愛とは、全人生をかけてアイドルにチェスを教えること。

フリルドスクエアと行く、奥深いチェスの旅。

星巡る物語 第3回 ~José Raúl Capablanca~

 

 ――私は、あまりに深く星を愛しているが故に、夜を恐れたことはない。

 

 これは天文学の父・ガリレオ=ガリレイの言葉である。

 思えば我々の身の回りに、夜ほどおどろおどろしさの比喩として引かれるものも少ないかもしれない。それは、生来動物が光を求めて歩く生き物だからだろうか。それとも……

 

アナスタシア「ドーブライ、ヴィエーチル……こんばんは、アーニャです」

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アナスタシア「星巡る物語イストリア、今夜で3回目です。さて、アーニャは今日は、どこにいるでしょうか?」

 

 ここはカリブ海に浮かぶ島嶼国。海峡を隔てて新世界と繋がるこの島は、その要所を示すかのように『アメリカ合衆国の裏庭』と呼ばれることもある。また、ラテンアメリカで初めて成立した社会主義政権にちなみ、『カリブに浮かぶ赤い島』という呼び名を聞いたことがある者もいるのではないだろうか。

 

アナスタシア「今日アーニャが来ているのは、カリブ海キューバハバナです」

 

 ハバナキューバの首都である。16世紀初頭、この島にコンキスタドールが居館を築いたことに、この街は始まる。ロスト・ジェネレーションの筆頭に上がることもある文豪・アーネスト=ヘミングウェイがまたとなく愛した街としても広く知られている。彼は晩年をこの街で過ごし、そして傑作『老人と海』が生まれたのである。

 

アナスタシア「髪を撫でる潮風に、命の匂いを感じますね」

 

 この地で生まれ、世界に影響を与えた文化は数多存在するが、その中でも最大級の賛辞と共に語られるのが、カパブランカ・チェスであり、その生みの親・ホセ=ラウル・カパブランカである。

 

アナスタシア「『最強のチェス・プレイヤーとは誰だと思うか?』この質問をすることは、無意味であり、またとても有意義です。なぜなら、時代が違えば評価の規準も変わるので、それを考えずに一概に評価することはできませんね?だから、意味がありません。しかし、こう問いかけることで、目の前の人がどんなチェスを愛しているのか、ということが何よりもはっきりと分かる、という質問という意味では、とても意義深いですね」

 

 私が答えるならば、誰の名を挙げようか。フィッシャーか、それともモーフィか、あるいは。

 そして、その問いを問い掛けた時に返ってくる答えの中には、必ず名前が挙がるだろうプレイヤーがいる。

 シュタイニッツ、ラスカーに次ぐ世界3番目のチェス・チャンピオンにして神の寵児、カパブランカは、1888年ハバナに生まれた。

 

・チェスの申し子として

 

アナスタシア「夜空に燦然と輝き、身を燃やした光を強く届ける星々の中でも、一際大きく輝く巨星、それがカパブランカです」

 

 彼がチェスを覚えたのは、もうすぐ4歳という頃だったと言われている。父親とその友人がプレイをする様を眺めていて、覚えてしまったというから驚きであり、またこの崇高な盤上遊戯と選ばれし者との邂逅は必然として歴史に織り込まれていたことを思わずにいられない。

 

アナスタシア「覚えてから3日後には、チェスを趣味としていた父親に勝ったというエピソードはその天才ぶりを示すあまりに有名なエピソードですね。作り話めいてもいますが、彼の人生を知っている者であればそれを笑うことはできませんし、あなたがもし知らないのであれば、知って行くうちにこれしきのことでは驚きを覚えなくなるでしょう」

 

 彼はすぐに地元ハバナのチェスクラブで随一の強豪に、クイーン落ちのハンデ戦ではあったが土を付ける。生涯を通し公式戦で35敗しか敗者の辛酸を舐めたことが無いこの卓抜した戦士は、凡そ成長ということをしたことがないかのようである。覚えた瞬間から、チェスは彼の細胞に浸透していたのかもしれない。

 

アナスタシア「8歳、プライマリー・スクールに通うホセ少年は毎週日曜日に教会に通うかの如き熱心さでクラブに通い詰め、家でも僅かな時間を見出してはチェスセットに向かっていたと言いますね」

 

 そこから3年、11歳のカパブランカの相手となるような者はすでにハバナにはいなかった。強くなることと無縁の才能、もともと強かったカパブランカは順当にそのキャリアだけを破竹の勢いで伸ばしていった。13歳のときには、マドリード生まれの移民でキューバ・チャンピオンであったジャン・コルソを圧倒したのである。

 

アナスタシア「18歳になったキューバ最強のプレイヤーは、経済的に裕福だった家庭の支援を受けて、コルソの出身校でもあるコロンビア大学に留学しました」

 

 しかし、このチェスの申し子は、64マスに没頭するあまりに専攻の化学を疎かにし、ついには中途退学するに至ったのである。

 

キューバの外交官として

 

 21歳のときに、モーフィ亡き後のアメリカンチェスを背負って立つ逸材と見做されていた当時の米国最強のマーシャルを下してその名を世界に広めたカパブランカ。彼はキューバの外交官に任じられた。

 

アナスタシア「1911年、彼が23歳の年に開かれたサン・セバスチャングランドマスタートーナメントでもマーシャルに勝っています。このときは他にルービンシュタインやビドマールといった並み居る世界クラスの強豪を薙ぎ倒して優勝、更に3年後のサンクトペテルブルクグランドマスタートーナメントでは時の世界チャンピオン・ラスカーに最終局で敗れ準優勝、同時にチャンピオンへの挑戦権を獲得しました」

 

 セルビア人の一青年・ガヴリロ=プリンツィプが引いた一発の引き鉄は、そのまま戦争を終わらせるための戦争の引き鉄となった。

 1914年に始まった第一次世界大戦は、ラスカーとカパブランカのマッチを21年まで延期させた。

 

アナスタシア「27年間、王座に君臨したエマヌエル・ラスカーと期待のルーキーとのタイトルマッチは、しかしいくらかの波乱を含めども最強のチャンピオンの防衛に終わるものだと世間は思っていました」

 

 24番勝負ということで始まったこのタイトルマッチは、カパブランカの4勝10分けの時点でラスカーが途中で棄権するという、誰も予想だにしない結末に終わった。まさか、27年間玉座にふんぞり返っていた絶対王者が、期待の新星とはいえ一勝もできずにタイトルを奪われるとは。

 

アナスタシア「こうして劇的な戦果を引っ提げて世界チャンピオンに就任したカパブランカは、世界中のチェス・プレイヤーの憧れとなりましたね」

 

・チェス機械として

 

 I have known many chess players, but among them there has been only one genius.  Capablanca!  ―Emanuel Lasker

 

アナスタシア「しかし、その輝きは、あまりに強かったが故に、少しの鈍りですら大きな波紋でした」

 

 1927年、ニューヨークで開催されたトーナメントで、アリョーヒン、ニムゾヴィッチ、ビドマール、シュピールマン、そしてマーシャルと並み居る強豪を挑戦者たちに迎え各個撃破。

 

アナスタシア「ミスをしない、ただそれだけのことでした。そして、それは何よりもチェス・プレイヤーとしての才能でした。堅実な序盤、華々しい中盤、そして芸術的なまでの終盤。すらりとした立ち姿に、俳優然とした振る舞い。プレイヤーの憧れとなったカパブランカは、いつしか『チェス機械』と呼ばれる様になっていました」

 

 生涯に35ゲーム、1914年以来の27年間で、たった5ゲーム。

 

アナスタシア「この数字がなんだか、わかるでしょうか。これは、ホセ・ラウル・カパブランカが生涯で喫した敗局の数なのです」

 

 583ゲーム、302勝35敗246分け。驚くべき数字だ。エマヌエル・ラスカーをして「ただ一人のチェスの天才」と言わしめ、『不敗の名人』とカパブランカが呼ばれた理由である。

 

アナスタシア「彼のチャンピオン生活がどのように終了を迎えたか、そのお話をしましょう」

 

 星の輝きに准えられる勝負師の運命は、惨酷だ。

 輝かなければ、星ではない。勝負の世界で残るのは記録だけだ。

 身を燃やして輝きを届けようとするその孤軍奮闘を人は汲んで、記憶する。しかし、記憶に残ればよいと甘んじるプレイヤーは、人の記憶にも残らない。

 

