帯からの検討でも確かにこの局面は難しかった。

 一感、Re7?しかし……?

 控室で検討しているトップ陣も、g3/h3のどちらが良いか、測り兼ねていた。そして彼女たちが当たり前のように語るその駒に手が伸びるのは、彼女たちが長い時をチェスセットと過ごしてきた証だったから。藹々とした空気はどこへやら、まるで自分の勝ち星が掛かっているかのように検討し合うアイドルを尻目に、私はペンを止めて祈る様に、モニターを見つめた。ここで勝ち切れれば、トーナメントという以上に大きな、そう、彼女のチェス人生にとってなにか非常に大きなものが彼女の掌に転がり込むに違いない、そんな思いが筆を鈍らせていたのだ。

f:id:rikkaranko:20171022200559p:plain

(Fig.12 : 20. g3! まで)

 痛いほどの静寂張り詰める会場に、小さな木の音が響いた。

 局面が難しくなればなるほど、それを考えること自体が楽しい。白坂の指し手はそんなメッセージを載せているかのように、我々の下に届いた。目に見えない翼が生えたように、gポーンは軽やかに、盤の上を滑った。

f:id:rikkaranko:20171022200724p:plain

(Fig.13 : 20. ... Qb2 21. Qxc7 a6 まで)

 小さく首を振って、黒が突いたのはaポーン。だがその消極性は却って賢明ともいえる局面だった。寧ろ、それ以外に手が無いのだ。北条だったらどうにかして、aファイルの僅かな可動性すら奪って勝ち切っていたかもしれない。私だったら、こういった局面で相手に読まねばならない筋を大量にぶつける。

 しかし、あの瞬間は、一貫していないようにも見える、その荒削りな勝負がとにかく――胸が詰まるほどに――愛おしかった。

f:id:rikkaranko:20171022201049p:plain

(Fig.14 : 22. Rad1? まで)

 ここはゲームとしてはやや緩かった。Rab1とぶつけて明確に良かったように思ったのだが。

 季節外れのアイスが融けるのも構わず、食い入るように画面を見つめる宮本の顰められた眉が、私の内心を代弁しているようだった。彼女の洗練されきっていないラフなエンドゲームは、即ち彼女の伸びしろを見せつけられるようで嫉妬すら、湧いたのだ。

f:id:rikkaranko:20171022201249p:plain

(Fig.15 : 22. ... Rdc8 23. Qf4 Qxa2? まで)

 私たちなら此処で問答無用にcポーンを抜いたと、鈍った筆で敢えて書き残すのだ。U-14とはいえ、彼女たちは立派なチェス・プレイヤーとして、私たちと対等だと思うからである。駒割りは互角、しかし明確に、先手が良くなっている。

 思考の海に突き落とされ、喘ぐように息を継ぐ我々はとても孤独な存在だと、いつも思う。だからこそ、勝ち星ひとつを巡って命の遣り取りをしているにも拘らず、盤を挟んで1メートル向こうに居る相手がたまらなく愛おしく思う境地も、チェスをプレイしているとあるのだ。私たちは、抱き合わせの自由と孤独を持ち寄って、モノクロームの絵を描き、白い紙に黒い音符を並べていくのが好きだ。

 だからこそ、チェスボードの前に一人置き去りにされているのに、まるで隣にいる、この世で最も大切な人に寄り添っているかのように楽しげに振る舞う白坂小梅に、ひどく異なるい想いを抱いた。血が滲むくらいに歯を食い縛り勝ちを拾おうとするスタンスばかりに重きを置きがちになっていた、自分のチェスを振り返る――。

f:id:rikkaranko:20171022202114p:plain

(Fig.16 : 24. Rd7 Rb1 25. Rxb1 まで)

 思いきりの良いピースダウン。そして、ここで20手目に彼女が自分の力で切り拓いた道が光って見える。続く25. ... Qxb1+ 26. Kg2は必然の流れだが、これで白のキングは容易に追われない形になった。悩んで、考えあぐね、自分の力で絞り出した手が、細い糸を張り巡らせるかのように精細な模様を織りなして行く。彼女が助けたピースたちが、彼女を助けに来たようだ。ハロウィン、の名が冠されたトーナメント企画だからだろうか。『墓場』と形容されることもある、ボードから降りたピースたちがボードの横に整然と並ぶ様子。そのピースの一人ひとりが私には確かに、満身で遊びを愉しんでいるようにも見えた。

f:id:rikkaranko:20171022202157p:plain

(Fig.17 : 25. ... Qxb1+ 26. Kg2 Qa2 まで) 

 27. Qxf7と潜る手を防ぐ辛抱。しかしこれには初期位置から動いていないことで2マスの推進力を未だ保持しているcポーンの躍進が、ダイアゴナルを切ながらの進軍となって幸便だ。27. c4 Rf8と進んで、明らかに黒が厳しい。神崎の顔色は冴えず、心なしか巻き毛の調子も良くないようにすら見える。艶やかな形良い唇が歪められ、そこから吐き出される歎息が、ラウンジに居る私にも聴こえるようだった。

f:id:rikkaranko:20171022202303p:plain

(Fig.18 : 27. c4 Rf8 28. Qe4 まで)

 後の先を取ろうとする、穏やかで峻烈な手渡し。こういった采配をするアイドルは、この事務所にいなかった。実戦の中で成長して行く少女たちが、自分の色を模索し、手ごたえを感じ始めているのだと思うと鼻の頭まで肌が粟立つ思いがした。戦場は平時より、人の心を速く通わせるのかもしれない。一局を通じて様々な表情を見せる白坂小梅のアイドルを確かに感じた。

 時刻は15時を回った。私たちは十時と三村が事務所で焼いたばかりの、ネコを模ったカボチャのタルトを食べながら手に汗を握っていた。おやつは対局者にも出されたようである。両者はほぼ同じタイミングで、持ち時間を使い切ったようである。ここからは秒に追われるという点で呉越同舟だ。

f:id:rikkaranko:20171022202424p:plain

(Fig.19 : 28. ... a5 29. Ra7 a4 30. c5 a3 まで)

 セオリー通りの、パスポーンの裏に回るルークが、終りの予感を奏でている。ここで白の指し手は意外と広いが、彼女の指が迷うことはないだろう。長い袖から、ピースを触るその瞬間だけ少し指を覗かせる、そんな仕草が楽しげで実に羨ましい。

f:id:rikkaranko:20171022202734p:plain

(Fig.20 : 31. c6 まで)

 まっしぐらに、敵地を目指すこのポーンは、最後まで自陣で出番を今か今かと待ち侘びていたポーンだ。勝ちに行く決意をしたのだろう。

f:id:rikkaranko:20171022202858p:plain

(Fig.21 : 31. ... Rc8 32. c7 Qe6 33. Qb7 a2 34. Rxa2 まで)

 手の込んだルーク・エクスチェンジを用意した。ピースダウンすれば白はアドで押し切ろうということだろう。黒は何とかドローに持ち込む希望に縋りたい。ドローがあるから、最後まで気を抜けないのは福音か、それとも呪いだろうか。

 それは、全ての希望が潰える時まで戦い抜かねばならないという悲し過ぎる宿命の換言ではないのだろうか。

f:id:rikkaranko:20171022203016p:plain

(Fig.22 : 34. ... Rxc7 35.  Ra8+ Kh7 36. Qxc7 Qe4+ 37. f3 Qxa8 まで)

 ルーク・エクスチェンジが確定する順に飛び込んでから実に5手後のダウンとなった。ここ10ムーブの間は、ルークを取り合う以上にやらなければいけないことがお互いあったということだろう。

 寂しいわね、と誰かが呟いた。金属製の姫フォークがティーカップと当たって、小さく澄んだ音を響かせた。

f:id:rikkaranko:20171022203224p:plain

(Fig.23 : 38. Qxf7 Qc6 39. g4 Qc2+ 40. Kg3 Qg6 41. Qxg6+ Kxg6 まで)

 なんとも寂しい話ではないか。控室では、エンドゲームに定評のある八神と新田がメイトを読み切ったと言いながら検討を打ち切った。

f:id:rikkaranko:20171022203251p:plain

(Fig.24 : 42. h4 Kf7 43. h5 Ke6 44. Kf4 Kf6 45. Ke4 Ke6 46. f4 Kf6 47. Kd5 まで)

 dファイルに吶喊するのが、相手のキングを僅かなピースで縛る為の、必然手であり、気がかりの手であった。もう継ぎ盤は動いていない。

f:id:rikkaranko:20171022203419p:plain

(Fig.25 : 47. ... Kf7 48. Ke5 Ke7 49. f5 Kf7 50. f6 まで)

 お手本通りの突き捨て。実戦で求められるのは、精緻で高い水準の基本と、少しの大胆さなのかもしれない。

f:id:rikkaranko:20171022203557p:plain

(Fig.26 : 50. ... gf+ 51. Kf5 Ke7 52. Kg6 Ke8 53. Kxf6 Kd7 54. Kg7 Ke6 55. Kxh6 1-0)

 四面楚歌と相成ったところで神崎がキングを倒し、投了の意思表示をした。長い戦いだった。

 シビアな勝敗に囚われない面白い構想、ハッとする鋭い仕掛け、荒削りな形成評価に舌を巻くような大局観。ジャック・オ・ランタンを模ったバケツにお菓子が溢れる程に詰合せられているアソートメントがあるが、まさしくそんな印象の名局だったと思う。

 立ち上がり無言の裡に拍手をした後、一言も発さないままに検討に使っていたチェスセットを初期配置にし、向き合う相手と対局を始めたのは、私だけではなかったはずだ。

 

(続く)

May the Magic of Halloween be with you. -2-

 

 

 チェスが内包するイメージ。

 まず、盤が偶数のマスからできている、というのがいい。これが、仮に一つのマスが正方形で、一辺が奇数だったとすると、チェスはインテリアとしてもっと色んな場で目にするものになっただろうから。

 右の端が白マスになるように、マントルピースの上に置く。これだけの縛りで、それがインテリアなのか、そして主人はチェスを解する怜悧な知性の持ち主なのか。そういった示唆が生じる。

 そう、イギリス人が庭に薔薇を植えることをステータスとしたように。手のかかる植物の筆頭である薔薇が庭いっぱいに咲き誇るというのは、その家が優秀な庭師を抱えていること、ひいてはそれだけの余裕のある家だということを対外的に示すシーナリーの中の演出だったのだ。

 

 速水奏は考える。人並みに書物も読むが、それ以上に彼女の知識の源泉は映画と、映画を深く理解するための背景に依存する。そのため、ぴったりと閉じられた彼女の瞼の裏では、今までに彼女が観てきた幾数もの映画がコマ送りとなって巡っていた。

 

 単なるゲームを超えた何かだと、思う。ゲームを理解するためには、ルールに精通していること以上のものは不必要だ。

 しかし、そのゲームが広く受容されてきた理由を知るためには?

