愛とは、全人生をかけてアイドルにチェスを教えること。

フリルドスクエアと行く、奥深いチェスの旅。

イメージと読みの人生観

 

 本誌初公開の企画、「イメージと読みの人生観」をお送りする。内容は、クセモノ揃いのこの事務所でも一際の曲者たちの読みの能力と独特のチェス観に迫ろうとする、有名企画のパロディである。

 今回は司会役の工藤忍ほか、ブリッツ・トーナメントを制した八神マキノをはじめ、綾瀬穂乃香、鷺沢文香塩見周子双葉杏に参加してもらった。1つの局面図を見て、6人のアイドルにそれぞれの感想や読み筋を語ってもらう。同じテーマ図を見て、同じことを言うのは分析に信頼が持てるし、各人がてんで違うことを言い出すのもまた、チェスの深淵を肌に感じられるようで一興である。

 今回のテーマ図は3つ。ひとつはひとつは習いあるフレンチ・ディフェンスについてのそれぞれの見方が気になる所である。ふたつめは、ブライアン・ギャンビットをどう見るか。そして最後に、最新形への言及をしてもらう。

 

 テーマ図①

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(Fig.1 : 1. e4 e6)

テーマ図②

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(Fig.2 : 1. e4 e5 2. f4 ef 3. Bc4 Qh4+ 4. Kf1 b5)

 

テーマ図③

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(Fig.3 : 1. e4 c6 2. d4 d5 3. ed cd 4. Bd3 Nc6 5. c3 Qc7 6. Ne2 Bg4 7. 0-0 Nf6 8. Qe1) 

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第9回 綾瀬穂乃香の早わかりチェス講座[クローズド・ゲーム > クイーンズ・ギャンビット > スラヴ・ディフェンス]

 

 こんばんは。この前は『変わりゆく西洋将棋』でお逢いした方もいらっしゃいますね。その節はどうも……また、この講座では久しぶりということで、心機一転、また始めていきたいと思います。

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 この事務所のブログをきっかけに、チェスに興味を持ってくださったとか、実際に自分もプレイを始めてみてくださったという嬉しい声を時々耳にするようになったのですが、実際にプレイしてみようかしら、と思った方がオープニングの手引きとして身近に置いてくださったら嬉しいな、とそんな思いで始めたこの『早わかりチェス講座』、実は今まで1. e4で始まるゲームしか取り上げていなかったんですね。『黒番で相手が1. e4以外の手を指して来たらもうわからない』と、そんな意見を散見することもありましたが、もう大丈夫です!今日から、クイーンズ・ポーン・ゲームを一緒に見ていきましょう。

 

 ここからは少し復習となりますが、チェスのオープニングは白の初手でまず3つに分類することができましたね。そうです、

(1) キングズ・ポーン・オープニング……1. e4と突くゲーム

(2) クイーンズ・ポーン・オープニング……1. d4と突くゲーム

(3) フランク・オープニング……それ以外のゲーム

という分け方でした。そして、(1)のキングズ・ポーン・オープニングは更に黒の初手で2つに分けることができます。

(1.1) オープン・ゲーム……1. e4 e5で始まるゲーム

(1.2) セミ・オープン・ゲーム……それ以外のゲーム

でした。ルイ・ロペスなどはオープン・ゲームですし、センター・カウンターなどはセミ・オープン・ゲームですね。

 

 同様に、クイーンズ・ポーン・オープニングも黒の初手によって分けることができます。こちらは次のように、

(2.1) クローズド・ゲーム……1. d4 d5で始まるゲーム

(2.2) インディアン・システム……1. d4 Nf6で始まるゲーム

(2.3)その他のゲーム

と3つに分かれます。今日から、このクローズド・ゲームのラインを一緒に見ていきたいと思ってます。よろしくお願いします。

 

 ここで、さらにクローズド・ゲームを白の初手で分けることができるのですが、今日からは最も代表的な1. d4 d5 2. c4で始まるクイーンズ・ギャンビットを取り上げたいと思います。クイーンズ・ギャンビットの分岐は、

(Ⅰ)ジルバミンツ・ギャンビット……1. d4 d5 2. c4 b5

(Ⅱ)シンメトリカル・ディフェンス……1. d4 d5 2. c4 c5

(Ⅲ)スラヴ・ディフェンス……1. d4 d5 2. c4 c6

(Ⅳ)クイーンズ・ギャンビット・アクセプテッド……1. d4 d5 2. c4 dc

(Ⅴ)アルビン・カウンター・ギャンビット……1. d4 d5 2. c4 e5

(Ⅵ)クイーンズ・ギャンビット・ディクラインド……1. d4 d5 2. c4 e6

(Ⅶ)バルティック・ディフェンス……1. d4 d5 2. c4 Bf5

(Ⅷ)チゴリン・ディフェンス……1. d4 d5 2. c4 Nc6

(Ⅸ)マーシャル・ディフェンス……1. d4 d5 2. c4 Nf6

と、このようになっており、第9回目の今回は、この中からスラヴ・ディフェンスを取り上げます。クイーンズ・ギャンビットの基本形からは、a,b,c,e,f,g,hファイルのポーンを1マスまたは2マス突くか、ギャンビットを受けるか、はたまた白マスビショップを戦線に送り出すか、左右のナイトを跳ねる手しか指せる手はないのですが、この中でも名前がついているのはとりあえず上記の9ラインという感じですね。付け加えるならば、(Ⅰ)や(Ⅸ)は最近あまり見ないような気もします。

 ここで注意すべきことが一点ありまして、クイーンズ・ギャンビットはあまりにクローズド・ゲームの代表的存在となりすぎてしまい、2手目c4の本来の『ギャンビット』の意味が取り立てて斟酌されなくなってしまったという経緯があり、広義では1. d4 d5 2. c4から始まるすべてのゲームは『クイーンズ・ギャンビット』と呼ばれるのですが、狭義では1. d4 d5 2. c4 e6と進んだ(Ⅶ)の『クイーンズ・ギャンビット・ディクラインド』を指して『クイーンズ・ギャンビット』と呼び習わすことがあります。ネットの記事の閲覧や、観戦サイトのコメントを読むときなどで、『あれ?』と思ったときに思い出してもらえたらいいですね。

 クイーンズ・ギャンビットを学ぶ際には、dファイルのポーンが互いに突かれている、というのが大きなポイントになります。序盤の理解というのは各ファイルのポーンの性格の把握が寄与するところはとても大きいと思うのですが、中でもdポーンというのは最初からクイーンのヒモがついている最強のポーンである、ということを今日はぜひ覚えて帰ってもらいたいですね。クイーンズ・ギャンビットでは、このポーンにお互いピースの利きを集めていくので、必然的にこのポーンを巡って戦いが起こるようになります。

 

 まずスラヴ・ディフェンスの基本の形はこうです。説明の途中でとても細やかな変化に入ることもあるかと思うので、以下は自分の棋力などによって、必要と思うところを読んでくれればと思いますね。

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(Figure.1 Slav Defence : 1. d4 d5 2. c4 c6 まで)

 黒がこの作戦をとるメリットは、まずd5のポーンをc6と突いて支えてやることで、cd cdのリキャプチャを用意し、強固なセンターコントロールの礎を作る狙いにありますね。また、dポーンが早々に突かれているので、クイーンズ・ビショップ(白マスビショップとも言いますね。c8のビショップです)の進路が確保されていることも大きいです。白からcdと取って来ないようであれば、いつでもdcと黒から攻める手があるのも概ねプラスです。

 対してデメリットですが……c6を突いているためにNc6とクイーンズ・ナイトの活用を図る手が指せなくなっているのは無視できませんね。そして足の速いナイトの展開が図れないのと関連して、黒はスラヴ・ディフェンスでは駒組がやや立ち遅れる嫌いがあるのも事実です。白が素早く布陣を整えていくのに突いていき、ドロー含みで反撃を狙う、黒の腕の見せ所ですね。非常に緻密で論理的なオープニングなので、他のオープニングを得意とするプレイヤーであっても、勉強することで得られるものは多いでしょう。

 なぜスラヴというのか……それはアラピンやアレヒン、ボゴリューボフといったスラヴ民族のプレイヤーが深い研究をしてきたことと関係があるのでしょうね。16世紀にはこの形は知られていたようですが、1920年代に入ってから急激に定跡が整備されていった、という時代背景を持っています。非常に網羅性の高い研究が水面下にあるラインでもあり、1930年代の世界チャンピオンたちから脈々と、現在も第一線のグランドマスターたちに好まれているラインでもあります。

 

 チェスのラインは川の流れに譬えられるところがあります。まず主流を押さえ、そこから分枝の傍流を見ていくのが、概観をつかみやすいでしょう。

 

 (Fig.1)の基本形からは、3. Nf3とキングズ・ナイトの活用を図りながらキャスリングに近づける手がやはり多いですね。この手でモダン・ラインと呼ばれるラインに入りました。

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(Fig.2 Slav, Modern Line : Fig.1~3. Nf3 まで)

 3手目で白から手を変えるとしたら、クイーンズ・ビショップのダイアゴナルを抉じ開けながらセンターを強化するe3や、ぶつかっている駒を清算するcd、他にはNc3とこちらのナイトを跳ねる手もありますか。

 3. cdはエクスチェンジ・ヴァリエーションやエクスチェンジ・スラヴと呼ばれますが、後述するラインに合流することが多いのでここでの説明はしません。

 3. Nc3には黒が3. ... Nf6と返し、4. Nf3からメイン・ラインにトランスポーズすることが多いですね。手順前後でもあるラインに合流することをチェスではトランスポーズといいます。しかし、3. ... e5とギャンビットを仕掛ける強気な手もありますので、紹介しておきましょう。

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(c.f. Fig.2.1 Slav, Winawer Counter Gambit : Fig.1~3. Nc3 e5 まで)

 ワイナウワー・カウンター・ギャンビットと呼ばれますね。応じて白微有利と言われています。フレンチ・ワイナウワーにもこの名前が出たのは懐かしいですね。これが主流の3. Nf3から別れる最初の分枝です。

 

 メイン・ラインに戻りますと、3. Nf3には黒も3. ... Nf6と同じくキングサイドのマイナーピースの展開を目指すのが一般的でしょうか。

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(Fig.3 : Fig.2~3. ... Nf6 まで)

 他の手は……というと、例えば3. ... Bf5などはいくらスラヴがクイーンズ・ビショップの展開と相性が良いとは言え功を焦り過ぎというものです。以下4. cd cdと清算した後5. Qb3と手順に出る手がシビアで白勝勢でしょう。

 大きな分かれが一つあって、それは3. ... e6と突くものです。

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(c.f. Fig.3.1 Triangle System : Fig.3~3. ... e6 まで)

 3. Nc33. ... e6を返すのが、現在に至るまで、スラヴからのヴァリエーションの中でも非常に人気の高いものの一つで、セミ・スラヴと呼ばれます。日本のチェス愛好家の頭には、Peter Wells v.s. Habu, Yoshiharuの一戦が思い浮かぶのでしょうか。1日目2日目と2日間に分けて、東郷さんと和久井さんが解説をしてくれたのを思い出します。

 そして、トランスポーズでセミ・スラヴに合流させようという深慮の手として、このトライアングル・システムが指されることもままあります。c6,d5,e6の三角形がその名の由来でしょうね。

 セミ・スラヴはスラヴの派生とはいえ最早ひとつの別の戦型と呼んでも差し支えないほどに深く広い研究がなされているので、ここで入り込むのはやめて、改めて『セミ・スラヴ講座』という形で取り上げたいと思いますので、今日はご容赦を……。

 

 4手目では白はもう一方のナイトも跳ね出すのが多いですね。

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(Fig.4 Three Knights Variation : Fig.3~4. Nc3 まで)

 c2にポーンがいる状態でNc3と跳ねる形を、さながら『歩越しの桂』のようで嫌だという感覚を持つプレイヤーで、この白の形を好むがゆえにクイーンズ・ギャンビットを得意とする、という人は意外といるようですね。この形をスリー・ナイツ・ヴァリエーションといいます。