アナスタシア「盤上の詩人と謳われたアリョーヒンは、チェスの歴史上、誰よりも勝ちに拘る選手でした」

 

 彼は1924年のニューヨークで、ラスカー、カパブランカの後塵を拝し3位に収まっていた。そして、このときラスカーが彼を評した「彼はまだ上達しきっていない」という言葉が火をつけたのである。

 

アナスタシア「続く3年後、半ゲームの差でカパブランカに優勝を譲ったアリョーヒンは、『カパブランカに6ゲームも勝つ方法はちょっとわからない。でも、彼だって私にどうやって6ゲームも勝つというのだろう』と言いました。思うに、ここに両者の犬猿の仲は始まっていたのですね」

 

 アリョーヒンを挑戦者に迎えた1927年、カパブランカは世界チャンピオンを奪われることになる。ニューヨーク・トーナメントにエマヌエル・ラスカーが参加しなかったのは、カパブランカの密通があったと言われている。

 

 アナスタシア「アリョーヒンは、カパブランカから世界チャンピオンを奪った後は、格下の相手としかタイトル戦を戦わなかったとして、勝負師としての評価は彼の芸術的な棋譜の評価にやや劣ります。しかし、カパブランカだってまた、タイトルに拘りを持っていました」

 

 カパブランカは、少年時代の熱意に反し、このときにはチェスの研究をしないことでも知られていた。その漲る自信と、チャンピオンへの拘りの間ではチェス機械ですら搖動していたのである。

 

 アナスタシア「誰よりも強い執念を持って世界チャンピオンへの挑戦を遂に叶えたアリョーヒンは、綿密かつ入念な準備を携えカパブランカに挑戦、3ゲーム差でカパブランカから世界チャンピオン位を奪い取ったのです」

 

 カパブランカ、39歳の年であった。

 以後彼は1939年まで、参加するありとあらゆる大会で好成績を収めた。1939年のブエノスアイレス団体戦で、キューバチームの大将として出場し、アリョーヒンを打克して優勝。これがホセ・ラウル・カパブランカの最後の公式戦であった。

 

 アナスタシア「3年後でした。カパブランカはニューヨークにて、53歳の若さで没しました」

 

 彼の死から溯ること約1年。同じ病院ではエマヌエル・ラスカーが最期を看取られていた。彼がカパブランカを称えた言が、冒頭のものである。

 ラスカーが惜しみない賞賛を贈った『たった一人の天才』。彼を戦友・アリョーヒンもまた、宿敵の死を最大限の言辞で送ったのである。

 

 Capablanca was snatched from the chess world much too soon. With his death, we have lost a very great chess genius whose like we shall never see again. ―Alexander Alekhine

 

 チェスはカパブランカ母語である、とレーティは言った。

 彼の母国はチェスであり、またカリブの海に浮かぶキューバ島である。

 

アナスタシア「伝説となったボビー・フィッシャーに、チェス史を変えたアナトリー・カルポフに、そして『同志パッハマンよ、君も知っての通り、私は首相であることが楽しくない。むしろ、君のようにチェスをしているかベネズエラで革命を起こすかしたい』と語ったことで知られているキューバ革命を指導した革命家チェ・ゲバラに。ホセ・ラウル・カパブランカの科学は根付いていきました」

 

 

 誰が最強のチェス・プレイヤーだと思うか。

 その質問は、どこまでも無意味で、愛ゆえに意義深い。

 そして、同時代の巨星たちが口を揃えて、『たった一人の天才』と呼んで憚らなかったひとりの男の等身大の光が、今日も64マスの宇宙に優しく降り注いでいる。

 

 勝ったゲームより負けたゲームの中に沢山勉強することがある。強くなるには、数百局と負けて学ばなければならない。

 チェスは疑う余地なく、絵画や彫刻と同じ芸術である。

――ホセ・ラウル・カパブランカ

 

アナスタシア「ダスヴィダーニャ、ダフストレーチ!」

 

(続く)

 

(ナレーション・川島瑞樹 / 文・鷺沢文香)

Kate's CHESS-English Lecture [Lesson 3]

ケイト「ハーイ、エヴィバディ!今夜はLesson 3をお届けするわ!パーソナリティのケイトよ!」

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依田芳乃「ぶぉー」

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ケイト「……ヨシノ、それハ?」

 

芳乃「ほら貝、でしてー。コーナーの初めに吹いてみるのもまた一興かとー」

 

ケイト「そうネ?ヨシノがそういうならそうなのネ?」

 

芳乃「そーくーる、でしてー」

 

ケイト「えーと、じゃあ、今日からは『ゲームで用いられる名詞』についてやっていきまショ!」

 

芳乃「申し遅れましたがー、あしすたんとを務めますはー、依田は芳乃でしてー」

 

ケイト「……」

 

芳乃「……?」

 

ケイト「……OK!」

 

芳乃「名詞、とはどのようにれっすんを進めていくのでしょー」

 

ケイト「やっぱり、実践の流れがいいカシラ?」

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ケイト「Pawnを進めるのを、advanceと言うのヨ!」

 

芳乃「あどヴぁーんす、前進、ですねー」

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ケイト「たとえば、こうやって進んだとするデショ?フィフスランクより向こうまで進んで行ったpawnを特にadvanced pawnなんて呼んだりもするわネ!」

 

芳乃「……言うなれば、伸び過ぎというようなニュアンスもあるかとー」

 

ケイト「そうネ!序中盤で進み過ぎたpawnはsacrificeに使われることはあっても、そのままpromotionするのは稀よネ……」

 

芳乃「世知辛いのでしてー……将棋でも、と金になって終盤の寄せに働くのは大概相手から取った歩だったりしますのでー……」

 

ケイト「Pawnを突き出すことはpushという、というのは動詞編でやったケド、これも名詞で使われることがあるワヨ!」

 

芳乃「いわゆる、「ポーンを一突きした。」のような感じでしてー」

 

ケイト「ここで今、白がe5とe-pawnをpushしたので、黒のe-pawnは進めなくなったわネ?こういうのをblockというワ!」

 

芳乃「相手のぴーす、特にぽーんのあどヴぁんすを、ぽーんをぶつけることで阻むのですねー」

 

ケイト「これはverbだけど、blockすることをblokadeと言ったりするワ。名詞でも使われたりして、文脈ネ!このとき、blockに働いているピースのことはblokaderと呼んだりネ」

 

芳乃「ぶろっけーだー、はぽーんだけなのですー?」

 

ケイト「序盤や中盤ではpawnをぶつけて相手をblockすることが多いけれど、end gameでは例えばこんなsituationも頻出するわネ」

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ケイト「これはblackのb-pawnがpromotionを狙ってきているのを、Knightでblockした場面ネ」

 

芳乃「なるほどー」

 

ケイト「例文練習を兼ねて、こう説明してもいいワネ。A blockade is a situation when the opponent has a pawn that needs to be stopped.

 

芳乃「妨害は、相手がぽーんを停止すべき必要のある状況でして

 

ケイト「そうネ!つまり、「進めたいpawnがそれ以上進めないようにする状態」とでもいえばわかりやすいカシラ」

 

芳乃「動詞と名詞が同じ形の単語、というのがちぇす用語には多い気がしますー」

 

ケイト「いいところに気が付いたわネ!ピースを取る、取り返すcapturerecaputureピースを解放するbreak、それからcheckなんかもパッと思いつくところそうヨ」

 

芳乃「こんとろーる、やふぃあんけっと、もそうでしてー」

 

ケイト「FianchettoはItaly由来だけどもうchessでは英語も同然に取り込まれているわネ!他にはen passantはフランス語由来ヨネ。名詞でも、副詞的にも使われるワ」

 

芳乃「けいとどの、そういえば質問がー」

 

ケイト「なにカシラ?なんでも答えちゃうワ!」

 

芳乃「『王手』はちぇっくでいいとしてー、『詰めろ』にあたる概念はちぇすにあるのでしょうかー」

 

ケイト「逃げられるmateのときはthreatで良いと思うし、『必至』のように「どう足掻いてもメイトされる状態」は、forced mateと言うかしらネ」

 

芳乃「なるほど、「強制されためいと」、なるほどー」

 

ケイト「それじゃ、今日はこのくらいにしまショ!」

 

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ケイト「One Point Lessonのコーナーよ!」

 

芳乃「ここでは、事務所のぷれいやーのあられも無い姿をお見せするのが恒例のこーなーとなっておりましてー」

 

ケイト「き、今日のVTRに行くわヨ!」

 

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Nina Ichihara : Hey! I'm sure you're a rabbit, aren't you?