 

「私たちには、所詮借り物のチェスしか出来ないのかしら……」

 

 呟くと、奏はキングを倒し部屋を出て行った。

 

 

f:id:rikkaranko:20171026180650p:plain

 

 

 『U-14 Halloween Championship』も、残すところ後2ラウンドとなった。そして、上位4名を巡る、全勝対決の2組のマッチは別日程で中継されることとなっている。

 昨日、輿水幸子が、黒番・遊佐こずえのブタペスト・ディフェンスをギリギリのところで破った試合はサイトの来場者数が100万人を超えたという。

 

 今日は、白坂小梅v.s.神崎蘭子。こちらも全勝対決だ。

 居ても立ってもいられなくなって、フレデリカは時間を潰すのももどかしく事務所に向けて出かけることにした。

 

 動画サイトでの中継と同じものが、事務所のラウンジにある大きなモニターでも見られることになっている。仕事が入っていないアイドルや待機しているアイドルは、ここでチェスを見ながら時間を過ごすのが、ハロウィン・イベントが始まってからの恒例のようになっていた。

 

「フフンフンフーン♪」

 

 鼻唄を歌いながらブラインドを開け、続いて2横指ほどの隙間に窓を開いて喚起をする。そしてフレデリカは散らかったテーブルを片づけ、モニターの調整をした。

 

 背後で、ドアの開く音がする。どうやら、他にも据わりが悪くて家を飛び出してきてしまった、気の早い同僚がいるらしい。

 フレデリカは柔らかく口角を上げて微笑んだ。

 

 

f:id:rikkaranko:20171026180650p:plain

 

「えへへ、今日ね……あいさんに研究会に誘われたんだ……」

 

 小梅は嬉しそうに、ナイトを跳ねながら呟いた。

 ここは女子寮、小梅の自室である。その様子を誰か他のアイドルが観たら、訝しんだことだろう。彼女の向かいは愚か、周りにも誰もいないからである。

 しかし、サイキック・パワーか何かで動かされているように、音も無く進んでくるビショップはまるでそこに誰かがいるかのようだった。

 

「『ずいぶん立派にプレイできるじゃないか』……って。えへへ。『誰かについて習ってるのかい?』なんて聞かれたなぁ……」

 

 小梅のビショップが、浮遊してきたナイトに弾かれるように倒れる。ピースがぶつかる時に、軽やかな澄んだ金属音がした。

 

「このチェス・セットも外に持って行けたらいいんだけどなぁ……ご、ごめんね?私には、ちょっと、大きいんだ……」

 

 右側に置かれた、取った黒のピースを手に取り撫でる小梅。視線の先には、大きな黒革の入れ物がある。

 

「そっか。ごめんね。研究会の日は『この子』にお家に居て貰うからね……いいよね?」

 

 そのとき、ノックの音がする。

 

「フヒ、小梅ちゃん……ごはん、行かないか?」

 

「あ、ありがとう……い、今行くね」

 

「フ、フヒ……さき行って待ってる……」

 

パタン

 

「『この子』ね、最近私と一緒にチェスをやってたら、強くなってきたんだよ♪」

 

 

f:id:rikkaranko:20171026180650p:plain

 

 

「なぁ、小梅の調子はどうだ……?」

 

「貴女、やっぱりお母さんでしょ。小梅ちゃんの」

 

 ロッカーで着替えながら、並んで涼と奏が話をしている。

 

「調子、というなら、チェスの出来は上々だと思うわよ?」

 

「そっかぁ」

 

 ブラウスのボタンを留めながら涼は思案顔をする。

 

「なんていうか、さ。メンタル的なのは、どうだ?最初は、クラブで勝てなかったから落ち込んだのかとも思ったんだ。だけど、よく考えたら、なんか違うんじゃないかって。よくわからなかったんだけどさ……それが、チェスが出来なきゃわかんない悩みだったら、アタシには相談に乗ってやれないし……」

 

 座ってローファーの踵に人差し指を入れながら、奏は可笑しそうに笑った。

 

「いいわね。私も、年が離れているのに対等に親友でいられる友達、欲しかったなぁ」

 

「あのー」

 

 二人の視線を集めたのは、部屋の対辺に置かれた側のロッカーで着替えをしていた喜多見柚だ。

 

「涼サンは、チェスは興味ないんですか?」

 

 苦笑いを口元に浮かべる涼。

 

「実は、さ。小梅が余りにのめりこむボドゲって、どれほど楽しいんだろうって思って、やってみようと思ったんだ。本も買ったんだけどさ……」

 

「続かなかったのね?」

 

「続かなかったっていうかさ、いまいちわからなかったんだよ。ルールも難しいし、なかなか覚えられなくてさ……」

 

 左手の人差し指で、顎を押し上げるようにしながら右上を見ていた柚は言う。

 

「誰かに教わるのは?」

 

「それは、なんか恥ずかしいって言うか……いや、でもそれで小梅ともっと話せるようになるならそんなちゃちなプライドに拘ってる場合じゃないか……!」

 

 何かを決めたような顔の涼に、ぺろりと舌を出して悪戯っぽく笑いかける柚。

 

「よかったら、アタシたち、フリスクがお教えします!それで、ルールを覚えて、小梅チャンにナイショで――」ゴニョゴニョ

 

「おおっ、それはサプライズでいいかも――」ゴニョゴニョ

 

 

f:id:rikkaranko:20171026180650p:plain

 

 アービターの合図で握手を交わした後、黒番を持つ神崎蘭子チェスクロックを押し込む。

 小梅は迷わず、eポーンを突いた。

f:id:rikkaranko:20171028163015p:plain

 1. e4

 それを見て、唇を引き目を大きく開く蘭子。彼女たちの長い一日が、始まろうとしていた。

 

 *

 

f:id:rikkaranko:20171028163046p:plain

 1. ... e5

「堂々としてるわね」

 私はこのゲームの観戦記を書く文香に話し掛ける。彼女はノートから顔を上げ、顔を綻ばせた。

「そう、ですね。黒を持ってはcポーンを突くのが流行っている昨今にあって、先手の注文に乗る貫禄の一手です」

 デジタル全盛の今日にあって、彼女の手にあるのはノートに万年筆だ。その拘りの強さも、菫青の利発そうな瞳も愛おしく思った。

 

 モニターが切り替わり、私は解説を務めるLippsの同僚、周子がいきなりボケをかますのを見た。

 

 *

 

 

f:id:rikkaranko:20171028163116p:plain

 2. Nf3 Nc6

周子「ここでは3. Bb5と出てルイ・ロペス、3. Bc4と出てイタリアン・ゲーム、そして3. Nc3と出てスリー・ナイツ・ゲームが候補に挙がる分岐かな」

f:id:rikkaranko:20171028163149p:plain

 3. Nc3 Nf6

周子「黒も力を溜めたよ」

 

美波「これで、4つのナイトが中央で向かい合いましたね」

 

周子「うん、フォー・ナイツ・ゲームってやつだね~」

 

 *

 

蘭子(懸念するは、騎士の特攻――)

 

小梅(……ら、蘭子ちゃんは、楽しんでくれる……かな?)

f:id:rikkaranko:20171028163215p:plain

 4. Nxe5

 

 *

 

美波「これは、白番で小梅ちゃんが連採しているハロウィン・ギャンビットですね。今回の企画では全部ですか?」

 

周子「んー、確か、1回だけ、不運にも突くポーンを間違えたほたるちゃんが1. ... d4とセンター・カウンターを仕掛けた試合があったじゃん。あれ以外ホントに全部だね~」

 

 

蘭子(やはり、サバトの供物……!)

f:id:rikkaranko:20171028161108p:plain

 4. ... Nxe5 5. d4

 

小梅(蘭子ちゃんは、ナイトをそっちに引くんだね)

 

f:id:rikkaranko:20171028161159p:plain

 5. ... Nc6 6. d5

 

蘭子(いざ、鉄槌を!)

f:id:rikkaranko:20171028161304p:plain

 6. ... Bb4 

 

 

美波「うわぁ、なんだかすごい手が来ましたね。……初めて見ました」

 

周子「これはきっと、蘭子ちゃん用意の手だね」

 

美波「この後はどう進むかな?」

 