 4手目で白から手を変えるならば、カタラン・オープニングに近い感覚で指す4. Qb3/Qc2は、以下4. ... dc 5. Qxc4 Bg4/Bf5と難しい序盤になりますね。

 重要な分枝としては、ここで4. cd cdと進めるエクスチェンジ・スラヴがあります。先述の通り、3. cd cd 4. Nc3としてもトランスポーズしますね。

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(c.f. Fig.4.1 Slav Exchange / Slav, Exchange Var. : Fig. 3~4. cd cd / Fig.2~3. cd cd 4. Nf3 Nf6)

 以下は5. Nc3 Nc6 6. Bf4 Bf5と進んで、シンメトリカル・ラインと呼ばれる形になることが多いです。

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(Fig.4.1.1 Symmetrical line : Slav Exchange~5. Nc3 Nc6 6. Bf4 Bf5)

 シンメトリカル・ラインはドロー率が高く、白が少しでも怖気づいてしまうと引き分けに持ち込まれてしまうので一長一短ですね。ここから進めるならば白の7手目はQb3/Rc1/e3などでしょうか。

 他には4. e3と指すスロウ・スラヴと呼ばれる形も知っておきたいです。本筋の4. Nc3に対してビショップの展開を見込み4. ... Bf5と指すのは、5. Qb35. cd~6. Qb3とアドバンテージを手堅く稼がれるので推奨されませんが、4. e3に対してならこの手が入れられるので、以下は4. ... Bf5 5. Nc3 e6 6. Nh4と続くのがコモンリーでしょうか。ちなみに黒としては指せるならBf5はいつでも指したい手になります。スラヴの実戦で困ったら、入らないかまず第一に読んでみたい候補手ですね。

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(c.f Fig.4.2 : Slow Slav~4. ... Bf5 5. Nc3 e6 6. Nh4)

 

 黒の4手目としては、dc/e6/a6が歴史上多く指されて来ました。このうちメイン・ラインは4. ... dcとこのタイミングでぶつかったポーンを緩和しておく手です。この手で入るラインはツー・ナイツ・アタックスラヴ・アクセプテッドと呼ばれるようですね。

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(Fig.5 Two Knights Attack / Slav Accepted : Fig.4~4. ... dc)

 替えて4. ... e6とするのはセミ・スラヴへのトランスポーズを志向する手ですね。クイーンズ・ギャンビットではトランスポーズが多いですが、それはとりもなおさずクイーンズ・ギャンビットが穏やかな戦型だということの証左です。これも頭の片隅に置いておいてもらえると、うれしいですね。いきなり戦いを巻き起こすのでなく、自陣の準備を入念にして、陣形を整えてから戦いを起こしていく……そんな感じでしょうか。

 もうひとつあった、4. ... a6はなかなか深い手です。チェバネンコ・スラヴと呼ばれるラインに入るのですが、この手の意図は中央で白から嫌味をつけられないようにしながらクイーンサイドの発展を目指すということでしょうか。対して白はスペース・アドバンテージを主張する5. c5など指してみたいところです。以下一例として5. ... Bf5 6. Bf4 Nbd7 7. h3 e6など。

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(c.f. Fig.5.1 Chebanenko Slav / a6 Slav : Fig.4~4. ... a6)

 黒4手目の他の候補としてはいくつかありますが、ドイツのプレイヤー・カール=シュレクターの名を冠するシュレクター・ヴァリエーションとして4. ... g6とフィアンケットを目指すものや、サッチティング・バリエーションとして4. ... Qb6というのもあるでしょうか。

 

 さて、メイン・ラインに歩みを戻しましょう。スラヴ・アクセプテッドの4. ... dcの取り込みに対しては5. ... b5と突く手に備えながら、6. e4~7. Bxc4と黒が取り込んできたc4の地点を狙っていくのが機敏ですね。なので、これを目指す手として白はここで5. a4と指します。アラピン・ヴァリエーションといいます。

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(Fig.6 Alapin Var. : Fig.5~5. a4)

 5手目で白から手を替えるとすれば、e3e4かという悩みどころです。

 5. e3はアリョーヒンの名を貰い、アリョーヒン・ヴァリエーションと呼ばれます。

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(c.f. Fig.6.1 Alekhine Var. : Fig.5~5. e3)

 以下は5. ... b5と指す手にさらに分岐し、6. a4と手順前後にするならば6. ... b4は必須ですが7. Na2 e6と進めるのや、7. Nb1と進めるのがあります。

 一方、5. e4と欲張ってみる手はスラヴ・ゲラー・ギャンビットと呼ばれています。私の事務所だと、ユリ・ゲラーの連想から『サイキック!』ということで堀さんが好んでますね。

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(c.f. Fig.6.2 Slav Geller Gambit : Fig.5~5. e4)

 以下一例は5. ... b5 6. e5 Nd5 7. a4 e6というのがあります。

 

 メイン・ラインに戻ります。ここで晴れて黒は5. ... Bf5と指し、ここまでがメイン・ラインとなります。ここでこの着手は、ビショップを好位置に出たいという狙いの他、6. e4を防ぎたいというのがありますね。この手で入る局面のラインは、チェコ・ディフェンスあるいはチェコ・ヴァリエーションといいますね。

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(Fig.7 Czech Def./ Czech Var. : 1. d4 d5 2. c4 c6 3. Nf3 Nf6 4. Nc3 dc 5. a4 Bf5)

 5. ... Bf5に替える手はNa6/Bg4/e6とあります。

 5. ... Na6スミスロフ・ヴァリエーションと呼ばれるラインですね。以下進行例は6. e4 Bg4 7. Bxc4 e6 8. 0-0 Nh4など。

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(c.f. Fig.7.1 Smyslov Var.Fig.6~5. ... Na6)

 5. ... Bg4シュタイナー・ヴァリエーションあるいはブロンシュタイン・ヴァリエーションと呼ばれています。以下進行例は6. Ne5 Bh56. e4 e5など。

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(c.f. Fig.7.2 Steiner / Bronstein Var. : Fig.6~5. ... Bg4)

 5. ... e6はベルギーのマスターにちなんでソウルタンベイエフ・ヴァリエーションといいます。珍しいラインですね。

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(c.f. Fig.7.3 Soultanbéieff Var. : Fig.6~5. ... e6)

 

 メイン・ライン以後の分岐は6. Nh4と指すブレッド・アタック6. e3と指すクラシカル・ヴァリエーション、そして6. Ne5と跳ねるクラウス・アタックが主な分枝です。それぞれ少しずつ見ていきましょう。

 まずクラシカル・ヴァリエーションです。

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(Fig.8.1 Classical Var. : Main Line~6. e3)

 クラシカル・ヴァリエーションはダッチ・ヴァリエーションとも呼ばれますが、ここも少し表記の揺れがあります。というのは、以下の進行例である6. ... e6 7. Bxc4 Bb4 8. 0-0 0-0をダッチ・ヴァリエーションとするという説もあるからですね。ここで黒が6手目を替えて6. ... Na6として7. ... Nb4を見せるのはダッチ・ラスカー・ヴァリエーションといいます。

 

 次にブレッド・アタックです。これはBf5と出てきたビショップにいきなり当てて跳ねる手です。

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(Fig.8.2 Bled Attack : Main Line~6. Nh4)

 

 最後に、クラウス・アタックですね。同じくナイトを跳ねる手ですが、こちらは中央に使っていきます。

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(Fig.8.3 Krause Attack : Main Line~6. Ne5)

 クラウス・アタックの以下の進行としては、6. ... e6から7. f3 Bb4と進んだ例や、6. ... Nbd7から7. Nxc4 Qc7と進んだ例がありますね。

 

 本日はここまで、です。スラヴ・ディフェンス、ぜひドヴォルザークなんか掛けながら、盤上にスラヴの風と歴史を感じてもらえたら、私は嬉しいです。

 

 ラスカーはいいました。

ーーいい手を見つけたら、もっといい手を探しなさい。

と。チェスのオープニングがもつ歴史は、偉大な先駆者たちの飽くなき探求の歴史でもあると、そんなことを思います。またお会いしましょう、綾瀬穂乃香でした。

 

(続く)

喜多見柚の名局好局つまみ食い[『イモータル・ゲーム』ブライアン・ギャンビット / Adolf Anderssen v.s. Lionel Kieseritzky, 1851, London]

 

 やっほーみなさん、柚だよ、ひさしぶり!

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 なんだか天気が不安定だねー、すごい暑い日もあれば、いきなり雨に降られたり……。でも、いいこと、一日ひとつ見つけられたらそれでいいかなって、へへっ♪

 

 今日紹介するのは、1851年のゲームだから……今からえーと……だいぶ昔!

 でも色褪せたかっていうと、とんでもない!『不朽のゲーム』、イモータル・ゲームと呼ばれてるゲームなんだ。柚が以前、アンデルセンの『エヴァーグリーン・ゲーム』を紹介したのを、みんな覚えててくれてるカナ?今日はそのアンデルセンの、もうひとつのm@sterpieceを紹介するよ~っ!

 

 白番がアドルフ・アンデルセン。数学者にしてチェス棋士っていう、まるで論理的に頭を使うために生まれて来たみたいな人だ~って話を前のときにしたよネ。

 対する黒番は、ライオネル・キーゼリッキーだネ。そ、キングズ・ギャンビット・アクセプテッド、通称KGAのラインの中にキーゼリッキー・ギャンビットっていうのがあったよネ!これこれ!これも柚が紹介したんだった!彼も、このイモータル・ゲームにキーゼリッキー・ギャンビットと、チェスの歴史において重要な役目を果たした人だよ!

 

 このゲームは、ロマンチック・チェスの代表的存在、ともいわれているんだよネ。ロマンチック・チェスっていうのは、別に恋愛映画みたいとかそーゆーイミじゃなくてネ!ロマン時代の……ってことらしいけど、チェスの歴史の流れはよくわかんない!から、これは今度文香サンとか奏サンに解説してもらおう!とにかく、意味としては『短期決戦的な殴り合い重視』、みたいなカンジ……合ってるカナ?ハイパーモダンとか、そういうチェスより大分前の、戦略を練って持久戦的に指すんじゃなくて、どんどんピース交換して最後にキングを乱戦で仕留めたら勝ち!みたいなゲームを指していうみたい!ちょうど、アンデルセンが活躍した時代がそこに当たってるみたいで、キングズ・ギャンビットやジオッコ・ピアノみたいな華々しい乱戦型が多くて、逆にクイーンズ・ゲームが全然指されなかったんだって。

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(Figure.1 : 1. e4 e5 2. f4 まで)

 このゲームも、キングズ・ギャンビットだネ!アンデルセンが早くも、自分のキングサイドを弱めるリスクを犯しながら仕掛けるー!

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(Fig.2 : 2. ... ef まで)

 黒は堂々、このギャンビットを受けたーっ!これで戦型はKGAに決まりだネ。

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(Fig.3 :  3. Bc4 Qh4+ 4. Kf1 b5 まで)

 3手目Bc4は今では主流じゃないカナ?感触的にはNf3って出るのが多い気がする局面。黒から3. ... Qh4+とチェックを掛けて、白のキャスリングの権利を奪ったネ。

 この速攻チェックで黒が良いような気もするカモだけど、これは後々白がNf3と跳ね出す手が直截に当たるので、どうせ追い払えるからダイジョーブ!ま、さっきも言ったけど3. Nf3はこのクイーンの進軍を阻む手だから、こっちの方が穏便カナって感じはするなー?