(市原仁奈「おねーさん、うさぎの気持ちになってるでやがりますか?」)

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ケイト「www」

 

芳乃「副音声が間違ってるのでしてー」

 

ケイト「えー、rabbitネ!Fishとか、woodpusherって言ったりもするわネ」

 

芳乃「ずばり、『カモ』という意味でしてー」

 

ケイト「ニナはいったい誰のことをあんなに煽ってたのカシラ……マネしちゃダメヨー!」

 

芳乃「やっぱり、ちぇすと英語の勉強と称して、あいどるによからぬいめーじを植え付けていく碌でもないこーなーでしたー」

 

(続く)

 

第1回Blitzトーナメント第2回戦第3ゲーム[鷹富士茄子 vs 宮本フレデリカ](解説・鷺沢文香 / 聞き手・綾瀬穂乃香)

 

鷺沢文香「これは激しく、また短時間の勝負とは思えない程に長手数の勝負となりましたね……」

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綾瀬穂乃香「本当ですね……二人の対局者の執念と、闘志の為せる芸術でした」

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文香「こんばんは。……今日はトーナメントから第3ゲームを解説していきたいと思います」

 

穂乃香「よろしくお願いします。聞き手は私、綾瀬穂乃香が務めます!さて、第3ゲームは鷹富士茄子v.s.宮本フレデリカ戦となりましたが……どうでした?」

 

文香「……そうですね……まず、白番・鷹富士さんの選択した作戦が面白い、というのが一つ。それから、長手数メイトを読み切り勝ち切ったフレデリカさんの冷静と情熱のあいだで冴えた大局観が一つ、他にも、見る人によって色んな思いが溢れる名ゲームになったんじゃないかと、思いました」

 

穂乃香「ありがとうございます。文香さんも名局だったと振り返るこのゲーム、初手から観て行きましょうか」

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(Figure.1 : 1. e4 e5)

穂乃香「オープニングはオーソドックスなオープン・ゲームになりましたね」

 

文香「フレデリカさんは早指し戦で黒を持つときは初手e6やc6よりもe5やc5の方が多い気がしますね。定跡形に持ち込むことで序盤から、或いは中盤の入りくらいまでの読みを少なくすることが出来る、というのは合理的です」

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(Fig.2 : 2. Nf3 Nc6)

穂乃香「ナイトを跳ね合いましたね。白が戦型選択の権利を握っている局面です」

 

文香「フレデリカさんはこうなればなんでも受けるでしょうね。そのような予備知識が鷹富士さんにあったかは知りませんが……こうしてイタリアンなのか、ルイロペスなのか、はたまた……という局面になりました」

 

穂乃香「本ゲームは両者がほとんど時間を使わずに指していたのも印象的でしたね……」

 

文香「第1感で指している、というようなところでしょうか。頓死を掻い潜り、技を駆けあい、その心理戦と頭脳戦をほぼすべて5秒以内に返すという、人間業とは思えぬゲームでした」

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(Fig.3 : 3. Bb5)

穂乃香「ここで白がルイ・ロペスを選びましたね」

 

文香「ここまでは現在一番指されているラインといっても過言ではないでしょうし、何もおかしくはないのですが、ここからの数手をご覧になると、このゲームの行方にとても興味が湧くことでしょう……」

 

穂乃香「そういえば、今日は棋譜コメントはないんですね?」

 

文香「終局まで89手と聞いて、誰も付けたがらなかったのです……大人の事情です……」

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(Fig.4 : 3. ... a6 4. Ba4 b5 5. Bb3 Nf6)

穂乃香「3手ほど進めましたが、こう進むとデジャ・ビュを感じませんか?」

 

文香「……そうですね。本局は、トーナメント2回戦第1ゲームの東郷v.s.北条戦の前例を踏襲しているのが、ひとつポイントなのです」

 

穂乃香「あれもいいゲームでしたね。黒の工夫と構想が光りました」

 

文香「フレデリカさんがこれを選んだのは、前例を意識してのことでしょう。a6~b5でビショップを追ってしまえば手番を握って5. ... Nf6から攻めの体勢を築ける、と加蓮さんはあのゲームで語ったわけです」

 

穂乃香「これは茄子さんの頭にもあったのでしょうか?」

 

文香「両者ここまで淀みなく指している、ということがそれを証明しているように私は思います……。この形で指せないと思うのならば、4. Ba4に代えて4. Bxc6とエクスチェンジ・ヴァリエーションに持ち込む権利は白にあるはずですので……」

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(Fig.5 : 6. 0-0 Be7 7. a4 b4 8. d4 d6)

穂乃香「前例は6. Nc3とナイトを使う手でしたね。ここで茄子さんから手を替えました」

 

文香「ここまではお互いの研究でしょうね……。6. 0-0キャスリングを急ぎましたが、これは黒が黒マスビショップを動かしていないのでキャスリングできない状態を突いて一足早く入城しようという深謀遠慮のムーブです。黒もキャスリングを目指しますが、このタイミングでdポーンからセンターコントロールを目指すより先に端に手を付け7. a4 b4の交換を入れる、というのも凝った手です」

 

穂乃香「そういえば、東郷v.s.北条戦の感想戦では黒の方が早くキャスリングをしたことで、思い切った攻めの主導権が黒番の手に転がり込んだ、という見解でした」

 

文香「そうです。なので、白は左翼のピースを展開してバランスよくしようとするよりも、黒の仕掛け順を潰しにいった、と言うのが本局の序盤でしょうか」

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(Fig.6 : 9. de de 10. Qxd8+ Bxd8)

穂乃香「そして、8. d4が白から迫る手でしたね。低く謝るd3よりもよい、と見たのは10手目のこの局面で手番が白にあるから、でしょうか」

 

文香「そういう考え方も出来ると思います。更に現局面、クイーン・エクスチェンジを済ませたところですが、10. ... Bxd8と取り込んだ黒はこのビショップをこのままでは活用できない、というのも白の狙いの裡でしょう。働きが良くないのは瞭然ですので……もう一度展開を図るためにはBe7と出る必要がありますが、手損になりますね」

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(Fig.7 : 11. Be3 Be7 12.  Nbd2 0-0 13. Rad1 h6 14. h3 Rd8 15. Nc4 Rxd1 16. Rxd1 Be6)

穂乃香「(Fig.6)の局面では、黒はキャスリングもしていないし、ピースも立ち遅れ、完全に白の策に溺れたかに思われましたが……」

 

文香「手順に展開しただけなので、以前白が微妙に有利だとは思います。しかしこの局面だけ取り出してみれば確かに我々ヒトの目には、差がかなり縮まったか、あるいは無い様にも見えるのが面白いところです。15. Nc4は難しい手ですね。活かせれば突き放すことも可能だと思いますが、食らいつかれるとなかなか、という手です。やはり前例でBb3が咎められたのを気に掛けた一手ではあると思います。黒がBe6と出るのに先んじて白からNc4と跳ねておけば、ビショップ同士がいきなり衝突することが防げますから……」

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(Fig.8 : 17. Ncxe5 Nxe5 18. Nxe5 Bxb3 19. cb Nxe4 20. Rd5 Nf6 21. Ra5 c5)

穂乃香「難しい応接が続きますが、ここまでお互いほぼノータイムですか。異次元ですね」

 

文香「白は少し時間的余裕がありますが、黒は3分と短いです。なので、白としては黒に比べると少し時間を使うくらいの考慮で、黒の手を失くして行く様な手を指したい、という感じでしょうか」

 

穂乃香「マイナーピースがぶつかりあって、お互い手のつくりにくい中盤となりましたが……」

 