周子「うーんと、白は先にナイトを切ったわけだから、黒としてはナイトを取られても駒割りとしては互角なんだよね。それなら、ナイトを取らせる間に陣形で差を付けられれば、黒のアドバンテージだけが残る。ってことで、あたしなら~7. dc bc 8. Bd3 0-0 9. 0-0と進めてスコッチにするのかなぁ」

 

 *

 

蘭子(目には目を、ナイトには、ナイトを!我が真の力を見よ!)

f:id:rikkaranko:20171028163244p:plain

 7. dc bc

 

小梅(むむむ……?あっ、なるほど、スコッチ・ゲームだ……蘭子ちゃん、私のために、準備してくれたんだ……♪)

f:id:rikkaranko:20171028171818p:plain

 8. Bd3 0-0 9. 0-0 d5

 

 *

 

美波「周子ちゃんが解説してくれた通りになりましたね。流石♪」

 

周子「でしょ?もっとこういう仕事増えてもええんやけどな~」

 

美波「互いにキャスリングを済ませてから、蘭子ちゃんが9手目d5と突いたのが現局面で、ここで時間を使ってますね」

 

周子「とってくれれば黒としては最高だけど……取らないだろな~。最近、小梅ちゃん覚醒したっぽいし」

 

 *

 

蘭子(呪縛から目覚めし僧侶の跳躍……此処は激しく)

 

小梅(ら、蘭子ちゃんはそういう棋風なんだね……相手の性格とか、考えが同じとこ違うとことか知れるのって、楽しいな……♪)

f:id:rikkaranko:20171028172129p:plain

 10. Bg5 h6

 

 

周子「ほぉ~、もう切らせるんだ」

 

美波「切らせる、とは?」

 

周子「小梅ちゃんが10手目Bg5って八方に利く好位置にビショップを出たでしょ。良い位置だけど、すぐ何かあるわけではない、と見てここで黒はこれを無視して何か手を捻り出すこともできたはず。それをしないで、h6と突いたら、この手はビショップ取りになってるから、白は次に11. Bxf6って切るしかなくなるでしょ~」

 

美波「なるほど、そうだね。……でも、ナイトと交換しないで、ビショップを逃げる、っていうのは?」

 

周子「うーん、そら難しい質問やなぁ……解説殺しやん!」

 

美波「笑」

 

周子「ないってことはないんだけど、白は10手目にc1からg5まで一息に出て行ったでしょ?だから、11手目に例えばe4とかって引くと、そこはc1から本来1手で行けた場所だから、損になるんだよね~。だから、この局面が『わざわざ黒にh6を突かせる』のが狙いだったんじゃなかったら、引かないと思う。それに、さっきもいったけど、黒は必ずしもh6と突いてくるとは限らなかったでしょ?」

 

美波「そうだね」

 

周子「だから、不確定な順なのに、引くって言うのはちょっと考えられないかな~っていうのが周子ちゃんの見解です」

 

美波「なるほど。わかりやすくありがとう♪ところで、じゃあなんで蘭子ちゃんは『ビショップを切らせる』ような手を指させたのかな、周子先生?」

 

周子「そやなぁ~……ピースがぶつかった箇所が複数ある局面って、読まないけない局面が多くなるんよね。逆に言うと、ピースがぶつかったところを予めどんどん清算しておけば、追い追い読み幅を狭めることができるんよ」

 

美波「そっか、そういうことなんだ。じゃ、みんなそうやって清算すればいいんじゃないのかな?ごめんね、いろいろ聞いて」

 

周子「美波ちゃんは聞き手なんだからいろいろ聞いてや~。んーとね、これもちょっと感覚的な話になっちゃって難しいんやけど、清算しない状態だと存在しなかったような分岐が新しく生まれちゃう可能性があって。その分岐が詰みに係わるものだったりしたら結構シリアスな問題やろ?だから、一概に清算すればいいってものでもないんよね」

 

 *

 

蘭子(ダブル・ポーンの桎梏を解き放つわ!)

f:id:rikkaranko:20171028173607p:plain

 

 11. Bxf6 Qxf6 12. ed Bxc3

 

小梅(13. bcにはcdと取ってくる、はずだよね?)コト コン

 

蘭子(これでダブル・ポーンは解消……)コト コンッ

 

小梅(この瞬間、ちょっと息継ぎが出来るけど……何かあるかな?何か、びっくりしてもらえるような、楽しい手……)

 

蘭子(小梅ちゃん、考えてるなぁ。油断できない相手、用意してきた順に進んだけど……小梅ちゃんのために用意してきた戦型、小梅ちゃんは楽しんでくれてるかな?)

 

 張り詰めていて、どこか穏やかな時間が縷々として流れていく。

 そして、開始から1時間が経過した、とアービターを務める東郷あいが厳かに宣言したとき、小梅の手が緩慢な様子で動いた。

 

 

f:id:rikkaranko:20171028173938p:plain

 13. bc cd 14. c4

 

周子「渋いねぇ~」

 

美波「……解説をお願いしてもいいかな?」

 

周子「んーとね、これは取らないとどうなると思う?」

 

美波「取らないって……14. ... dc以外ってことだよね。んーと、15. cdがあるから、14. ... Bb7とフィアンケットに組んで守るくらいかな」

 

周子「うん、いいね。そしたら15. cd Bxd5となるよね。このために美波ちゃんはビショップを上がった」

 

美波「うん」

 

周子「ここで、16. Bh7+!とさっきこじ開けたh7のスペースにビショップを王手で飛び込む手があるんだよ~」

 

美波「えっ?これはタダでは?」

 

周子「タダじゃないよ~。16. Kxh7に17. Qxd5と刺し違える手が良いんだ」

 

美波「なるほど、そっか」

 

周子「こうなると、クイーンを進めながら、黒のキングも流れ弾に当たりやすい位置に引き摺り出せて、白が指しやすい感じする」

 

美波「そうだね。……じゃあ、この手は14. ... dcの一手?」

 

周子「あたしは、そう思うな」

 

美波「この時に15. Bxc4として、クイーンのファイルを開けた白が良い、ってことかな?」

 

周子「その通り!つまり、どう応じても黒はやや点数を持って行かれる局面かなって。それでも黒が良さそうだけど、差を縮めて、これは渋い手だよ~」

 

 

 *

 

蘭子(う、運命の盤面……!……難しいなぁ……ちょっと手拍子だったかも……?でも、14. ... dc 15. Bxc4の瞬間は手番がこっち!魂が、猛るわ!)

f:id:rikkaranko:20171028180024p:plain

 14. ... dc 15. Bxc4 Ba6

 

蘭子(小梅ちゃんの声が聴こえて来るみたい。耳を通して、じゃなくて、もっと深いところで通じ合えるような……)

 

小梅(聞いちゃった……?今日から、お友達ね)

 

蘭子(直接脳内に……?!)

 

 *

 

 

f:id:rikkaranko:20171028180507p:plain

 16. Bxa6 Qxa6 17. Re1 Rfd8 

 

「ほろっ?」

 椅子の背の上に顎を乗せるようにして、モニターを見つめていたフレデリカが素っ頓狂な声を上げた。

『……おや?これは……いや……?』

 切り替わったモニターの中でも、解説の周子が困惑した様子の声を出している。

 私は、加蓮と検討していたボードに目を戻す。

 そう、私たち検討陣がこの局面で本命視していたのは、17. ... Rad8。

「まぁ、でも、この緩さを的確に突けなかったら、ドロー濃厚、黒やや良しでエンディングになりそうだけど」

 加蓮はやや眉尻を下げて言う。私も全面的に同意だった。この手は緩手ではあるが、何が緩いとも言い切れないレベルのものだ。その針の穴にラクダを通すような攻めを想い付けなければ、大勢は変わらないだろう。

 少しの引っかかりを覚えながら、画面の中の対局室が休憩に入ったのを合図に、私たちも昼食を摂りに出かけることにした。

 

 *

 

 休憩後、再開の合図を告げる。

 目の前で繰り広げられるのは、U-14とは思えない程に高度な対局で、眩暈がする思いがした。

 袖を左手で摘まみ、右手をクイーンに掛ける白坂小梅

f:id:rikkaranko:20171028191037p:plain

 18. Qf3

 小部屋の中に充満する空気が、弓を引き絞るように、いきなり緊張感を増した。息苦しさ感じる、世界で一番近くでこの勝負が観られる役得に私は密やかに感謝した。

 

 *

 

f:id:rikkaranko:20171028192817p:plain

 18. ... Rab8 19. Qc3 Qb6

 

「Re7とg3どっちがいいかな?」

 

 フレデリカの問い掛けに、その場で幾つかの想定局面を思い描いてみる。

 

「まぁQb2に先攻するならRe7かしら……でもg3か、なるほど……それならh3はどうかしら?」

 

「g3かh3か……難しいなぁ……これ解説しなくて済んだのは助かったわ~」

 

 解説会場から戻ってきた周子がおどけて見せる。

 

 

 

「解説はなんて言ってるのかしら?」

 

 *

 

穂乃香「小梅ちゃん、長考してますね」

 

加蓮「そうね。候補は2手かしら。Re7か、h3か」

 

穂乃香「先に敵の懐に潜る手と、自分のキングの周りを広げながらエンディングで見合いに備える手ですね。……ここでh3に代えてg3はどうです?」

 

加蓮「g3?」

 

穂乃香「えぇ、フォー・ナイツ・ゲームで、1. e4 e5 2. Nf3 Nc6 3. Nc3 Nf6 4. g3……と、いきなりg3を突くラインがあるじゃないですか。なので、損にならない手かしら、と」

 

加蓮「……あるかも。寧ろ、h3よりいいかも知れないね」

 

 *

 

f:id:rikkaranko:20171028192858p:plain

 20. g3

 痛いほどの静寂張り詰める会場に、小さな木の音が響いた。

 

蘭子(わからない……どうしよう……斬り合いは……?いや、迷わない、信じる……!)