 ここでちょっと有利を稼いだから……って黒は続く4手目でb5と白マスビショップの活用を図ったところ!いきなりポーン損するからちょっともったいない気もするケド……こーゆー手は実際指されてたりもするから難しいトコロ!たとえば、1993年のナイジェル・ショートv.s.ガルリ・カスパロフでは、

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(c.f. Fig.3.1 Short v.s. Kasparov : 1. e4 e5 2. f4 ef 3. Bc4 Qh4 4. Kf1 b5以下、5. Bxb5 Nf6 6. Nf3 Qh5 7. Nc3 g5 8. d4 Bb7 9. h4 Rg8 10. Kg1 gh 11. Rxh4 Qg6 12. Qe2 Nxe4 13. Rxf4 f5 14. Nh4 Qg3 15. Nxe4 1-0)

 っていうゲームがあったネ!このKGA~3. Bc4 Qh4+ 4. Kf1 b5と突いたところをブライアン・ギャンビットって呼ぶんだって!

 ブライアン・ギャンビットはキーゼリッキーの他だと、あのポール・モーフィが白黒両方持って指してるカナ。ま、KGAは乱戦上等って形だからこの位はいいのかも。

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(Fig.4 :  5. Bxb5 Nf6 6. Nf3 Qh6 7. d3 Nh5 8. Nh4 Qg5 9. Nf5 c6 10. g4! Nf6 まで)

 白マスビショップを攻める黒9手目のc6に対して、これを逃げずに攻め合う10. g4の鬼手が炸裂!相手の大駒を責めるムーヴ、しかも自分の玉頭で、これは華々しいネ~。ちなみに、後世の研究では、ここでは代えて10. Ba4のがいい、って主張もあるみたい。ま、名局ほど後代のマスターたちが挙って研究するから、色んな悪手や疑問手が見つかるんだよネ。時代やプレイヤーを考えての鑑賞と、教材としての分析はまた別、ってことだネ!

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(Fig.5 :  11. Rg1! cb 12. h4 Qg6 13. h5 Qg5 14. Qf3 Ng8 15. Bxf4 Qf6 16. Nc3 Bc5 17. Nd5 Qxb2 まで)

 ビショップを逃げず11. Rg1が先を見通した好手で、ここから3手でアンデルセンは黒陣を押し返し抑え込むことに成功!こう見ると、黒はピース得ながら、圧倒的に効率の面で立ち遅れてるよネ。ピースがほとんど初形のままだモン。これはアンデルセンの凄さがわかってもらえるんじゃないカナ……!

 クイーンに最長ダイアゴナルを走らせキーゼリッキーも猛追するけれど、果たして。

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(Fig.6 : 18. Bd6 Bxg1 19. e5 Qxa1+ 20. Ke2 Na6 まで)

 19. e5がすべてを読み切った手で、20手目のこの局面から3手メイトなんだよネ。読み切れるカナ?劇的な詰め筋!

 ちなみに、18. Bd6 Qxa1+ 19. Ke2 Bxg1 20. e5 Na6って伝えてる資料もあるみたい。とにかく、ルークをバシバシ見捨てて鬼気迫る猛攻、ってカンジ!

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(Fig.7 : 21. Nxg7+ Kd8 22. Qf6+ Nxf6 23. Be7#)

  最後は、ルークどころかクイーンまで!すべての大駒を捨てての鮮やかな収束……!アンデルセンの類稀な腕力とコンビネーションが発揮された、名局中の名局だよネ。この『イモータル・ゲーム』、チェスの文学の中でも比類なき傑作って呼ばれてるんだって。なんども並べてみて欲しいナ!

 

 締めの言葉は……どうしようカナ。ん、これにしよ!

――運に頼る人はトランプかルーレットをやった方がいい。チェスは全く違う何かである。

 これはペトロシアンの言葉。人間どうしの勝負では、指されるのを待っているミスがそこかしこにあって、体調だとか、心理状態だとか、そういう兼ね合いで純粋な読み以外のものが入り込んじゃうことはあるけれど、それでもやっぱり、運じゃないんだよネ。そんなことを想う秋の夜長、喜多見柚でした!

 

(続く)

砂上の足跡を辿る (第1回:小川洋子『猫を抱いて象と泳ぐ』)

 

速水奏「あら、ケイト。何を読んでいるの」

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ケイト「ハロー、カナデ。これデース」

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奏「あら、これ。文香のコラムが載ってるヤツね」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

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 シュピッツヴェークの『本の虫』という絵画を見たことがあるかしら。私はこの前、偶然だけど本物を観たの。文香の叔父様の本屋さんで、ね。ふふっ、文香ったら、はしごに昇ったまま手持ちの本を読み始めちゃって、慌てたわよ、まったく。でも、そこが彼女らしいというか……幸せそうな彼女を見ていると、こちらもなんだか幸せなのよね。

 さて、私からバトンを渡す形で、今月号から始まるコラム・『砂上の足跡を辿る』は、ビブリオフィリアである鷺沢文香がチェスにちなんだ本を紹介するコーナーよ。チェスを扱った小説や、小道具として印象深く登場する文学、はたまたチェスの教本とか……彼女の選書眼と書物愛から滾々と湧き出る文章は楽しみね。

 (奏)

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  数学のひとつの分野に、『美』を研究する学領域がある――そんな話を以前、聞いたことがある。私は驚いたものだ。数式と論理で客観性の極みの様な世界を打ち立てる数学に、主観と曖昧の問題である『美』を研究するものがあるなんて……と。

 美しさ、というのはとてもぼやけた輪郭を持っていて、掴みどころがない。美しい、と思うものは個々の感性に委ねられる微妙な問題だし、『美しきもの』として一定の評価を得ているものに対しても、各々が抱いている感傷が果たして十把一絡げの『美しい』で捨象してしまえる心の動きかどうか、疑わしいものである。同じ人物から出て来る同じ言葉であってもそれは、複雑だ。夜空に浮かぶ星の美しさと、精緻なオルゴールから流れる旋律の美しさと、息を呑むような女性の顔立ちの美しさと、伝統工芸品の漆塗りの美しさは果たして同じパラメータで測れるものたるのだろうか?

 チェスというボードゲームは数多の性格を持った一大文化であるが、それが内包するひとつに『美しさ』というものがあるのは周知の事実だ。では、チェスの美しさってなんだろうか。そう考える濃密で甘美な時間に、ひとつ広がりを与えてくれるような、優しい小説を紹介したい。

 記念すべき初回に私が持参したのはこの本だ。

 

『猫を抱いて象と泳ぐ』 小川洋子 文春文庫 2009年

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 チェスを題材とした小説というのは幾つかあるが、最初に紹介すべきは……と考えたときに、これしかないような気がしたものである。まずはあらすじを語りたい、しばしのお付き合いを――。

 

 主人公は後にリトル・アリョーヒンと呼ばれるようになる男で、彼の幼少期から不慮の死までの時間軸がこの作品に通底する。彼は唇の裂が癒着したまま生まれてきた、というのが後々まで響いてくるユニークな設定で、さすがの小川クオリティ、細やかで優しい『欠け』の仕掛けだと読者を唸らせる。小川洋子作品に出て来る、表情と思慮と優しさが溢れる愛すべきキャラクターはどこかにこの『欠け』を懐いた者が多いが、〝リトル・アリョーヒン〟は唇を閉じたまま生まれたというのはシンボリックだ。唇とは裂が開くことで発話を司るものであり、また露出した粘膜は『唇を合わせる』というように親愛表現にも密接な器官である。顔の表情に口唇が担う役も大きい。生後すぐに処置を受け、裂は切り離され脛の皮膚が移植された彼の唇は成長と共に脛毛が生えるようになるのだが、機能上不都合がないにもかかわらず、リトル・アリョーヒンは物静かな人物として描かれていく。一歩引き透徹した目で切り取られる世界は静謐で美しく、あたかもひとつの洗練されたチェス・ゲームのようだ。

 

 リトル・アリョーヒン少年の最初の友人は、インディラという象――これがタイトルの『象』なのだが、インディラは既にこの世のものではない。この象は、とあるデパートが開店する記念にインドから借り受けた象で、小象のときに屋上に誘致され当初はある程度の大きさになった次点で返却される予定だったのだが、彼女は大きくなり過ぎた為にデパートのエレベーターに載せられず、ついにその生涯をデパートの屋上で送ることになったという数奇な象であった。彼は祖母に連れられこのデパートに出かけるたびに、展示されているインディラの足環と彼女の生涯を記した碑を繰り返し読み、『大きくなり過ぎたために出られなくなる』という状況に繰り返し心を痛め、いつしかインディラは少年の友人となっていたのである。

 もうひとりの友人は、ミイラの少女である――もっとも、これも実体を伴っている訳では無いのだ。彼の棲む区画は家と家の隙間がとても狭く、この界隈で語り継がれている都市伝説として、「家と家の隙間に入り込んで行方不明になった少女が、ミイラとなってそのまま隙間に遺されている」というものがあった。少年はおとなたちが言う『ミイラ』を少女の名前と思いこんだまま、この出て来れなくなってしまった少女にも友愛の情を憶えていたのだ。

 こうして独特の感性を持つ少年とチェスの出逢いはまた劇的だった。静かな世界を描く筆致は、ともすれば退屈になってしまう嫌いがある。しかし湖面のように澄んだ水面は掻き乱せば好いというものでもない、この点で本作は筆力だけでなく構想力にも小川一流の匙加減が存分に味わえることを記しておこう。天才少年とチェスの出逢いは、彼と死体の遭遇によって引き起こされるのだ。

 

 彼がバス運転手の水死体の第一発見者となったのは、少年が通う小学校のプールだった。オフ・シーズンで汚れ、しかし水が抜かれてはいない季節。右隅に浮かぶ全裸の水死体の背中を見つめる、唇に瑕疵持つ少年の視線。とても絵画的で、しかもリズムを崩さず非日常を挿入し、小石に搖動された湖面の波紋のように物語が進んでいく。

 死体がバス運転手、という事実から、浮かされた足取りで近所のバス会社を訪れるリトル・アリョーヒン少年。何か目的意識に突き動かされたわけでもない戸惑いを冷静に分析しながらも足を止めることが出来ない少年は、孤独な死体を想起しながらバス会社の職員寮へと忍びこむ。そこでバスを見つけ、困惑と好奇心の鬩ぎ合いの内に覗き込むと視界の外から少年に掛けられる声。

 この声の主が、リトル・アリョーヒンのチェスの師となる寮の管理人・『マスター』であった。国際レーティングを持っている訳でもなければ、精力的に大会に出るアクティブ・プレイヤーでもない彼はただの趣味人であったが、リトル・アリョーヒンの指し手を『待ち』『寄り添う』善き指導者であり、また『駒の声を聴く』ことができる、チェスの美しさを解するプレイヤーであった。役を解かれた廃車のバスは回送表示以外を示さない。その回送バスの中で暮らすマスターは、お菓子を作ることが好きで、自身もとても太っていた。あの寂しい死を遂げたバス運転手がマスターのチェス友達であったこと、彼はマスターとチェスを指した後には頭を冷ますといって傍の小学校のプールに忍び込んで泳ぐのが好きだったこと、彼が物言わぬ朝を迎える前夜もふたりはチェスを指していたこと――リトル・アリョーヒンはこうして何かに導かれるように、マスターにチェスを習うようになる。

 厳しく指導する訳でもなければ、体系的な指導要領を持っていた訳でもなかったが、マスターは少年の才能に寄り添い、彼が納得するまで根気よく待ってチェスを教えていった。リトル・アリョーヒンは、チェス盤の下に潜りこんで手を考え、プレイするというスタイルを持つプレイヤーになるのだが、それはこの回送バスの中で涵養された。考える時にテーブルと一体化した形のチェス盤の下に潜り、マスターの飼い猫である『ポーン』を抱きしめていつまでも考えるというこのプレイスタイルを訝しむことも叱ることもなく、それで彼がチェスを愉しめるなら何の障害もないと受け止めた師の存在は大きい。ちなみに、『盤上の詩人』と称えられた伝説のチェスプレイヤー・アリョーヒンが猫を飼っていたことは有名な史実であり、彼の生前の肖像は猫をそのかいなに抱きチェス盤の前に座っているものも残されている。