文香「白の21. Ra5が難しい手です。これを閉じ込めるc5が入って黒は少し余裕が出来た様にも思うのですが、エンドゲームでこのルークに暴れられるといきなり詰む可能性もありますので……」

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(Fig.9 : 22. Bxc5 Bd8 23. Bxb4 Bxa5 24. Bxa5 Ne4)

文香「結果的には、22手目からのエクスチェンジで白が大駒であるルークを失ったことが響いたエンドゲームとなったような気がします。ここは幽閉されたルークをどうにかしようとするのではなく、他に活路を見出すべきだったか、というのはお二方感想戦でも触れられていたことですが……」

 

穂乃香「白はポーン得しているので指せそうにも見えますが……チェスは難しいですね……」

 

文香「そうですね……後から理屈をつけるのであれば、エクスチェンジで白が大駒を失っていることや、得しているとはいえ白は自陣にダブルポーンを抱えていること、さらにエクスチェンジ後のBa5が僻地に追いやられていて働いていない、ということなどがあげられますが……正直激ムズだと思います……」

 

穂乃香「激ムズですね……」

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(Fig.10 : 25. b4 Rc8 26. Nd3 Rc2 27. f3 Rd2 28. b5 Rd1+ 29. Ne1 Nc5 30. ba Nxa6)

穂乃香「ルークにピンされているのが辛いですね……」

 

文香「しかし簡単には土俵を割らない鷹富士さんの粘りも観る者の胸を衝きますね……少しでも間違えれば、まだ白から手を作ることも出来るようなところですし……」

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(Fig.11 : 31. Kf2 Nc5 32. Ke2 Rb1 33. Bd2 Nxa4 34. b4 Nb6 35. Kd3 Rb3+ 36. Kc2 Ra3 37. Bc1 Ra2+ 38. Bb2 Nc4)

穂乃香「エンドゲームで駒が少なくなってから、どのタイミングでキングを動かしていくかというのは微妙な判断の問題だと思いませんか?」

 

文香「そうですね。その機微はレーティングがどのレベルであっても付き纏う気がします。チェス・プレイヤーの影といってもいいかもしれませんね……」

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(Fig.12 : 39. Nd3 Nxb2 40. Nxb2 Kf8)

穂乃香「ナイトだけを残すというのはフレデリカさんも戦い慣れしているなぁと思いました」

 

文香「歩兵を女王に至るまでエスコートする騎士というのは、この世で最も誉れある騎士かもしれませんね。出来る人の方が少ないでしょう……ナイトの仕事は灰被り娘に魔法を掛けてクイーンにすることではないのです……」

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(Fig.13 : 41. Kb3 Ra1 42. Nc4 Ke7 43. Kc3 Rb1 44. Ne3 Ke6 45. Kc4 Re1 46. Kd4 Re2)

穂乃香「敵陣に潜らせたルークの、お手本のような使い方ですね」

 

文香「えぇ、その通りです。下から掃くように進め、どんどん盤面を狭めていくイメージがいいでしょう」

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(Fig.14 : 47. b5 Rd2+ 48. Kc4 Re2 49. Kd4 Rf2 50. h4 Rd2+ 51. Kc4 Rf2 52. Kd4 Kd7)

穂乃香「この数手のダンスは、エンドゲームを読み切っていたのでしょうか……」

 

文香「その可能性も大いにあると思いますね。ここから40手近い収束ですが、彼女なら読み切っても可笑しくない」

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(Fig.15 : 53. h5 Kd8 54. b6 Kc8 55. Kc5 Kb7 56. Kb5 Rb2+ 57. Kc5 Rf2 58. Kb5 g6 59. hg fg)

穂乃香「近接見合いでbポーンのプロモーションを止める手など、一分の隙もない終盤術です」

 

文香「そうですね、タイミングをミスしてしまうといきなりb8=Qとされて形勢が絶望的に逆転しますので……」

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(Fig.16 : 60. Kc5 h5 61. Kb5 Re2 62. Nd5 Rxg2 63. Nf4 Rg5+ 64. Kc4 Kxb6)

穂乃香「卓抜した終盤の読みが冴えましたね……最後の希望を持ったパスポーンも粉砕されましたか……」

 

文香「家に帰るまでが遠足、詰め上げるまでが戦争です……」

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(Fig.17 : 65. Kd3 h4 66. Ke4 Kc6 67. Nh3 Rg2 68. Nf4 Rg5 69. Ke3 Ra5 70. Kf2 g5)

穂乃香「このゲームの素晴らしいところはいくつもあるのですが、まるで私は中でも作られたプロブレムのように、収束に向けてすべてのピースが働いている、というのを挙げたいと思います」

 

文香「本当ですね……メイトに働く余りピースがない、と言うのも珍しい……」

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(Fig.18 : 71. Nh3 Kd6 72. Kf1 Ke6 73. Ke2 Ra2+ 74. Ke3 Kf5 75. Ng1 Rh2 76. f4 Rg2)

穂乃香「序盤を忘れてしまいそうなくらいの長旅路ですが、これ、モーフィー・ディフェンスで白がエクスチェンジ・ヴァリエーションを避け、a4~b5と追い返される順では白はもうやれないのでしょうか……?」

 

文香「そんなことはないと思いますが……事実、白から踏み込む変化にしては戦果乏しき状態が続いていますね……加蓮さんが開けたのはパンドラの匣かもしれません……」

 

穂乃香「……ということは、最後に希望が残っているかもしれない、と思ってもいいのでしょうか?」

 

文香「ふふ、今の私にはまだなんとも……」

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(Fig.19 : 77. Nf3 gf+ 78. Kd3 h3 79. Kd4 h2 80. Nh4+)

文香「騎士は騎士らしく、です。最後にダブルアタックが掛かりましたね」

 

穂乃香「ルークの役目もここまで、ですか」

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(Fig.20 : 80. ... Kg4 81. Nxg2 h1=Q)

文香「このプロモーションが見えているので、さきほどのダブルアタックは慌てることはありません」

 

穂乃香「ここからは8手メイトですね」

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(Fig.21 : 82. Nxf4 Kxf4 83. Kc5 Ke4 84. Kc6 Qh6+ 85. Kc5 Qf6 86. Kb5 Kd5 87. Ka4 Qb2 88. Ka5 Kc5 89. Ka4 Qb4#)

穂乃香「はい、最後は詰みに必要な3つのピース以外ひとつも盤上に残らない、という素晴らしいゲームでしたね」

 

文香「えぇ、両プレイヤーの闘志を称えたいと思います」

 

穂乃香「勝ったフレデリカさんは、第2ゲームの速水v.s.双葉戦の勝者と第3回戦で対戦ですね」

 

文香「そうですね。フレデリカさんがどうして加蓮さんの前例を踏襲した戦型を選んだのか、少し気になっています。まだまだ、この鉱脈には何か眠っているかもしれません……」

 

穂乃香「とても面白いゲームでしたね!聞き手は綾瀬穂乃香が務めました」

 

文香「本日はありがとうございました。解説の鷺沢文香でした」

 

穂乃香「またお会いしましょう」

 

(続く)

第8回 綾瀬穂乃香の早わかりチェス講座[セミ・オープン・ゲーム > フレンチ・ディフェンス]

 

 こんばんは。第8回目の『早わかりチェス講座』では、フレンチ・ディフェンスを取り上げます。

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 フレンチ・ディフェンスとは日本語では『フランス防御』とも呼ばれますが、これは郵便チェスの時代にフランスのチームがこの作戦を採用して高い勝率を上げたことに由来する、らしいですよ。私たちの事務所では、フレデリカさんの十八番ですね!