 

f:id:rikkaranko:20171028193003p:plain

 20. ... Qb2 21. Qxc7 a6

 

小梅(aポーンを逃がしてきた。ほとんど時間を使わなかったから……予定、なのかな?でも、蘭子ちゃんはそれしか手が無い時の着手は早いし……)

 

 *

 

f:id:rikkaranko:20171028193239p:plain

 22. Rad1 Rdc8 23. Qf4 Qxa2

 

幸子「……楽しそうですね。やっぱり、楽しむ姿が一番カワイイものなんですね」

 

 *

 

f:id:rikkaranko:20171028193438p:plain

 24. Rd7 Rb1 25. Rxb1 Qxb1+

 

加蓮「迷わず清算したね」

 

穂乃香「ここで、先ほど20手目のときに突いたポーンから逃げていくんですね。突いてなかったら窒息するところでした」

 

加蓮「ここでね、26. Kg2って逃げると、ポーン・チェインに囲まれる形になって、ビショップも落ちてるこのゲームでは白のキングは攻められにくくなるんだよね。実戦的な感覚だと思うよ」

 

穂乃香「黒は一度手を戻さないといけないですよね。Rd7とQf4がf7の地点に利いているので、27. Qxf7と入られるとゲームが終わってしまいます」

 

 *

 

f:id:rikkaranko:20171028193854p:plain

 26. Kg2 Qa2 27. c4 Rf8

 

 

 

 形勢が良い側は、自然な手を指してもよくなりがちだ。だから、良い手は連鎖する。

 私は27手目c4と、不動の位置に居たポーンがa2のクイーンのダイアゴナルを切った時に、そんなことを考えていた。

 

「Rf8は悔しいですね。どこかで、とても自然にひっくり返りました」

 

 忍は、黒がテンポを失ったことを言っているのだろう。見事に、Rfd8が責められた格好になったのだ。

 

「ここよね、難しくなるわ」

 

 *

 

小梅(黒が手損をしてくれたから、Qf4は手損だけど、手自体の損得はなくなる。それよりも、ここで何かやって、バランスを崩しちゃう方がダメ。こういうときは、待つんだって、教わったんだ……)

f:id:rikkaranko:20171028194246p:plain

 28. Qe4

 

蘭子(あぁ……!またよくわかんない手が……小梅ちゃん、貴女は何を語っているの?!我が友、我が友!)

 

 *

 

f:id:rikkaranko:20171028194717p:plain

 28. ... a5 29. Ra7 a4 30. c5 a3 31. c6 Rc8 32. c7 Qe6

 

 

穂乃香「形勢はひっくり返りましたけれど、優勢になった白も勝ち切るには難しいゲームですね」

 

加蓮「そうだね。それが、黒の一縷の希望になっているのかも。こうやって、クイーンをぶつけたりしながらピースダウンからのドローを狙っていくのが黒の支配戦略になるかも」

 

穂乃香「白としては神経を使う展開になりますね」

 

 *

 

f:id:rikkaranko:20171028195253p:plain

 33. Qb7 a2 34. Rxa2 Rxc7 35. Ra8+ Kh7 36. Qxc7

 

穂乃香「次に36. ... Qd5+がチェックでありながらa1のルークも狙うダブル・アタックですが……」

 

加蓮「将棋の世界では、王手飛車とりは掛けた方が負ける、なんて言われてたりするらしいけど……ね。古典的なクイーンとポーンのエンディングになったなぁ」

 

 *

 

f:id:rikkaranko:20171028195846p:plain

 36. ... Qe4+ 37. f3 Qxa8 38. Qxf7 Qc6 39. g4 Qc2+ 40. Kg3 Qg6 41. Qxg6+ Kxg6 

「周子、どう?」

 

 私は、マキノと盤を挟んで詰みを読んでいる周子に声を掛ける。二人の手が停まっていたからだ。

 周子は、首をゆるゆると振った。銀色の前髪が哀しげに揺れた。

 負けじと、私たちも継ぎ盤を動かす。幼少組が魅せる激戦のクオリティに圧倒されながらも、最後に残る意地のようなランタンの火が、私たちの中に静かに灯った。

 

 *

 

f:id:rikkaranko:20171028200340p:plain

 

 42. h4 Kf7 43. h5 Ke6 44. Kf4 Kf6 45. Ke4 Ke6 46. f4 Kf6 47. Kd5

 

加蓮「これはお手本通りのエンディングの手筋よね。近接見合いを発生させてから、一見ソッポの方向に出て、相手のキングを包むように寄せていく。これは、読み切ったのかな」

 

穂乃香「加蓮さんは、もうメイトを読み切っていますか?」

 

加蓮「うん、まぁ。でも、見届けよう」

 

 *

 

f:id:rikkaranko:20171028200629p:plain

 

 47. ... Kf7 48. Ke5 Ke7 49. f5 Kf7 50. f6 gf+ 51. Kf5 Ke7 52. Kg6 Ke8 53. Kxf6 Kd7 54. Kg7 Ke6 55. Kxh6 1-0

 

 蘭子が疲れ切った様子で、盤上にただ一つ残ったキングを倒した。

  それを見て、小梅が頭を下げ、右手を差し出す。二人の白い手が固く握り交わされた。

 

蘭子「……準備、してきたんだけどなぁ」

 

 細かく震えている小梅の肩越しに見える、寂しそうに笑う蘭子の顔は、凄絶な程に美しかった。

 

(続く)

速水奏の映画メモ(『チェックメイト』)

 

速水奏「美嘉、今度の土曜、オフよね」

f:id:rikkaranko:20170909190630j:plain

 城ヶ崎美嘉「うん。どったの?」

 f:id:rikkaranko:20171027095858j:plain

「前、美嘉が言ってたじゃない。ショッピング、行きましょ?」

 

美嘉「いいじゃんいいじゃん!あ、あとね、スイーツなんだけどさ、アタシこの前、行ってみたいお店見つけたんだ!マジ卍」

 

「ついでに泊まって行く?」

 

美嘉「え、いいの!じゃ、そうしよ!」

 

 *

 

美嘉「え、やだよ。アタシ観ないよ」

 

「却下」

 

美嘉「えぇ~……意味わかんない……他の映画じゃダメなの?だいたい、映画なら伊吹ちゃんと観ればいいじゃん……」

 

「たまにはいいでしょ。それに……小梅ちゃんに借りたからなるべく早く観て感想を伝えたいし」

 

美嘉「ひとりで観ればいいじゃん!小梅ちゃんから借りたって……ほらぁ~絶対ホラーじゃん……」

 

「そうね、本当は今夜、ひとりでゆっくり観ようかと思って楽しみにしてたのよ。だけど親友が泊まりに来るっていうから、楽しみをお裾分けしないとと思って」

 

美嘉「えぇ~……意味わかんない……ってもうディスク入れてるし!あぁ、もう!わかった!」

 

「そう、聞き分けがいい子は好きよ」

 

美嘉「アタシは奏のこと嫌いになりそうだよ」

 

「……なんだかんだ言って、美嘉ってお姉ちゃんなのよね」

 

美嘉「なんだかんだ言わなくても、アタシには妹が一匹いるよ?」

 

「飲み物淹れて来るわ、何か飲む?」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

水奏の映画メモ

イドル・速水奏。彼女ほど、『夜』のイメージと親和性の高いアイドルもそうそういない。秘密を覆い隠すベールのような夜、少女との妖しい夜、そして大人の女の艶めく夜……

 思議な夜、ハロウィンの始まりに、この女が欠けることなど許されようか。

 本誌屈指の人気コーナー、『速水奏の映画メモ』が一夜限り、復活する。百鬼夜行が跳梁跋扈する夜、彼女が扮するものとは――

 

 (文責・鷺沢文香)

 

f:id:rikkaranko:20171027101225p:plain

 ……目が逢ったわね。考えてみれば当然なのかも。だって、私はあなただけを見ているんだから…なんて、ね。

 なぁに?この柘榴が気になるの?……それとも、唇?ふふっ。

 柘榴って、冥界の食物なんですって。冥界から死者が蘇り、祭礼に誰とも知れず加わる――こんな夜にぴったりじゃないかしら。

 

 今日紹介するのは、ハロウィンにぴったり、ホラーとチェスの融合。

チェックメイト 2009年のフランス映画よ。

 

「チェスで勝ったら、解放してやる」――その条件と共に突然、監禁されたら、どうするのかしら……?