 

 マスターと少年とポーンの不思議な日々の中にもドラマがあり、マスターはいちど『パシフィック・チェス倶楽部』というチェス倶楽部の入会試験を受けさせに少年を連れだしたことがある。内容こそ「まるで『盤上の詩人』じゃないか!」と称えられた名ゲームだったものの、この少年独特のプレイスタイルが『品位に欠ける』として彼は入会試験に落ちてしまうのだが、少年としてはマスターの提案を無碍にしないように参加しただけであり、マスター手作りの甘い菓子を食べながら、やはりマスター手作りのチェス・テーブルの下でポーンを抱きしめ、マスターとチェスをする日々より欲しいものなどないと安堵するのだった。

 両親を失い祖父母に育てられているリトル・アリョーヒン少年は、チェスにのめり込むあまりボックス・ベッドの天井に白と黒でチェッカー模様を描いて欲しい、と家具修理職人である祖父に頼み、ここで天井のチェス盤を見ながら頭の中でチェスの研究をするようになる。こうして「チェスを下から眺める」というのが確立され洗練されていく。

 

 安寧の日は唐突に破られる。

 少年はある日、運河沿いのストリート・チェスを見つけて飛び入り参加したのだがそれは賭けチェスであった。デパートの子どもチェス大会で優勝した際に得た商品券を賭け、勝ちを収めた少年は弟とデパートでお子様ランチを食べるのだが、自分の行為がチェスを汚してしまったんじゃないか、と気に病み続ける。悶々としながら回送バスを訪れると、マスターは顔を見るなり「賭けチェスをやったんだね」と言うのだ。

 マスターは叱ったわけではなく、寧ろ少年を案ずるように、「金を稼ぐための道具と成り下がった賭けチェスはチェスではない」と諭す。こうして、神聖な美しさをチェスの中に見出すリトル・アリョーヒンが芽生え、根付いていくのであったが、マスターの胸の中で涙を流す少年が、マスターとチェスを指す日は二度と来なかった。

 

 肥満し過ぎた死体を、回送バスから回収するのは困難である。

 少年が次に回送バスを訪れたとき、バスの周りを野次馬が囲み、進入禁止のテープが張り巡らされていたのを彼は観ることになる。それは前述の理由で、重機が回送バスを壊しマスターの死体を回収しようとしているところであった。少年の前で無慈悲にバスの入口は壊され広げられた後、肥満した腹に顔を埋めるようにしてこと切れている250キロの死体はクレーン車で回収されていく。吊り下げられていく死体に野次馬が目を取られている間に、彼はポーンが叢へと姿を消すのを目にし、奔ってバスの残骸へと向かうのだが、彼がポーンをその腕に抱くことも二度と無かったのである。壊されたマスター手作りの家具に囲まれながら、形を留めているチェス・テーブルを撫で、床に散乱した駒を掻き集めてポケットに収め、少年は大きなチェス・テーブルを伴ってバスを去った。

 インディラ、ミイラ、そしてマスター……「大きくなること」への本能的恐怖を海馬に刻む少年は、ついに11歳の身体で成長を止めることとなる。

 

 持ち帰ったチェス・テーブルの下に潜り、マスターの死を悼む少年。その喪が明けた時、パシフィック・チェス倶楽部の事務局長が彼を尋ねて来る。彼は少年の「盤を見ることなくプレイできる」という才能に目をつけ、彼をチェス倶楽部の更に下階で催される海底チェス倶楽部という団体にスカウトしに来たのだった。

 ここでは会員はランダムチェスや人間チェスなど変わった形式のチェスをプレイすることができる――なぜそのような組織が運営されているのかは事情があるのだが、これは割愛しよう。ともかく「盤を見なくともプレイできる」才能のリトル・アリョーヒンは、「自動チェス人形と対戦できる」という売りのアトラクションで、その自動チェス人形の操作役として見初められたのだ。このチェス人形こそ、アリョーヒンを模した『リトル・アリョーヒン』であり、少年はマスターの形見であるチェス・テーブルでゲームをすることを要求し、祖父の手を借り人形とチェス・テーブルが一体化した装置が完成する。この下に潜って絡繰りを操作しチェスをプレイしていくのが、リトル・アリョーヒンの生活となっていった。人形は、同じく人形として作られた猫を右に抱いており、彼はこの猫にポーンの墓標を見出すのである。

 

 ここでリトル・アリョーヒンは様々な相手と対局をしながら自分の腕も磨いていくのだが、自動人形と対戦できるという企画の面白さに加え、リトル・アリョーヒンが『どんな腕前の相手とも美しい棋譜を残す』という人間離れした業をやってのけたために評判となり、この企画は海底チェス倶楽部の目玉となっていった。

 自動人形リトル・アリョーヒンは『老婆令嬢』というパトロンの出資によって完成したのだが、彼女との対戦をリトル・アリョーヒン青年は楽しみにしていた。彼女との対戦シーンほど優しい筆使いで切り取られたチェス・ゲームを私は知らないので、ここはぜひ自分の手でページを繰って欲しいものである。

 

 自動人形は駒を同時にふたつ持てないため『相手の駒を取れない』という欠点があった。この短所をフォローすべく起用されたのが、チェス倶楽部が入っているホテル付きの手品師だったが事故死してしまった父を持つ少女だった。この少女を『ミイラ』と呼びアシスタントとしたリトル・アリョーヒンは、手品用の鳩を片時も離さず肩に乗せている少女とタッグを組んで、『海底』でチェスを指した。

 ミイラは父親に連れられて世界を旅していたときの話をリトル・アリョーヒンにするのだが、彼の興味を殊更に引いたのは、富豪が邸の離れを開放していた『チェス博物館』であった。正確には、彼はそこで展示されるばかりでゲームをプレイされないチェスセットには憐みこそあれど関心をそこまで示さなかったが、ナツメヤシの種を掘って駒を作った『世界一小さなチェスセット』に強く惹かれたのである。それは「ゲームに使われてないセット」という点では他の華美なコレクションと変わらなかったが、確実に違う点がふたつ、あったからである。『小さい』ということと、それゆえに『作られた時点でプレイが不可能なチェスセット』という矛盾した存在であること。この二点はリトル・アリョーヒンの心を打った。

 

 ある日『リトル・アリョーヒン』との対戦相手として表れた酔っぱらいの男に殴られ、人形が破損してしまう。

 この人形不在の間、リトル・アリョーヒンは海底倶楽部の別の種目である『人間チェス』を担当することになる。ここではリトル・アリョーヒンは放送室に閉じ込められ、自分と相手の拡声器を通した発声のみでプレイをするのだが、実は『人間チェス』は、駒として用意された女性こそ挑戦する人間の目的であり、取った駒を愉しむことができる、というものであった。リトル・アリョーヒンがその実情を知るのは偶然に人間チェスの駒に欠員が出たためにミイラがその代役として駆り出されたときである。ゲーム内容に満足し、ミイラの扮するポーンを犠牲にして掴んだ勝利に酔う彼だったが、その実態を知り激しく己を責めることになる。そして、賭けチェスに挑んだとき同様、自分の行為がチェスの品位を貶めていないかと自答し悩んでいく。

 そんな折、人形は『老婆令嬢』の出資を受け修理された後、リトル・アリョーヒンが下のスペースに潜って操作する際の調整をする為、彼の祖父の工房に運ばれてくる。ここで呻吟と葛藤の果てに彼が捻り出した次の一手は、『リトル・アリョーヒンを海底から救い出す』というムーブであった。海底の泥の汚穢に身を横たえることをよしとせず、『盤上の詩人』の名が冠されたこの自動人形をその汚泥に塗れさせることもまた嫌った彼の手が、盤面を動かしていった。彼は祖父と、その弟子となった弟に頼み込み、この人形を分解し持ち運び可能なようにしてもらうのだ。成長の止まったリトル・アリョーヒンの身体を取り残す様に時間だけが流れており、弟は立派な青年になって、祖母は病に臥せっていた。彼らがその改造に着工していたとき、夜分というのに現れた客分がいた。足音でわかるその客人は『老婆令嬢』であり、彼女とリトル・アリョーヒンが対戦というのは物語上でも大きなヤマとなっている。それはこの場面が、彼女の導きでリトル・アリョーヒンと人形が海底から浮き上がり旅立つことになる岐路としての意味を持つシーンでもあるし、熱望していたがそれまで叶うことなかった祖母が孫の雄姿を初めて目にし、満足の裡に息を引き取る別れのシーンでもあるからである。まるでオーケストラのために書き下ろされた小作品を聴いているような心地に陥る圧倒的な叙述力は必見だ。

 

 彼の決意と、『老婆令嬢』の導きが合流し、リトル・アリョーヒンは老人専用マンションで応募されていたチェス指しの役に着くことになる。山間に建てられたこのエチュードという名のマンションは実はチェス連盟の元会長が計画し着工したマンションで、居住者の老人は全員が連盟の会員であった。彼らは老いと衰えの中でもチェスを指す者たちであり、その最後の時間に寄り添うようにして『盤下の詩人』リトル・アリョーヒンは老人たちとチェス盤の中で語らい、彼らを看取っていく。

 新生活ではまた、彼の心弾ませる出来事があった。ミイラからの手紙が届いたのである。逸る心を抑えて開封した手紙には、ひとこと『e4』の文字が。この瞬間から、ふたりの郵便チェスが始まった。

 昼間は雑用として働き、夜は老人を相手にチェスを指し、ミイラと通信チェスをすることで充足していたリトル・アリョーヒン。彼の仕事場となったエチュードを、現役の国際マスターが慰労するというイベントがあった。国際マスターが選りすぐり10人の老人と10面指しを終えた時、嵐のせいで山間にあるエチュードから山を下る唯一の手段であるロープウェイは停まっていた。急遽国際マスター一行は日程を変更し、その日はエチュードに留まることとなる。そして、彼が希望したのは『リトル・アリョーヒンとの対戦』であった。随行していた新聞記者が執ったこの棋譜は『ビショップの奇跡』と呼ばれ、リトル・アリョーヒンが唯一この世に遺した彼の生きた証となる――。

 リトル・アリョーヒンの死はあまりに淡白に訪れる。エチュードのチェス室の暖炉が不具合によってボヤ騒ぎを出した夜のことである。いつものように、人形の中にスタンバイし寝付けぬ老人を待っていたリトル・アリョーヒンは、終局が近づいているミイラとの郵便チェスのことを考えていた。この往復書簡が終わったら、ふたりはどうなるのか。終わらせたくないと思いながらも、相手がミイラだからこそ、今までのどのゲームにも恥じない美しい棋譜を残したく思い、そのゆえに徒にゲームを長引かせる訳にはいかない――マスター手製のチェス・テーブルの下に潜って思いを巡らす彼は朝日を見ることが無かったのだ。夜間にチェス室を誰も訪れなかった珍しい夜、壁とカーペットの一部を焦がした火も自然に鎮火していた。エチュードの住人は、いつしか自動人形が対戦可能な時の合図となっていた、彼の抱く猫の首に鈴が付いていることを信じられない面持ちで見つめたのであった……。

 

 

  読後、耳がこちらの世界に戻ってくる。自分の血流すら聞こえるくらいのしじまにいたのが嘘のように、私は茫然としながら歎息した。そして、自分の開かれた唇から漏れ出た呼気の響きが、思わず手を固く握り締め、息をするのも忘れて見入っていたチェス・ゲームの熱戦が終わり、目の前でキングのピースが倒された瞬間に漏れ出たものと同じだということに気が付いて、もう一度、今度は意識的に長く息を吐いたのだった。造形ではなく、精神面でこんなにも魅力的なキャラクターを言葉という彫刻刀で克明に掘り出していく作家は無二の存在だと思う。それほどに小川洋子というファインダーが切り取る世界は優しく静かで、その中でも本作はある意味彼女の創作世界の極点にあるようなものだと感じる。背表紙を閉じたとき、心地よい疲れを目蓋に感じながらあなたが思いを馳せる『チェスの美しさ』と、私が宙に浮かんでいるのを掴みとったそれは同じものとは限らない。しかしながら、私の中にも、あなたの中にも、同じ言葉で仮象される美しさの正体に少し近づける何かが残されることだけは、間違いない。文庫版で364ページと長い物語ではないが、限られた時間を費やすに価する名著だと、自信を持って断言できる一冊である。