 

 既にほかの方の実戦紹介では何度も出て来たこの戦型ですが、オープニングとして体系が与えられていなかったので、せっかくセミ・オープンを紹介しているこの講座で取り上げようと思いました。お付き合いくださいね。

 

 白の1. e4に対し黒がひとマス謝って1. ... e6と受けるのがこのディフェンスの特徴ですね。

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(Figure.1 French Defense : 1. e4 e6)

 この手は防御力重視、といった感じでしょうか。なぜなら、ここを突いてe3のポーンを基礎にポーンストラクチャーを組もうとすると、どうしても黒はBc8が使いにくい展開となります。そのかわり、d5と突くdポーンとの連結がよく、防御力が増している、というわけなんですね。

 ここからは2. d4 d5と進むのが一般的です。

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(Fig.2 : Fig.1 ~ 2. d4 d5)

  このd5~e6の連結がきわめて堅い、というのがフレンチの主張ですね。堅さとは即ち相手にすると仕掛けづらい、ということなので、その仕掛けづらさを利用してどのようにポイントを稼げるかが黒の勝負、ということになります。

 ちなみに、これはフレンチではありませんが、e6と黒が突いて駒組みを上手く進めたゲームとして、第1回ブリッツトーナメントの1回戦、依田芳乃v.s.鷺沢文香戦がありますね。また、結果的に黒のこの手が上手く白の構想によって咎められたゲームとしては、同じくトーナメント2回戦の八神マキノv.s.塩見周子戦があります。

 つまり、序盤でd5を支える手として、e6という黒の手は結構理に適っている、ということなんです。ただ今紹介した二つのゲームとフレンチ・ディフェンスが最も異なるのは、白がeポーンを突く手に返す刀でe6と突いている、というところですね。

 

 この(Fig.2)の局面で早くもポーンがぶつかったのですが、これを『ギャンビット』だと観ることも出来ますね!ギャンビットについては、第6回の講座で一緒にやりました。取る手、取らない手、逆にギャンビットを仕掛ける手、という3つの応対がある、ということをあのときお話しましたが、ここで3. c4とポーンをぶつけるのはあまり白としては面白くないですよね。ポーン損の上に、黒のクイーンが進軍するきっかけを与えてしまいますから。

 なので、2. ... d5をギャンビットと見るならこの局面では取る手、取らない手が考えられます。

・取る進行

 フレンチのエクスチェンジ・ヴァリエーションと呼ばれるのがこの取るラインです。

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(Fig.3 Exchange Variation : Fig.2 ~ 3. ed ed)

 3. edと白がこのぶつかったポーンを払いに行くと、こうなります。序盤早々にキング同士が睨み合うこの展開は、お互いが技をかけあうことになります。

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(cf. Fig.3.1 : 1. e4 e6 2. d4 d5 3. Nd2 c5 4. ed ed まで)

 こんなゲームがありましたね。そうです、アナスタシアv.s.宮本フレデリカの五番勝負第5局です。このあとはeファイルががら空きになっているのを利用して、白から積極的に技を掛けに行く展開となりました。5. Bb5+から激しくピースがぶつかり合う、華々しいゲームでしたね。このゲームにはまた後で言及します。

 

・取らない進行

 現在では、これを手に乗って取らない進行がメインです。当たっているポーンを躱しておく3. e5の他は、黒のBc8が初手1. ... e6によって立ち遅れるのを咎めようと、早々にマイナーピースの展開を目指すのが白の方針です。実質的には、3. Nd2, 3. Nc3の二択というのが現状ですね。ここでNb1を活用したいのが白なので、Nb1の駒落ち戦で黒がフレンチを採用するのは、棋理としては有用だと思います。それが、忍さんの番組でフレデリカさんとフリスクメンバーが4面指し、という企画を行った際の私の作戦でした。

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(cf. Fig.4.1 : 1. e4 e6 2. d4 d5 3. e5 c5 まで)

 b1のナイトが白は落ちているので、この3手目はほぼ3. e5に限定できると思っていました。そして、3手目にナイトが出て来る展開でも突きたい黒の3. ... c5から主導権を握ろう、というのは下手を持って指せると観ていました。あのゲームでは、キャスリングから端にナイトを跳ねて白のキングサイドの攻略を目指そうと思ったところ、華麗なビショップ・サクリファイスの順を読み落としていてTKOという不甲斐ない結果になってしまいましたが……。

 

 もちろん、平手戦であっても3. e5はあります。ニムゾヴィッチ・ヴァリエーションや、アドヴァンス・ヴァリエーションと呼ばれていますが、ぶつかっている状態で放置するのはいつでも黒から切られて気分が良くない、ということですね。

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(Fig.4 Nimzowitsch / Advance Variation : Fig.2 ~ 3. e5)

 黒は上手く主導権を取りたいです。なので3. ... c5とぶつけ、4. dcならば手順に4. Bxc5とビショップを展開しながら先にキャスリングまで見せてしまおうというような指し方があると思います。

 

 3手目にポーンを避けない手では、白としてはb1のナイトを使っていきたいところですが、これには2通りありますね。

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(Fig.5 : 2. d4 d5 まで)

 より前線を推し進める、という意味では3. Nc3の方が多く指されている手です。まずこちらを紹介しましょう。

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(Fig.5.1 : Fig.5 ~ 3. Nc3)

 この手は黒のd5のポーンを攻めています。ナイトの応援によって、白は次に4. edと取り込んでセンターを制圧する狙いが生まれました。

 なので、これを受けて黒は手を捻り出す必要がありますね。

 1つ目が、3. ... deと、先に清算してしまう手です。ルービンシュタイン・ヴァリエーションと呼ばれるラインになります。

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(Fig.5.1.1 Rubinstein Variation : Fig.5.1 ~ 3. ... de)

 2つ目は、この3. Nc3はd5のマスにナイトが跳べる可能性を作ったものなので、それが出来ないようにしてしまおう、という手で、3. ... Bb4とピンで出ます。

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(Fig.5.1.2 Winawer Variation : Fig.5.1 ~ 3. ... Bb4)

 わいなー……わいなヴぇ……え?わいなうあー?

 ……はい。ワイナウアー・ヴァリエーション、という形ですね!白は何もしないと次に4. ... deとeポーンをタダ取りされてしまいます。ピンされている限り、5. Nxe4と取り返しに行けないんですね。なので4. e5と予め逃げる手に、黒は用意の4. ... c5、ここでいつまでもピンされているのは白としても不愉快なので5. a3とビショップの居場所を尋ねるのが定跡になっています。ここでバッサリと5. ... Bxc3とエクスチェンジに行き、6. bcと取らせたところでは、黒は自分の黒マスビショップをショウダウンさせる代わりに、白のナイトも道連れに、更にcファイルにダブルポーンを作らせて良し、というのが黒が最善の応対と言われているラインですね。

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(Fig.5.1.3 : Fig.5.1.2 ~4. e5 c5 5. a3 Bxc3 6. bc)

 白が3手目に3. Nc3とナイトを跳ねる変化は、黒からこう指されたときに、cファイルにダブルポーンが出来てしまう変化があるんです。

 ここで、5. a3に代えて5. Bd2とビショップを間接的にぶつける受けもあります。それが、ボゴリューゴフ・ヴァリエーションと呼ばれる形で、実践例が宮本フレデリカv.s.アナスタシア五番勝負第1局ですね。

 

 これを踏まえると、代えて3. Nd2はどうかと考えるのも自然な流れですよね。

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(Fig.5.2 Tarrasch Variation : Fig.5 ~ 3. Nd2)

 これなら3. ... Bb4から黒がエクスチェンジを強制してきても、ダブルポーンができることはありません。

 この実戦が、先ほどの五番勝負第5局ですね。今日は色々な実戦譜をあいだあいだで紹介しましたが、そちらもぜひ合わせて観て頂けるとより理解が進むかなって、思います。

 

 フランス防御を紹介した、ということで、フランスという国のことわざを紹介して、今日は終わろうかと思います。

――心やさしいものにはチェスはできない。

 肉を斬らせて骨を断つ、そんな言葉が頭を過るような名勝負も多くありますね。盤上の殺し合いだ、という人もいるくらいです。それだけ命を賭けるからこそ、チェスというマインドスポーツは尊く、いつの時代も人を惹きつけて已まないのかなとも感じますね。またお会いしましょう、綾瀬穂乃香でした。

 

(続く)

 

 

第8回 桃井あずきのチェス・プロブレム大作戦!

 

 驚き桃の木、桃井あずき!

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 昨日、もう今日になってたかな?くらいに、とうとうフリスクが出るドラマ『シンデレラを探して』の第1話が公開されたねぇ。まだあずきは出てないけど、つぎは出るかも!引き続き、お楽しみを~!

 

 今日は、まず前回の宿題をちゃちゃっとやって、それで時間があったら、ドラマで使われたゲームの終局図からのメイトを実際にみんなと考えてみようかなーっなんて考えてるから、よろしくね♥

 

 じゃん、前回のはこれだ!