 

 映画監督を目指す主人公、ヤニック。彼には綺麗なガールフレンドも居て、映画学校への進学も決まり……と充実した生活を送っている。

 ……ホラーとわかっていてこの演出は、今後突き落とされることに身構えてしまうわよね。だからこそ、そのオーディエンスの期待をどう裏切るかが、ホラーの導入部では問われるのだけれど。

 ここでちょっと気になったのは、彼女の家を通して少しだけ描かれる、妻に強く当たる夫の姿なのよね。伏線というには直接的な繋がりが無いように見える、このぼんやりとした縛りが全体をうまく統括する束縛要件になっているというか。フランス映画はそういうことを時々やる印象があるわ。

 

 とにかく、ヤニックはとても幸せに満ちた穏やかな日々のなかにある。彼自身もとても性格がよく、悪餓鬼に虐められている少女を助けてあげて、その少女と彼女の母から感謝をされたり、というほのぼのとした情景が描かれ――不安がどんどん掻き立てられていくのよね。

 

    ヤニックは生活の安定からかそれともその気質が安定を招いたのか、性格も優しく、悪餓鬼に絡まれている少女を助けて彼女とその母親から感謝を受けるシーンも描かれるわ。ホラー映画で性格の良いキャラクターは碌な目に合わないと相場が決まっているから、楽しみよね。

 

  自主映画を撮るために、カメラを持って街を歩くヤニック。そこへ猫が飛び出してきて、彼は気を取られ転倒してしまうの。

  そこにあった家で洗面所を借りようと訪ねるヤニック。そこはタクシー運転手の男とその一家が住んでいたのね。

  そのとき、洗面所を借り手を洗うヤニックの耳に、人間の呻吟の声が聴こえるの。声に導かれるように進んで行くと、そこには監禁された一人の男。

 

  突然の事態に動転するヤニックの元へ、銃を持った主人が戻ってくる。そして囚われていた男を撃ち殺し、一部始終の目撃者となったヤニックは監禁されることになるーー

 

 


  ここから先は、何を語ってもネタバレになる。そして、ミステリーホラーの趣を示す本作に対して、それ以上に無粋で不敬なこともないように思うの。
  なので私は、この作品に重要なファクターとして存在する、『ふたつのチェス』について、述べることにするわ。

 

  ひとつが、鍵となる『主人とヤニックとのチェス』よね。監禁されたヤニックは、兇行の目撃者であるにもかかわらず殺されない。それは、この主人は『悪人しか殺さない』という極めて透き通った、歪んだ義侠心から殺人を犯しているからなのね。だから、都合は悪いが、悪人ではないヤニックを殺すわけにはいかない。しかれども、解放するわけにも行かないわよね。そこで主人がヤニックに提示した条件が、『チェスで自分に勝ったら、ここから解放する』というものなの。
  主人は不敗のチェス・プレイヤー。そして、少し背景的な知識になるのだけれども、西欧においてチェスに優れていることは、単なるボードゲーム上手に留まらず、極めて優秀な頭脳と勇敢な胆力を示している証拠だ、と見る向きがあるのね。カスパロフが政治に担ぎ上げられたように、わかるでしょう?だから、この異常性と義侠心の間でサイコな兇行に手を染めるこの男も、単なる異常者と言い切れない。チェスの背景にまで計算が及んだ、精緻なフランス映画だと思ったわ。

 

  もうひとつが、『人間チェス』。
人間、といっても、『猫を抱いて象と泳ぐ』に出てきたような、生きた人間を使うわけではないの。
  そう、ピースは死体。黒のピースは、タクシー運転手の男が成敗した悪人の、そして白のピースは、善人とされる人間の墓を掘り返して得た死体。
  彼は悪を裁きながら、この凄惨なチェス・セットが完成する日を待っているーー

 


  このふたつのチェスを巡りながら、『善人』である闖入者の登場によって、『悪人』の営んでいた穏やかな生活が掻き乱されていく、という、とても変わった監禁ものとなっているのが本作の特徴。
  最後は、警察に保護され事なきを得たヤニックのカットなのだけれど。彼は精神をやられてしまっているの。そして、いつまでも、頭の中でタクシー運転手の殺人鬼と対戦し続けているーー



 「ところで、タイトルにもあるチェックメイトはいつくるのかしら……」と思ったとき、ハッとしたのよ。私はもう術中にハマっているんだって。
 人の心を閉じ込める――そんな妖しいチェスの魅力が、ここに生きて来るのよね。
 チェスに人生を捧げる、というのは見方を替えれば、チェスに人生を破滅させられるということでもあるのかもしれない。

  私たち日本人にとっての囲碁や将棋といった棋道とも違う、たとえば信仰のような、もっと生活基盤や民族性といったものの深部にまで達したチェスの根を垣間見た。そんな気分になったわ。
  残虐性の描出を遍く含むホラーテイストな映画は、オーディエンスに鮮やかで色濃い生の実感を賦与してくれる。


  ハロウィンの不思議な夜に託けて、偶には、こんな映画もいかがかしら。

(続く)

May the Magic of Halloween be with you! -1-

  

 遠慮がちな様子で、しかし決然と飛び込んでくる馬の嘶きが聞こえるようだった。

f:id:rikkaranko:20171025052655p:plain

 4. Nxe5!?

 14歳以下のアイドルたちがチェスを指す企画、『U-14 Halloween Championship』。あの人も、文香も、酔狂なものを考えたものだ、と速水奏は肩を竦めると、またモニターに目を戻す。

 幸いにも、ここはアイドル・プロダクション。部屋も、カメラも、用意することは容易い。

 だが、この人気はどうだろう。動画サイトを通しての中継は、リアルタイムで観戦者の数がわかり、コメントが付いて流れるようになっている。ここまで見通していたというのは有能を通り越しもはや呆れる思いだ。

 

(いや、違うかもしれない。企画だけではない。アイドルたちの一生懸命な姿が望まれた結果なのかも……ね)

 

 奏が見つめるモニターに映し出されるのは、チェス・ボードを挟んで正対する二人の少女。そして、白番・白坂小梅が放った奇手を期に、コメントと観戦者の数が跳ね上がった。スイス・ドローを採用した、お遊びとはいえ大会形式のこの企画。すべてを占う船出の第1ラウンドに小梅が持ってきた作戦は――

 

「ハロウィン・ギャンビット、か……」

 

 もうすぐ、秋が終わるのだ。

 

 

f:id:rikkaranko:20171026180650p:plain

 

 

 暗くした部屋に浮かび上がるモニター。そこには、DVDの再生メニューが表示されている。

 今しがた観終わった映画の余韻を引きずるように、そのメニューに視線を置いたまま、ソファに並んで腰かけた二人の少女が話している。

 

「んー、なんだか滅茶苦茶で後味が悪かったなぁ。ホラーって言っても、小梅の趣味じゃあまりなかったかな?その割には、結構面白そうに見てたけどさ」

 

「そ、そんなことない、よ?……チェスのシーンとか、よかった……」

 

「あー、そうか?そうかぁ……お洒落感はあったけど、アタシにはよくわかんなかったなぁ。小梅は何が気に入った?」

 

「うーん……ひ、人の心を閉じ込めちゃうくらいのゲームなんだよね、チェス……どんなゲームなんだろうって……」

 

「ほー……そういや、事務所にチェスにハマってるのがいたな……やってみる?」

 

「……や、やってみたい!」

 

「こんど話してみようかね」

 

「りょ、涼さんも、やる?」

 

「うーん、考えておくよ」

 

 少女は立ち上がってディスクを抜出すとケースにしまい、次のディスクを取り出した。

 

 

f:id:rikkaranko:20171026180650p:plain

 

 

 文庫から栞を抜き、軽い音を立てて閉じながらると、少女の長い前髪が少しだけ浮き上がった。

 

「チェス、をやってみたい……ですか?」

 

「あぁ、いや、アタシじゃないんだ。小梅がさ。この前チェスの出てくる映画を観て、痛く感動したみたいでさ」

 

「それ、ホラー?」

 

 カップを持つ左手の、立てられた小指を向けるように、隣に座っていた少女が訊ねた。二人は涼の言う『チェスにハマっているの』の中でも指折りの手練れである。

 

「は、はい……『チェックメイト』っていう、フランスの……」

 

「へぇ……チェスが出てくるホラー……気になるわ。今度観てみようかしら」

 

「じゃ、じゃあ、こんど持ってきます……!」

 

 奏はマグカップをテーブルに置くと、逆の手の人差し指を細い顎に当てる。少し勢い込んで答える小梅に、奏は優しく微笑んだ。

 

奏「あら、ホント?ありがとう」

 

「……え、えへへ……誰かと、映画の話ができるのは嬉しいし……」

 

 その様子を目を笑わせながら観ていた涼は、話を纏めるように言った。軽く打ち鳴らした手をそのままに、拝むようなふりをして見せる。 

 

「そんなわけで、さ。ふたりは最近ほかのアイドルにもチェスを教えてるみたいだし、頼めたらなあと思ったんだ」

 

「いいわよ。ね、文香?」

 

「……私も、ぜひ」

 

 即答と快諾。未知なるゲームへの関心と、気に入りの娯楽を共有する愉しみが交錯した。

 

「ホントか、良かったなぁ、小梅!……アタシは今日レコだからこの後行かないといけないんだけど、じゃ、また。……大丈夫だよな、小梅?」

 

「……う、うん……」

 

「大丈夫よ、取って食いやしないわ。私は」

 

「「……え?」」

 

「まぁ、じゃ、よろしく頼むよ。今日はありがとう」

 

「なんてことないわ。レコーディング、いってらっしゃい」

 

 ゆるゆると手を振り涼を見送ると、さっそく手帳を出して三人は予定を段取りし始めた――

 

 

f:id:rikkaranko:20171026180650p:plain

 

 

「チェスボードは……必ず向かって右の端に白のマスが来るように置きます」

 

「み、右の端……こう、かな」

 

「そうです。では、今度はピース、駒を並べてみましょうか――」

 

 小梅は肩の後ろに感じる柔らかい温もりとふわりと香るシャンプーの匂い、そしてときどき触れる文香の冷たい手と、目の前に広がる精緻なモノクロームの彫刻群に、自分が二段飛ばしで大人になっていく心持ちがした。

 

 * 

 

「チェスにはいくつか、特殊なルールがあるのだけど……これはそのひとつ。キャスリングって言うわ。動かしてごらん」

 

「キャ、キャスリング……こう?」

 