 

 

 私が気に入ったところをいくつか述べておこうかとも思ったが、辞めた。無粋だからだ。透き通ったステンドグラスに指紋を残してしまう程、デリカシーのない行いもないだろう。

 

 

 本コラムのタイトルは、古くは『デカンショ』と呼ばれたドイツの哲学者・ショーペンハウアーの言葉に拠を求めた。医学を学び、哲学へと転科した異色の経歴で知られる彼は博覧強記で鳴らし、『読書について』なる、読書論を上梓しているほどだ。私が引いたのは、

 ――紙上に書かれた思想は、砂上に残った歩行者の足跡に過ぎない。歩行者の辿った道は見えるが、歩行者がその途上で何を見たかを知るには、自分の目を用いなければならない。

 というものである。足跡とは比喩に富んだ表現で、たとえばキリスト教にはFootprintsという聖書の話があるが、継続と蓄積、そして方向性という指標を内包していることが取り上げられる所以なのだろうか。

 

 

 勝負の世界には、泥臭さや苛烈極まる努力、そして残酷な結果やそれらに翻弄されながら片時も不変でいられない人間たちの姿が付き物だ。だからこそ、こんなにも澄み切った側面があるのだと知ることは幸せに違いない。フランスの金言に、『心優しい者はチェスを指すに向かない』というものがあるが、果たしてどうだろう。その答えは、清涼な読後感の中に探してみて欲しい。

 

(続く)

変わりゆく西洋将棋 ―ルイ・ロペス, カロ・ヴァリエーションの先を考える

 

 こんばんは。綾瀬穂乃香です。こうして自分の企画で皆さんとお逢いするのはお久しぶりですね。

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 ここは、色んなオープニングを広く浅く大事なところだけ取り上げてみなさんのチェスに役立ててもらおうという『早わかりチェス講座』とは変わって、私が気になったことについて興味のままに掘り下げてみよう、という企画です。

 

 まずは、最近私の事務所で流行っている、ルイ・ロペスからモーフィ・ディフェンスについて考えてみようと思います。

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(Figure.1 : Morphy Defense)

 こうですね。1. e4 e5 2. Nf3 Nc6 3. Bb5と白がビショップを出た形をルイ・ロペス、そして白の3手目で3. ... a6と返した形を、モーフィ・ディフェンスと呼ぶのでした。前に『早わかりチェス講座』の方で取り上げたこともありましたね。

 

 ここで、白には4. Ba4 / Bxc6と選択が早くも強いられています。

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(Fig.2 : Morphy Defenseからの分岐)

 今回は、こういう図説を取り入れてみました。

 十時さんの『ととキッチン』リスペクトです!

 話を戻しまして……4. Ba4コロンブス・ヴァリエーションに、4. Bxc6エクスチェンジ・ヴァリエーションへと突入しますね。そして、今回メインに取り上げるのは、4. Ba4 b5と進んだカロ・ヴァリエーションの形です。

 

 ここで白は5. Bb3と盤上この一手ですが、この形がどうなのか、というのはチェスをプレイする者が誰しも考えたことがあるのではないでしょうか。オンライン対戦などをしていても、レートがそれなりにあったり、また数を熟していたりすれば一度や二度見たことがあると思うのですが。

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(Fig.3 : Caro Variation~5. Bb3)

 

 コロンブス・ヴァリエーションの局面では手が広く、他に黒から4. ... Bc5 / Nf6など、いろいろあると思います。

 では、カロ・ヴァリエーションの形にする黒からのメリットとは何なのか。それは、このオープニングを取るとある程度読みが絞られる、ということでしょうか。白の手に制限を掛けるような手が黒側に多くあるのが特徴的ですね。

(Fig.3)のこの局面では、白の5手目としては有力な手が二つあります。5. ... Nf65. ... Bb7ですね。

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(Fig.3.1)

 このカロ・ヴァリエーション以後のラインについては、今回事務所で行われていたトーナメントで皆さん創意工夫を凝らし色んな研究を披露していましたが……このブームの火付け役となった加蓮さんは、5. ... Nf6を実戦投入しました。このゲームですね。

 このゲームは、ドラマ『シンデレラを探して』の第1話劇中で使われたことも印象的です。

 解説ではアーニャさんがここでは5. ... d6とeポーンとチェインを組みながらビショップの進出路を開ける手も魅力的、と話されていましたね。じっくりした駒組みを可能とする、持久戦向けのムーブでこちらも有力だと思います。

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(Fig.4 : 5. ... d6)

 さて、今回のBlitzトーナメントと銘打たれた企画では、大きな条件が一つありました。そうです、『アルマゲドン方式』です。これは持ち時間に差をつけることで、ドローでも黒勝ちにする、というゲームの形式のひとつですね。ということは、黒は無理に勝とうとしなくても、ドローに持ち込めれば良い……これが、カロ・ヴァリエーションを作戦として黒が採用するメリットのひとつになります。

 カロ・ヴァリエーションから始める幾つもの変化の中でも、まだまだ紹介しきれていないものが多くあるのですが、今回の一連の企画の中で、恰も『誰かが新手を出して問題提起をする→それを受けて誰かが自分の研究を披露する』というチェスの歴史に則った流れでラインが洗練されているかのような形を執りながら最終的には『カレン・マキノ・アタック』と便宜的に呼ぶバリエーションを私たちがご紹介したのは、ドロー率の高い局面に黒から誘導することが比較的簡単な手順だから、ということがあったと思います。

 

(Fig.3.1)に戻りますが、ここでの5. ... Nf6は加蓮さんに続いて直ぐ後にフレデリカさんが用いました。これは黒勝ちのゲームですね。

 その後、私も採用しました。こちらは、文香さんの深い読みにしてやられてしまいましたが……。

 そして、この鷺沢vs綾瀬の後で、八神さんが5. ... Bb7と手を替えています。

 この、黒の5手目で採用される手が途中で変わったのは、5. ... Nf6が指せない、という訳では決して無く、鷺沢vs綾瀬戦のように白から勝負しに行く順があるのを黒が予め回避する為だった、というのがあると思うんです。

 ここまでを纏めると、こうなりますね。

 

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(Fig.5 : 紹介する実戦のまとめ)

 少し実践例に沿ってこの形を研究してみましょう。

 

 東郷vs北条戦でまず黒が披露したのは、10. ... Na5とナイトを端に跳ねる手でした。

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(Fig.6 東郷vs北条戦 : 1. e4 e5 2. Nf3 Nc6 3. Bb5 a6 4. Ba4 b5 5. Bb3 Nf6 6. Nc3 Be7 7. d3 0-0 8. 0-0 d6 9. a4 b4 10. Nd5 Na5 まで)

 実は、ルイ・ロペスの黒番を持って、特にカロ・ヴァリエーションの様に白のビショップを手順にBb3まで追ってからこれを責めにナイトをNa5と跳ねる黒の手は結構前からありまして……

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(c.f. Fig.6.1 Norwegian Variation : Caro Variation~5. Bb3 Na5 まで)

 ノルウィージャン・バリエーションというのですが、黒が5手目にいきなり跳ねてしまう、という『あくまで白の3. Bb5を苛め抜く』という概念の変化ですね。このタイミングで仕掛けるのが良いかどうかはさておいて、こういう攻め筋は黒番の手の候補としてあることにはありました。今はスタンダードでない変化でも、知っていると別の局面で同じような構想に結びつくことがあるので、昔のラインも勉強しておくと役に立つことがあるんですよ~!しかし、この手が根付かなかったのには、将棋の桂馬と違って8方向に利きがあるナイト、八方桂なんて呼ばれたりもしますが、端のファイルに使ってしまうとどうしても利きが少なくなってしまいますよね。だから一般に端に使うナイトは損だと言われ続けてきましたし、今でも大体の場合そうです。しかし端に使うナイトの価値が相対的に高まる様な場面もここ2,30年では大分研究されてまして、特にハイパー・モダンと呼ばれる様な、ポーンでセンターをコントロールしようという旧来の考えに対し、マイナーピースで自陣を駒組みする、という考えの指し回しと相性がいい、という発見がされていたりしますね。厚みと効率、の関係といってもいいかもしれません。

 

 加蓮さんがこの変化を知っていたのかどうかは不明ですが、東郷vs北条戦では10. Nd5と白が軽く仕掛けに行った瞬間、ビショップの逃げ場がない状況でクロスカウンターを入れるように10. ... Na5が跳んできました。こうして「ルイ・ロペスに対してa6~b5と追い、Bb3と引かせたビショップを狙ってNa5と跳ねる」という研究の筋がお披露目されたのがこのゲームでしたね。このあとは12. Ba2と引いたのに機敏にBe6と合わせ、攻撃ピースとして白が送り出したビショップを、全く動いていなかった白マスビショップで消すことに成功した黒番が優位を握ってこのゲームを勝ち切りました。このコンビネーションは『黒はピースが立ち遅れている』というところを狙って駒組みしていた白を脅かしましたね。ここで、白はこの形に対して何か策を練ることが求められたんじゃないでしょうか。

 もうひとつこのゲームで注目しておきたいところがあるとすれば、それは白から9. a4 b4と後に鷹富士さんが採用し、更にフレデリカさんも使うことになる端攻めの筋が部分的に出てきていることでしょうか。序盤にビショップを追うために2手かけたa6~b5はクイーンサイドを伸ばし過ぎている、という見方も白からは出来ます。この伸び過ぎを咎める手として白は端攻めをしたい、というのはもうこのゲームで既に出ていたんです。流石は東郷さん、といったところでしょうか。当たりが変わっていたらトーナメント最後の方まで残っていたとしても何もおかしくなかった強豪の一人です。

 

 次が鷹富士vs宮本戦ですね。8×8マス、ピースは32個、そして2ムーブ1手ということもあり、将棋より遥かに短い手数で終わることが多いチェスにあって、89手という長手数を記録した激闘のゲームでした。

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(Fig.7 鷹富士vs宮本戦 : Caro Variation~5. Bb3 Nf6 6. 0-0 Be7 7. a4 b4 8. d4 d6 9. de de 10. Qxd8+ Bxd8 まで)

 白が6手目にキャスリングを急いだのは、前述の東郷vs北条戦では黒が先にキャスリングをしたために、早目の攻勢を取ることが出来たというのがあったからですね。また、0-0の一手を入れておくことで、Rh1をいつでもRe1やRd1と引っ張って来て戦線に参加させられるようになります。キングを戦場から遠ざけるのと同じくらい、戦車を戦場に持ち込むと云う点で重要な手なんですよ。

 キャスリングをしてから7. a4と端に手を掛け、ギャンビットの様に交換を強いました。そして中央からクイーン・エクスチェンジを仕掛け、ビショップを8段目まで引かせる、とここまでは白番の鷹富士さんがペースをつかんでいたように見えたのですが。この局面が私たちの目に映るほどには白有利ではない、というのが新しい発見でした。本譜では以下11. Be3 Be7 12.  Nbd2 0-0 13. Rad1 h6 14. h3 Rd8 15. Nc4 Rxd1 16. Rxd1 Be6と進んで黒が勝ち切りました。15. Nc4は白の勝負気味な手でしたが、白が無理をして端を咎めdファイルから火を点けた割には戦果に乏しく、ピースが減れば減るほどドロー濃厚になる展開、ということでお二方も対局後の感想戦では一致したそうです。13.Rad1~14. ... Rd8~15. ... Rxd1~16. Rxd1とルーク交換を仕掛けて戦力を削ぐ黒の方針が良い様で、白からパッとした仕掛けがない、ということでしたね。しかしながら、7.a4 b4と形を決めさせ端と中央との両方から黒陣に火を点ける、という白のスタイルが確立されたかのように思われたのがこのゲームです。40手80ムーブスに及ぶエンディングの収束と、文香さんの詩的な解説が優しい名局でした。