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(White to Move, #3)

 これは難しかったかなーっ

 結局一番乗りで解いたマキノさんの他だと、こずえちゃん、加蓮さん、それから柚ちゃん忍ちゃんくらいしか解けてなかった気がする!

 奏さんなんか、『#4ならわかるのに!』ってちょっとキレてて、面白かったかも!負けず嫌いなところがあるのって、いいよね。あずきも負けず嫌いだけどね!

 

 さてさて、いつも通り、あずきアイしながら観て行こっか!

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 まず、白のピースが利いているところを色付けると、こうだね!

……ここで気が付いて欲しいのは、この局面、手番が黒だとステイルメイトだってこと!

  と、いうことはまず最低限の条件として、『1手動かして黒のキングが次に動けるマスを作らないといけない』ってことになるよね。

 それから、白の攻撃ピースでメイトに討ち取るためには、どんな形が必要か、っていう逆算も出来るとこういう局面を読む力になるかも?

 クイーンとビショップで詰めるためにはどんな形になるかな……って考えると、キングを盤の端のファイルやランクに追い込んで、ビショップのダイアゴナルの上にあるクイーンがキングを縛り上げる、次みたいな感じのメイトになりそうだな、って思うでしょう?

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 で、次は手数から計算!#3ってことは、白は3ムーブ、黒は2ムーブするわけだけど、黒はキングしかピースが無いから、2ムーブではキングが2マスしか動かないんだよね。つまり、スタート時点にf1のマスにいたキングは、次の色を付けた範囲にしかいけない!

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 こう考えると、クイーンとビショップでメイトを掛ける為の条件とかも一緒に考えてあげて、『ビショップはそのままの位置に据えておいた方が良さそう』って思わないかな?

 で、ビショップを初形に据え置くとすると、白のビショップがh4にいることで、黒は動ける範囲が次の様に減るよね!

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 こうすると、黒のキングが2手かけていけるところは同じ面積の二つの領域になることがわかるよね!ここで、d,e,fファイルを含む領域をA、f,g,hファイルを含む領域をBと呼ぶことにすると、初手で逃げられたら都合が悪いのってどっちかな。

 ここで、クイーンが2手かけていける場所を色づけてみると、あれ?

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 ってまぁ、理論上クイーンは2手かければチェス盤上のどこにでもいけるよね!

 じゃあ、『黒のキングがf1にある状態で、クイーンが次にいけるところ』ってどこだろう?

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 するとこうなるよねーっ。そして、h4のビショップは動かさないから、キングは次にKf2やKe1と逃げることはできない。

 ここで、さっきの領域A,Bの話を思い出して。どっちに逃げ込まれる方が嫌かなーっ?

 逃げ込まれた時点で白黒1手ずつ動かしているから、その局面は#2であるべきだけど、領域Bに逃げ込まれると、もう#2で仕留められないんだよね。だって、『ビショップをh4に置きっぱなしにした状態』かつ『キングが初手で領域Bに逃げ込んだ状態』での詰め上がりって、次のパターンでしかありえないでしょ?

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 で、黒のキングがf1から2回動いてh3に居るためには、絶対にg2のマスを通らないといけない。

 でも、キングはg1のマスだって次に動き得るんだから、わざわざ白のピースに近いg2のマスを通るのが最善にならないとそのムーブは成り立たないよね。

 ということは、白の1手目は黒のキングがg2にしか逃げられない様なクイーンの移動、となるけれど、そんな手があるかな?

 って考えると、白の1手目は1. Qd1+で、1. ... Kg2が浮かぶよね。次の局面だよ。

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 こうやって考えてみるとわかるよねー、この局面で黒のキングをh3に追い込む手が白にはないって!そうなの、どうやっても黒のキングはh2またはh1に逃げることが可能で、だからさっきのメイトは成り立たないんだ!

 ってことは、逃げ込まれると都合が悪いのは領域Bだった、ってことなんだね!

 

 なので、白の1手目は黒のキングを領域Bに逃げ込ませない様な手だけれど……これは簡単だね!クイーンがgファイルに居る限り、黒のキングはgファイルを通れないもんね!

 そうすると、白は1手目でクイーンをgファイルのどこに動かすか……ってことだけど、黒は白がその条件を満たしてどこに動かそうが、次の手が1. ... Ke2しかないよね。

 そして、『ビショップをh4に置きっぱなしにした状態』かつ『キングが領域Aに居る状態』での詰め上がりを考えると……そんな詰め上がりは存在しないじゃん!ってなって焦っちゃう?

 

 今、黒が2手逃げる際に『f1→B→B』と『f1→A→A』を考えたけど、黒が2手逃げるときはもうひとつ可能性があるんだよーっ、そう、『f1→A→B』のパターンだね!

 じゃ、『ビショップをh4に置きっぱなしにした状態』かつ『キングが初手で領域Aに逃げたが領域Bで詰められる状態』での詰め上がりを考えると、キングは初手で1. ... Ke2と動いているはずなんだから、e2から行ける領域Bということで、元のマスで詰められるこんな詰め上がりがあるよね!

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 この詰め上がりを実現するためにはe2にいた黒のキングをKf1とf1に戻るよう強制するようなムーブが白の2手目には必要になるけれど、そんなムーブはあるかな?

 きっとあるよね!だって、クイーンは理論上2手あればチェスボード上のどこにでもいけるってさっき確認したもん!そしてそれは2. Qd4以外にありえない!

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 じゃあ、白の初手はというと『g4に居たクイーンを、gファイルに動かす』かつ『次にd4に動かせる位置に動かす』ような手で、それは1. Qg7以外にありえないよね!

 というわけで、解答は、1. Qg7 Ke2 2. Qd4 Kf1 3. Qf2#でしたーっ

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 さて、今度はこっち!

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 うん、ドラマでも使われた東郷あいー北条加蓮戦の終局図だね!47. ... b1=Qとプロモーションした所だから、手番は白だね。昨日の解説ではアーニャさんも穂乃香ちゃんも#7だ、ってこともなげに言ってたけど、ほんとにMate in 7なのかな?

 ……まぁ、これは流石というか、実際に2通りの7手詰めがあって、これが最長なんだ。それは、

(1)1. Kf4 Qc1+ 2. Ke5 Qh6 3. Rf3+ Nxf3+ 4. gxf3 Re1+ 5. Kxf5 Qf8+ 6. Kg5 Rg1+ 7. Kh4 Qh8#

(2)1. Kh4 Qe1 2. Kg3 Qe3+ 3. Kh4 Qxf2+ 4. Kg5 Qg3+ 5. Kf6 Rb1 6. h4 Rb7 7. h5 Qg7#

 だねーっ。これ以外はすべて早詰みがあるよ!気になったら試してみてね♥

 

 今日の宿題は、これ!

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(White to Move, #7)

 さっきと同じ、プロモーションの絡む#7を持ってきたんだ!

 

 今日はね、ぜひ紹介した言葉があるんだよーっ

 文香さんに借りた本からなんだけどね、

――チェスとは違い、人生ではチェックメイトの後もゲームが続いていく

 って。アイザック・アシモフの本から。人生におけるチェックメイトって、なんだろうね。桃井あずきでした♥

 

(続く)

第1回Blitzトーナメント第2回戦第1ゲーム[東郷あい vs 北条加蓮](解説・アナスタシア / 聞き手・綾瀬穂乃香)

 

綾瀬穂乃香「こんばんは。綾瀬穂乃香です」

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アナスタシア「ドーブライ ウートラ。アーニャです」

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穂乃香「さきほど、ドラマ『シンデレラを探して』の第1話が公開されましたね」

 

 

アナスタシア「ですね。こうして自分が演じる役を観るのは少し、照れます」

 

穂乃香「楽しんでもらえたらよいのですが……と、こちらでもドラマと、そして現在進行中のトーナメントと連動した企画をお届けする、ということで、今日私たちがやってきました!」

 

アナスタシア「ハラショー!」

 

穂乃香「第1話に出て来た神谷奈緒 v.s. 北条加蓮のゲームですが、これが本局のものということで、その解説をアーニャさんとしていきたいと思います!」

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(Figure.1 Ruy Lopez : 1. e4 e5 2. Nf3 Nc6 3. Bb5)