「そうよ。キングの側でやるならそう、そして」

 

 印象よりも大きい奏の右手が、小梅の対面で二つのピースを踊るように操る。

 

「クイーン側でやるなら、こう。やってみて」

 

 見様見まねで、奏と線対称になるようにピースを動かす小梅。

 

「……こう?」

 

「そう。それが、キャスリング。もう一度やってみましょうか。ここで気をつけなきゃいけないのは、必ずキングを先に動かさないといけないってことで――」

 

 自分の指で弄り、動かす小さな人形は、小梅にとって化粧品や香水瓶のような、自分の踵を少しだけ高めてくれる秘密のアイテムのようだった。

 

 *

 

「小梅ちゃんはどーしてその手が良いと思ったの?」

 

 対面に座る宮本フレデリカが覗き込むようにして小梅に訊ねる。両の肘をテーブルにつき、手のひらに顎を載せるようにして、にこにこと微笑むフレデリカ。

 

「え、えと、これはここのポーンが、前に出るから……ま、真ん中から、前に出て行くのがまず大事だって……」

 

 考え考え、小梅はいう。目をつぶって何度も頷くフレデリカは楽しそうだ。

 

「なーるほど!センターをね、コントロールするんだね!その考え方、ばっちり!……でも、もっといい手はないかな?あるいは……悪くならない手!」

 

「悪くならない……?」

 

 この人は本当に、楽しそうにチェスをプレイする、と小梅は憧れにも近い思いを持って目の前のフレデリカを見た。

 

「たとえば……取り返せずピースを取られちゃったら、一方的な損だよね?」

 

 小梅は言われて、慌てたようにチェスボードに目を凝らす。

 

「あ……」

 

 そして、小梅は今まさにフレデリカのポーンに取られようとしている自分のナイトを指さし、困ったように顔をあげてフレデリカを見つめた。

 フレデリカは、ふんわりと笑った。

 

 

f:id:rikkaranko:20171026180650p:plain

 

 

「ああ、この前はありがとう。あれから、小梅はどうだ?」

 

 部屋に入ってきた奏を見つけ、涼は声をかける。奏は制服姿で、涼はTシャツにスウェットという出で立ちだ。汗を掻いていないところから、これからレッスンなのだろうと奏は踏んだ。

 

「貴女、小梅ちゃんのお母さんなの?」

 

 揶揄う奏とまゆ尻を下げる涼の様子を見ながら、寛いでいた文香が奏の背中越しにいった。

 

「……吞み込みも早いですし、頑張っていると思います。ただ……」

 

「ただ?」

 

「私のこと、呼んだ?」ガチャ バタン

 

「呼んでないぞ」

 

「そっかー」バタン ガチャ

 

「実戦経験が思うように積めないっていうか、相手がいないのよね」

 

 学生鞄をソファに置きながら奏が言う。涼からは彼女の髪の分け目しか見えなかった。

 

「相手?」

 

「……そうですね、セオリーを教えることも、指導対局もできるのですが、チェスは将棋と違って基本的にはあまり駒を落として対戦する、というのをしないゲームなので……」

 

「ふーん、ゲームの内容はよくわからないけど、つまり同じくらいのレベルの相手と切磋琢磨できないってことで、いいのかな?」

 

「そうね」

 

「……それは、どうすればいい?」

 

 眉根を顰めて聴く涼には、人には言えないシリアスな秘密があった。チェスにどんどん興味を示していく小梅を見ているうちに、自分も彼女とプレイをしてあげられないか、とこのゲームのルールから覚えてみようとしたのだ。だが、どうにも肌が合わないものがこの世にはあって、それは意外と身近にあるのだと涼は痛感していた。

 

「同じくらいのライバルがいるのが一番いいのでしょうが……年少の子たちで、彼女が始めたのを皮切りに何人かチェスを始めた子はいますが、スタートも呑み込みも早い分、まだまだ相手がいない感じで……」

 

「あとはチェスクラブ、とかかしら」

 

「碁会所みたいな?」

  

「ふふ、そんなものかな。私たちはもっぱらネットだけど、近所にもあるじゃない」

 

 絶句し固まる文香と、くすぐったそうな笑い声を上げる奏。

 

「なるほど、ありがとう」

 

 二人は無言のうちに、遠ざかる涼の足音を聞いた。ドアが閉まる音が部屋に遠慮がちに響いた後、奏がポツリという。

 

「……連れていくのに、マクドナルド1回賭けるわ」

 

「……では、私もそれで……」

 

「……」

 

「「ふふふっ」」

 

 顔を見合わせて、どちらからともなく二人は笑った。

 

 

f:id:rikkaranko:20171026180650p:plain

 

 

「ねぇねぇ、フレデリカとハロウィンって似てると思わない?」

 

 滑らせるようにルークを動かすフレデリカのネイルには、可愛らしくデフォルメされたゴーストが遊んでいる。

 

「……はて」

 

 フレデリカの指が黒のルークから離れると同時に自分のキングを逃がす文香。その様子を、食い入るように文香の横に立った小梅が見つめている。

 

「えー!だってフレデリカも五文字変えればハロウィンだよ?」

 

 ポーンを突き出すと、フレデリカは右手を開いて文香に示した。長い指が少し反り返る。

 

「原形」

 

 くるりと手のひらを返し自分の方に向けると、小指から順番にリズミカルに数度、指を折った後にフレデリカは小梅の方を向いた。

 

「小梅ちゃんはどう思う?」

 

「え、えと……に、似てる?」

 

 小梅は話を聞いていなかった。

 

「ほう、愛いやつ~♪では、キミにはこれが終わったら、フレデリカ・ギャンビットを授けよう。トリック・オア・オランジェット♪」

 

 小梅は話を何も聞いていなかったのである。

 

「は、ははー……?」

 

 戸惑う彼女を尻目にふたりは素早く二度、三度と手とピースを動かし、どんどんボードの上からピースを下すと、軽く拳を打ち合わせたのちに右手を握り合った。そして何事もなかったかのようにピースは初期配置へと戻っていく。

 ナイトの向きを調節しながら、文香が言った。

 

「ハロウィン・ギャンビットですか……いくら私でも、フレデリカさんにピースダウンで勝つのは厳しいのでは……?」

 

「は、ハロウィン・ギャンビット……!?」キラキラ

 

 これが白坂小梅が、その運命的な言葉を初めて耳にした瞬間であった。

 

「そ、ハロウィン」

 

 そういうと二人は無造作にも見えるほどの速さでピースを動かす。

 

「こうやって出た手が、相手をびっくりさせるからハロウィン・ギャンビット、だよ」

 

 白いピースを操る文香が、『有り得ない』ような手を指した。

 

「え……え?!……え?」

 

 文香とフレデリカは視線を絡み合わせると、同時に口角を上げた。悪戯っぽく笑いながら、更にゲームを進めていく。

 早々のピースダウンにも関わらず、黒のピースはどんどん自陣に押し戻されていく。その様子は、切り込み隊長となって死んでいった騎士の亡霊が相手に呪いをかけたかのようで、小梅は瞬時にこのホラーなオープニングと、ギャンビットを仕掛けた鷺沢文香の熟達したスリラーな技に魅せられていたのである。

 二人にこの世にも奇妙なラインの種明かしを受けたとき、思えば小梅はもう騎士の霊に憑りつかれていた。

 

「そ、それ、教えてほしい……!」

 

 白坂小梅はその名前に惹かれ、また、なんとも大胆なナイト・エクスチェンジから始まるそのラインに憧れた。そして彼女は密か自分こそ、このオープニングを指さねばならないのじゃないかと、少女特有の強迫観念にも似た思いを抱きすらしていたのだ。

 

「あまり実戦的とは言えませんが……」

 

 そう言いつつ立ち上がり、椅子に座るよう手で示す文香。促されるまま座ると、ピースを並べ直してフレデリカは小梅に笑いかけた。

 

「楽しければいいんじゃないかな~」

 

 今日も、フレデリカはふんわりと笑った。  

 

 

f:id:rikkaranko:20171026180650p:plain

 

「まず、4手目Nxe5がダメだったね」

 

 そう、目の前に座る男は悦に入った様子で歌うように言った。

 

「こんな序盤にナイトをタダ捨てするなんて、まともじゃないよ。ここからはずっと有利だと思ってた。……まぁ、キミはチェスを始めて日が浅いのかもしれないが、こんな手はないって覚えといた方がいい」

 

 上機嫌で捲くし立てていく男に比して、白坂小梅はしょげ返っている。その撫で肩が心持ち普段よりも悄然としているのを、壁を背に立つ松永涼は少し気掛かりな面持ちで見遣った。

 

 二人の休みの予定があった日の夕、涼と小梅は事務所から程近い場所にあると調べたチェス・クラブの戸を叩いた。時間単価いくら、で貸し出されている会議スペースのような場所だったが、雰囲気が違うのはあちらこちらに林立したチェスセットの所為であろうか。

 受付で申し込みを済ませ、小梅は対局スペースへ、そして涼は壁際に立ってその様子を見守ることにした。平日だというのに、ちらほらといる自分と同じく壁を背に所在なさげに立つ大人たちは、子どもの付き添いだろうか、と涼は推量した。

 

 デビュー戦を終え――もっとも、事務所で高位のプレーヤーたちから予め実戦形式のレクチャーを受けていたので、対局前の握手に始まり、チェスクロックを用いて対戦、終わったら感想戦をするという流れにも小梅にとって目新しさは何もなかったのだが――小走りに駆け寄ってくる小梅の表情が優れないのを涼は見て取った。しかしまぁ、一戦でも勝てればその顔も晴れるだろうと、そのときは気にしていなかった。時計を見遣り、まだ余裕のあることを確かめて涼は小梅の頭を優しく撫で、再び戦場へと送り出す。心機一転、勢い込んで受付へと駆けていく小梅。