 

 3ゲーム目が、悔いの残る自戦になります。鷺沢vs綾瀬戦ですね。加蓮さんが指し始めたということで、忍さんがカレン・ディフェンスと仮称を付けたそうですね。後ほど、Nf6は黒から攻めている手だからカレン・アタックではないか~とか、マキノさんのBb7を先に挟むことでシステム化し、カレン・マキノ・アタックと呼ばれることになった~とか、兎に角同じ形が頻出する中で何かわかりやすい名前が必要とされる……というのはあったと思います。

 本譜では自在流・文香さんが大胆にもキャスリングの1手すら惜しんで『手順に引かされたBb3を活かす』という構想で黒番を攻め倒しました。そして以後、この考えが白番の通底概念になっていきます。

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(Fig.8 : 鷺沢vs綾瀬戦 : Caro Variation~5. Bb3 Nf6 6. a4 b4 7. d4 ed 8. e5 Ne4 9. Bd5 まで)

 白が早々に1ポーン損をするのですが、こう進んで黒の9手目では、Ne4を逃がさなければなりません。そして逃げ場は9. ... Nc5唯一なのですが、このときに白は10. Nxd4と損を取り返しながら黒の狙い筋であるマイナーピースのコンビネーションを乱していくことが出来るんです。こうして序盤で作られた白のアドバンテージは、クイーンサイドでお互いルークを取り合っても縮まることがないどころか突き放されました。決め手はまさかまさかの白からの端ナイト19. Na3!という、完敗と言っても過言じゃない試合でしたが……いつかリベンジを果たしたいものですね。

 こうして9. Bd5とセンターの好位置に白のビショップが出て来ると、黒はフィアンケットをしながらBb7と備えることになります。先にBb7が入っていればBd5から駒組みを乱す筋は消すことが出来ますが、逆だと黒はBd5の1手に対してBb7~Bxd5と2手かけて対応しなければならない。これが、八神さんの5. ... Bb7へと繋がって行くのでした。

 またこのゲームでは苦肉の策として跳んだ8. Ne4でしたが、白のセンターポーンを飛び越してナイトで直接白陣を責める、という構想は後述のゲームに生きて来ることになります。……雪辱の敗戦も、無駄ではなかった、ということでしょうか。

 

 次がアナスタシアvs八神戦ですか。これもまた激戦でした。……って、私さっきからそれしか言ってませんね。えへへ……

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(Fig.9 アナスタシアvs八神戦 : Caro Variation~5. Bb3 Bb7 6. a4 b4 7. d4 ed 8. e5 Nge7 9. Nxd4 Na5 まで)

 黒の8手目Nge7は、コツィオ・ディフェンスを彷彿とさせる低い跳ね出しですね。

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(c.f.Fig.9.1 Cozio Defense : 1. e4 e5 2. Nf3 Nc6 3. Bb5 Nge7)

 ナイトは1回の動きでは縦横のどこにもいけませんが、2ムーブあれば縦横2マス先に行くことができます。筋を変える、というのでしょうか。時に低く跳ね、次にナイトのファイルを一つずらす手は凡ながら適切に使えれば高等テクニックです。

 そして黒9手目のNa5が鋭手一閃という手で、Bb3まで引かせたビショップに当たっていることはもとより、キャスリング前のキングサイドにフィアンケットしたBb7のダイアゴナルが当たっている、というのが黒の自慢になります。白がセンターでピースを捌こうとするとこの両狙いが厳しいのですね。ミドルゲームではお互いにピースを交換する半手の損すら惜しんだ、テンポ重視の鍔迫り合いが印象深いゲームとなりましたが、思い返せば中盤入りの時点でそれほど差が縮まっているということは、以降ブランダーでもしない限りは黒はドローにすべく喰いついて行けばいいという、ある意味とてもやり易い試合運びになったのではないでしょうか。白を持ったのがアーニャさんでしたし、勝敗は本ゲームもドローに落ち着きましたが……ところで、前局の解説では「エクスチェンジ・ヴァリエーションにするから私には関係ない」とまで言い切ったアーニャさんが本ゲームでコロンブス・ヴァリエーションを採用したのは、何か思うところがあったのでしょうか。私、気になります。

 

 こうして脈々と研究手を加えながら指されてきたライン河の傍流ともいえるのが、準決勝の宮本vs北条戦ですね。カコ・ギャンビットは手抜ける、そしてNf6ではなくBc5と出る手で攻めのイニシアチブを握りに行く、という面白い研究が火を噴きました。

(Fig.10 宮本vs北条戦 : Caro Variation~5. Bb3 Bb7 6. a4 Bc5 7. 0-0 Nf6 8. ab ab 9. Rxa8 Qxa8 まで)

 こう進んだ局面では、クイーンサイドのルーク交換が起こっていますが、キャスリングをした白のキングサイドを、手順にBb7~Qa8の最長ダイアゴナルでのバッテリーが狙っているほか、黒からはいつでもQa1と『ローマの休日』よろしくクイーンが白陣に遊びに行けるということで、とてもじゃないけれど白から纏めづらい展開になりました。黒からh6と自陣の隙を消す手が入ったのも激辛流の加蓮さんらしいと思いましたが、私たちは決勝戦で全く同じ符号が攻撃手として入る瞬間を目撃することになるとはこのとき思ってもみませんでしたね。6. a4と伸ばしたところにポーンをぶつけてくる手は、ディクラインするわけでもアクセプトする訳でもなく、『手抜いて』Bc5と出て黒が良さそうだ、という本譜の為に、長らく白が有力視していたa4 b4の交換を入れてからdファイルを食い破る、という順も見直しが迫られました。

 加蓮さんがNf6よりBc5を急いだのは鷺沢vs綾瀬戦の白番のように、白がキャスリングを惜しんで仕掛ける順を気にしてのことだったといいます。逆に、白から0-0と入れてくれればそのタイミングでNf6を跳ねればよい、ということで、速攻でキングサイドへとピースを利かせるのは好判断でしたね。

 

 ここで最後に決勝戦のゲームを振り返る前に、今一度基本図の(Fig.3)に立ち戻ってみましょうか。

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(再掲Fig.3)

 この図の後に、こちらを見て貰いましょう。

(Fig.3.2 Italian Game : 1. e4 e5 2. Nf3 Nc6 3. Bc4)

 こうして3手目にBb5ではなくBc4と出るオープニングで、イタリアン・ゲームというのがありますが、このビショップ出の意味とは何ぞや、ということを皆さんと考えたことがありました!これですね。

 そして、この手の意味は、『f4という、初期配置では黒のキングにしか守られていない最弱のマスを責める手』だという答えに行き着いたのを、覚えて貰えてますか。そうなんです。a6~b5と手順に追い掛けられてBb3引か『された』白のビショップは、なんと手順に最弱のマスに利か『された』も同然なんですね。なので、端を攻めても戦果に乏しかった現状、白が考えるべきはこの最弱のマスに利いているBb3を活用して黒を攻め返せないか、ということになります。

 ここに至って、白からNg5と跳ねてみたい、という考えに至る訳ですね。イタリアン・ゲームの解説でも白からBc4~Ng5~Nf7でフォークを掛ける狙い筋を紹介しました。しかし、ただこの形で単に跳ねるのは直ぐにQxg6と鹵獲されてノーサイドです。では、クイーンのダイアゴナルが切れた瞬間にならどうでしょう……?

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(Fig.11 北条vs八神 : Caro Variation~5. Bb3 Bb7 6. 0-0 Nf6 7. Ng5 まで)

 これが、決勝戦の北条vs八神戦の前提でした。黒は6手目Nf6で自らQd8の利きを切りました。このタイミングで、7. Ng5と仕掛けてどうか。そしてこれは黒勝ちになります。

 ここで皆さんに観て頂きたい進行が実はもう一つあって……それは、

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(c.f.Fig.11.1  Arkhangelsk Defense : Columbus Variation~Nf6 5. 0-0 b5 6. Bb3 Bb7)

の変化のラインである、

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(c.f.Fig.11.2 : Arkhangelsk Defense~7. Ng5 d5 8. ed Nd4)

というものです。ここまで来ると、本譜と合流しているのが瞭然ですよね。d5~Nd4というので黒が指せるのはチェスの難しさを感じさせるところです。つまり、この唯一のタイミングで7. Ng5から速攻を狙うのは黒に絶妙な返し技があって不可ということになりますね。

 アルハンゲルスク・ディフェンスもなかなか関心深い筋で、Columbus Variation~Nf6 5. 0-0 b5 6. Bb3 Bb7 7. Re1 Bc5 8. c3 Ng4 9. d4 edと進め10. cdには10. ... Nxd4 11. Nxd4 Qh4!という黒から嵌める手もあったり(以後は12. Nf3 Qxf2+ 13. Kh1 Qg1+ 14. Nxg1 Nf2#という頓死がありますね)、面白いのですがこれはまた別の機会にフォーカスすることにしましょうか。

 いずれにせよ、白は黒陣のe~fファイルを狙って攻撃態勢を築いていきたいところです。なので、5. 0-0と能う限り早くキャスリングを済ませようというのは、入城と同時にルークをfファイルに利かせ、次にRe1とeファイルに宗旨替えするような手も可能にするので自然な手だと思います。

 

 ところで、本譜は割かし短手数の決着となりましたが、それは序盤12手目にして白がメジャーピースであるルークを切ることを強制されたからでした。このルークは0-0のキングサイド・キャスリングから来たルークです。この局面ですね。

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(Fig. 12 : Fig.11~7. ... d5 8. ed Nd4 9. Re1 Be7 10. Rxe5 0-0 11. Nc3 Nd7 12. Rxe7 まで)

 では、本当にここでルークを逃がす手がなかったのか、考えてみましょうか。

 12. Re6は……ポーンの利きに飛び込む意味がわかりませんね。同じくナイトの利きに飛び込む12. Re2もないです。

 黒のNd4に当てながら引く12. Re4は……普通に12. ... Nxb3 13. ab Bxg5と黒は指したい手を指せばよく、最後の手が第5ランクにルークを利かせておかなかったがための手損駒損につながるので、大駒を可愛がった割には白がだいぶ悪いです。Bxd5の取り込みが当たるのも気になりますね。

 12. Re3は……ナイトを取る12. ... Bxg5が引いたばかりのルークに当たってきます。

 12. Re1と元の位置に引くのは……やはり単に12. ... Bxg5で、白はナイトとポーンの交換に甘んじたことになってしまいます。

 少しひねって12. Nxh7という手を考えてみましょうか。これは12. ... Kxh7と取ってくれれば13. Rh5+とでもルークを逃げることができます。しかしまぁ、ナイト損なのでこれでも黒が有利~優勢でしょう。もっと言えば、これは手抜いて12. ... Nxe5と強く前に出る方が黒の優勢につながると思います。13. Nxf8 Bxf8とルーク交換になりますが、以下14. d3 Qh4 15. Ne4 Be7 16. Be3 Nxb3 17. ab Bxd5 18. f3 f5 19. Nc3 Bb7 20. Qe1 Qf6 21. Qg3 Bd6 22. Qg5 Qxg5と押し込んで黒勝ちでしょうね。働きの差が歴然としています。

 どうやら、Be7が白のNg5に利いているので、損を拡大しないためにはルークを切らねばならないが、切っても悪いという状態のようですね。コレラとペストの2つの病気から、少しでもマシな方を選んだだけのような感じです。

 今の検討を纏めると、こんな様子ですね。

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(Fig.13 : 白12手目の検討) 

 では、11手目の段階で替えて11. Nf3とナイトを避けておくのはどうなのでしょう?