穂乃香「本ゲームは先手のあいさんの趣向でルイ・ロペスになりましたね。なお、ドラマ中の対局シーン、時間はブリッツとほぼ同じ、そのままの状態での使用になったそうです」

 

アナスタシア「カレンはとんでもない早指しですね……」

 

穂乃香「ここからの進行は、私の第4回第5回の講座でも少し取り上げました。ドラマを観て、興味を持って下さったら合わせて見てもらえると嬉しいです」

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(Fig.2 : 3. ... a6 4. Ba4 b5 5. Bb3 Nf6)

穂乃香「3. ... a6で加蓮さんがモーフィー・ディフェンスを選びましたね」

 

アナスタシア「アイはエクスチェンジをよしとしませんでした。カレンがエクスチェンジ・ヴァリエーションを相手にして負けたことが今までないからかもしれません」

 

穂乃香「a4に引いたビショップを4. ... b5で更に退かせましたね」

 

アナスタシア「カレンの研究手順だった、というのが後々わかりますね。ここに引かせることで生じるエクスチェンジの筋を、この時点で計算に入れていたのでしょうね」

 

穂乃香「黒の5手目Nf6はどうですか?」

 

アナスタシア「これは深い研究に根差した1手という感じがします。もちろん、自然な流れの中の1ムーブですが、第1感はdポーンを突いてビショップの進路を取りながらセンターに手を掛けるかと思うので。ここで早々にナイトを出ておくのは早指し向きな感じもしますね」

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(Fig.3 : 6. Nc3 Be7 7. d3 0-0 8. 0-0 d6)

穂乃香「お互い主張のある陣形、ですか」

 

アナスタシア「パッと見だと、ダイアゴナルがdポーンによって止められているので黒のが悪い気もしますが、実はとても効率の良い陣形だというのをこのあとカレンが証明しましたね」

 

穂乃香「この局面、白ならアーニャさんは何を指します?」

 

アナスタシア「ダー。9. h3を推します」

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(Fig.4 : 9. a4 b4 10. Nd5 Na5!)

穂乃香「これがすごい手でしたね。まず本局の見どころその1じゃないです?」

 

アナスタシア「これは、なかなか指せない手です。ナイトはショウギのケイマと違って、八方に利きがあるので、端のファイルに使ってしまうとそれだけ働きが悪くなる、とずっと言われてきました。端に使って、ピースの効率でカバーしてやる、という発想はモダン・チェスになって流行り出した概念です」

 

穂乃香「これが白のBb3に当たっているのに注目してください。そして、このBb3はモーフィー・ディフェンスのa6~b5で手順に追い返したビショップなんです」

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(Fig.5 : 11. Nxe7+ Qxe7 12. Ba2 Be6)

穂乃香「これですね。これがやりたかった、と」

 

アナスタシア「ナイトから逃げるために引いたBa2に、12. ... Be6と当ててエクスチェンジを誘っています。これに乗ると手損の上に、黒ばかりが交換で手順にクイーンを進軍させることになりますね」

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(Fig.6 : 13. Bxe6 fe 14. Bg5 h6 15. Bxf6 Qxf6)

アナスタシア「黒の13手目feが渋いです!Qxe6と取り込みたくなりますが、14. Bg5から同じように進めエクスチェンジをしたときに、クイーンを二度動かすので損だと考えたのでしょう。アーニャもそう思います」

 

穂乃香「eファイルに出来たダブルポーンが、実は白から攻め手がなくなるのに寄与しているのも見ておきたいですね。相手の手を徹底的に奪う指し回し、北条流の極点です」

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(Fig.7 : 16. c3 c5 17. cb cb 18. Rc1 Rac8)

穂乃香「ここで、ドラマ内で凛さんが指摘したのが18. Rc1が緩い、ということでした」

 

アナスタシア「これを緩い、と言ってしまうのは酷だと思います。候補に挙がる自然な手のひとつで、有力に見えますから。しかし、実際18. ... Rac1から交換されてみた時に、21. Qc7が黒のキングの首元に届いていない刃になっているのが気になりますね。この辺でhポーンを突くや、クイーンの展開を図るのはあったと思います」

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(Fig.8 : 19. d4 Rxc1 20. Qxc1 ed 21. Qc7 Qd8)

穂乃香「この21. Qc7は懐に飛び込んだように見えて、巧妙な黒の罠でしたね」

 

アナスタシア「これは手順にクイーンを飛び込んで悪くなると思いたくない人間の本能の穴をついたトラップだと思いますね。カレンの深い研究はまるで地雷原です」

 

穂乃香「21. Qc7と手順に飛び込み、端で遊んでいたナイトも焦点にして良いかと思ったムーブでしたが、続くノータイムの21. ... Qd8にはあいさんも顔色を変えたと聞きます。これが、a5のナイトを守りながら白のほぼ唯一の攻撃ピースとなったクイーンを切らせる好手です」

 

アナスタシア「引くのは損ですからね」

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(Fig.9 : 22. Qxd8 Rxd8 23. Rc1 Nb3 24. Rc7 a5!)

アナスタシア「24手目a5は一貫したカレンの棋風を感じます」

 

穂乃香「相手の手を奪う、という手ですか。そして、エンドゲームに於ける手数計算を容易にしています。こういう、いつでも指せるしどれを指しても良くなる手、というのをどの局面でも用意してあったり、見つけ出すことが出来るというのが、北条加蓮という早指し最強の呼び声高いプレイヤーの強さを支えているのかもしれませんね」

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(Fig.10 : 25. h3 d5 26. ed Rxd5 27. Rc8+ Kf7 28. Rc7+ Kf6)

穂乃香「この連続チェックのあたりの苦悶、ドラマでも神谷さんの熱演が光っていましたね」

 

アナスタシア「あのとき、ホノカはどこにいたんですか?」

 

穂乃香「私はあの撮影中は休憩を頂いて、ありすちゃんと彼女のタブレットでチェスをプレイしていました……」

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(Fig.11 : 29. Rc4 d3 30. Rf4+ Ke7 31. Rg4 d2! 32. Rxg7+ Kd6 33. Nxd2 Rxd2)

穂乃香「31手目d2が決め手ですか」

 

アナスタシア「このポーンのプロモーションを防ぐにはナイトかルークを犠牲にするしかないですからね。そして、そうしてエクスチェンジをすると今度は33. ... Rxd2と出て来たルークが白のbポーンを掃いて、今度は黒はbファイルにパスポーンを手にします。この辺りの計算は本当に恐ろしい精確さだと、思いますね」

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(Fig.12 : 34. Rg6 Rxb2 35. Rxh6 Ra2)

穂乃香「……これが、北条流の一手ですね。とても巧妙な手渡しです」

 

アナスタシア「この時点で、彼女はほとんど手数計算を終えているのでしょう。あとは、具体的な詰み筋だけで、それをドラマでは36手目のこの局面で考えているようでした。36. ... Nd4から詰み逃して万に一つでもステイルメイトにでも逃げられると、ということを考えていたのでしょう。勝てるゲームを勝ち切れないことほど悔しいことはありませんから」

 

穂乃香「以下は36. Rh8 Nd4 37. Rd8+ Ke5 38. f4+ Ke4 39. f5 ef 40. Re8+ Kd3 41. Re1 b3 42. Rd1+ Kc3 43. Rb1 Kc2 44. Rf1 b2 45. Kh2 Ra1 46. Rf2+ Kc3 47. Kg3 b1=Qで0-1、黒番、加蓮さんの勝ちです。終局図はドラマの方で観られるので載せませんが、Mate in 7ですね」

 

アナスタシア「ここでは、テイク1ではホノカがRc1の緩さではなく終局図からのMate in 7を指摘する、という筋書きもあったそうですね」

 

穂乃香「はい。ですが、エンドゲームの読みと経験値が少しちぐはぐな印象を与えてしまうことや、尺の都合など色んな事情であのような形になったと聞いています」

 

アナスタシア「初心者にして正確無比な読みをするプレイヤー、というよりも、あのドラマ内でのホノカは『漠然としたピースの違和感が感じ取れる稀有なプレイヤー』という印象を与える……とはフミカの受け売りですが、そういうところでしょうかね」

 

穂乃香「本トーナメントで勝った加蓮さんは、2回戦シードの柚ちゃんと3回戦で戦います」

 

アナスタシア「そのゲームは、アーニャもとても関心がある一局です」

 

穂乃香「ブログも動画も、引き続き宜しくお願いしますね。聞き手を務めましたのは、綾瀬穂乃香でした」

 

アナスタシア「解説はアーニャ、アナスタシアでした。またお会いしましょう。ダスヴィターニァ」

 

(続く)

 

 

喜多見柚の名局好局つまみ食い[ネジュメトディノフ・ロッソリモ・アタック / Mohamad Al-Modiahki v.s. Shinya Kojima, 2008, Olympiad , Dresden]

 

 どうも、無防備☆ガール、喜多見柚だよ!