 

「4. Nxe5。こんなことをしているんじゃ、勝てないと思いますよ」

 

 上目遣いに申し訳なさそうに、しかし決然とした口調で前髪の長い少年は小梅に言った。

 

「こんな手は聞いたことがないわ。チェスは将棋と違って駒を打ち直せないんだから、序盤でロスしたら取り返せるわけがないでしょうに」

 

 中年の婦人はやや困ったような顔で小梅にそう告げた。

 

「ナイトのタダ捨て、ね。馬鹿にされてるのかと思ったよ。何が悪かったかなんて言わんでもわかるだろう」

 

 ゲームが終わってからたっぷり5分ほど、むっつりと押し黙っていた恰幅の良い禿げ頭の男は、吐き捨てるようにそれだけ告げると荒々しく椅子を引いて立ち上がり足早に去っていった。

 

 項垂れる小梅の肩に、優しく温もりが置かれた。顔を上げれば、思案顔の涼が立っている。

 

「そろそろ、帰ろうか」

 

 小梅は黙って頷いた。

 

 

 

 押し黙ったまま道を歩く小梅を横目に収めながら、涼は「まぁ、勝てない日もあるだろう。調子が悪い日だってあるさ」と慰めた。

 しかし小梅の頭は別のところにあった。実際、誰かと対戦できること自体は小梅の喜びにして楽しみだったので、勝ち負けは二の次であったからである。彼女の頭を支配していたのはもっと別のこと――靴で踏みつけられ、唾を吐き掛けられたハロウィン・ギャンビットであった。文香やフレデリカといった、敬愛するプレーヤーが自分のことを担いだとも思えず、しかし披露してみれば『そんな手はない』『こんなラインは聞いたこともない』と言われる。そのジレンマで小梅は苦しんでいた。

 

 そして何より、彼女が一番気落ちしていたのは、相手といっしょにゲームが楽しめない、そんな試合もこの世にはあるのだと知ったことであった。

 

 

f:id:rikkaranko:20171026180650p:plain

 

 

「あら、変なオープニングなんてないわ。マイナーなオープニングというものはあるけれど……」

 

 話を聞いた奏は間髪を入れずに言った。鼻を鳴らす様子は、何かに対し怒りを抱いているかのようだった。

 

 

「……マイナー・オープニングだって、強いこだわりと確かな経験、そして豊富な研究で戦うプレイヤーはいくらでもいます。たとえば、フレデリカさんは黒番でフランス防御を使いますし、うちのプロデューサーさんは聖ゲオルギウスの防御が得意です。1. c4から世界ランク3位に上り詰めた人もいます」

 

 感情を見せずに、文香は語った。整然と、証拠を提示しながらである。しかし思慮深さを感じさせる、その伏せった青い瞳はどこか寂しげであった。

 

 

 小梅は、自分の好きな人たちとボードを囲めればそれ以上は望まない、と思い直すことで落ち着きを取り戻したかのように見えた。

 心のどこかに、蟠りを抱えたまま。

 

 

f:id:rikkaranko:20171026180650p:plain

 

 

 ホラー映画を見るのが好きで、お化けや怪談といった類に目のない彼女の噂は狭い業界で独り歩きし、やがて一本の仕事を連れてきた。

 彼女にオファーを持ってきたプロデューサーは、仕事の内容について事務的な面持ちで話をした後、口調を変えて小梅を案じた。

 

「の、呪いの館……?気になります……」

 

 曰く、長らく人が住んでいなくて、荒れ果てた洋館のロケだという。この館は人こそ住んでいないものの、今の持ち主ははっきりしている。では手入れをするなり何なりすればよいのだが、そこで呪いが絡んでくるというわけだ。

 

「処分できないお屋敷……」

 

 現在の管理人が相続した際、気味悪がって早々に更地にしようとしたのだが、着工した解体業者では不幸が相次いだ。二度、三度と重なるうちに悪名高い屋敷の工事を引き受ける業者はいなくなってしまった。

 困り果てる管理人のもとに舞い込んできたのは、取材の申し出であった。怪談や呪いといった話を取り上げる特番のスタッフからであった。全国的に有名になれば、この屋敷を潰してくれるという業者も出てくるかもしれない――そんな一縷の望みを託しながら取材の許可を出した彼だったが、現場で撮影隊に事故が相次ぎ、映像はお蔵入りとなったのであった。

 そうなると、今度は単独取材に成功した、という名声を求めて数々の番組がこの地を訪れた。結果は、惨憺。

 

「き、危険?大丈夫、プロデューサーさん。も、もしかすると、『この子』みたいに、悲しい子が残ってるのかも……」

 

 ああでもない、こうでもないと躊躇っていた小梅のプロデューサーであったが、彼女の強い意志を秘めた顔つきに、渋々とこの話を受ける旨を番組クルーに連絡した。

 

 *

 

 管理人だと名乗る老人は、小梅一行を気の毒げな表情で出迎えた。

 

「危ないことがあったらすぐに引き返すと、そう約束してほしい」

と撮影隊にしつこいほどに彼が忠告した後、恐る恐るといった雰囲気の中でロケは始まった。

 小梅と、それからプロデューサーの懇願で急遽の起用となったアイドル・鷹富士茄子がゆっくりと歩いていくのを、カメラが追いかけていく。

 

「ご、ごめんね。大丈夫、私たちは、邪魔しに来たわけじゃないの」

 

 時折足を止め、中空に向かって優しく声を掛ける白坂小梅。その様子を姉のような表情で観る鷹富士茄子。いわくつきの洋館を取材していると思えぬほど柔らかい空気に撮影現場は包まれていた。

 管理人の先導で奥へ奥へと進んでいく一同。今は荒れ果てて見る影もなかったが、造り自体はとても立派な屋敷であった。古い大きなピアノには蜘蛛の糸が張り巡らされ、縁に手の込んだ彫刻が施された姿見は埃が積もりくすんでいた。芸術的な括れを持つシャンデリアはもう幾十年と明かりを灯したことがなく見えて、その下にある大きな一枚板のテーブルは誰かを持て成すという使命を忘れてしまったようだった。

 時間の止まった洋室で、舞い上がる埃に窓から入る光がレンブラント光線のように空間を切り裂く。ある部屋で小梅は、古ぼけた両袖机に置かれたアンティークのインテリアに目を止めた。

 

「小梅ちゃん、どうしました?……あら、これは」

 

 足早に近づき、小梅の肩越しに覗き込んだ茄子は、それが年季の入ったチェス・セットであることに気が付いた。

 

「ご主人は、チェスが趣味だったのかしら」

 

 茄子の呟きを聞きとがめた老人は答える。

 

「この館は、私の祖父が勤めていました。私も彼から、主人の唯一といっていい趣味がチェスで、そしてそれは相当な腕前だったと、まるで自分のことのように誇らしげに語るのを聞かされたことがあります。主人のひとり息子もまたチェスが好きだったようですが、彼はまだ幼い頃に熱病で……」

 

「まぁ、それは」

 

「……埃が被ってない」

 

 食い入るように見つめていた小梅が、そう小さく呟いたのを聞いた者はいなかった。彼女だけが、何層にも堆積した砂っぽい埃に塗れたデスクの上に、錆ひとつ浮かせることなく置いてあるチェス・セットの様子に気が付いたのであった。

 

 *

 

 ぐるりと館を一周する間、クルーが床を踏み抜いたり、プロデューサーが虫に怯えたりといった細やかなアクシデントはあったものの、撮影は恙なく終了した。前評判とは打って変わっての、いたって穏やかなロケだったことに誰もが肩透かしを食らったような顔をしてほっと息を吐いた時である。

 

「……小梅ちゃん?」

 

 白坂小梅の不在にいち早く気が付いたのも、茄子であった。慌てる彼女を筆頭に、手分けして姿の見えない小梅を探し回る一同。ここにきて忽然と消えてしまうなんて、と悪い予感がそれぞれの頭を過っていた。

 呼びかけても答えない彼女に次第に焦燥を募らせる一同であったが、そのとき茄子の頭にティンと来るものがあった。駆け出す彼女を慌てて大人たちも追いかける。

 

「小梅ちゃん!」

 

 振り返った小梅は、果たして彼女の予想通りに、チェス・セットの前にいた。安堵する茄子とプロデューサーと対照的に、何かを考え込むように皺の深い顔を曇らせる管理人の姿があった。

 

「心配しましたよ、小梅ちゃん」

 

「ご、ごめんなさい。……この子が、待っててくれたから」

 

 その言葉を聞いて、一度、二度と顎を引き深く頷く老人。そして、意を決するように切り出した。

 

「お嬢さんさえよければ、なのだが……このチェスセットをもらってやってはくれませんか」

 

 素人目に見ても鋳物の人形たちに、厚みのあるチェッカー模様の板は高級そうに見えて、彼女のプロデューサーは横で戸惑ったが、小梅は少し微笑んで老人を見つめた。

 

「私は少しだけ、囲碁を嗜むのですが……やはり、道具は使われてこそ、だ。それに、こんなにもこの館に穏やかな空気が訪れたのも久方ぶりのこと。貴女さえよければ――」

 

 *

 

 帰り道を走る車の後部座席には、大事そうに黒皮の鞄を抱きしめる白坂小梅と、それを微笑ましく見ている鷹富士茄子の姿があった。

 彼女たちは後日、風の噂で、件の館が処分されたと聞いた。

 