 ……実はこれにも11. ... Qd6という手があります。ルークを避けると12. ... Ng4から畳み掛けられてしまうので、白は12. Nxd4とルークを見切ることになりますが、結局ここで戦車を1基失うのは避けられないようです。そして、この形の方がNc3の一手が入っていない分、白のクイーンサイドのピースが立ち遅れているような気もして、悪いながらどちらが悪いのか難しいようです。

 

 以上6つの実戦譜を使って考察をしてきましたが、黒の戦型が決まった瞬間の6手目白の他の手としては例えば5. ... Bb7に対して以下edの黒の取り込みからc3~0-0を期待する6. d4や、低く構えてポーンの連結をよくする6. d3、他には先に6. c3と突いて次にd4を見せる手なんていかがでしょう?

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(Fig.14 : 白の6手目候補)

 最初の6. d4に関しては、6. ... ed以外にも6. ... Nxd46. ... Qe7、手堅く6. ... d6などがあって、黒の応手を絞ることが出来ないように思います。イメージですが、他の2つと比べると、明確な主張を持って指してくる黒に対する白の序盤としては少しぼやけた手な気もしますね。

 6. d3 / c3は次に白から0-0と指して穏やかな流れになるので、フィアンケットを素早く組んだ黒からの反撃の目を気にしながらの持久戦調になりそうです。これも掘ればまだ何かまだ見ぬ鉱脈が眠っている可能性はあって、断言できないのがもどかしく、またそれがチェスの面白さに深淵を与えているのでしょう。

 

 黒5手目から替えるなら、5. ... Na5ノルウェージャン・ディフェンスは上述ですが、5. ... Bc5グラーツ・ディフェンスなど応用の効きそうな形も幾つもありますね。

 他にもCaro Variationに入るタイミングで黒から手を替えて、例えばf5Bc5d6Nge7なんて手も考えられ、ルイ・ロペスというチェスをやる人なら名前くらいは誰でも聞いたことがある様な戦型ひとつぽっちをとっても、厖大な可能性が眠っていると思うと、チェスをやるには短すぎる人生の時間を感じてゾッとするとともに、チェスは根源的に時間的存在である私たちの人生であると共に、過去の堆積の上に私たちが観測しきれない程に分岐し確定した未来を見ている宇宙そのものでもあるのかもしれない……そんなことを思わずにいられませんね。

 

 序盤は本のように、中盤は奇術師のように、終盤は機械のように指しなさい。

 という言葉が、我々の生きるチェスの世界にはあります。しかし、"Book Player"という英語は、『本に載っている序盤しか指せない、少しでも外されると応用の利かないダメ・プレイヤー』という意味もあるようで、難しいところですね。

 中盤は奇術師のように……といいますが、それは単に相手を幻惑する、という以上に、『綿密な下準備の上に、一瞬の華美なテクニックで見る者を魅了する』という意味もあるのかしら。

 

 このコーナーは今後もときどき続けていきたいと思います。『早わかりチェス講座』に比べると、グッと難易度も増していますが、お付き合い頂ければ幸いです。次は何にしようかしら……エクスチェンジ・ヴァリエーションを取り上げるのも面白いけれど、ヘッジホッグ・ディフェンスを掘り下げてみるのも興味がありますね。それではみなさん、夏バテなどしないようご自愛くださいね。綾瀬穂乃香でした。

 

(続く)

 

大盤解説会場 『第1回Blitzトーナメント決勝三番勝負第3ゲーム[北条加蓮 vs 八神マキノ](解説・アナスタシア / 聞き手・喜多見柚)』

 

喜多見柚「やっほー!会場のみんな!柚だよー!」

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アナスタシア「プリヴェート、みなさん!」

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柚「今日はトーナメントの最終戦北条加蓮vs八神マキノの決勝三番勝負・第3ラウンドを、みんなと一緒に観て行くよー!よろしくねーッ!」

 

ユズチャンカワイイゾー! ユズ-!!  アーニャコッチムイテ-!!

 

アナスタシア「ユズと一緒に、頑張って行きたいですね?よろしく、お願いします」

 

柚「ここまで決勝三番勝負は第1ラウンドが先手・北条でドロー、第2ラウンドが先手・八神でドローと、スコアは1-1!いやー……今日の対局ですべてが決まる!かも!」

 

アナスタシア「どちらが勝ってもおかしくない、ふたりとも強いです」

 

柚「内容は前2局ともイタリアンゲームなんだよネ。加蓮さんにマキノさんといえば……そう、カレン・マキノ・アタックだよネ!」

 

アナスタシア「今いちばん流行りの形ですね?」

 

柚「うん!……だからこそ、ルイ・ロペスにしなかったので前2局はちょっと意外だったんだけれど……本ゲームはどうなるカナ?アタシはルイ・ロペスが観たい!」

 

ミタイ-!!

 

アナスタシア「まだ先手後手も決まってないので、ンー、なんとも……でも、観たいですね」

 

柚「そうこうしてる間に、そろそろ試合開始だネ!みんな、スクリーンを見てー!」

 

アナスタシア「本ゲームの先後決定は、コイントスですね?コインを投げるのは、レナです」

 

柚「表なら加蓮さんが、裏ならマキノさんが白番!さぁどうなる~?ヘッド オア テール!」

 

キィィィン パシッ

 

柚「表です!」

 

アナスタシア「……ということで、本ゲームはカレンの白番ですね」

 

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(Figure.1 : 1. e4 e5 2. Nf3 Nc6 まで)

柚「ここまではいいよネ」

 

アナスタシア「今日一番指されているオープニング、ですね」

 

柚「ここで加蓮さんがちょっと時間を使って、おお!?」

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(Fig.2 : 3. Bb5 まで) 

 

オオー! 

 

柚「やった!」

 

アナスタシア「ルイ・ロペス……!!」

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(Fig.3 : 3. ... a6 4. Ba4 b5 5. Bb3 Bb7 6. 0-0 Nf6 まで)

柚「あぁ、本家ふたりのカレン・マキノ・アタックが観られるなんて……!」

 

アナスタシア「ここ最近、多く指されるようになって研究も進み、手順が洗練されてきましたね。黒はBb7~Nf6と形を作ります。このNf6を示したのがカレン、Bb7を指したのがマキノで、二人の手順が合わさってひとつのラインになりました」

 

柚「でも、ここで加蓮さんが白を持っている、というのが面白いよネ。何か更なる研究があるカモ……?」

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(Fig.4 : 7. Ng5 まで)

柚「……これか!みんな気になってはいた、白にとっての最後の砦……」

 

アナスタシア「そうですね。f7のマスというのは、スタートポジションではキングにしか守られていませんね?つまりアキレス腱、『最も弱いマス』だということです。カレン・マキノ・アタックでは白のビショップが手順に追い返されて、f7に利きます。なので、それを逆用してNg5と跳ねられたら……というのはあるんじゃないかと事務所でも言われてはいました」

 

柚「ただ単にNg5と跳ねるのは、g5のマスにナナメ駒が利いているから取られておしまい!だから、このダイアゴナルが切れた瞬間なら仕掛けられるんじゃないか……っていうのが、この7手目Ng5!カレン・マキノ・アタックの陣を敷いた黒陣に対して可能な仕掛けの中でも、相当早い仕掛けだけど、これが通るのか、通らないなら黒はどんな応じ方をするのか、これは気になるゲームだネ!」

 

アナスタシア「この決勝戦第3ラウンドにこれを持って来るという気概、そしてこのラインの研究に深く貢献した他ならぬ二人が実戦で相見えての……ということもあり、会場の熱気もすごいですね?」

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(Fig.5 : 7. ... d5! まで)

柚「Bb3のダイアゴナルを切るためにはこの一手だけど、これは8. ed~9. Rxe5でポーン損する未来が見えているだけに指せるかどうかが怖い手。ノータイムでの着手ということは、マキノさんには見えているのか、はたまた『知っている』のか……」

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(Fig.6 : 8. ed Nd4! まで)

柚「これは鋭手一閃!って感じだネ!」

 

アナスタシア「Nc6と跳ねる手は、Na5の端から攻める手だけではなかった、ということですね。こちらに跳んでも、Bb3に喰いつけるのに代わりはない。フミカを自在流と呼ぶなら、マキノは『緻密流』といったところでしょうか……」

 

柚「……こういう手が入るようだと、終局は意外と速いかもしれないカナ?」

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(Fig.7.1 : 9. Re1 Be7 10. Rxe5 0-0 11. Nc3 Nd7! まで)

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(Fig.7.2 : 現局面では黒の攻撃ピースが白をこれだけ攻めている)

柚「黒の9手目Be7なんて、手堅い手だよネ!これは10. Rxe5+とチェックを掛けられるのに備えながらビショップを活用する手筋だよー」

 

アナスタシア「チェックを掛けられているとキャスリングができませんからね」

 

柚「はい、ここで控室とビデオ電話を繋いでみましょう!」

 

宮本フレデリカ『フフンフンフン~♪いかなご~♪』

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塩見周子『あっ、それシューコちゃんのしりとりネタやんー!』

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フレデリカ『いかなご~ゴマ~マルデュ……マル……』

 

鷺沢文香『マルデューク……でしょうか……?』

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アナスタシア「あの……」

 

速水奏『ごめんなさいね。彼女たち、暑さと頭使い過ぎとで今ちょっと変なのよ』

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周子『割といつもやん?』

 

フレデリカ『フンフフ~♪マルデューク東郷~♪』

 

東郷あい『いや、ちょっと待ってくれるかな』

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フレデリカ『わお!フレちゃんの、後ろに、立つな~♪』

 

柚「あはは。収拾つかないネ!」

 

奏『続けてくれていいわよ』

 

アナスタシア「現局面は、黒の11手目Nd7ですね?」

 

鷹富士茄子『白の11手目代えてNf3を私たちは読んでいたのですが、これはNxf3+がチェックで入ってしまうのがやはり嫌だったのでしょうか』

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アナスタシア「ダー」

 

奏『そしてNd7ね……こんな返し技があったなんて。これは』

 

アナスタシア「これは」

 

奏『あっ、ごめんなさいね。どうぞ』

 

フレデリカ『これはね~、10. Rxe5と敢えてポーンを取り込ませたことで、この瞬間にナイトがルークに当たるんだよ!しかも、クイーンの利きも復活するから、ナイトとルークの両取りが掛かっちゃうの!ルークを切るのは怖いから引きたいけどね~、引けないんだなこれが~♪例えば、12. Re4とナイトに当てながら引くのとか、一見良さそうなんだけど、12. ... Nxb3 13. abBxg5とやって黒が良し!だから勢い白は大ごマルデュークを切るしかないけど、これは黒が指しやすそう!』

 

奏『』

 

アナスタシア「」

 

柚「あ、あはは……12. Rxe7 Qxe7の後の13手目はNf3カナ?」

 

茄子『13. Nf3もある手だと思いますが、13. ... Nxf3+ 14. gfと進んだときにやっぱり黒からNc5Qd6など指してみたい手が多い様に思います~』

 

文香『そうですね……。なので、13. f4も考えられるところではありますが……ここは本筋としては13. d3と孤立したNg5に紐をつけてあげるのがよいかと……』

 

柚「なるほど。紐を付けながらセンターも強化できるしネ!対する黒13手目は……b4h6の他だと……?」

 

アナスタシア「ここでナイトを切ってエクスチェンジするNxb3が、白に直線手順を強いれて良いと思いますね。b4は急ぐ手ではないです。後々突いて、ナイトを追ってからBxd5と飛び出すタイミングを待っても、悪くないですね?」

 

柚「確かにー!」

 

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(Fig.8 : 12. Rxe7 Qxe7 13. d3 まで)

柚「やっぱりd3だったネ!」

 

サスガフミフミ フミフミノマエガミペロンッテシタイ

 

アナスタシア「ここから13. ... Nxb3と進めば14. abは確実ですね」

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(Fig.9 : 13. ... Nxb3 14. ab まで)

茄子『ここで一旦h6と突いてみるのはどうでしょう~?将棋だったら損のない手なのですが……』

 