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 この前は志希サンが何やら難しいことを言ってたね~。アレは志希さんにしかできないなぁ。

 

 今日の好局つまみ食いは~~……うん、これにしよ!

 今や日本人トップのチェスプレイヤーである小島慎也サンと、今はカタールグランドマスターにして同国のトッププレイヤーとしても活躍している、Mohamad Al-Modiahkiサンのゲームからだよ!小島サンは黒を持ってはスラヴやシシリアンを得意にしている印象だネ。麻布中学校に中学する前に、パソコンゲームに入っていたチェスで覚えたのがチェスとの出会いだったんだって!中高、そして慶応大学でもチェスのサークルに入り、今や日本のチェスを牽引する小島サン!以前羽生サンや青嶋サンのゲームを紹介したことがウチの事務所でもあるけれど、ジャパン・チェスは小島サン抜きに語れない、ってカンジ!

 今日は、彼のゲームの中でもアタシのお気に入りを紹介するよ!

  白がキングズポーンを推し出す1. e4に小島サンがc5と返して、このオープニングはシシリアン・ディフェンスだネ!

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(Figure.1 Sicilian Defense : 1. e4 c5)

 シシリアンは黒番から勝ちに行く積極的な戦型だったよネ。コジマ・チェスはアグレッシヴな印象があるなぁ。

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(Fig.2 Old Sicilian Variation : Sicilian Defense ~ 2. Nf3 Nc6)

 2. Nf3は自然だネ。ここは黒の応手で分岐がある局面だけど……黒はここで2. ... Nc6と返したんだ。d6と返して3. d4と黒が初手で突いたポーンにぶつけるのがオープン・シシリアンで、白は2. Nf3で3. d4とぶつけることを可能にしている、っていうのが、アタシたちが初めて奏さんにチェスを習ったときに教えて貰ったことだったネ!ここで、本譜に戻ってみると、黒の2. ... Nc6も白の2. Nf3と同じくd4の地点にピースの利きを足しているんだよ!だから、2. Nf3 Nc6に3. d4はオープン・シシリアンのときとは違った景色になるネ。3. ... cdのときに4. Nxd4と取ると4. ... Nxd4と黒に取り返されちゃう!この2. ... Nc6の返しから始まるヴァリエーションを、オールド・シシリアンって呼ぶんだよ。

  もちろん、ここで白には3. d4と突く権利もあるんだけどネ。本譜はこう!

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(Fig.3 Nezhmetdinov-Rossolimo Attack : Old Sicilian Defense ~ 3. Bb5)

 ここでビショップを出るのが、ネジュメトディノフ・ロッソリモ・アタックと呼ばれる形だネ!キャスリングを可能にするのはモチロンのこと、急所に出るビショップでイニシアチブを握る手。また、黒のこのナイトはd4に利きを足すために跳んできたナイトだから、これをBxc6とエクスチェンジで切り取って、いきなりd4~Nxd4とセンターに殺到する狙いも見せている、そんなトコロかな!

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(Fig.4 : Fig.3 ~ 3. ... Nf6 4. Bxc6 dc 5. d3 Bg4 6. Nbd2 e6 7. h3 Bh5 8. O-O Be7)

 ネ、4. Bxc6でいきなりエクスチェンジしたでしょ!自分から攻撃ピースを減らす様なエクスチェンジは、攻撃ピースが少なくなったゲームではドロー率が上がるから白としては本来あまりやりたくないんだけど、ネジュメトディノフ・ロッソリモ・アタックではシシリアンの黒の形を逆手にとってセンターに手厚く攻撃態勢を築けるからいいってことなのカナ。アタシもこの進行でちょっと考えてるのがあってネ……まだナイショ!

 白がキャスリングしたのを受けて、黒も8. ... Be7とビショップを使いながらキングサイド・キャスリングを見せたのが現局面だネ!

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(Fig.5 : Fig.4 ~ 9. Qe1 Nd7 10. b3 e5 11. Bb2 Qc7 12. g4 Bg6)

 白は着々と自陣に手を入れているネ。10. b3~11.Bb2とフィアンケットを組んで黒のキングサイドを狙うよ。これが刺さらないように、黒がまだキャスリングを保留して、遂に11. ... Qc7でクイーンサイド・キャスリングの権利まで手に入れているのは細かいながらポイントだね!

 この局面で12. g4はやや疑問カナ。代えて12. a4~13. Qe3なんかはどうだったのカナ。ちょっと両サイドに手を出して欲張りだけど、こっちの方がたぶんミドルゲームやエンドゲームで黒の指し手を奪いながら白陣のピース効率を上げる価値があったんじゃないカナってカンジ!

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(Fig.6 : Fig.5 ~ 13. Nc4 f6 14. Nh4 O-O-O 15. Bc1 Nf8 16. f4 Bf7)

 結局黒はロングキャスリングに収まったネ。白も巧みに手を作ろうとするけれど、なかなか決め手が入らない形が黒の主張。16. ... Bf7はビショップペアを作って、白のNc4とのエクスチェンジを狙って良さそうだけれど、代えてb5とかのが黒は良かったカモ。いつでも白のNf5が黒陣に刺さるのが柚は気になるなぁ。

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(Fig.7 : Fig.6 ~ 17. fe Bxc4 18. bc fe 19. Rf7 Ne6 20. Nf5 Rd7)

  伸びまくってる白陣から繰り出される猛攻と、それを掻い潜って初太刀で殺す小島sンとのエンドゲームも手に汗握る展開だから、このゲームもぜひ並べてみて欲しいカナ!最後に棋譜を載せておくね(※1)!

 今日アタシが紹介したかったのは、ネデュ……ネジュメド……ネヂュ……ネジュメトディノフ・ロッソリモ・アタックなんだ!

 

 んーと、今日のお便りは……『メジェド』さんからだよ!

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 ネジュメドディノフって目からビームでそうですよネ!

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 出ないと思うよ!

 

 今日は、ロバート・バーンの言葉で締め括ろうカナ。彼はアメリカのチェス・プレイヤーの一人ネ。

――人生の目的は、目的のある人生を送ることだ。

 それでは!喜多見柚でした!

 

(続く) 

 

※1……

Mohamad Al-Modiahki v.s. Shinya Kojima, 2008, Olympiad , Dresden

1. e4 c5 2. Nf3 Nc6 3. Bb5  Nf6 4. Bxc6 dc 5. d3 Bg4 6. Nbd2 e6 7. h3 Bh5 8. O-O Be7  9. Qe1 Nd7 10. b3 e5 11. Bb2 Qc7 12. g4 Bg6 13. Nc4 f6 14. Nh4 O-O-O 15. Bc1 Nf8 16. f4 Bf7 17. fe Bxc4 18. bc fe 19. Rf7 Ne6 20. Nf5 Rd7 21. Qg3 Bf6 22. Rxd7 Qxd7 23. Be3 g6 24. Nh6 Nf4 25. Re1 Bg5 26. Bxc5 Bxh6 27. Bxa7 Bf8 28. Be3 Bb4 29. Kh2 Bxe1 30. Qxe1 Qc7 31. Qb4 Ne6 32. Bb6 Qf7 33. Qa5 Rf8 34. Qa8+ Kd7 35. Qxb7+ Kd6 36. Qa6 Qf4+ 37. Kg2 Qd2+ 38. Kg3 Qe1+ 39. Kh2 Qe2+ 40. Kh1 Rf1+ 41. Bg1 Qf2 42. c5+ Nc5 0-1