 

f:id:rikkaranko:20171026180650p:plain

 

 

 貰って帰ったチェスセットを丁寧に磨き、一人で並べてみる小梅。改めて磨く必要もないほど、長い時間を打ち捨てられていたとは思えない輝きを人形たちは放っていたが、自分の作った人形に魂を込める人形師のような面持ちで彼女はひとつ、またひとつとクロスでメタルピースを磨いては並べていった。

 

「ふふ……つ、付いてきちゃったんだね」

 

  顔を綻ばせると、小梅は白のeポーンを2マス進めてから、食事を取りに部屋を後にした。帰ってきた小梅は、同じくeポーンの進められたボードを見つめる。

 不思議な対局の日々が始まった。

 どれだけ考えても、辛抱強く待ってくれるこの相手が小梅はすぐに好きになった。事務所に行って奏や文香、フレデリカたちに習ったことを、家に帰って小梅はすぐに彼と試した。

  そうして場数を重ねるうちに、どうやら『彼』は、このチェス・セットの前から動かないらしい、と小梅は気が付いた。どこに行くのもついてくる『あの子』に対して、『彼』は小梅がその場を離れると、じっと彼女の帰りを待っていた。

 

 *

f:id:rikkaranko:20171023030724p:plain

 3手目にして互いのナイトが跳ねるこの形は、フォー・ナイツ・ゲームと呼ばれる。合戦を前にして、整然と佇む騎士が凛々しい陣形だ。小梅は束の間の逡巡の後、顔色をうかがうような手つきで、チェス・クラブの戸を叩いて以来プレイを封印していた手をそっと指した。

  1. Nxe5

 

 誰かを否定することのない、そして誰かに否定されることのない――それは勝ち負けの形なのだろうか。

 小梅は初めてチェスの手ほどきを受けた日に憶えた感動と楽しむ心を、いつしか自分が忘れていたことに、気が付いた。

 

 

f:id:rikkaranko:20171026180650p:plain

 

 時を同じくして、あの日が彼女がチェス・クラブで戦い最初で最後に日になったようだ、と聞いたフレデリカと文香は秘密裡に動いていた。

 

 彼女たちはまた、小梅がチェスを始めたのをきっかけとして、年少のアイドルたちにせがまれるままにチェスの手ほどきをしていた。その合間を縫って練った企画の概要を、秘め事を話すように、文香はプロデューサーに打ち明けた。

 

「ハロウィンに託けて……チェスのイベントを開いてみたいと思うのですが……」

 

 チェスを続けるうえで最も大切なもの、それは楽しむ心だと、普段の感情を表に出さない様子はどこへやら、熱の入った様子で語った文香にプロデューサーの心は動かされる。

 

 美食の国・フランスでは、味覚教育を通して、児童たちはお互いの個性という概念を体得するという。

 幼い時分に誰かと自分が、『違うけど同じだね』と笑い合える機会ほどかけがえのないものもない、とフランスにルーツを持つフレデリカは述べた。

 

 ふたりが盤を挟んで過ごしてきた時間の濃密さや、培ってきた形而上的な何かを思いやる様に、夜の帳が降りて行った。

 

 

f:id:rikkaranko:20171026180650p:plain

 

 

 二人は握手をして微笑み合う。いそいそと支度をする市原仁奈と対蹠的に、先手を引いた白坂小梅は落ち着いている。アービター塩見周子の合図で、仁奈がチェスクロックを押した。

f:id:rikkaranko:20171026182139p:plain

 1. e4 Nc6 

 ゲームは小梅のe4からニムゾヴィッチ・ディフェンスのオープニングを迎えた。

 

「手が広いわね……」

 

「そうですね」

 

 声に振り返ると、唇が触れるほど近くに、文香の顔があった。

 

「あら、いたの。言ってくれればいいのに。危うくキスするところだったじゃない」

 

「……別に、奏さんなら……してもいいんですよ……?」

 

 思わぬ切り替えしに奏は瞠目する。そして内心の慌てを押し隠すように、良い女は煙に巻いた。

 

「……ふふ、キスは、お・あ・ず・け。今はそれよりも、あっついものを――」 

f:id:rikkaranko:20171026183807p:plain

 2. Nc3 Nf6 3. Nf3 e5

トランスポーズして、フォー・ナイツ・ゲームになりましたね……」

 

「まぁ、小梅ちゃんが、オープン・ゲーム以外をやるところを見たことが無いから予想の範疇でしょう?」

 

「そうですね」

 

「見て。今これだけの人が、この対局を見てるんだって……。不思議なものよね。一番観戦数が多いのは……っと、やっぱり蘭子ちゃんと幸子ちゃんのところは多いのね」

 パソコンの画面を指差す奏。第1ラウンドは一斉対局で、各部屋のマッチが別々に中継されている。

f:id:rikkaranko:20171026183836p:plain

 4. Nxe5

 

「ハロウィン・ギャンビット、か……」

 

「驚きましたね」

 

 奏は、跳ねあがるモニターの数字から目を切り、ふてぶてしさすら見せる文香の横顔を見遣った。

 

「……そのわりには、あまり驚いていないようだけど。貴女って、ホント食わせ者だわ」

 

「ふふ、お褒めにあずかり、光栄です」

f:id:rikkaranko:20171026183940p:plain

 4. ... Nxe5 5. d4

 驚いた様子でしばらく考え込んだ後、後手の仁奈は恐る恐るといった様子で小梅のナイトを取った。

 

「まぁ、これは初めて見たら困るわよね……」

 

「この後ですね。彼女はまだ、自分の中の葛藤と戦うことに精いっぱいです。そこを超えて楽しめるかどうか――」

f:id:rikkaranko:20171026184008p:plain

 5. ... Nc6 6. d5

 ナイトを犠牲に、小梅はどんどんと仁奈陣を押し戻していく。戸惑いを表情に露わにしながらも、懸命に考える仁奈。涼しい顔をした小梅は足をぶらぶらとさせながら、考えることそれ自体が楽しそうであった。

 

「ねぇ、この後、時間ある?」

 

「はい、大丈夫ですが……」

 

「一局、付き合ってよ」

f:id:rikkaranko:20171026184750p:plain

 6. ... Ne5

 Nb8、と初期位置に戻されるのは損だと見てか、仁奈はキングサイドにナイトを集める。

 

 「これは……」

 

 「白の攻めが続くわね」

f:id:rikkaranko:20171026185653p:plain

 7. f4 Ng6

 d,e,fポーンを手順に展開しながら、ダブル・ナイトを僻地に追いやることに成功した白。

 

「すかさずeポーンを突くわよね」

 

「えぇ。……その次の手ですか。かなり研究したんでしょうね……」

 

  二人はこの短手数の間に小梅が張り巡らせた罠に思いを馳せる。

f:id:rikkaranko:20171026185719p:plain

 8. e5 Qe7

「やはり……」

 

 そう、白のキングをピンすることで9. efを間接的に防ごうという、自然に見えるこの手こそが罠であった。

 

「当然、彼女は気づいているわよね。まさか……」

 

「それはないでしょう」

f:id:rikkaranko:20171026185758p:plain

 9. Qe2 Ng8

「筋に入った、って言うのかしら?将棋だったら」

 

「そうでしょうね。恐ろしく冷静で沈着なクイーンの楯でした」

f:id:rikkaranko:20171026185812p:plain

 10. d6 cd

 ゆっくり時間を使いながら、着実に仁奈のキングを追い詰めていく小梅。雑念などない、思考の海に揺蕩っているかのような心やすさすら感じさせる。

 僅か10手、されど10手。ゲームは早くもエンディングを迎えている。

 

「このd6は痺れるくらい気持ちの良い手だわ」

 

「d5のマス目を空けたのが本当に価値が高いですね……」

f:id:rikkaranko:20171026185842p:plain

 11. Nd5

 自分で空けたマスに残る1基のナイトを跳び、引き摺り出したクイーンを切りつける。

 

「ここから白が勝つ順は幾つもありますが……」

 

「心配しなくても、互いを称え合える、素敵な順をあの子は残してくれるわ」

f:id:rikkaranko:20171026185857p:plain

 11. ... Qd8 12. Nc7+

「ほら、ね」

 

「これは鮮やかですね……この手に辿り着くまでに、どれだけ孤独を歩んだことか」

 

 なるほど文香が溜め息を洩らす、鮮やかな決め手であった。12. ... Qxc7と取る手には13. edと予めぶつけておいたポーンを清算した手が目から火の出るダブルアタックになる。

f:id:rikkaranko:20171026185913p:plain

 12. ... Ke7 13. ed+

 ディラックの海では、全世界が固唾を呑んで小梅のか細い指が描き出す、美しく重層的なコンビネーションの旋律に耳を傾けていた。

f:id:rikkaranko:20171026185927p:plain

 13. ...  Kxd6 14. Ne8+

「今は亡き半身を求めるかの如く……よく働くナイトでした」

f:id:rikkaranko:20171026185939p:plain

 15. Kc6 Qb5#

 

  リズムを掴んでからは、強手の氾濫。緒戦を鮮やかに勝ち切り、モニターの中から存在感を印象付けた小梅は晴々とした笑顔で、敗戦の痛手もどこへやらコンビネーションに感激する仁奈と感想戦を始めた。 

 

「ハロウィンって、捨てたものじゃないわね」

 

「……それもそうでしょう。ハロウィンが終われば、ケルトの民は厳しい冬を耐え抜く日々を迎えたのですから」

 

「そっか。ハロウィン、楽しまなくちゃ……でしょ?」

 

(続く)