奏『でも、ここで白ナイトを追うことで、このナイトが活きる展開になったら癪よね。だったらもっと直接的な手がいいんじゃないかしら』

 

柚「例えば……どんなのですか?」

 

奏『今フレデリカと文香は14. ... Rfe8 15. Be3の交換を入れてからb4と突く順を検討しているわね。以下16. Nce4 h6 17. Nh3 Bxd5が一例だけど、これはいきなりb4と突く順と比べて、白がBe3と夜戦の空母よろしく置物と化していたビショップに喝を入れているから、どのくらい黒が良いのかを測り兼ねているみたい』

 

アナスタシア「しかし、口ぶりからすると黒が良いことは一致しているみたいですね?アーニャも、そう思います」

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(Fig.10 : 14. ... b4 まで)

柚「マキノさんは直接行きましたかー」

 

アナスタシア「ここで15. Na4と端に逃げるのは明らかに形が酷いですね?なのでNce4 / Ne2の二択ですが、15. Nce4 f5 16. Ng3 f4と黒にfポーンを伸ばされるのは怖いですね」

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(Fig.11 : 15. Ne2 Bxd5 まで)

柚「ここで、やっと手番が白に戻ってきたけど……この状況はかなり苦しいカモ。ここではBe3 / Bf4 / Ng3辺りが候補カナ?」

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(Fig.12 : 16. Bf4 まで)

文香『これはc7の離れ駒を狙ったビショップの出陣ですが……手抜いてRfe8はどうでしょうか……?』

 

アナスタシア「確かに、Rfe8は主導権を握りながら手渡しをする嫌な手ですが、更に激しく行くならh6ですね?」

 

奏『……激しいわね』

 

アナスタシア「以下16. ... h6 17. Ne4 Bxe4 18. de Nc5 19. f3 Rfd8 20. Qc1 Ne6 21. Be3までほぼ直線の進行で、この順だと黒が順当に勝ちそうです」

 

周子『んー、かといって途中で白から変化させるのも難しそうやしなぁ』

 

柚「a5

 

アナスタシア「ンー?」

 

柚「a5ってどうカナ?」

 

アナスタシア「これはチェスに珍しい、絶対損にならない手ですね?」

 

柚「いや、そうだけどそうじゃなくて……」

 

奏『あ、指したわよ』

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(Fig.13 : 16. ... h6 まで)

アナスタシア「17. Nf3Bxf3のエクスチェンジがピッタリで以下寄り形、しかし17. Nh3Bh6と追放されるのが嫌ですね……?」

 

茄子『なので先ほどの17. Ne4 Bxe4 18. de Nc5 19. f3 Rfd8が筋に入っているんですね~』

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(Fig.14 : 17. Ne4 Bxe4 18. de Qxe4! まで)

柚「黒から変化した?!」

 

アナスタシア「Qd2には……?」

 

奏『Nf6~Qg6の組替が間に合うらしいのよ』

 

柚「はえ~……この手自体はビショップを脅かしているので、19. Bxc7を催促した手だネ!」 

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(Fig.15 : 19. Bxc7 まで)

周子『加蓮ちゃん、ちょっと手つきに力ないなぁ』

 

奏『これはでも、加蓮がまずったわけじゃなくて、マキノを誉めるべきゲームだわ』

 

アナスタシア「Rfc8 / Rfe8 / Nf6、どれも黒良しですね?でも……なんだか、パッとしませんね?」

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(Fig.16 : 19. ... a5! まで)

柚「あ」

 

文香『なるほ……』

 

フレデリカ『なるほど~!これ、催促して指させたBxc7そのものを咎めてるんだね!白はここで20. Ng3とクイーンを追いたいけど、そのときに20. ... Qc6とビショップに当てて引く味が良くて、このときにa5の所為で逃げ場が21. Bd6しかないんだけど、このときにRfe8!がよくて寄り筋……と!』

 

文香『……むう(´・3・)』

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(Fig.17 : 20. Rxa5 Rxa5 21. Bxa5 Re8 0-1)

 

柚「ここで加蓮さん、投了ですか。お疲れ様でした!」

 

アナスタシア「お疲れさま……でした。激闘、でしたね?」

 

柚「最後は加蓮さんらしい、潔い投了でしたネ!このトナメでは、それぞれの棋風や、投了の美学なんかも見られてなかなか面白い企画だったんじゃないですかネ!」

 

アナスタシア「そうですね……!この後は、勝ったマキノの握手会がありますので、みなさん、そちらもぜひ」

 

柚「では、アタシたちもヒーローインタビューをしに、会場を移りましょうか!」

 

アナスタシア(……それにしても……これはアーニャも、イタリアンを本格的に勉強しないといけないかも、しれませんね?)

 

(続く)

第1回Blitzトーナメント準決勝第2ゲーム[八神マキノ vs 鷺沢文香](解説・北条加蓮 / 聞き手・桃井あずき)

 

北条加蓮「今度はこっちかぁ。忙しいね」

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桃井あずき「お疲れ様ですーっ!加蓮さん、決勝戦進出、おめでとうございます!」

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加蓮「ふふ、ありがと。さっきまで対局してたのに、もうこうして日常のお仕事に戻ってるの、変な感じだね」

 

あずき「そうかもしれませんね……私たちは準決勝第2ゲーム、八神vs鷺沢の死闘をお送りしますよーっ」

 

加蓮「死闘て」

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(Figure.1 : 1. e4 e5 2. Nf3 Nc6 3. Bc4 まで)

加蓮「避けたかー、何となくそんな気はしたんだよね」

 

あずき「何を……?あ!ルイ・ロペスを八神サンが避けた、ってことですねっ」

 

加蓮「うん、そう。多分彼女は、白番でルイ・ロペスをやる気がないんだろうね。本譜もこうしてイタリアン・ゲームになったよ」

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(Fig.2 : 3. ... Bc5 4. d3 Nf6 5. Nc3 まで)

あずき「これはジオッコ・ピアノからイタリアン・フォー・ナイツ・ヴァリエーションですねーっ」

 

加蓮「文香さんはこのフォー・ナイツの形得意だよね。どうするんだろ。ここで先送りにしたd6を突くのかな」

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(Fig.3 : 5. ... d6 6. a3 a6 7. Nd5 h6 まで)

あずき「おお!流石、黒の5手目はd6と突いて対称形になったよーっ。で、6. a3 a6とシンメトリーを崩さない手の交換を入れてから、7. Nd5で八神サンが軽妙に仕掛けたのが現局面ってカンジ」

 

加蓮「これ手抜いて端入れたけど……そっか、変に触る方がダメになるんだ。イタリアンはお互いのビショップがお互いの陣のウィークポイントを直に狙ってるから、ルイ・ロペスとビショップの位置が一路違うだけとはいえ全然違うんだよ。難しいよね」

 

あずき「ですね。ところで黒は7手目にhポーンを突きましたけどこれはなんです?」

 

加蓮「これは……気分だね!」

 

あずき「」

 

加蓮「ま、気分って言っても、自分から局面は動かしたくないけど、損になりそうな手も指したくない、そんなときは端ファイルのポーンを取り敢えず突いておく!みたいな。キングの逃走路にもなるし、端からプロモーションして寄せにいく構想も出来るし、一般的には……まぁタイミングにもよるけど?……損になりにくい手、だよね」

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(Fig.4 : 8. 0-0 0-0 9. c3 Nxd5 10. ed Ne7 11. Be3 Bxe3 12. fe Ng6 まで)

あずき「おお、過ッ激~!」

 

加蓮「不動のクイーンサイド・ビショップで、黒の攻撃ピースになっていたビショップを刺し違えることに成功したのは、白にとっては大きな戦果だね」

 

あずき「ですね。黒の12手目Ng6はソッポに見えますけどこれはどうでしょ」

 

加蓮「これはeファイルを強めながらクイーンの進出を図ったのかな」

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(Fig.5 : 13. d4 Qe7 14. Qc2 ed 15. ed Qe3+ まで)

あずき「14手目edで白にダブルポーンを強要しながら、自分のクイーンがコントロールするファイルをこじ開けた文香さん、15手目にQe3+と強く斬りこみましたねーっ!ヒューッ」

 

加蓮「このチェック自体はRf2と受けるしかないけど……一旦受けてからNe5の狙いがあるんじゃないかな?どうかな?わかんないけど」

 

あずき「Ne5……?タダじゃないですかねー」

 

加蓮「ううん。クイーンの引き場は実質1か所、Qf4しかないけど、fファイルは白のルークがオープンだから。Ne5はポーンに取られそうだけど、ここでfルークがクイーンに当たる反撃の筋がありそう」

 

あずき「あっ……」

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(Fig.6 : 16. Rf2 Qf4 17. Ne5! Qg5 18. Nxg6 Qxg6 19. Qxg6 fg 20. Rxf8+ Kxf8 21. Rf1+ Ke8 まで)

あずき「加蓮さんの示した通りの、絶妙のコンビネーションで白が主導権を握りましたねこれは」

 

加蓮「ここでアタシにはちょっと黒からの返し技が見えないんだよね……まぁ単に対局疲れで文香さんが何か地雷を仕掛けてる可能性もなくはないけれど……」

 

あずき「それにしても、このコンビネーションは覚えておきたいですねーっ!キャスリングをしたルークは、fファイルからeファイルにずらして使うことが多いけれど、こんな風に敢えてfファイルに留めておくことで炸裂する筋もあるんだって!」

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(Fig.7 : 22. Bd3 Bf5 23. Bxf5 gf 24. Rxf5 b5 25. Kf2 Rd8 26. Ke3 a5 27. g4 a4 28. Kd3 Rb8 29. h4 Ke7 30. Rf1 g6 31. Re1+ Kd7 まで)

あずき「30. Rf1はうまい手渡しですねーっ……」

 

加蓮「ほんとだね。駒割りも駒効率も白が良い。そして八神マキノは間違えない。カパブランカ・リスペクトなのかな。コンピュータよりコンピュータらしい指し回し。思い切った手を、読み切った上に指してくる感じかな」

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(Fig.8 : 32. Re6 Rf8 33. Rxg6 Rf3+ 34. Ke2 Rh3 35. Rxh6 Rh2+ 36. Ke3 Rxb2 37. Rh7+ Kc8 38. g5 Rg2 39. Kf4 Kb7 40. h5 b4 41. cb Rf2+ 42. Kg4 Ra2 43. h6 Rxa3 44. Rxc7+! まで)

あずき「うわーっ!え?!あーっ……!」

 

加蓮「いやいや、それじゃ見てる人には何も伝わらないでしょ……」

 

あずき「えぇ……!でもこれ……ウヒョー!これは凄い手ですよっ!!これを見られただけでも今日は来た甲斐があったなぁ……」

 

加蓮「うん、これは正真正銘のタダだよね。刺し違えがある訳でもない。だから、これは凄い手。ここでルークを切ってしまっても、白はhファイルから確実にプロモーションして寄せに行くって宣言だね。八神軍の勝ち狼煙だよこれ。Rf2+Kg4と端に寄ったのは、こうしてルークをサクリファイスしhポーンをプロモーションさせようとするときに、黒からRh3と受けられる手も消していたんだね」

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(Fig.9 : 44. ... Kxc7 45. h7 Rc3 46. h8=Q 1-0)

あずき「プロモーションを見届けて、文香さんが投了されましたね。お疲れ様でした!」

 

加蓮「お疲れ様でした。名局だね」

 

あずき「ですねーっ!そして、これで、決勝戦三番勝負に進む二人が決定しましたね!決勝は北条加蓮vs八神マキノです、どうかお見逃しなく!頑張ってくださいねーっ!」

 

加蓮「応援してもらえる内が華。アタシらしく、もうちょっと頑張ろうかな。今日はありがとう」

 

あずき「ありがとうございました!聞き手の桃井あずきと!」

 

加蓮「解説の、北条加蓮でした」

 

(続く)